華緒ちゃんは美形だけど・・・。
黙々と付箋紙をカットしていた華緒が、なんとなく手元が見えづらいと思い顔を上げると、窓には沈みかけの夕日が赤く映っていた。
グラウンドで部活動をしていた生徒も、ちらほらと片づけを始めている。
視線を埜乃に移すと、その真剣なまなざしは、まだ暗くなったことにさえ気が付いていないようだった。
虫が入らないように窓を閉めると、その足で電気をつけた。
「ん?まぶし・・・」
「お疲れ。そろそろお茶でもしない?」
三河屋の割引き券をちらつかせて埜乃の反応をうかがう。
「でも、まだ半分以上付箋紙残ってるし他にも・・・」
「これ以上は電気代かかるよ」
そ一言に反応した埜乃が割引券に手を伸ばしかけたが、空中で手を止めた。
「あのね、私ダイエット中だから」
甘いもの大好きな埜乃らしくない。
これは絶対お金のことを気にしている。
「もちろん驕るし。割引券も生徒さんに頂いたんだから気にしなくて良いよ」
華緒は扇子を開くとにっこり微笑んだ。
幼少時から家業である能と趣味の日舞を続けていて、どちらも教室で臨時教師を務めるくらいの腕前なのだ。
「でも、そんなにいつもご馳走になるわけには」
遠慮する埜乃の肩をつかむと、くるっと扉にわせる。
「いいからいいから。早くいかなと売り切れちゃう!」
そうと決まればささっと片づけて出ようとするが、電源の確認は怠れない。
「電気、消したよね」
「OK。レッツゴ~!」
エコは地球だけでなく学園も救うのだ。
花の19歳は見た目より大分しっかりしている。
「ありがとうございま~す。またお待ちしています」
明るい声を背に三河屋を後にして、せ~ので杏仁豆腐アイスを頬張る。
「ん!?」
「ふぁっ!」
「し・あ・わ・せ~!!」
思わず二人の声が重なる。
杏仁フレーバーの染み込んだクランチとフルーツが贅沢に乗せられ、土台はふわふわの生クリームと杏仁豆腐が絶妙にコラボしている。
こってりふんわりの、これで380円は安い!!そして奢りだと思うとなお美味しい。
甘いものは身も心も癒してくれる。
杏仁豆腐風味のアイスクリームをかみしめると、華緒と並んで歩きだす。
だが、癒されながらも埜乃の頭にはつい学園経営のことが浮かんでしまう。
少子化でも子供一人にかけるお金はむしろ増えるのだから、有名私立学園の経営は楽勝・・・なんて幻想にすがるのもそろそろ限界だった。
桐谷家は遡れば学問を世に広めようとした志の高い旧華族の出で、旧華族や武家の子女も通った松濤学園の理事を代々務める名家なのだが。
華族や武士が時代の流れに淘汰されたのと同じように、今危機を迎えている。
学園経営にも、乗っ取り、経営不振、少子化とリスクは山のようにあるのだが、主に桐谷家の箱入り息子であるパパの道楽と、同じく箱入り娘のママの能天気さがじわじわと効いてきている気がしてならない。
二人の出会いは5歳の時で、お互いの一目ぼれが30年近く続いているのだから麗しい。
だが世の中それだけでは渡っていけないということを、埜乃は19歳にして身に染みていた。
身の回りから変化は忍び寄り、子供のころは全身エルメスで占められていた衣類がいつしか国産ブランドになり、デパートのプライベート商品になり、今では世界でも有名な某激安ヒートテックなどを愛用している。(まあそれは良いのよ。品質は確かだし)。
現在の理事長は埜乃の父だが、実権はまだ母方の祖父である桐谷英一朗が握っている。
しっかり者の祖父が健在のうちは安心だが、最近理事長の座を母の弟が狙っているという噂が聞こえてきている。
叔父は幼い頃から優秀で、今まで本家の家業には興味を示さなかったのだが、不景気で自身の起こした事業に陰りが見えているらしい。
叔父が理事長に収まりたいと言うならそれも仕方ないと思うのだが、売却を考えているらしいとなると、話は別だ。
しかし、経営を立て直そうにも、いくら節約してもパパの出した損失分のⅤ字回復は簡単には実感出来ない。
