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メシウマ

埜乃達のベンチの前を、派手なギャル風の二人組が手帳を覗き込みながらキャッキャッして通り過ぎる。

「やだ~このミッキーくそ可愛い!交換して?」

「え~ムリ、私的にぶさチェキはイケチェキより愛しいし。でもやっぱアゲハも価値わかっちゃう?」

「ぶさっきーわかる~。これで歌うとセクシーとか犯罪だよね!?」

「イケなキメ顔とのギャップが~。はずれチェキがまたはずれてないってか、くすぐるんですけど。ヴィジュアル系が全力で女装してバンギャより不細工とか何考えてんの」

「何狙いなのwメシウマ」

「ついついバイト代全部イっちゃうよね。どんだけ萌えさすの?破産するわw」

「チェキ代稼がなきゃだよ~」

ギャップ萌のセクシーメシア?(埜乃にはメシウマがメシアに聞こえている)メシアって救世主の事だよね?バイト代全部いっちゃう?つぎ込んじゃうってこと?これは・・・お金の匂い。

「あの、イキナリすみません。今お話しされているギャップ萌の救世主メシアには、どこでお会い出来るでしょうか?」

埜乃は立ち上がると通りすがりのギャルに話しかけた。

「ギャップ萌の救世主?」

「やだ、宗教の人?」

ギャルにアメリカザリガニぐらい引かれた。

漫画だったらザザザザっ・・・と背景に擬音が入ったことだろう。

「いえ、違う、違います!?宗教とかじゃなくて、そのメシアって救世主ですよね。私、今、救世主を・・探して・・まして・・・」

救世主を探してるってあんた・・・。

自分に自分で突っ込めるくらい、言えば言うほど怪しい人だ私。

顔どころか身体全体真っ赤に血が駆け巡るようだ。

「メシアってなに?ていうかあんた誰?」

ごもっとも。

「私は桐谷埜乃と申します。あの、ミッキーさんはメシアなのかなって・・・バイト代全部つぎ込みたくなるなんてどんな人かなって思って。ちょっと興味があるっていうか・・・」

上から下までじろじろ見られて、余計にしどろもどろになる。

普段は初対面の相手に、いきなり声をかけたりするタイプではないのだ。

もう無理!やっぱり私には地道に節約してる方が似合うんだわ。

「すみません、何でもありませんでした。行こう!華緒」

恥ずかしくなり、ベンチに置いた鞄を抱えて華緒の手を取った。

「ちょっと待ちなよ。あんたバシリスクに興味あるの?」

「バシリスク???何ですか?そのうちの馬みたいな名前」

嫌な名前を聞いたと眉をしかめる。

そんな埜乃の問いにずっこけるギャル二人組。

「うちの馬~??なにそれ超ウケる」

「メシアのがなんですか?なんだけど。あんたもしかしてお嬢様?」

興味を持ったとたん急にフレンドリーになるギャルにドギマギしてしまう。


彼女たちは快くチェキを見せて説明してくれた。

ミッキーさんはバシリスクというバンドのボーカルなのだそう。

小さくて良くわからなかったけれど、派手な髪型をした細身の男性が、とにかくいろんなポーズで時にはロリィータ風の女装やパンダの被り物などをして映っていた。

「この人にみんな、バイト代つぎ込むんですか・・・」

写真を凝視して一人言のようにつぶやく。

どちらかというと信じられない。

「つぎ込むっていうか、ガチャポンにチェキが入っててそれが何種類もあるから自然とね」

「全部見たいし、コンプしたいからいつの間にかだよね」

ねぇ、と顔を見合わせる。

笑い合うギャル達の嬉しそうな顔にやっぱり感じる。

今会いに行けるお金の匂いのするアイドル(候補)。

やっぱり会いたい!会ってみたい。

「この方って、お会いするにはどうしたら良いでしょうか?」

埜乃は目をキラキラさせて神様お願いのポーズをする。

かなり前のめり。

「会うっていうか、ライブハウスに行けばいるけど」

その言葉に?と首を傾げる。

「ライブハウス知らない?」

びっくりされても知らないものは知らない。

ギャルたちはまた顔を見合わせてから同時に口を開く。

「一緒に行く?」

ギャル優しい!

