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内藤メア

閑静な住宅街の中でもひときわ目を引く、広大な敷地をコンクリートの壁に囲まれた桐谷家。

選り抜かれた枝ぶりの松が、塀越しにも生き生きと伸びきって・・・少し生き生きし過ぎのような気もする。

埜乃は深いため息をついた。そろそろ庭師さんを呼ばなければならない。

庭の手入れに屋根壁の修復と、古い家はお金がかかるのだ。

「ただ今~」

いつもより少し遅くなったので、怒られるかもとこっそり家に入ると、ママが血相を変えて飛び出してきた。

「の、の、の、埜乃ちゃん」

「ごめんなさい、ママ。遅くなりました。反省してます」

先手を打ってすかさず謝る。

「どど、どうしましょう!!どうし、どうしましょう」

ん?どうしましょう?

「本当にごめんなさ・・・・い・・っていうかどうしたの?ママ落ち着いて」

ママの剣幕にもびっくりだが、またパパが何かやらかしてくれたかと冷や汗が流れる。

「で、電話が、さっき息子さんが事故にあったから、至急500万ふりこむようにって」

「うん、うん?それで・・・?」

「それでママどこの病院か聞いたんだけど、途中で切れちゃったのよ」

どうしましょう!と子機を持ったままウロウロと埜乃の周りを回るママ。

「そういうときはリダイヤル機能を使えばかけ直せるから。貸して」

ママから子機を受け取り、リダイヤルボタンを押すと、現れたのは非通知の文字だった。

「やっぱり非通知。・・・ていうか息子さんって?どこの息子さん?」

「え?それはもちろんうち?でしょう?」

ママが埜乃から再度子機を奪って、非通知をリダイヤルしようとして、上手くいかずに焦っている。

「うちは、娘しかいませんけど?」

「あら、あら、あら・・・あら。それもそうよね。やだ、かけ間違いかしら?そそっかしい人もいるわね。かけ間違いに気づいて切ったのかしら」

やあね~でもどちらかの息子さん?とキッチンに消えてゆくママ。

・・・ダメだ。

やっぱり、この家は私がしっかりしなくては。

学園アイドルグループ運営成功の誓いを、再度固めるのであった。

週が明けて月曜日。

松濤学園がお昼休みに入ろうとしているところで、その校内放送の呼び出しは行われた。


『ピンポンパンポン♪』

「文化人類学部の有安君、至急理事長室に来てください。繰り返します、文化人類学部の・・・」

放送での呼び出しなど珍しくもない光景だが、何で地味な有安君が?理事長室に?と、教室の視線がにわかに集まり始める。

有安はプルプルと震えて、すぐに教室を抜け駆け出した。

向かった先はもちろん・・・。


「おいこら理事長代理!俺は学校で目立ちたくないって、何度言わせるんだよ!!」

勢いよくドアを開けるが、理事長室にいたのは華緒だけだった。

華緒はすかさず有安のファッションをチェックする。

今日はまさかのセーターをパンツにイン。

たしかにミッキーとのギャップはあるが、そんなにしてまでギャップというのは必要だろうか。

悩ませる男だ。

「まあまあ、有安くん落ち着いて。そこに座って」

案内された備品のテーブルの上には、ウーロン茶と取り皿が並んでいる。

「お待たせ~」

そこへ重箱を抱えた埜乃が入ってきて、テーブルに並べだす。