どこかに10億円くらい落ちてないものか。
バブルという時代には竹藪や街角のごみ箱に、〇億円が捨てられていたと聞いたことがある。
本当なのか・・・と思いつつ、つい視線を下に向けて歩いてしまう。
すると街灯に照らされたベンチの上に忘れられた、一冊の少女雑誌に目が留まった。
誰かが暇つぶしに読んで置いて行ったのだろうか。
ベンチに腰掛けると、ついでを装い手に取って広げてみる。
「そういえばこういう雑誌もしばらく買ってないな」
独り言のようにつぶやくと、ページをめくった。
普段着もできるだけ制服を含めた数枚を着まわして過ごしているような状況では、ファッションページは見てもむなしいので斜め読みする。
「埜乃は乙女座だったわよね?」
ベンチの隣に腰かけた華緒が、占いのページを指さした。
「うんそう。え~っと、今月の乙女座はっと」
今月の運勢よりも、再来月の期首会議の方が気になるのだが・・・つい読んでしまう。
『貴方は悪女タイプ。人と違った感性の持ち主で、外見よりも才能のある人が好き。貴方は心から素敵と感じる人でも、競争せずに手に入るでしょう・・』
「なにこれ?さりげなく失礼じゃない」
埜乃の言葉に、華緒も雑誌を覗き込む。
「う~ん、人と違う感性で手に入る男か・・。『私面食いじゃないから』ってどや顔されてもねえ・・・」
無料の占いなんてね、乙女座のA型なんて星の数ほどいるんだし・・・と次のページに進む。
華緒が小さくつぶやいた、でも埜乃は結構マニア受け好きかも・・・の言葉も聞こえなかったことにする。
読者モデルの私物公開は読み飛ばして、次に埜乃と華緒の目に留まったのは悩み相談だった。
【読者のお悩み相談ページ】
Q:お金持ちの男性はなぜみな背が低いのでしょうか。最近交際を申し込まれた男性全員が低身長で・・・。
「回答見るまでもないわね。本当にお金持ってて背が高いイケメンは下界には降りてはこないのよ」
華緒は冷めた目でページをめくった。
「わ、華緒ちゃん名言!下界なんて上手いこと言うね。天界のエンジェル様、私の前に降り手こないかな~」
両手を胸の前で組んでの神様お願い!のポーズから、腕を前に広げて空気を受け止める。
「網もって待ち構えてるようじゃ、無理ね」
「つれないお言葉。まあね、舞い降りてもらっても捕まえておく自信ないけど」
ふ~んだと拗ねる埜乃の横顔を、華緒は優しく見つめる。
Q:リンゴダイエット。パイナップルダイエット、ミラクルトロピカルドリンクダイエットを試しましたが痩せません。どうしたらよいでしょうか。
「どうして女の子って何かを食べて痩せようとするのかしら。食べないで運動すれば良いのにね」
不思議そうに首を傾げる埜乃。
「世の99%の女性の悩みに共感できないなんて、病んでるわね~、」
ダイエットオタクの華緒もあきれ顔。
人と違った感性・・・同世代の悩みに同意出来ない埜乃は、先ほどの占いも当たっているのかなと考えてしまう。
雑誌を読み進めると、一人の相談者の内容に目が留まった。
Q:私はいわゆる『嵐萌』です。月のおこずかいからお年玉、バイト代をすべてを嵐につぎ込んでしまいます。それでも足りない時は親に頼んでいますが、呆れられていて嵐につかうならもうお小遣いはあげないといわれました。コレクター気質で、すべてのアイテムをコンプリートしないと気がすみません。どうしたら良いでしょうか。でも嵐の萌が無いと生きていけないので、嵐のファンを止めるのは無理です。誰かアドバイスお願い致します。
「どうしたの、急に食い入るように見入っちゃって。そんなに嵐好きだった?」
華緒も雑誌を覗き込む。
「待って華緒ちゃん、私何かひらめきそう」
少子化による学園の受験者数減少と経営難を一気に解決できる何かを・・・。
目を瞑って視界を遮り、耳も塞いで考え始める。
(埜乃の心の独り言)
そうだ!あのね、学園内に嵐みたいなアイドルを作るのはどうかしら。
人は好きなものにお金も努力も惜しまないものでしょう?
