悪魔の檻
強引に斬り付けるか、大人しく退くか。一瞬の内に戦況を判断し、リオは《カムラッド》を後退させた。
四機の《オルダール》は、それぞれが一定距離を保ちながら行動している。密集し過ぎず、散開し過ぎない。一度にまとめて斬り付ける事は出来ないし、一機を狙えば他の三機に叩かれる。
それに加えて、相手は後手に回っている。形ばかりの制圧射撃のみで、攻めてこようとはしない。
「一機を斬っても、三機がその隙を逃さない。強引に戦っていたら、先に保たなくなるのはこっちか」
被弾を考えずに攻めてもいいが。相手の練度を計算に入れると、二機を潰して終わりだろう。それでは意味がない。
『リュウキとエリルちゃんの方も交戦開始したね。援護は受けられない。私達だけで、この四機を何とかしないと』
イリアの報告を受けるまでもない。本来なら、こちらが援護に出向きたいぐらいだ。リュウキは、余計なお世話だと笑い飛ばすだろうが。
「敵の装備は突撃銃にナイフ、手榴弾。陣形を組んではいますが、それぞれが攻防を切り替えて戦っています。隊長格を落としても動きは変わりませんし、どれが指揮しているのかも読めない。嫌な相手ですね」
四機の《オルダール》から距離を取り、仕切り直そうと相手の動きを観察する。隙らしい隙は見えず、正攻法ではどうにもならないという事だけが分かった。
『こちらの撃破は端から度外視、時間稼ぎだけ考えればこれが最適って奴。どうする? こういう場面では、リオ君の方が向いてる』
苦笑しながらそう言ったイリアの心情は、何となく分かる。この人は、誰かに頼るという選択を真っ先に排除するのだ。独力で最善の結果を導こうとする。それが出来ず、誰かに頼るという事は。イリアにとってはひどく苦しい物なのだ。
「二機を潰します。そうすればお互いに一対一、まず負けないでしょう」
言い放ち、《カムラッド》を再び前進させる。
『えっと、作戦とかは?』
イリアにしては珍しく、少し戸惑っているような声色だ。
「僕が一機を追いかけ回します。イリアさんは他の三機を抑えて下さい」
自分で言っておきながら、随分と無茶な注文だと思う。だが、これはむしろイリアと《シャーロット》でなければ不可能だ。三機の《オルダール》に圧を掛け続けられる操縦兵は、他にはいない。
『……オッケー。やってみるよ、王子様』
軽口を言うなんて、本当にイリアにしては珍しい。
意識を完全に切り替え、ただ一機のみに集中する。進路を塞ぐように飛来する弾丸の群れすら、ただの障害物として認識した。
こちらの《カムラッド》の装備はいつもと変わらない。右手にはTIAR突撃銃、右脚にはヴォストーク散弾銃、左脚にはナイフラックが設けてあり、SB‐2ダガーナイフが四本入っている。左肩には小盾が括り付けられており、右肩に長刀、E‐7ロングソードがある。腰には予備弾倉をまとめたマグスカート、いつもと変わらない完全装備だ。この手札で、四機を叩く。
狙いは先頭にいる《オルダール》だ。どれを撃っても大して変わらない。ならば、手近にいる奴を狙う。
《カムラッド》は最高速度を維持したまま、TIAR突撃銃を《オルダール》に向けた。挨拶代わりに数発撃ち込んで、今からお前を狙うと敵に伝える。
《オルダール》の動きは分かりやすい。こちらのフェイントを警戒しつつ、狙われた一機が陣形を少しだけ離脱する。この一機に食らいついたが最後、三機から手厚い歓迎を受ける訳だ。
そこで、今まで静かだったイリアの《シャーロット》が動く。黄色に塗装された《シャーロット》が、こちらの《カムラッド》を軽々と追い抜く。
イリアの《シャーロット》は手にした散弾銃を立て続けに発砲していく。吐き出されたのはいつも使っている一粒弾、スラッグ弾ではない。広範囲に影響を及ぼす散弾が、三機の《オルダール》に降り注ぐ。
