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プロローグ


 その人形師は、人形を作ることに人生をかけてきた。

 より精巧で、より繊細な人形を、と。

 人形師の腕は確かで、工房をかまえるニーナ王国において、右に出る者は居なかった。

 人形師の作る人形を求めて、他国からも人が来る程だ。

 弟子は何人も持った。それに合わせて、工房は大きなものとなる。

 それでも人形師は、慢心しなかった。自分の求める最高の作品を作り上げる為、邁進した。

 弟子が感嘆の声を上げる作品を何体も作ってきたが、人形師の満足いく作品にはならなかった。代わりに、それらの人形には国宝級の値が付けられた。

 だが、人形師の知ったことではなかった。

 人形師は、人間を至高の存在だと思っているのだ。

 だから、限りなく人間に近い人形を作りたい。自分の手で、至高の存在にまで人形を高めるのだ。

 人形師は、寝食を忘れ、制作に没頭した。それは、鬼気迫る様子があり、弟子の誰もが言葉を発せないほどだ。

 今日も人形師は、人形を作る。

 己の魂を削るかのような執念を見せて。

 その思いは、異世界にまで届こうとしていた。


◆◆◆


 私の名前は、二階堂れな。今日から、その名前を名乗ることになった。

 歳は、十二歳になると伝えられた。

 地球にある日本という国に、発生してからまだ数時間だけど、十二歳なのだと念を押された。

 そんなに言わなくても、発生した瞬間から基本的な知識は有しているのに……。


「れなちゃん、良い? 貴女は、今日からどこでお世話になるのかな?」


 黒いゴシック調のスカート丈の長い服を着た金髪のお姉さんが、私に笑顔を向けて言う。お姉さんの外見年齢は十八ぐらいだろうか。


「"境界の魔女"という組織で、お世話になります。よろしくお願いします」

「よろしい。それじゃあ、貴女は"何"かな?」


 金髪のお姉さんが、笑みを深めて質問した。

 私は、ちょっと思考する為に首を傾げた。さらりと黒い髪が、肩から流れる。


「日本という国で発生したばかりの、"魔女"です」


 私が答えると金髪のお姉さんは、パチンと手を叩いた。


「よく出来ました! よろしくね、新米の魔女さん」

「はい」


 私は頷く。

 魔女。

 魔女とは、地球の色んな国で自然発生する個体のことだ。性別は、女ばかり。

 普通の人間には使えない、魔法を操ることが出来るのが特徴。

 地球で魔女は忌み嫌われた時代があったらしい。それで、魔女たちは"境界の魔女"という組織と、境界という世界を作り上げて、地球から離れて暮らしている。

 私は、数時間前に日本で発生した。不思議なことに、裸ではなく黒いゴシック調の服を身に着けて。スカート丈は、金髪のお姉さんより短い。これはきっと、魔女の制服のようなものなのだろうな。