有安はしばらく埜乃の行動を見ていたが、思い出したように、

「そうだ、放送で呼び出すなんて何考えてるんだよ。俺は学校で目立ちたくないんだって言ってるだろ」

有安に気づいた埜乃が一瞬止まって言葉を失う。

「有安くん、今日も前衛的な着こなしで」

これでもかなり控えめに表現したつもりだ。

「僕もセーターパンツにinしてる若者って初めて見たわ」

頑張って僕といったも埜乃、語尾におネエが残る華緒。

「ファンの方の100年の恋も冷めるんでしょうね」

それを見たら・・・でもつい横目でちら見してしまう。

スタイルは良いんだよね、とか。

一度気になるとどうしても目で追ってしまうのだ。

「なんだ、埜乃ちゃんは俺に恋しちゃった?」

「え?なんでそうなるっの・・・て、何言ってるんですか!」

慌てる埜乃には、眼鏡をずらして口元だけで微笑む有安がもうカッコよくしか見えない。

パンツにセーターinのくせに、くやしい。

「何事もギャップが大事さ~」

頬杖を突く姿も様になっていて、どこまで本気なのか。

全人類の女子はみんな自分の虜だと思っていそうな自信が感じられる。


「では、始めましょうか」

埜乃は有安から視線を机上に戻し、皆を見渡した。

「始めるって、何を?」

そういえばなんで呼び出されたんだと、有安にはまだ不満が残っている。

「ランチミーティングです」

埜乃はにっこりほほ笑む。

ズバリ食べ物で釣ろう大作戦だ。

並べられた3段重ねの重箱は、チキンソテー、トマトピラフ、かぼちゃとサツマイモのサラダ、豚肉とザーサイの中華春雨炒めと、えびと人参のナムルなどなどがバランスよく詰められていて、なかなか豪華。

だがこの組み合わせ、どこかで見たような?

「今日の学食のメニューって何だっけ」

つぶやく有安にウィンクする。

「さすが、鋭いですね。学食ですが遠慮なく食べて下さい。有安くんも学園救済プロジェクトのメンバーなんですから。これからは毎食経費で落ちますよ」

「埜乃は自腹なの?」

イキナリの名前呼び捨てに、戸惑ってしまう。

華緒は配っていた皿を落としそうになるし。

「私は自腹です。毎食味と品質のチェックを兼ねて、お昼は学食をいただいています」

「職権乱用しないんだな」

有安は、渡された小皿を手に、ちょっと感心したように食べ始める。

「学園の管理栄養士としては当然です」

「え?このメニュー考えてるのって、埜乃なんだ?」

驚いて目を見張る有安に、二度目の呼び捨てに華緒は黙っていられない。

「ちょっと、有安君。まだ会って2度目なのに、埜乃を呼び捨てにするのは早くないかな」

握られた割りばしが、小刻みに震えている。

「俺だってまだ知り合って2度目の人たちに呼び出されて、昼飯食わされてるけど?」

確かに、と言葉に詰まる華緒。

埜乃は監督?らしく華緒にも重箱を進めてなだめる。

「埜乃は生徒の健康と安全を考えて毎月学食メニュー考えているのよ。他にも制服のデザイン選考や入試のレベル設定とか、学園経営に携わっているのよ」

すごいでしょ?と自分のことのように自慢する華緒。

「全部ではないけですけど。でも私が学食に力を入れてるのは事実で。食育ブームもあるけど、バランス良くて安全な食事提供は保護者の皆さんへの良いアピールになってるかなって」