イリアの使っている散弾銃の、ちょっとした強みだ。フルオート全盛期のこの時代に、わざわざ手動で排莢する散弾銃をイリアは使っている。撃つ度にポンプアクションをしなければいけない面倒な銃だが、その代わり剛性が高く、無茶な扱いをしてもよく動く。
その無茶の一つが、戦場における弾種変更だ。他の銃でもやれない事はないが、イリアの散弾銃はその隙が殆どない。状況に応じて、イリアは散弾とスラッグ弾を使い分ける。撃たれてみなければ、どちらが飛んでくるかは分からない。
それに加え、《シャーロット》の持つ規格外の機動性だ。イリアならば、三機の《オルダール》を相手にしても保たせる。
だからこそ、もう三機の《オルダール》は意識の外に置いた。こちらに銃を向ける暇もないだろう。そんな隙を晒せば、イリアに容赦なくはたき落とされる。状況を理解している操縦兵ならば、そんな自殺行為はしない。してくれれば、むしろ楽が出来る。
「あっちは任せておけばいい。問題は」
こちらの戦いだ。陣形から外れた《オルダール》目掛け、一直線に突っ込んでいく。
向こうも素人ではない。冷静に後退しながら、突撃銃による射撃を続けていた。闇雲に連射せず、数発ずつ発砲している。狙いは正確、上下左右に射線を散らしながら、少しずつ詰め寄っていくしかない。
そんな《オルダール》に向け、こちらもTIAR突撃銃を応射していく。互いに数発撃ち、回避し、再び銃を向け合う。
本来追う側と追われる側では、追う側が有利だ。追う側は前進、推力の全てを注ぎ込めるが、追われる側は後退、推力はどうしても減少する。
だから、多少の性能差があったとしても。追い付けない事はないのだ。
「だとしても速い」
《オルダール》の戦闘機動は尋常ではない。多少の性能差と割り切れない程、その後退は迅速で捉え難い。
だが、それは折り込み済みだ。互いに分かっているだろう。追い付けはするが、時間が掛かる。そして、イリアと《シャーロット》が優秀だとしても、長時間三機を抑える事は出来ない。抑えられなくなったその時、不利になるのは他でもない自分だ。敵陣の中に突出し、援護も受けられない中で戦う羽目になる。
そこまで計算して、相手の《オルダール》はこの賭けに乗ったのだ。そして、自分もそこまで考えてこの賭けに出た。
今は追いかけ回す。徐々に距離が縮まっていく中、適宜TIAR突撃銃を撃ち込んでいく。的中など端から狙っていない。相手の《オルダール》の動きを制限し、狙った位置へと動かす為の布石だ。
じりじりと相対距離が狭まる。あともう少しで、狙い通りの位置へ着く。
ざっと戦況を確認する。イリアの《シャーロット》も苦しい状態にある。三機を抑え続けるのは、もう限界だろう。だが、ここまで追い付いた。
TIAR突撃銃を再装填し、《カムラッド》の左手に持ち替えた。空いた右手は右肩にあるE‐7ロングソードに伸ばし、その柄を握る。思い切りペダルを踏み込み、これまで以上の速度を以て《カムラッド》を突進させた。
「イリアさん」
そして、迎撃の銃火を上げる目の前の《オルダール》を見据える。見据えたまま、ハンドグリップを大きく傾けた。
「こいつは頼みました」
イリアに短く指示を飛ばし、目の前に迫った《オルダール》を無視する。弧を描くように加速し、最高速度を保ったままイリアの《シャーロット》とすれ違う。
『はいタッチ、任された!』
イリアの返答を受け、新たな敵機を見据える。
要は、盛大なフェイントだ。今から攻防を入れ替え、イリアが一機の《オルダール》を、自分が三機の《オルダール》を相手取る。
攻防を入れ替える、というのは少し語弊があるだろう。何せ、自分は守りに徹するつもりなど毛頭ない。
三機の《オルダール》が状況を飲み込む前に、致命傷を与える。