「はい!お願いします」

即答する埜乃後ろで、華緒が『えええ行くの!?』といった顔で若干嫌がっている。

「じゃあもう開園迫ってるからさ、急ごう」

ギャルの一人が携帯の時間をみて慌てだす。

「私はリリイ。このこはアゲハ。よろしくね」

「私達、バシリスクは上連なのよ」

それでも急いで自己紹介をしてくれる。金髪に近いロングヘアのリリイと、姫カットのアゲハは、第一印象よりも大分優しいみたい。

「私は桐谷埜乃です。そして彼は幼馴染の夏目華緒です。よろしくお願いします」

埜乃も自己紹介をしなおして深々と頭を下げる。

華緒はギャルたちに可愛いとからかわれて、まんざらでもない様子。

しかしライブハウス?の常連?というのは何だろう?


「こんなに前のほうに来ちゃっていいんでしょうか・・・」

たどり着いたのは、満員とは言わないまでも、2~300人くらいの人数で占められた会場の最前列。

ライブハウスはコンサート会場の椅子がない様子に近かった。

「ここの箱好きなんだよね、ステージ近くって」

はしゃぐるリリィの隣には、同じ年くらいの女の子が陣取っていて、なんだかちょっと睨まれたような。

「良いの良いの。私達上連だし整番一桁だから」

少し気になったが、常連と整番一桁というのは威力があるものなのだろうか。

「すごい人ですね、みんなミッキー・・さんのファンなんですか?」

「今日はミッキーっていうか、バシリスク目当ては半分くらいかな。トリのデンジャーズの方がファン多いかも。デンジャーズはメジャーデビュー近いって噂なんだよね。私はバシリスクのがずっと可能性あると思うけど」

今日は2マンという方式で、2バンドがでるらしい。

なんだ、全員がミッキーのファンというわけではないのか・・とちょっとがっかり。

ライブハウスの場所は地下にあってて、最初は少し抵抗があったけれど、それも防音を考えたら効率の良いつくりに思える。

男性客の方が少ないからか、華緒は周りから浮いていて観察されていた。

「ねぇあのおかっぱ可愛くない?」

「すっぴんだよね、おかっぱのメンて誰かいたっけ?」

ひそひそ声が微妙にひそひそしてなくて、暗いからって意外とみんながっつり見すぎですから。

華緒は少々居たたまれない気持になっていたのだが。

「おかっぱって華緒のこと?メン?男がすっぴんなのは当たり前じゃないのかな?あ、また女の子に間違えられてるのかな」

埜乃は幕が降ろされたステージから目が離せないようで、少々上の空な問いかけをしてくるし。

初めての経験に緊張しているようだ。


それまで流れていたBGMが変わり照明が落とされると、悲鳴に似た歓声と人の波が前に押し寄せた。

「ミッキー~!!!」

「シュウ~」

「きゃああ~!!」

必然的に柵に押し付けられる最前列。

い、胃がつぶれる。

ど、どうなってるの??潰れそうな埜乃を、華緒が守ろうとするから余計にパニックになる。

「ちょっと、押し過ぎ」

後ろを振り返り向き、リリイが一声威嚇すると、人ごみが気まづそうに少しだけ後ろに下がる。

埜乃を優しく近くに引き寄せる態度はなんとも凛々しい。

「埜乃もしっかり足踏ん張って。柵に肋骨が当たらないように自分で調整して。こんなの押しのうちには入らないからね」

「あ、始まる!!前見て」

リリィとアゲハに矢継ぎ早に言われて慌てて前を向く。

・・・が、幕がかけられたステージは人影がうごめくだけでまだ何も見えていない。

こ、こんな状態が後1時間続くの?耐えられるかしら。

「きゃ~、ミッキー!!」

「秀人~!!」

埜乃の思惑とは反対に、幕越しに動く人影と漏れ聞こえるギターの音に、歓声はヒートアップしてゆく。

み、耳が痛い。

正直に言うと痛いのは耳だけじゃないけれど。

これ以上世話を掛けられないので黙って耐える。

『黄色い声と表現される女性の歓声は、昔の中国で色を表現する際に、一番高い音を指したのが黄色だったからだそうです』

ふいに昔ならった古典の授業が頭に浮かぶ。

皆の歓声と激しい押しで前後左右に流されるうちに、何だか逆に冷静になってくる。

そういえばカッコイイって何だっけ。

昔から感覚がズレているのか、アイドルや人気の俳優にも、一度も夢中になれたことがなかった。

ミッキーの魅力はどうなのか。

少し不安だけれど、将来の金のなる木を拝まなければ!