華緒に褒められて少し照れたが、でも意志を持ってしっかりと答える。

「それでか、今年に入って妙に使いまわしの食材が増えたと思ってた」

ばれたか、と思ったが、それに気づくなんて有安もなかなかセコイ。

「でもなんか意外。わりと真剣に考えてるんだな。学園アイドルってのも、まんざら冗談でもないってわけ?」

有安と華緒には、金曜日の帰りに学園アイドルグループ運営の大まかな設計をすでに話してある。

「当然です。我が松濤学園の命運を賭けたビックプロジェクトになる予定ですから。そのために見目麗しい殿方を集めてですね・・」

少々おべんちゃらも混ぜつつ、なんとか承諾の方向へ持っていこうとする埜乃に、

「俺、顔出しNGだから」

えびと人参のナムルが気に入ったらしく頬張りながらも、有安はぐさりとクギをさす。

「OLのキャバ嬢みたいなこと言いますよね」

やっぱり簡単には釣れないか。

「なんと言われようと、人間にはオンとオフが必要な、の」

有安は、カリスマを保ちステージに立つには、誰にも注目されないオフが必要だと頑として譲らない。

「それに俺ってかっこよすぎるから。みんなを音に集中させるのに、俺のルックスって邪魔でしょ?」

そんなこと、ありませんけど?という言葉をなんとか飲み込む。

ここで気分を害されては元も子もないので。

まあ、全否定はしないけれども。


同日同時間、こちらは図書室で卒業アルバムと学園名簿を調べる内藤メア。

アルバムの横には市内地図が広げられている。

内藤は髪の毛を一本引き抜くと、鉛の振り子に結び付け、右手で地図の上をダウンジングを始めた。

振り子は探るように地図の上を大きく旋回していたが、だんだん松濤学園を中心にして小さな円を描き、ぴたりと止まった。

「やはり。私の予想ではこの近辺に必ずいる。だがもうめぼしいも埜乃オーラは一通り・・・」

心なしか疲れた様子の内藤は、華緒と有安のクラスに先週転校してきたばかり。

日本人離れした精悍な顔立ちで、その人気はクラスの女子以外にもじわじわと広がりつつあった。

「内藤君、もうお昼済んだの?」

そして、早くもクラスで1~2を争うギャルにも目をつけられゆっくり一人になる時間もない。

巻いたと思ったのに居場所を嗅ぎつけられて、内心ムッとしているが顔には出さない。

「あ、それって星占い??私も占なって欲しいな」

机の上を覗き込んでくる視線から、学園名簿と振り子はさり気なく隠す。

「いや、何でもない」

そっけなく返すも、ギャルはまったく気にする様子はない。

「良かったら校内案内するけど。部活まだ決めてないよね?」

松濤学園は部活動に力を入れており、昼食時間に活動をする所も少なくない。

「そうだね、ありがとう。案内してくれるかな」

この場を立ち去ろうと微笑むメアと、小さくガッツポーズを決めるギャルを、図書室のドアから悔しそうに見つめる女子が2~3人、視界の隅に入った。

日本の女子高生というのは暇なのだなとため息が出る。


内藤とギャルが連れ立って校内のいくつかの部活(美術部、俳句部など渋めのもの)を覗いてゆく。

内藤が時間の拘束の多い運動部系はパスと言ったのが始まりだが、出来るだけイケてる女子の少ないサークルを勧めるあたり、ギャルに抜け目は無かった。

「どうかな、この辺だと実質活動はないし、放課後デートする時間もあるよ。なんてきゃっ!私ってば大胆」

ギャルのさり気ない?アピールも華麗にスルー。

「ここは?パンフレットにあったかな?」

内藤の目に留まったのは、理事長室の看板の隣に即席で張られた『学園生活研究部』の張り紙だった。

「え?学園生活研究部?こんな部聞いたことないけど」

「学内のことに詳しいのかな。面白そうだからちょっと覗いてみようかな」

「え、理事長室に入るの?・・・あ、じゃあ私はここで」

ギャルは名残惜しげに去っていった。

「ふむ、ここは女除けにもなるのか。ますます良い」

全校男子生徒の9割以上を敵に回す発言だが、もてる男というのもそれなりにつらいのかもしれない。

理事長室の扉をノックする。


『コンコン』

「はい~。誰かしら?お昼休みに珍しい」

埜乃が戸を開ける。理事長室には、教師たちも会議の時以外はほとんど訪れないのだ。

「表の『学園生活研究部』の張り紙を見たんですけど」

中では、能のシテ衣装で銀髪のウイッグをつけ、メイク済の華緒と有安が、鏡を覗き込んでいた。

有安はメイクアップして服装が変わると人格が変わるのか。

近寄りがたいオーラを発しているのだが、内藤に気づくと鏡越しに

「ふはは~、よう、歌舞伎ロックスって知ってる?」

誰?と思わず後ず去る内藤に気軽に話しかける。

クラスでは出来るだけ地味で目立たないようにしているのを忘れたのか。

衣装は能だが、メイクはなぜかやや歌舞伎風。

真っ赤な口紅で微笑むアンバランスさがなんとも言えない。

「もう!ふざけ過ぎだよ能はお面をつけるんだから、メイクはいらないのに」

華緒が不満そうに、自分にも施されたメイクを見つめる。

「でもお面は人間国宝作だから、持ち出せないんでしょう?」

埜乃は満足そうに華緒と有安を交互に眺める。

私って、どうやらお化粧した男の人が好きみたい。

「あの、ここは学園生活研究部ではないのかな・・・?」

内藤の問いはもっともで、話は生徒会室の昼食後にさかのぼる。


重箱を片づけると、埜乃が取り出したのは能のシテの衣装と銀髪のロングなカツラだった。

「有安くんがどうしても顔出しはNGとおっしゃるので、私なりに考えてみました」

基本は学園中で愛されるアイドルが目標なので、PTA受けも考えて伝統芸能である能を取り入れることにした。

素晴らしいことに衣装は華緒の家からタダでレンタル出来るので、伝統+タダ=NEWエコアイドルの誕生だ。

メイクをしたらばっちり誰かわからないし、カリスマ感も演出できる。

なんて名案!