《カムラッド》の右手を動かす。振り抜いたE‐7ロングソードが、手近な位置にいる《オルダール》の胴体へ迫る。
横一文字の斬撃軌道は、呆気なく防がれた。狙われたと判断した一機が後退と同時にナイフを抜き、斬撃を受け止めたのだ。
残る二機は散開しつつ突撃銃を構える。咄嗟に動いたにしては充分以上だ。
「手遅れだけど」
呟き、E‐7ロングソードを手の中で回転させる。切断出来る刃ではなく、反対側に刻まれた凹凸部を相手に向けたのだ。
E‐7ロングソードは片刃の長刀だ。いつもは切断力のある方を相手に向けて振り回すが、手の中で少し回転させれば鋸のような凹凸部が相手に向く。
その鋸のような凹凸部を、ぐいと押し付けるように前方に振る。
《オルダール》は再びナイフで防ぎに掛かる。それもそうだろう。太刀筋は素早く、それでも見えるように振ったのだから。
E‐7ロングソードの凹凸部は、しっかりとナイフを掴み取った。そのまま姿勢を変更し、長い刀身を生かして《オルダール》の肩口にも食い込ませる。
後退しようとしても遅い。ペダルを踏み込み、《カムラッド》のバーニアを酷使する。
装甲に食い込んだE‐7ロングソードは、簡単に離れはしない。《カムラッド》は最大推力を以て、《オルダール》を振り回した。ハンマー投げの要領である。E‐7ロングソードと、それの凹凸に捕まっている《オルダール》がハンマーという訳だ。
凄まじい負荷が身体にのし掛かり、呻き声が自然とこみ上げてくる。あまりの負荷に、視界の端が赤く見えた。眼球の毛細血管が破れたのだ。久しぶりの感覚だったが、目が見えていれば問題はない。
感覚は永遠、実際には数秒に過ぎない加速運動の後に、《カムラッド》は右手を開く。E‐7ロングソードを手離したのだ。
加速度を引き継いだE‐7ロングソードと《オルダール》は、狙い通りにもう一機の《オルダール》へと飛来する。
状況が読めず、とりあえず銃を向けていただけの《オルダール》に回避出来る一撃ではない。
一機と一機が正面からぶつかり、加速度を引き継いで一緒くたに吹き飛ばされていく。
つまり、ここに残っているのは。
「お前だけだ、黒塗り」
その様子を見ているしか出来なかった《オルダール》に、比喩ではなく血走った目を向ける。
先ほどの‘ハンマー投げ’で、こちらの《カムラッド》も幾つかエラーを吐き出しているが。この距離では逃さない。
左手で握っていたTIAR突撃銃を右手に持ち替え、左脚のナイフラックからSB‐2ダガーナイフを取り出す。
《カムラッド》は右手にTIAR突撃銃、左手にSB‐2ダガーナイフを装備し、《オルダール》へと接近していく。
状況判断を誤った相手に追い付くのは容易だ。一瞬にして近接間合いに入り込み、左手に持ったSB‐2ダガーナイフを突き出す。胴体を狙った刺突を、《オルダール》は突撃銃を掲げて防ぐ。賢明な判断だ。
《カムラッド》の攻勢は止まらない。突きをかました勢いのまま《オルダール》に突っ込み、右手で握っているTIAR突撃銃を《オルダール》に向ける。
そして、《カムラッド》の左手はSB‐2ダガーナイフを破棄した。後退しようとする《オルダール》の頭部を掴み、ぐいと引き寄せる。
こうなってしまえば、性能差などあってないような物だ。
「どうする? 選択肢は一つだけ」
聞こえていない相手に問い掛けながら、トリガーを引き続ける。TIAR突撃銃が鉄鋼弾を連射し、《オルダール》の胴体を至近から穿っていく。
選択肢は一つだけ。《オルダール》は被弾の衝撃で痙攣しながらも、自身の頭部を切り離した。
ifはダメージコントロール用に、四肢や主要な間接を任意に破棄する事が出来る。誘爆を防いだり、使用不可能になった部位を捨てる為に使われるが、こういう使い方も可能だ。
頭部を切り離した事により、《オルダール》は拘束から逃れた。《カムラッド》の左手に残った頭部を投げ捨て、残弾の少ないTIAR突撃銃をその場に離してやる。