精神力で顔を上げる。

ステージ中央を見つめると、幕が払われたスタンドマイクの前に立つその人は、光り輝いていた。

(バックライトではなく、比喩的表現です。念のため)

毛穴の無い肌に赤い唇。髪は金色に輝いている。

ここまで金髪の人を生で見るのは人生で初めてだ。

そしてウエスト、私より細いんじゃないかしら?

細身のジャケットとパンツが良く似合っている。

・・・足、細!

「彼が、ミッキー!?」

曲が始まり、柵にしがみつくもまた左右に流される。

それでも視線は釘づけだった。

曲はわからないし、ノルという余裕は全くなかった。

でもそのうちに自然に体が跳ねている。

よく男子が掃除の時間に箒で真似してた、あの柄の長い方が確かベースと言ったはず。

良く解らないけど、あと二人いるのが恐らくギター。

ベースが二人いるってのは聞いたことないからきっとそうなんだと思う。

ボーカルにベースにドラムにギターが二人。

全部で5人のメンバーのうち、ボーカルを挟んで弦楽器隊が一列に並ぶ。

何が始まるのと一瞬身構える。

四人は一段高いステージから客席を見下ろすと、全員が頭を振り出した。

「ひ、弾きながら?楽器って弾きながら動けるの!?」

私の知ってるオーケストラやアイドルは、歌って踊ることはあっても、楽器弾きながら頭を振ることはなかった。

カルチャーショック!?