 そして、発生してすぐさま保護してくれた目の前の金髪のお姉さんから、たった今名前をもらったのだ。


「二階堂れな」

「気に入ってくれた?」

「はい。凄く馴染みます」


 れな、か。うん、良い。

 私は境界に作られた、西洋のお城をモチーフにした魔女の拠点の一室にいる。

 今日からここが、私の部屋になるそうだ。

 天蓋付きのベッドに、ピンクのカーテンや壁紙。女の子らしい部屋だ。気に入った。


「れなちゃん、貴女はしばらくはここで自由に過ごしていいけれどね」

「はい、分かってます。日本人の十二歳は、学校に通っています」

「ええ。貴女は、日本で人間に紛れていくの。私たちは、拠点だけでも暮らしていけるけど。でも、外の世界を知ることは大切。人間の世界は、めまぐるしく変わっていくから」


 金髪のお姉さんの言葉に、私は頷いた。


「拠点に情報を集めるのも、魔女の務めですよね」

「うん、そう」


 魔女は閉鎖的になりがちだ。それでは、時代に追いつけなくなる。

 魔女たちは拠点に移り住んだけれど、故郷は地球なのだから。魔女の故郷への思いは、強い。自然発生する魔女にとって地球が、言わば親なのだ。

 いつかまた、地球へと帰りたい。これは、魔女たちの願いだ。


「さあ、れなちゃん。生まれたばかりで疲れたでしょう? 今日はもう眠りなさい。貴女の特性については、追々知っていきましょう」

「分かりました」


 金髪のお姉さんは私の頭を撫でると、部屋を出て行った。

 私はぽすんと、天蓋付きのふわふわのベッドに腰を下ろす。


「二階堂れな。私は、魔女。だけど、これからは人間にも紛れる」


 己の役目を口にして、私は目を閉じた。


 発生してから、一ヶ月が過ぎた。拠点での生活にも慣れた。

 金髪のお姉さん──エリシア先輩から、魔女の心得とか私の使える魔法の特性とかを教えられりした。


「れなちゃんは、結界が張れるみたいね」

「結界、ですか」


 魔法にも色んな種類があるのだ。

 炎を操れる魔女や、水を自在に扱う魔女など。


「結界は良いわよ。防御にも使えるし、敵を閉じ込めたりも出来るから」

「……平和な生活を送りたいので、敵とかいないほうが良いです」

「まあ、そうよね」


 エリシア先輩は、おかしそうに笑った。


「でも、何が起きるか分からないから。練習はしておくのよ? 同じ結界魔法を使える魔女に、指導してくれるように頼んでおくからね」

「はい」


 そうやって、私の一ヶ月は結界魔法の操り方の習得に費やされた。

 そして、発生から一ヶ月の今日。

 私の前に、ちょっとくたびれた感じの赤に近いピンクのランドセルが置かれていた。


「なんですか、この古いランドセルは」


 困惑した私は、横に立つエリシア先輩に尋ねた。


「何って、ランドセル」

「それは、分かりますよ」


 私が聞きたいのは、なんで古そうなランドセルが私のベッドの上に置かれているのか、だ。

 エリシア先輩は、私を指差した。


「れなちゃんは、明日から小学校に通うの。あ、教科書とかも用意したから安心して」

「急ですね……」

「急じゃないわ。今から通うとなると、れなちゃんは半年ぐらいしか小学校を経験できないのよ。遅いぐらいよ」

「はあ、そうなんですか」

「本当は新品を用意したかったけれど、小学校六年生で新品のランドセルって目立つと思うのよね。教科書も、ちょっと古めのを用意したから!」

「……ありがとうございます」


 なんて、心躍らない小学校生活だろうか。

 私は、エリシア先輩に促されるままくたびれたランドセルを背負った。


「うん、サイズとかぴったりね」

「……色は、エリシア先輩の趣味ですか?」

「そうよ!」


 即答である。

 まあ、昔は赤が主流だったらしいし。六年生なら、落ち着いた色のピンクは違和感ないだろう。うん。


「筆記具は新品だから!」

「分かりました」


 エリシア先輩は、可愛らしいプリントの入ったノートと、これまたピンクを基調とした可愛い筆箱を何もない空間から取り出した。エリシア先輩の空間魔法だ。


「さあさあ、れなちゃん! 短いけれど小学校生活楽しんでね」

「はい」


 人間の学校か。

 私は今まで、魔女たちとしか交流してこなかったけれど。上手くやれるだろうか。

 人間とは、どんな感じなのだろ。

 ポンと、エリシア先輩が私の右肩を叩いた。


「れなちゃん。不安になるのは、分かる。けれど、貴女は一人じゃない。私たちがいるから」

「エリシア先輩……」


 見上げれば、エリシア先輩はにっこりと笑った。


「だから、楽しむの!」