ストレスが溜まっても、萌えると人は快感成分を分泌してカスも残らないって、聞いたことがある。
この原理を使えばストレスなしに永遠に勉強出来て、学力アップにも繋がるのでは?
学生の学力が上がれば、入学希望者も必然的に増えるはず。
最初から嵐レベルは無理だとしても、AKBだって今会いに行けるアイドルとしてブレークしたんだし、同級生がアイドルなら親近感はばっちりだ。
うちは中高大一貫校だから、10年間で一度でもファンになってもらえれば、収入が得られる。
グループの人気が上がってみんなが喜んでお金を出してくれれば、私が学園長になっても一生安泰!
やばい!!!興奮してきた。
学園の中高は部活動強制なのでアイドル部を作るのも良いかもしれない。
大学はサークルにして、費用を経費で落としても良い。
文房具などのグッズを購買で販売したら家賃もかからず、その利益は丸儲け。
ふっ、ふっふっ・・・と口元がほころんでくるのが止められない。
でも、ちょっと待って、肝心のアイドル要素のある子はどうしたらいいのかしら?
少なくとも最初のメンバーの何人かは、現在の学園内から選出する必要があるだろう。
辺りを見渡すように顔を上げると、目の前を行く松陰学園高等部の制服を着たカップルに目が止まった。
髪型は決まっているが、ぬらりひょんを長くしたような男子生徒。
「いや、まじあの子とはやってないって~、マジマジ。俺簡単にやらないもん」
「え~、良いんだよ、別に隠さなくっても。りの、大丈夫だよ」
ジャケットの裾をつまんで上目遣いなのは、こってりメイクに盛髪の女子生徒。
いっぱしのたらしのヒモと、その女のような会話。
『そんなん嘘でしょう~?』乱れてる・・・と心の中で一人突っ込む。
しかし、女の子は結構可愛いのにな、かっこいい男の子ってTVや雑誌の中でしか見たことがない気がする。
人員探しの難航を思うと頭痛がしそうだった。
「埜乃ったら、すぐ一人の世界に入っちゃうんだから」
華緒は、埜乃の手から垂れるアイスクリームを取り上げ、代わりに食べ始めた。
『がばっ!』
今まで俯いていた埜乃が、また突然顔をあげた。
寄り添うようにしていた華緒は、激突されそうになるのをとっさの反射神経でよけるが、続く言葉に思わずバランスを崩した。
「華緒って、イケメンだよね」
そんなこと急に言われてまじまじと見つめられれば、だれだってちょっと恥ずかしい。
「な、何を急に、照れるじゃない。そりゃあお弟子さんたちには『華緒さま素敵』とか、よく言われるけど」
身をよじらせ赤面する華緒は、なよっとはしているがやはり美形だ。
でも、ゴレンジャーで言うならブルーかグリーン。・・・?グリーンてあったっけ?
どちらにせよマニアには受けても、世界平和を守る為グループの中心となって悪と戦い、TVの前の(ちびっこと)ママのハートを勝ち取るにはややパンチが弱い気がする。
「う~ん、でも女形ってちょっと宝塚だもんね、華緒ちゃんもおカマだし」
横目で残念そうに顔を見つめる。
「ちょっと、色々勘違いよ!私はおカマではないし女形でもないの。私のシナは職業で、男装の麗人(正確には女装の麗人?)て評判なんだから!」
憤慨する華緒の声も埜乃には届かない。
もう一声・・・もう一声が必要。とブツブツとつぶやき続ける。