「そうですよ。学園生活研究部は活動初日ですが運営しています。何かご用ですか?」

問いかける埜乃には上の空で、内藤の目は有安を、正確にはその後ろを見ていた。

「有安君、君はもしかして有安君?・・・素晴らしいオーラだ」

「え?そんなすぐわかる?メイク薄いかな」

有安が一瞬顔をしかめる。

「さすがは王家の・・いや、やはり写真だけではわからないものだな」

続けて内藤が何かつぶやいたけれど、誰にも聞きとれなかった。

「いえ、何あの、僕まだ転校してきたばかりで、学園の事を良く知りたいのでここに入部したいのですが」

埜乃と華緒と有安が顔を見合せる。

まさか入部希望者が現れようとは思ってもいなかったのだ。


こそこそと3人で緊急会議が開かれる。

「良いんじゃない?内藤君てスタイルいいしイケメンだし。埜乃のタイプではないけど」

最初に内藤を推したのは華緒。

埜乃の好みじゃないイケメンなら賛成というところか。

「確かに女子受けはいいんじゃないの?メイク映えしそうだし」

有安もアイラインを濃くしながら賛成する。

身ばれの心配がなく、アイドル部が成功したらキックバックありの言葉でかなりやる気を出していた。

「なんで華緒が私の好み知ってるの?でも内藤くんて、この半年で転校回数が3回なのよね」

理事長の娘権限で知った、内藤の転校歴が気になる。

学園の命運を賭けたプロジェクトに、問題児はご遠慮願いたいという思いがある。

「じゃあさ、アイドルに向いてるかテストさせてもらえばいいんじゃない?」

有安がいたずらっぽそうに微笑む。

「テスト?って」

ひそひそ話す3人を眺める内藤の耳がぴくぴくと動く。

「アイドル適性テスト?いったい何をさせようというのか」

小さくため息が漏れる。


埜乃が有安のiPhonを内藤の前に差し出す。

「今から1分曲を流します。それをハミングで再現してください」

何か音感を試すテストをしようという話になり、有安作のオリジナル曲を覚えて再現してもらうことになった。

既成の曲だと元々知っている可能性があるからだ。

「イケメンにテストなんていらないんじゃないの?」

華緒はこのテストに不満げだが、顔出しNGのアイドルグループにすることも考えると、音感があるに越したことはない。

実は将来曲がヒットしたら音楽の教科書に乗せることも検討しているのだ。(おいおい)

自分の好みでアイドルグループを作って、はたして売れるのかと『人とは違う感性』と言われた占いが気にかかる。

世間的に売れるメンバーを集めたい経営者としての欲求。

でも正直好みでないので、内藤の良さが解らない。内藤に決めるなら、音感が優れているという後押しが欲しい。

「と、とにかく音感を試させてもらいます」

内藤は、学園生活研究部でなぜ音楽のテストが必要なのか?など突っ込みどころ満載のはずだが、大人しく従っている。

「いつでもどうぞ。僕、耳にも自信があるんです」

も・・・?余裕が感じられる。

「それでは、スタート」

再生ボタンをクリックすると。iPhonからメロディーが流れだす。

内藤の動きが止まり、埜乃と華緒も驚いて耳を澄ませた。

正直ロック系のナンバーが流れると予想していたが、これは精巧に作られたオルゴールのようだ。

1分弱の曲が終わると、待ち構えていたように有安に問いかける。

「すごい、この曲本当に有安くんが作ったたの?」

「素敵ね、もっとロックなのを想像してたわ」

興奮する埜乃と華緒を手で制し、内藤が目を閉じて歌いだした。それは美しい声で。

「ララララ~ラ、ラッララ~・・・ラ~ラ~ラ~ラ~」


『パチパチパチ』

歌い終わると、思わず拍手が起きる。

「なかなかやるね、即興でアレンジまでしてくるなんて」

有安も純粋に驚いている。

「私には幼いころから馴染んだ曲です。それよりもこの曲をどこで?」

「幼いころ?これは最近録音したばかりの俺のオリジナルだけど」

オリジナルの定義は難しいが、でも・・・と有安が首を傾げる。

「は~、美形って何でも出来るの?」

漫画なの??と埜乃がひねくれた感想を漏らす。

「で、僕は合格なのかな?」

そうだった、オリジナルかどうかが問題なんじゃなかった。

「ご、合格です」

○×フラグをエアで上げる埜乃。

「そう、じゃあ僕もこの衣装を着るの?」

能の衣装をさし、動じないポーカーフェイスの内藤だが、心なしか嬉しそうに見える。

時計を見ると、12時55分になろうとしていた。

「そろそろ午後の授業が始まるので。放課後までに衣装は用意しておきます」

埜乃はメイクを落とすように、華緒と有安を流しに向かわせる。

内藤の目はまた有安を追っている。

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