久しぶりのミッキー三乗。
スズメバチ騒動から二週間。
慌ただしい学生生活の中ではそろそろ騒ぎの事も語られなくなっていた。
そんな中、一人焦るのは・・・。
「人の噂も75日、鉄は熱いうちに打てって言うのに」
みんなの記憶から忘れ去られる前に、学園に貼るポスター作製やyoutoubeへの画像や宣伝のアップなどのアプローチをスタートさせたい。
そしてなんとしても九月の学園祭で『メシア(仮)』のお披露目をしたいのだ。
理事長室兼『学園生活研究部』には、他に華緒と内藤の姿があったが、もう一人肝心の人物が不在であった。
「有安くんはまた来ないのかしら」
目を見合わせる華緒と内藤。
有安は学園祭で謎のアイドルグループとしてデビューする代わりに、『バシリスク』のライブ出演を要求してきたのだ。
回答はもちろん保留してある。
『お金はいらないからさ、学園祭にバシリスク出してよ』
理事長にちょっと頼んでよ?と簡単に言ってくれる。
これだからお金持ちって嫌いよ。
有安も最初は無給よりはお金もらえた方がというスタンスだったけれど、それも決して必須というわけではないのだ。
学園祭でロックバンドのコンサートだなんて、松濤学園の歴史始まって以来の珍事になるだろう。
「今日はライブって言ってたから来ないとおもうわよ。いっそメシア(仮)は二人組でも良いんじゃないの?」
華緒は有安の参加に消極的だ。同じクラスなんだから、引きずってでも連れてきて欲しいのに。
「売れるには、最初はトリオのほうが無難だと思うけどな」
内藤くんは良いこと言う!と思ったのに、
「でも、有安君がいないなら俺も今日は帰ろうかな」
華緒に意味深なウインクをして、お先に失礼しますとあっさり帰ってしまう。
「二人がいなくても出来ることはやっておこうよ」
心なしか嬉しそうな華緒に違和感を覚えるも、
「そうね」
と力なく同意する。
たしかにやらなくてはいけないことは山積みなのだ。
「とりあえず一曲はOEDOで良いとして、後2~3曲は欲しいよね」
「あ・・・その路線は決定なんだ」
華緒の顔が歪むのに気づかずば、埜乃は上の空で天井を見つめた。
そういえば、今日はバシリスクのライブだといってたから、後で行ってみようかな。
約二週間ぶりのライブハウス。
入り口前では怖そうな(埜乃基準)男子・女子が集まっていた。
「もう~、華緒の薄情もの!」
恨みがましくつぶやく。
有安のライブに誘ったところ、用事があるからと断られたのだ。
「用事って何よ、華緒の予定なら大抵は把握済みなんだからね!」
ブツブツつぶやいていると、後ろからの~天気な声がした。
「あれ~埜乃?久しぶり~」
「バシリスク見に来たの?」
地獄に仏?の気持ちで振り返ると、そこにいたのは、やっぱりリリィとアゲハだった。
「リリィさん、アゲハさん!お久しぶりです」
「あら、今日は華緒ちゃん一緒じゃないの?」
アゲハにたずねられ、むくれながら理由を話すと、
「なるほどね~」
とリリイとアゲハは意味深に顔を見合わせる。
何がなるほどなんだか。
でも助かった。
実はチケットの買い方もよくわからないし、ソールドアウトだった場合も考えていなかった。
だが二人のお陰で無事に会場に入れた。
今日もほぼ満員御礼。
埜乃達は、ステージ全体が良く見える真ん中あたりをキープした。
バシリスクは着々とファンを増やしているように思える。
そのノウハウをメシア(仮)にもぜひ生かして欲しいのだが。
学園祭への参加をOKするべきなのか。
しかし、実際の承認は理事長であるパパの判断がいるわけで・・・。
ウツウツと悩むの埜乃、思想を断ち切る衝撃発言がアゲハの口から飛び出した。
「あ、やっぱり最前にいるよ、まひろ達。ミッキーの彼女に収まってからでかい面してるよね」
「え?ミッキーの彼女?」
ということは、当然有安の彼女ということになる。
確かにいてもおかしくはないけれど。
なぜだか一度も考えたことが無かった。
普段学園での有安にしか触れていないせいもあるが、二面性のあるミッキーにも彼女は難しいと思っていたからだ。
しかし彼女ということは、ミッキーが有安ということも知っているのだろうか。
それは秘密は私達だけのものじゃなかったっていうことになる。
急に気が遠くなりかけ、頭の奥がガンガンしてこの前の酸欠状態を思い出す。
「ちょっと、大丈夫?」
リリィが顔の前で手を振るが、目の焦点が合わず、慌てて目を閉じる
「う、うん。大丈夫。大丈夫です。そういえば、今日は最前じゃないんですね」
気を使って一緒にいてくれるのかと思ったが、二人ならむしろ埜乃も最前につれていくだろう。
「まひろ達がね、面倒くさいから始まったら行こうとおもって。
彼女が一番偉いなんて決まってないのに威張りまくりでさ。今まで予選落ちだったくせに」
「予選落ち?って」
「私たちはカノ狙いじゃないから詳しくないけど・・・」
アゲハが話し始めたとき、BGMがかわり、照明が落とされステージが暗転する。
すぐにスポットライトが当たり、ステージにはミッキー以外のメンバーがスタンバイしていた。
しかし埜乃の心は暗転したまま。
ミッキーのいないステージそのまま、虚ろだった。。
しかし、ステージに現れた有安を見ると目が覚めた。
久しぶりに見たけれどやっぱり別人で別世界。
この感じを皆にも体験してもらうには・・・やっぱり学園祭に出演出来るように、パパ達に掛け合ってみようと思う・・・・。
「埜乃、行くよ!」
「ん!?えええええええっっっ」
感傷に浸る埜乃の両腕をリリィとアゲハがつかんで、一曲目から三曲めまでのいつもの暴れ曲の間。
一気に最前まで進んだ。
『ぎょっぎょぇぇぇぇぇっ』
「はいはいご免なさいよ~」
するすると人込みをかき分け、何事かと訝しがるお客さんもいたが、最後はリリィとアゲハの顔パスで、ついに最前までたどり着いた。
中央から真っ二つ、上手(右側)に陣取るまひろ達と張り合うように、下手(左側)に陣取るリリィと埜乃達。
まさに一触即発。
「あら~、みなさん今日は元気良いね!僕クライマックスまで持つかしら笑」
埜乃達の状況を知ってか知らずか、語尾にハートがついてるような話し方のミッキー。
押し合いへし合いで、夢中でステージに手を伸ばす。
投げられたピックやペットボトルも、まひろ達を始め最前みんなで奪い合う。
「いいね~いいね、もっと欲しがって、俺のこと」
「きゃ~!!ミッキー!!」
もうやけくそ、埜乃も何度も叫んだ。
「みんな~!俺のこと好き~?」
スピーカーに足をのせて、客席ぎりぎりまで乗り出して観客を煽るミッキー。
「好き~!!」
即答で返すが・・・アレ?