でも中央のミッキーから目が離せない。

綺麗に四人揃った動きの中で、ミッキーにだけ目が吸い寄せられる。

体全体を使ってて上下左右する動き。

もしかして、皆と同じ魅力を私も感じられているのかもしれない。

初めての経験への期待に胸が高鳴る。

ミッキーはすでにしっとりと汗をかいていて、そのしずくが揺れる髪の毛を伝って飛び散った。

汗は埜乃の顔にももちろんかかった。

普段なら汚いと思うはずのそれが、霧の中で濡れた彫刻から滴る朝露のように心地良い。

夢中で見つめていると、あっという間に3曲が演奏され、ミッキーがステージ袖に消えた。

他のメンバーも、スタッフに楽器を手渡している。

「え?もう終わりですか?もっと聞きたいのに。、カーテンコールってありますよね?」

慌ててリリィに確認する。

しかしすでに立っているので、スタンディングオーベィションはどう表現するのだろう。

「カーテンコール?なにそれ?とりあえずまだ終わりじゃないから」

リリィがアンコールを始めようとする埜乃を慌てて止めた。

「し~っ、しっ。MC始まるよ」

アゲハも唇に人差し指で静かにするよう教えてくれるが、

「え?えむし・・・?」

周りの視線に耐えかねたリリィに口を塞がれる。

ステージに戻り、スタッフから受け取ったタオルで汗を拭きながら、ボーカルのミッキーが口を開いた。

「こんばんは、バシリスクです。常連さんは毎度あり。初めての方は初めまして」

慣れた調子でのメンバー紹介が終わった頃気が付いた。

どうやらえむしーとは、トークのことらしい。

そして意外と滑らかなミッキーのトーク。


「え~ね、今日、俺が歌詞間違えたと思った人」

ぱらぱらと後ろの方で手が上がる。

リリィも埜乃の口を押えているのと反対側の手を挙げている。

「みんなね、それ間違い。間違えてないから。ね、俺が作詞してるから。毎回作詞してるの、わかる?」

「わかんな~い!!」

「わかんないか、そりゃわかんないよな」

わ、笑った、意外なほど全開な笑顔に心臓がはねる。

何故か笑ったりはしないものだと思っていたから。

「暑いね~もう夏だ。どうせ暑いんだ、遠慮すんなよ、ズブ濡れになって踊れ!」

タオルを客席に投げ入れて叫ぶと、それを合図にまた曲が始まった。

ドラム・ギター・ベースにボーカルと、観客の歓声が四方から濁流のように押し寄せて、押しつぶされそう。

でも台風の目の中で宙に浮いたようにも感じる。

音に包まれているような、でもどこか遠くの方で鳴っている気もする。

何だか耳から窒息しそう。

隣で心配そうにする華緒の手をぐっと握りしめる。

大丈夫・・・。

だけどちょっと酔ったみたい。

照明と音の海に・・・・。


照明のオンオフがカチカチと切り替わり、動きが一瞬止まって見えるので、派手なステージ衣装とメイクが映えて余計に作り物のように見える。

数曲が終わり、またミッキーが話し始めた。

「みんな~元気?良いんだよ、無理しなくて。辛かったら言ってね。まあ、言われても・・・辞めてあげれないかもだけど」

汗をぬぐいながら、歌っている時とは違った独特なイントネーションで繰り出される言葉が心地良いと感じる。

今日会ったばかりなのに、ミッキーにすでに惹かれ始めていた。

「ミッキー~!!見えな~い!?」

客席から聞こえる声に、

「しょうがないよ俺小さいんだから」

そういって視線を足元に・・・・。

「あ、そうだ、後ろが見えるようにするにはね、前列寝てみる?俺添い寝するし」

背伸びして遠くを見つめると、ふわっと微笑む。

ちょっとこの人?と思ったのに、その笑顔に釘付けになる。

「今日ね、満員御礼じゃないからスペースあるでしょ。見て見て、その辺開いてる。オーナーに嫌味言われるからね、俺ら。みんなチケットは一人2枚買えっっっ!!。とは言いませんけど。欲しかったら買っても良いからね。それで友達増やしたりね、そのうちにスペースがなくなったら、立ったまま出来るしこう、ね、もう寝かさないよ。あれ、また下ネタ走ってる・・・ってもうういいか。で、真ん中は中腰ね、こう・・・て真ん中辛いか」

ジェスチャー付で、自分で言って自分で笑っている。

客席のあちこちで笑い声が上がる。

見ず知らずの人間を笑わせるなんて、すごい技術。

そしての何故だかチケット2枚買わなきゃと思っている自分にびっくり。

「バシリスクはこれで最後です。後はデンジャーズと楽しんで!」

これがラストの曲というとき。

ミッキーが客席を見渡す。

埜乃の視線がミッキーを追うと、ふいに数秒目が合った。

(早くもファン気分)。

正確には埜乃と華緒を見たミッキーが、一瞬驚いているように見えた。

しかしそれは本当に一瞬で、

「暑そうだね、みんな」

ミッキーは口に含んだペットボトルの水を、客席に向けて噴出した。

皆は歓声を上げて水しぶきに手を伸ばす。

ぽかんと眺めるていた埜乃は顔面が水浸しに。

ミッキーはいたずらっぽそうにニヤリと微笑んで最前列の全員の頭や髪の毛を撫でてゆく。

その手にはマニキュアが施されていて、男の子がマニキュアをする時代なのね。でも女の子に流行りのフレンチネイルとは違って、黒地に銀でスカルとクラウンと星のマークがすごく可愛い。

・・・と、あまりにも近いから目の前で冷静に観察してみたけど、やっぱりこれって、近すぎじゃない??どうしたんだろう。

心がこんなにドキドキって初めて。

歌いながらミッキーの手が埜乃の顎をなぞる。

ミッキーに見つめられて全く目を逸らせない。

「きゃ~!!埜乃!!」

「美味しいよ~!」

すでに頭を撫でられた上に、大接近のミッキーに大興奮のリリイとアゲハが、それでも大人しく見守る。

「やっぱり。・・なんか以外。顔射しちゃったね」

ふはは・・・と小さく笑って埜乃の耳にそっと囁くと、濡れた顔を首にかけていたタオルでそっとぬぐってくれた。

ミッキーが去ると、左右からリリィとアゲハに腕を掴まれる。

美味しい?ガンシャって何?それより私、目がチカチカしてなんだか、呼吸が苦し、い・・・。


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