巨人殺し
「追い返す。とは言ったものの、俺の操縦技術って中の上ぐらいなんだよなあ」
リュウキは一人ぼやきながら、《カムラッド》の操縦を続ける。一定距離を保ちながら狙撃、が理想だったが。それをさせて貰えるような相手ではない。
『私は上手い方です。丁度良いでしょう?』
エリルの冗句とも本気とも取れる言葉に、リュウキは苦笑を返す。これは多分、冗句の方だろう。
「ま、それこそ連携してようやっと、だな。幸運な事に俺とエリルの嬢ちゃんは相性が良い。案外やれるかもな」
『案外ではなく、やれないと困るのです。行きますよ』
エリルの声を契機に、リュウキも操縦に集中する。機体に練度、どちらも負けている事は確かだが、やりようはあるだろう。
リュウキはざっと装備を確認する。右手で握り、左手を添えるようにして構えているCP‐23狙撃銃なら、四肢程度は吹き飛ばせる。問題はどう当てるかだ。
右脚にはタービュランス短機関銃、左肩にはES‐1ナイフがある。近距離戦闘用の装備だ。取り回しの難しい狙撃銃よりも、こういった装備が有利に働く局面もある。
これらの装備を駆使し、自分より何もかも格上の《オルダール》を撃破しなければならない。
ゆっくり考えさせてはくれないようだ。二機の《オルダール》は中距離を維持したまま、突撃銃による制圧射撃を加えてきた。同時に発砲はせず、タイミングをずらして再装填の隙を補い合っている。
リュウキの《カムラッド》は銃撃を回避しつつCP‐23狙撃銃を向け、形だけの応射をしながら後退しようと試みた。
エリルの《カムラッド》はその動きに追従しつつ、自身の突撃銃を連射して《オルダール》を狙う。
リュウキの《カムラッド》とエリルの《カムラッド》、そして二機の《オルダール》が行った攻撃は、その全てが掠りもしなかった。
「ま、そうなるよな。すんなり当たってくれたら万々歳って奴だ」
リュウキは呟きながら回避を続ける。単一方向に動き続けないように注意しながら、追い縋る銃火を躱していく。
対if戦闘では、如何にして隙を突くかに掛かっている。正面から撃ち合って被弾するようでは話にならないし、まず生き残れない。この場にいる全員が、生き残ってきた操縦兵だ。正面からの戦いでは決着が付かないだろう。
「どうするかねえ。こいつらを速攻撃破が前提なんだろ?」
『ええ、そうなります。向こうの勝利条件は足止めと言っていましたが、確かなようですね。向こうから攻めようとはしてきません』
エリルの言葉にリュウキは頷き、やり方を心得ている相手を密かに称賛した。
二機の《オルダール》は、付かず離れずの位置から制圧射撃を加えてくるだけだ。その頻度も少なく、こちらを撃墜する意思は感じられない。当然、隙を見せれば一気に攻め立ててくるだろうが。現状、敵は‘後出しじゃんけん’に徹している。
撃破する為にはこちらから攻めるしかない。しかし、それをすれば敵の有利に傾く。要するに、敵はこのまま待っているだけでいい。それをきちんと把握し、徹底している。
「こいつは手強い」
リュウキは呟き、《カムラッド》の操縦を続ける。《オルダール》が放つ銃火を、出来る限り複雑な軌道で避けていく。
『正攻法では時間が掛かりすぎる。互いに不得手ですが、戦線を掻き混ぜるしかありません。異論はありませんね? でも、代案があれば是非聞きたいです』
エリルの物言いに、リュウキは状況も忘れてくすりと笑ってしまう。エリルは、自分から先手を切ると言っているのだ。だが、それは嫌なので代案があればそっちに乗りたい。エリルらしい伝え方だ。
「残念だが代案はない。世知辛いよなあ」
『そうですよね。分かってました』
エリルの律儀な返答を受け、リュウキの口角が自然と上がる。こいつとはやはり相性が良い。