空いた右手を右脚に伸ばし、そこにあるヴォストーク散弾銃を抜いた。
相手の考えは読めている。頭部を切り離し、TIARの再装填までに距離を取る。大方そんな事を考えているのだろう。
容赦なくトリガーを引く。《カムラッド》の右手を伸ばすようにして構えたヴォストーク散弾銃から、一発の散弾が吐き出される。一発の散弾、即ち十八発の子弾は、懸命に下がろうとする《オルダール》の胴体を食い破った。
既にTIAR突撃銃の銃撃を受け、ぐずぐずになっていた装甲など、この距離では意味をなさない。今度は痙攣もせず、ぴたりと《オルダール》の動きは止まった。散弾は操縦兵だけを引き裂き、《オルダール》は爆発せずに漂っている。
「恨んでくれてもいいけど」
呟き、ヴォストーク散弾銃を右脚に戻す。漂っているTIAR突撃銃を掴むと再装填を済ませ、次の目標に向けて《カムラッド》を動かした。
投げてやった二機の《オルダール》は、もう立ち直っている。二機で陣形を組み直し、こちらに向かってきていた。
消耗はしているが、戦況はこちらの有利に傾いたと言える。それがようやく分かったのか、二機の《オルダール》は散開し、一機のみが向かってきた。
『さて、一対一って奴だね』
一機の《オルダール》を追いかけ回していた、イリアの《シャーロット》が戻ってきたのだ。つまり、残る《オルダール》は二機のみ。相手はこちらの連携を防ぐ為に、それぞれ一対一の構図に持ち込むしかない。
「そうですね。後はこいつらだけです」
イリアの《シャーロット》が高機動戦を仕掛け、《オルダール》を翻弄していく。
こちらも片付ける。《カムラッド》の最高速度を維持したまま、宙域を漂うE‐7ロングソードを左手で拾い上げる。ブービートラップもなければ、武器の破壊もしていない。もっとも、そんな余裕を持たせないように立ち回ったのは事実だが。
「急いでるんだ。邪魔はさせない」
小さく呟き、必死な抵抗を続ける《オルダール》へと近付いていく。右手で構えたTIAR突撃銃を撃ち続けながら、強引に直進する。
そして、すれ違うと同時に雌雄は決した。《カムラッド》の左手、逆手に構えたE‐7ロングソードが、《オルダール》の胴体を両断する。
そして、イリアの《シャーロット》も決着を付けた。イリアと対峙していた《オルダール》の頭部は、スラッグ弾で吹き飛ばされている。間髪入れずに投擲された二振りのナイフが、その両腕の間接に突き刺さった。
気付けば、リュウキとエリルの方も《オルダール》を退けたようだ。
「終わった、けど」
自分が相手をした二機は撃破したが、イリアが対峙した二機と、リュウキとエリルが対峙した二機はまだ生きている。
今なら、追撃が間に合う。これ以上邪魔をされる前に。真っ赤になった視界が、いつかの光景と重なっていく。
しかし、そう思い切らせる前にイリアが釘を刺す。
『ううん、終わりだよ。向こうが艦載機を収容している間に、私達は逃げる。リオ君なら分かるでしょ? 今必要なのは死体じゃない』
時間だ。その為に、今は戦っていた。
「了解です、退きます」
逃げていく半壊した《オルダール》を一瞥し、もう二度と出会わない事を祈る。
赤いままの視界で、遠い少女を想う。分かっている、こんな所で死体を積み上げる為に、戦っている訳ではない。
片手で操縦したまま、フラット・スーツの胸元を開けた。自分には不釣り合いなネックレスを引っ張り、そこに繋がれたエンゲージリングを宙に漂わせる。
「……ちゃんと持ってるよ、トワ。じゃないと怒るでしょ?」
消え入りそうな声で呟き、真っ赤を視界を閉じる。
あの少女は、今もこれを持ってくれているのだろうか。
何も分からない。今はただ、覚束ない心で祈るしかなかった。




