ありやす!有安!
「ごめんなさい、私のせいで」
慌てて起き上がろうとする埜乃を華緒が制す。
どうやら酸欠になって倒れたらしい。
まだライブが続いている中、華緒達によって連れ出され、すぐ隣の公園へやってきていた。
ベンチに腰掛けると心地よい夜風が頬を撫でる。
「良いよ~。バシリスクはあれで終わりだったし、次になったら最前はゆずる気だったんだ」
リリイもアゲハも気にするなと言ってくれるが、公演を途中で抜けるのはマナー違反ではないのだろうか。
「普段からみんな出たり入ったりで、自分の興味あるとこしか見ないよ」
「それより本当に心当たり無いの?ミッキーはあれで平等だから、新規をいきなりかまうなんてしないのに」
アゲハが探るように見つめてくるが、シンキ??かまう?とは・・。
「埜乃、ウーロン茶もらってきたよ」
華緒がリリィとアゲハにもジュースを渡し、みんなで一息つく。
ライブハウスはドリンク代というのが別に必要で、これはライブハウスの取り分になるらしい。
このシステムも勉強になる。
リリィとアゲハは、しばらく埜乃の様子を見ていたが、本当に心当たりが無いのを見て取ると、
「じゃあ、私達は中戻るけど、興味あったらまた来てよね」
埜乃達に手を振ってライブハウスの中へ消えて行った。
「はい。必ずまた伺います」
埜乃と華緒も愛想よく手を振る。
「ふ~ぅ」
そしてため息。二人はもちろん良い人達だったけど、初対面の相手にはやはり気を使う。
「ミッキーさんて、幾つくらいかな。もし学生なら、うちの学園に転入してもらえないかな」
「僕は気に入らないね。あんなちゃらちゃらしたやつ」
華緒はミッキーが触れた埜乃の顎を睨んでいる。
「めずらしいね?華緒が僕っていうなんて」
埜乃は、華緒の視線の意味には気づかず、さっそくミッキーに接触しようと行動を開始する。
「出待ちの皆さんはこの線から出ないでください」
ライブハウスの裏側に回ると、すでに扉の前にはファンが20人ほど並んでるいる。
どうやらメンバーはここから出てくるらしい。
ファンの女の子たちはみんな埜乃達と同世代に見える。
ライブ後の興奮が冷めやらない様子で、いつもの?妄想話にも花が咲いている。
「ね、もしミッキーと一夜を過ごせるとしたらどうする!?」
「え~!やだ、私いくら払えば良いの?」
言いつつも頬を染めてお腹の辺りの薄い肉をつまんでいるのは、ダイエットしなきゃってとこだろうか。
「だよね、ミッキーに辿り付くまでに力尽きそう。関係者で行列できてるよね」
誰かが列をかき分ける仕草をする。
「読モ・アイドル・読モ・アイドル・地下アイドル、みたいな」
「読モと地下アイドルってところが妙にリアル~」
みんな可愛いのに、話している内容はなかなか過激だ。
「デンジャーズが毎日ワンナイって噂だから、ミッキーなんてもっとだよね?」
「2列なんじゃない?」
「ミッキーまで2列?2列でモデルとアイドルが順番待ち!?」
ピースサインでラインを描いて、お腹を抱えて笑っている。
「今じゃパンピなんて相手してもらえないでしょ」
フン、と少しさみしそうにつぶやく子も。
「すごいね、誰かをこんなに夢中にさせるのって。ますます話してみたい」
埜乃は真剣に裏口の扉を見つめる。
「今の?今の話に感心してるの?突っ込みどころ満載だったけど??」
華緒の言葉が耳に入っていないような埜乃の横顔に、華緒の顔は一層曇る。
扉がかすかに開くと、歓声が上がりサングラスをしたバシリスクらしきメンバーが顔を出した。
埜乃も華緒の腕につかまり、人ごみの後ろで爪先立ちで前を覗き込む。
あの黒髪のロン毛はたしかベースだったような。
埜乃も必死だが、ハイヒールをはいた子たちには敵わない。
そこでしかたなさそうに華緒がよろよろと、埜乃を抱っこして持ち上げる。
「華緒?大丈夫??」
「大丈夫。埜乃はしっかり前見て・・・っ」
華緒を気遣いつつも、やっと前方が見えるようになった。
前方ではそれぞれがメンバーに手紙やプレゼントを渡して話しかけている。
続いてサングラスをかけた、ミッキーと思しき金髪が出てきた。
とたんに一段と大きな歓声が上がり、それが合図だったかのようにメンバーが五方行に走りだした。
「きゃ~ミッキー!!!」
「シュウ~!!」
ファンの女の子たちも慣れたようにチリジリに目当てのメンバーを追いかけてゆく。
突然走り出した少女たちにあおられ、バランスを崩した華緒と埜乃はその場に倒れ、しばらくあっけにとられていた。
だがすぐに気を取り直すと、慌てて立ち上がる。
「ミ、ミッキーくんは?どっちいったのかしら?確かあっちに走って行ったよね?」
「大丈夫?けがはない?ミッキーなんてどうでもいいから足見せて。イタタ僕も擦りむいた」
埜乃の埃だらけのスカートを丁寧に払ってから腕をまくりあげる。
埜乃は諦めきれなかったが、ミッキーが消えた方向と華緒の腕を交互に見ていた。
『キィィィ』
誰もいなくなった扉から、一人の少年が顔を出す。
ぼさぼさの坊ちゃんカットの黒髪で、両手でかばんを抱えている。
注意深く周りを見渡し、そろそろと出てくる。
だが特筆すべきはそのファッション。
松濤学院の制服に身を包んでいた。
「あの制服、うちの?」
「あら、同じクラスの有安くんよ。意外ね、こんなところで会うなんて」
「同級生?」
ということは、若く見えるけど大学生?