「じゃあ、スリーカウント後に散開だ。3、2」
リュウキはハンドグリップを傾け、ペダルを思い切り踏み込む。
「1!」
複雑な回避機動から、弾け飛ぶようにして二機の《カムラッド》が動く。リュウキの《カムラッド》は後方へ、エリルの《カムラッド》は前方へ迷いなく突き進む。
エリルの《カムラッド》は右手に突撃銃、左手に大型拳銃を構え、二機の《オルダール》に近付きながら牽制射撃を繰り返している。連射はせずに、単発射撃のみで《オルダール》の動きを抑制しようと試みていた。エリルは素早い回避機動と同時に、二つの照準を巧みに操っている。
二機の《オルダール》の連携も侮れないが、エリルの操縦技術も大した物だった。結果として、エリルの《カムラッド》は一機であっても、《オルダール》二機を抑えている。
だから、ここから先は自分の仕事だ。リュウキは呼吸を整え、《カムラッド》にCP‐23狙撃銃を構えさせる。こちらに飛来する弾丸は少ない。エリルの牽制が効いている証拠だ。
トリガーに指を掛け、照準をマニュアルで操作する。エリルの有利は、いつまでも続く物ではない。性能と技量を埋めているのは、後先を考えない必死な攻勢だ。
つまり、ここで命中させなければ。戦況は敵の有利に傾く。一抹の不安と、それを覆い尽くす自負を以てトリガーを引いた。
CP‐23狙撃銃の銃身が跳ね上がり、一発の銃弾が空を裂いていく。狙いは《オルダール》の胴体、致命の一撃だ。
狙い通りに飛来した形成炸裂鉄鋼弾は、僅かな隙を晒していた《オルダール》に直撃した。着弾した弾丸が、指向性のある爆発を用いて《オルダール》を吹き飛ばす。
「……マジかよ、あのタイミングで」
リュウキは呟き、間髪入れずに次弾を撃った。《オルダール》の胴体を狙った狙撃は、確かに直撃はしたが。敵は機体を旋回させる事で即死を免れていた。胴体に命中する筈だった弾丸は、その実左肩に突き刺さっていたのだ。
それ故にリュウキは追加で狙撃を加えたが、腕一本失ってもその機動は遜色ない。四肢にすら掠りはせず、逆に突撃銃による掃射が降り注いできた。狙撃体勢を解除し、リュウキの《カムラッド》は回避に専念する。
『一旦退きます。再装填しないと』
エリルの《カムラッド》も後退し、再び二機と二機が合流し距離を取った。
一瞬の攻防で得られた戦果は、《オルダール》一機の左腕を吹き飛ばしただけだ。武装も健在、戦力低下は微々たる物と判断せざるを得ない。
「本当に手強いじゃんか。今のを避けられる奴は殆どいない」
リュウキの《カムラッド》はCP‐23狙撃銃の再装填を行い、いつでも発砲出来るようにした。問題は依然として変わらない。即ち、どう当てるかだ。
『避けてはいませんでしたね。問題は次です。同じ手が通用するとは思えない』
エリルの《カムラッド》も突撃銃と大型拳銃を再装填し、大型拳銃を腰に戻した。エリルの言う通り、終わった局面をいつまでも悔やんでいる訳にはいかない。
「まあ、同じ手は通用しないわな。今のだって俺の全力だし」
二機の《オルダール》は、再び‘後出しじゃんけん’の体勢に戻っていた。一定の距離を取り、消極的な制圧射撃を加えてくる。
『ええ、私も全力でした。格闘戦では向こうの方が有利でしょうし、手榴弾を投げ付けた所で意味はない。もう少し、奇をてらった武装を持ってきた方が良かったですかね』
「リオの使ってる馬鹿でかい太刀とかな」
リュウキは軽口を返しながら、どう攻めるべきかもう一度考える。あまり言いたくはないが、こちらはイリアやリオ程強い訳ではない。その観点から見ても、長期戦は避けるべきだ。こちらの抵抗が弱まった瞬間、二機の《オルダール》は余裕を持って攻めてくる。あと一手か二手で、盤上をひっくり返してやらないと。