「……はい!」


 勇気づけられた私は、勢いよく頷いた。


「あ、でも。情報収集もよろしくね~」

「……はい」


 ……締まらないなぁ。

 私は小さく息をはいた。



 翌日。

 私は、魔女の制服である黒いゴスロリから、至って普通のシャツとスカート姿で拠点の門の前に立っていた。教科書や筆記具を入れて重くなった、ランドセルを背負って。

 拠点の門は、白い扉だ。扉に触れた魔女の行きたい場所に連れて行ってくれる便利な門である。


「れなちゃん、頑張ってねー」


 エリシア先輩を始めとした数名の先輩魔女たちが、私を見送りに来てくれている。


「車には気をつけるのよ」

「変な人間にはついて行ったら、ダメですからね」

「道に迷ったら、交番に行くんだからね」


 口々にそう言う先輩たち。

 私は口を尖らせた。


「大丈夫です!」


 そう叫べば、先輩魔女たちは笑い声を上げる。完全に面白がっているな。


「……でも、人間の世界は摩訶不思議だから。本当に気をつけるのよ?」


 エリシア先輩の言葉に頷き、私は扉に手を掛けた。

 その瞬間。


 ──……完成した!


 声が、頭の中で響いた。


「え……?」

 ──わしの、念願は叶った! この作品は、最高傑作だ!


 聞いた話と違う。

 門に触れると、声がするなんて知らない。教えてもらっていない。

 戸惑いを隠せない私は、先輩魔女たちのいる後ろを振り向こうとした。

 だけど、門は既に光を放ち、開かれようとしている。


「れなちゃん!」


 異変に気が付いたらしいエリシア先輩が、私の名前を叫ぶ。

 だけど、光はもう放たれてしまった。門は開かれたのだ。

 私の意識は、暗闇に閉ざされた。



 次に目を覚ました時、私は薄暗い部屋の何かの台に座っていた。

 目の前には、白い髪に白い顎髭をたくわえたお爺さんがいた。人間だ。初めて見る人間だ。

 発生した時は、深夜の空き地だったから、私には人間を見た記憶はないのだ。

 人間のお爺さんは、驚愕したように目を見開いて私を凝視している。何をそんなに驚いているのだろう。

 もしかしたら、私が突然目の前に現れてびっくりしたのかもしれない。

 だけど、門は転送先に人間が居た場合、魔女を認識出来ないようにしてくれているはずなのに。

 そもそも、私の転送先は日本の路上だ。室内ではない。どうなっているのだろう。

 目の前にいるお爺さんに、聞いてみるのが早いかもしれない。


「あの……」

「ひいいっ!」


 声を掛けたら、お爺さんは過剰なほど体を震わせた。

 まるで恐ろしいものを見たという目で、私を見るのだ。

 お爺さんはへなへなと、座り込んだ。

 そして、頭を両手で抱える。


「わしは、わしは何てものを作ってしまったんだ……!」


 震え掠れる声で、叫ぶお爺さん。


「人形が、人形が、喋るだなんて……!」


 人形?

 何を言っているのだろうか。

 私は首を傾げた。すると、さらりと首に巻かれたマフラーのような布が動く。

 マフラー? 何故マフラーが首にあるのだ。私はマフラーはしていなかったのに。

 下を見れば、視界に映るのは日本の服ではなく白い長袖のワンピースだった。何故、服装が違うのだろう?

 状況がまったく理解出来ず、周りを見渡した。そして、目を見開く。

 周りには私によく似た顔立ちで、同じ年ぐらいの女の子たちが転がっていたのだ。しかも、裸で。

 お爺さんは、変質者なのだろうか。一瞬そう思ったけど。

 よく見れば、女の子たちは瞬き一つしない無表情で、そして剥き出しの体には木目が見えた。

 女の子たちは、木で出来た人形なのだ。

 だが、状況がさっぱり分からない。

 お爺さんは震えて、ぶつぶつと呟いたままだ。


「人形が……、いや、これは魔の仕業に違いない……!」


 人形。魔。よく分からない。

 私は暗闇に慣れてきた目で、何気なく手を見た。


「え……?」


 意味が分からなかった。

 私の肌に、木目はない。すべすべとしてそうな見た目だ。

 でも、指が。手首が。

 前にエリシア先輩に見せてもらった、人形の可動部とよく似た形状をしていた。

 関節は剥き出しの球体だ。

 震える人形の手で顔を触る。

 コツコツという、硬い音がした。


「どういう、こと……?」


 呟く声は、驚くほど震えていた。

 私は。

 私の体は、人形になってしまっている。

 その衝撃の事実に、私は言葉を失った。


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