松濤学園には大学にも制服があるが、当然服装は自由なので、制服を身に着けているのは埜乃を含めた一部の学生のみだった。
有安君か・・・。
埜乃の心はアイドルグループの構成員さがしでいっぱいなので、いつもなら興味ない男子も、今日は細かく観察してしまう。
身長はさほど高く見えないので、華緒と同じ170くらいか。
顔が小さくてなかなかバランスがいい。
でもそこから先が問題だった。
ビン底眼鏡の上(まだあったんだ、ビン底なんて)。
松濤のお洒落な制服をこれでもかとダサく着こなしている。
高等部や大学でも制服を着用している生徒は、みな下品にならない程度に着崩している。
男子だったらシャツもジャケットも少し大き目サイズをルーズに羽織り、パンツを腰で穿く生徒が多い。
(もちろんズルズル引きずったりはしないが)。
そこを有安は、シャツを第一ボタンまできっちり留めて、ジャケットもパンツもジャストサイズ。
ベルトの位置もかなり高いとみた。
そして極めつけはパンツの裾だが、くるぶしがギリギリ隠れていない。
(モッズだっても少し長いだろうにまさにつんつるてん)。
そして小・中等部の新入生以外で、白のソックスをチョイスしている生徒は初めて見た。
でも、もしかして原石が磨きまくられて小さくなるものだとしたら、その原石は出来るだけ大きいほうが良いのかしら?
でも削る余地が大きくても、ダイヤの部分が小さければ意味ないのかしら?考えがまとまらず迷走し始める。
と、その時、有安が自分から埜乃達に近づいてきた。
しまった、見つめすぎたかしら。
「夏目くんと理事長代理じゃないですか。どうしたんですか、ライブハウスの裏口で」
「有安くんこそ裏口から出入りするなんて。ここは松濤学園の生徒にふさわしい場所かしら」
理事長代理と言われて、反射的に出た言葉だが、自分たちはどうなんだという話だ。
「会長、校則で高等部以上は20時までバイト解禁ですよ。それにバイトをしたい生徒の気持ちは、理事長代理もよくお分かりではないですか?」
慇懃無礼。
言葉遣いと態度は控えめだが、聞き様によっては学園経営の危機的部分も知っているような口ぶりである。
勝ち誇ったように、ずれたビン底眼鏡を中指でくいっと持ち上げるしぐさがどこか漫画っぽい。
その眼鏡サイズが合っていないんじゃないの?と、
「ちょっ有安くん、その爪、良く見せて」
埜乃は思わず有安の手をつかむ。
しまったという顔でとっさに手を隠すが、黒地に銀でスカルとクラウンと星のマークは見逃さなかった。
「俺、実はバシリスクのすごいファンで。ミッキーのネイルと同じでしょう?真似してるやつ多いんですよ」
怪しい。
爪だけではまさかと思ったけど、急にペラペラしべりだしたのが怪しい。
実は私は手フェチで、ミッキーの手もマニキュアに気を取られながらもしっかりチェック済なのだ。
大きくて少し節ばった良い手をしていた。そして有安くんの手も・・・ミッキーの手に似ている!!
「あら、有安くん、髪の毛に埃がついてるわよ。どこでつけるのよ、こんなでっかい綿ぼこり」
華緒が髪に手を伸ばすと、それを大げさに避けた有安は、尻餅をついてしまった。
あれ?反動で髪の毛が少しずれたような気がする。
「気を付けてよ夏目君。痛いじゃないか」
「なによ、人の親切を大げさに避け過ぎよ。あんた実は禿げでカツラなんじゃないの?」
慌てて髪の毛を抑える動作が怪しすぎて、埜乃も思わず覗き込む。
「あの、なにか髪の毛の下が光ってるような気が・・・?」
有安の黒髪の下からはみ出た何かが、街灯の光を反射してキラキラしている。
「いや、俺は決して禿げてないし、カツラでもないから」
有安の声が固い。
「やあね、本当にカツラなんだったら、からかったりしないわよ」
扇子で口元を抑え、憐れむように有安の頭部を見つめる華緒。
「その年では、残念ですね・・・」
同調する埜乃。
「違うって言ってるだろ!!」
立ち上がろうと、有安が髪の毛から手を放したところを、
「隙あり!!」
華緒が有安の髪をつかみとる。
・・・と、中から出てきたのはある意味予想通りの輝くような金髪だった。
「光ってたのは、これ(金髪)だったんですね」
見とれてため息をつく埜乃。
ミッキーと同じネイルで髪の毛は金髪。
そう来れば次は?
「もしかして、その眼鏡を取ると・・・」
観念したのか、有安は深いため息をつくと、ゆっくりと瓶底眼鏡を外して二人を振り返った。
当然ノーメークだが、その姿はステージで光り輝いていたミッキーと同じく、それはそれは・・・、
「あれ?カッコ良く・・・ない?」
あまりにもストレートな埜乃の一言。
頬はほのかに赤くなっているのだが。
「ぷっ。ステージマジックかしらね」
うんうんと埜乃の反応に満足そうに頷く華緒。
自分も能の舞台での正装と普段のギャップには覚えがあるが、しかし勝った!と思っているのであろう。
「ぶっ殺す!失礼な奴らだな!!」
華緒からカツラを奪い返し、叫ぶ金髪ややイケメンのくるぶしの上で、制服のパンツの裾が悲しげにはためいていた。