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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「青嵐と窮愁」
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衝突の後


 《フェザーランス》との小競り合いの後、リオは格納庫に呼び出された。出撃ではなく、何か重要な話があるらしい。既にフラット・スーツを脱いで休んでいたが、イリア直々の呼び出しだ。何か重要な話でもあるのだろう。

 なので、身体は重かったが身を起こし、格納庫まで歩いていった。《フェザーランス》との一戦を終えてから、どっと疲労が吹き出していた。とは言っても、動けない程ではない。赤かった視界も元に戻っているし、点眼もしておいた。特に問題はないだろう。

 格納庫に着くと、そこには呼び出しを掛けたイリアと、格納庫の主であるミユリがいた。

 そういえば、どうして格納庫なのだろう。今更になって、これがただの呼び出しではない事に気付いた。

「ん、来たね。お疲れの所悪いけど、幾つか知らせないとなんだ」

 イリアが、横たわった《カムラッド》の足にもたれ掛かりながらそう切り出す。この《カムラッド》は、自分が先程の戦闘で使っていた物だ。

「良いニュースと悪いニュース、よく分からないニュースの三つがあるんだ。順番に話していくね」

 沈黙を肯定と受け取ったのか、イリアは話を続けていく。

「まず良いニュース。トワちゃんの居場所が分かったよ。確定情報じゃないけど、まず間違いないと思う。人の流れと物の流れ、全部紐解いていくとそこに繋がる。リーファちゃんが昔いた所だね。特殊研究施設、カーディナルの場所は突き止めた。進路も設定済み、後は到着を待つだけ」

 リーファのいた、非合法の実験を繰り返す研究施設に、トワがいる。無事でいてくれているかどうかは、その時が来てくれなければ分からない。

「分かりました。悪いニュースは?」

 今は不安を押し込めて、そう返すしかない。イリアは頷き、ばつが悪そうに肩を落とす。

「《フェザーランス》とやり合った際に、出来るだけ早く片付けはしたんだけど。やっぱり、多少は影響してくるね。到着は最短で三日後。確実に忍び寄るなら五日は欲しいけど、そうも言っていられないし」

 《フェザーランス》の影響で、到着はどうしても遅れがちになる。それも仕方のない事だ。むしろあそこで叩き、戦力を削げた事の方が大きい。大事な局面でまた邪魔をされたらかなわない。

「それで、よく分からないニュースなんだけど。これはリオ君にだけ影響する事だから、こうして呼び出したんだ」

 こつんとイリアの靴が、《カムラッド》の装甲を叩く。

「リオ君、《フェザーランス》との戦いは、いつも通りに動いてた? 何も、変わった事はしていない?」

 イリアらしくない、慎重で丁寧な質問だった。いつもなら、イリアはイリアの中にある結論を元に問いかけてくる。

「ええ、特別な事は何も」

 こちらは、やれると思った事をやっただけだ。特別も何もない。しかし、イリアの暗い表情が、それは違うと物語っていた。

「……何があったんです?」

 嫌な予感はしていたが、聞かざるを得なかった。今まで黙っていたミユリが、横たわっている《カムラッド》を顎でしゃくってみせた。

「お前の使っていた《カムラッド》だけど。BFS周辺の配線が焼け付いてたんだよ。覚えてるか? トワ嬢が動かした時と同じように、焼けちまってるんだ」

 ミユリの言葉を受け、その時の光景を思い出していく。トワは何度か《カムラッド》を動かし、その度に特異な事象を引き起こした。そして、それと引き替えにBFS周辺の配線は焼き切れていた。覚えている、忘れる筈もない。

 でも、今回はトワではない。他ならぬ自分が、それを引き起こしたというのか。

 しかし、考えてみても分からない。自分はいつもと同じように、頭に浮かんだまま戦っていただけだ。

「だから、戦闘ログと照らし合わせて調べてみたんだ。リオ君、《オルダール》をぶん投げてたでしょ? E‐7ロングソードを叩きつけて、推力で無理矢理《オルダール》を投げた」

 イリアの言葉に頷いて返し、その時の事を思い出す。複数いた《オルダール》、その陣形を瓦解させる為に、確かにE‐7ロングソードごと《オルダール》を投げた。その時の負荷で視界は赤く染まったが、狙い通りに戦えたと言える。

「あれね。私でも出来ないと思うよ。推力では《オルダール》の方が勝ってるし、相手はプロ。リオ君の戦いが、そこらへんのハンデを物ともしないのは確かだけど。《カムラッド》の持つパワーじゃ、ああもすんなりと投げられる訳がないんだ」