「俺の欲しい??」
「欲しい~!!!」
??あれあれ?叫びつつ、なんとなく何の告白をしてるの?と不意に我に返る。
「ミッキーのちょうだいって言え~!」
「ミッキーのちょうだ~い!!!」
客席のみんなの声は綺麗に揃ったが、
「ミッキーのちょ・・・・え??」
良くわからないながらも、なんとなく埜乃は口を噤んだ。
「ん~どうした?!最前が恥ずかしがってどうすんだよ。ほれ、言ってみ」
それを目ざとく見つけたミッキーが、下を向く埜乃の前にしゃがみ込んで煽る。
「言わないと、次の曲、ヤってあげないよ」
そ、それは困ると顔を上げると、ニヤニヤと意地悪そうに笑うミッキーが、埜乃にマイクを向ける。
ま、マイク通して言えってか?
「み、み・・ミ」
精一杯声を出すが、あとが続かない。
「みみみって、セミ?」
ミッキーが笑いで締めようとしたところで、
「ミッキーの、ちょうだい!!」
言えた・・・。
埜乃はミッキーの足下を見て、勇気を振り絞って出来るだけ棒読みで叫んだ。
それでも、顔が熱くて焼け落ちそうだったけど。
そろそろと顔を上げると、驚いたように目を丸くしたミッキーが目に入った。
え?え?もしかして、何かマズイことを言ってしまったのか。
・・・赤かった顔が一瞬で青ざめ、気が遠くなる。
でも、すぐにミッキーはふははと笑って、
「オッケー最高!今イっちゃったよ。みんな~どこに出して欲しい!?」
マイクを頭の上でクルクル回して叫ぶ。
「中~!!」
「顔~!」
「口~!!」
ますますワケのわからない埜乃を置き去りにして、客席とのキャッチボールは進んで、曲も始まって、ミッキーはステージ中央に戻ってクルクル回りはじめた。
埜乃はひたすらミッキーを目だけで追い続ける。
曲が間奏に入り、ミッキーが再びステージ前方に戻ってきてみんなを煽りだした。
まひろ達を始め、最前の皆のほっぺたを触ったり、頭を撫でたり、まんべんなくサービスをしていくミッキー。
そのエンターテイメント性に関心しつつ、ほんの少し心が痛い。
埜乃を飛ばして左右のリリィとアゲハともハイタッチをして、もうこっちには来ないのかな?と気を抜いたころ、
「埜乃、口開いて」
「え?」
耳元でささやかれ、上を向いた瞬間に何かを口に突っ込まれた。
「うっっ、イタッ何これ」
口内の違和感に思わず吐き出すと、それはぎざぎざの切り口に囲まれて、真ん中にうっすらとまん丸が浮かび、薄々・・・の文字。
「こ、これ、こ、こ、コっコ~っ××××」
「落ち着きなさいよ、鶏じゃないんだから」
コンドームをつまんで真っ赤になってうろたえる埜乃を、やや冷ややかな目で見つめるリリィとアゲハ。
「ライブでコンドーさんが飛ぶくらい常識よ」
「そうよ、時には豚の頭やなっとうだって飛ぶんだから」
うんうんと頷き合うリリィとアゲハ。ライブハウスって危険なところなのね。
「でも、口に突っ込まれるって・・」
「本当にミッキーと何もないの?」
じいっと埜乃を見つめて疑うリリィ達に、うんうんと大きく頷いて同意を求める。
「し、知り合いにこんなことしないでしょ。私って見るからに場違いで鈍くさいし、だから目についてからかっただけだと思う・・」
言ってて悲しくなったが、ぼさぼさのポニーテールに黒縁眼鏡で、タイトのひざ下丈の制服のスカートを握りしめる埜乃に、二人は納得したようだった。
すぐ近くまで来て埜乃を睨んでいたまひろ達も、埜乃の全身を上から下まで値踏みするように眺めると、フンと鼻を鳴らすと、まああれならいいかと言った様子で踵を返す。
正面から何か言われるよりも何十倍も傷ついたんですけど・・・。
「お前ら~、コンドーさんは高いんだから大事に使えよ~」
最後にばらまかれたコンドーさんに群がる観客をすり抜けて、ライブハウスを後にした。