 だから、とイリアは続ける。

「その時に配線は焼け付いたんだと思う。どうやったか、どうしてそうなったかは、今はどうでもいいんだ。結果として私達は勝った。でも、気には留めておいて欲しいんだ」

 イリアの言葉に頷き、自身の左手を見る。薬指に通されたエンゲージリングを見据え、頭の中を整理していく。

 トワの用いていた力を、自分も使っていたという事なのか。でも、そんな意識はどこにもなかった。ただ、そうなるのが当たり前だと思ったから、それをやってみただけで。

「体調はどう? トワちゃんは毎回眠ってたよね」

 イリアの問いに、もしかしたらと思い付く。この不調も、或いはこれに関係した物かも知れない。

「確かに身体は重いです。皮肉な物ですね。トワの力がよく分からないと言っていた癖に、自分も使っていたなんて」

 そういえば、トワに説明を求めても。しどろもどろになって困っていた。そうなるようになるのだから、そうとしか言えない。トワも、同じように思っていたのだろうか。

「どうする、リオ。こいつは次の出撃までに使えるようにしておくが。希望があれば、BFSの配線量をいじってもいい。減らしておけば、そういうのは防げる、かも知れない。こればっかりは、はっきりした事は言えないが」

 ミユリの申し出は、その実ありがたい物だった。よく分からない事なら、蓋をして抑え込んでしまえばいい。それが一番、穏便で楽な選択だと思う。

 でも、今求めている物はそれではない。

「同じで構いません。僕は僕の全力で追い掛けると決めました」

 得体の知れない矛でも、目には見えない盾でも。身を焦がす炎であったとしても構わない。使える物は全部使って、形振り構わず追い掛ける。

 今だけは、迷わずに戦うと決めたのだ。

「分かった、そうしておく。出来映えは心配するな。時間は充分、新品同様に磨いといてやる」

 ミユリはそう答えると、手を振って奥に歩いていった。もう、ミユリからの話はないという事だろう。

「本当はね、私は反対なんだ。でも、どうしようもないものね」

 そう、どうしようもない。イリアが感じているように、自分は止まるつもりも留まるつもりもなかった。

 左手の薬指に通されたエンゲージリングを、右手で包み込むように握りしめる。

 今度こそ、あの少女にきちんと伝えるのだ。

 決意は揺るがず、包み込んだ手は煌々と熱を発していた。





 ●


 いつかの戦場で骸と化したBSの残骸、その群の一つに《フェザーランス》は潜んでいた。《アマデウス》との戦いは痛み分けと言いたいが、こちらは二機の《オルダール》と操縦兵を失った。得られた戦果は、想定していた足止めのみ。手放しには喜べない。

 諸々の処理を済ませ、リード・マーレイは艦長室に向かった。戦闘後の指揮や再編成はリードが行い、キアは自ら暗号通信を行ったのだ。

 恐らく、何らかの取引が行われたのだろう。リードは現状の報告と今後の方針を話し合う為に、艦長室まで来たのだ。今回も、ブリッジで話せる内容ではなくなってしまった。

 リードが艦長室の前に到着すると、独りでに扉がスライドしていく。長い黒髪が特徴的な少女、リシティアが出迎えをしていた。

「どうぞ、リード。そろそろ来る頃だと思っていました」

 迎えられるままに艦長室へ入り、いつものようにソファへ腰掛ける。机を挟んだ向こう側にはキアが同じように座っており、こちらの姿を認めると肩をすくめて見せた。

「リシティアは耳が良い。どうせ足音で聞き分けただけだよ。趣味が悪いよな」

 薄い笑みを浮かべながら、キアは今起きた事を説明した。充分に凄い事だとリードは思ったが、今は関係がない。リシティアは心なしかむっとしていたが、特に口を挟むつもりはないようだ。

「部隊の再編は完了しています。アルファチーム三機とブラボーチーム三機。小隊長の選出も済んでいます。《オルダール》の修理はしばらく掛かりますので、こうして隠れている事しか出来ませんが」

 先に決まっている事柄を済ませてしまおうと、リードは話し始める。二機と二人の損失は大きいが、まだ戦える範疇にあった。

「ああ。こっちも話を付けてね。当初の目的通り、足止めは充分に果たした。ミスター・ガロットへの義理立ては、これで格好が付く」

 そう応えると、キアは溜息を吐いて目を伏せる。悩み、考えているのだろう。

「《アマデウス》の航路は、よく考えているようです。多少の時間を犠牲にして、こちらへの警戒を続けています。今から追うのは、博打になりますが」

 リードは何度も繰り返した計算を、今一度間違っていないか確かめる。《アマデウス》は真っ直ぐ目的地には向かわず、複雑な航路を選んでいた。警戒網を潜り抜けるようにして進んでいるその航路は、緻密で計算高い。

 《フェザーランス》がこれに追い付き、奇襲という形で戦いを始めるには。今から全速力で追い掛ける必要がある。それでも、下手をすれば《アマデウス》に発見されるだろう。そして発見されたが最後、こちらの不利で戦いは始まる。先程と同じように、だ。

 その結果だけは、避けなければならない。

「……そうだな。現状、我々は《アマデウス》に勝てない。例の事もある。修理が完了次第、この領域から撤退する」

 キアにとって、その決断を下すのは苦しいだろうが。リードも、現状はそれが最善だと思っていた。

「私もそれに賛成です。まさか、氷室の中身なしにあれをやってのけるとは」

 新たな不確定要素が加わった。それ故に、現状の戦力では難しいと判断したのだ。

「あの《カムラッド》だな。二機の《オルダール》を撃破したif。装備や動きから、リオ・バネット特例准士が操縦しているのだろうが。およそ、《カムラッド》とは思えない立ち回りを見せた。最大推力で引き離そうとした《オルダール》を、強引に投げ飛ばした」

 そうだ。そしてそれが契機となり、こちらは二機の《オルダール》と操縦兵を失った。リードはその時の光景を思い出し、小さく歯噛みする。

 キアはこちらをちらと見る。そして、同感と言いたげな笑みを浮かべながら話を続けた。

「氷室の中身がやった事と、恐らくは同質な物だろう。if一機をばらばらにするような直接的な物ではないが、充分に驚異だ。そして、彼はこれを土壇場になって使った。常に使えるという認識ではないな。要するに」

「いつ飛び出してくるか分からない」

 キアの言葉の続きを、リードが先回りして言い当てる。キアは頷き、それが何よりも問題だと続けた。

「本人ですら予期していない事を、こちらが予測するのは不可能だ。そして、戦いになれば必ずそれは起きる。ここで消耗していては、今度こそ僕達はおしまいだ。だから、今は退くしかない」

 そう説明しながら、キア自身は諦めたくないのだろう。言葉の端々から、苦渋が染み込んでくる。

「ええ。幾つか考えてみましたが、そのどれもが不確定要素の大きい戦いになります。ミスター・ガロットに関しても、全面的に信頼は出来ません。我々は我々で、戦える状態を維持しなくてはいけない」

 リードの出した結論はそれだった。求められた時に、《フェザーランス》の有用性を上に示さなければならない。それが出来ずに、また艦載機を失うような事があれば。ミスター・ガロットは簡単に《フェザーランス》を切り捨てる。だから、今は消耗すべきではない。

「決まりだな。リードが言うんだから間違いはない。目的地が分かっただけに、少し歯痒いけどな」

「《アマデウス》の目的地、ですか」

 キアの言葉に、リードは疑問を投げ掛ける。航路を読みはしたが、肝心な目的地は未だに分からないままだった。

「ああ。この航路で、ぼかしつつ行きたい場所は一つ。リシティアの古巣だよ。何か大仰な名前が付いていたんだが。えっと」

「カーディナルです。古巣というよりも、生まれ故郷でしょうか。良い思い出はありませんが」

 言葉に詰まったキアの代わりに、当の本人であるリシティアが答えを続ける。この少女は古巣ではなく、生まれ故郷と言い換えた。

「そう、そのカーディナルだ。マッドサイエンティストの巣窟で、そういう気分の悪い事を平気でやっている所だよ。氷室の中身はそこに連れて行かれた。《アマデウス》はそこに行く」

 目的地がはっきりしているのなら、先回りをして奇襲が出来るかも知れない。そう考えたリードだったが、すぐに行き止まりに辿り着いた。《アマデウス》は、それすらも見越した航路を選んでいる。完全な隠密行動は不可能だ。

 やはり、ここは退くしかない。

「そこで《アマデウス》がどうするのかによって、《フェザーランス》の立ち位置は変わってきます。行動を起こすならそれからでしょう」

 リードは先を見据えてそう告げた。現状、やれる事は全てやった。

「ああ、そうだな。氷室の中身がどんな結末を迎えるのか。それによって、状況は大きく変わる」

 キアもそう返すと、席を立って棚の上に手を伸ばす。無造作に置いてあるミネラルウォーターのボトルを掴み、こちらに放り投げた。

 座ったままそれを受け取り、勧められるままに口を付ける。

「酒盛りとはいかないからな」

 キアは自身もボトルに口を付け、中に入っている水を一気に飲み干す。

「……今回は退くさ」

 そして、自分に言い聞かせるようにそう呟く。まだ諦めてはいないが、どうしようもないから退くしかない。そんな思いが、ひしひしと伝わってくる。

 その様子を眺めながら、リードも水を一気に飲み干した。喉を通る水の感覚は心地良く、陰鬱な気分を幾らかは洗い流してくれる。

 キアは不満そうにしているリシティアにもボトルを放り投げた。リシティアは両手でそれを受け取ると、小さな口で飲み始める。

 まだ局面は動いてすらいない。今の自分の役割は、それが動く瞬間を見極める事だ。

 そう何度も負ける訳にはいかない。次の一手を見逃さないよう、リードは誰よりも早く気を引き締めた。

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