「……エリル、手榴弾って火打ち石か?」
『ええ、そうですけど』
エリルの返答を受け、それなら使えるかも知れないとリュウキは笑みを浮かべた。
MG‐4、通称フリント・グレネードは宙域用の手榴弾だ。ifが携行出来る爆発物の中では、特に対if性能に優れている。この手榴弾は、宙域でも充分な破壊力を得る為に、投擲されると内蔵された酸素を周囲に撒き散らす。その後に炸裂し、破片と熱波でifにダメージを与えるのだ。
その特性上、直撃を狙うような武装ではない。支援目的で投げ付け、動きを抑制するような物だ。当然、直撃すれば致命傷を与えられる。
「よし。じゃあもう一回攻めてみるか。俺は片腕がない奴を狙う。エリルの嬢ちゃんは元気そうな方を頼む。一対一って奴だ」
『それは構いませんが……』
エリルの声色に疑問が混ざっている。それもそうだろうとリュウキは頷く。一対一では、相手が手負いでも勝てない。それは、二人の共通認識という奴だ。
「勿論、真面目に格好良くなんて戦わない。俺の指示するタイミングで、フリントを俺に向かってぶん投げてくれ」
後はタイミング勝負になる。分の悪い賭けだが、それぐらいしなければこの実力差は埋まらない。
『……分かりました。相打ちとか笑えないのでやめて下さいよ』
「任せとけって。いっつも逃げ腰なのが俺の長所だ」
心配そうなエリルにそう返し、リュウキは狙いを付けた《オルダール》を見据える。
リュウキの《カムラッド》は、装備していたCP‐23狙撃銃を腰にマウントする。代わりに右脚にあるタービュランス短機関銃を、右手で引き抜いた。
狙いは左腕を失った《オルダール》だ。タービュランス短機関銃の小口径弾を連射しながら、一気に距離を詰めていく。
エリルの《カムラッド》も、指示通りに《オルダール》を攻め立てる。ここまではいい、うまく一対一に持ち込めた。
「さて、うまく引っ掛かってくれよ」
リュウキは呟き、武装変更のコマンドを実行する。《カムラッド》の右手にあるタービュランス短機関銃を左手に持ち替えさせ、次の武装を選択する。空いた右手は左肩に伸び、そこにあるES‐1ナイフを掴んだ。緊急時に用いる小型ナイフだが、だからといって無視出来る威力ではない。
リュウキの《カムラッド》は急接近を仕掛ける。右手で掴んだES‐1ナイフを、左腕のない《オルダール》へと振り抜いた。一撃目は難なく回避されるが、返す刃で胴体を狙う。
《オルダール》もただ避けただけではない。右腕に装備していた突撃銃を腰に戻すと、こちらと同じようにナイフを抜いていた。
リュウキの《カムラッド》が振った二撃目は、そのナイフによって防がれる。片腕がないというのに、それを感じさせない動きだ。
隻腕の《オルダール》は、防いだその瞬間には攻勢に出ていた。バーニアを小刻みに噴かし、素早い連撃を叩き込んでくる。
「まあ、そうだよな!」
リュウキの攻勢は二撃目にして終わった。ここから先の剣戟は、どちらかが距離を取らない限り《オルダール》が攻め続ける。リュウキの《カムラッド》は少しずつ後退しながら、繰り出されるナイフをひたすら弾いていくしかない。
「こいつはどうだ?」
リュウキは小さく呟き、剣戟の隙を見て大きく《カムラッド》を後退させる。そして、左手に持たせておいたタービュランス短機関銃を正面に構える。狙いは胴体、至近距離での回避は困難だ。並の操縦兵なら、距離を取るか真横に回避して仕切り直すだろう。だが、こいつなら。
トリガーを引く。タービュランス短機関銃から吐き出される小口径弾を、隻腕の《オルダール》は前進しながら避けた。最小限の動作で火線を躱し、ナイフを突き出そうとしている。熟練した操縦兵のみが出来る、回避機動と攻勢の同時処理だ。それを待っていた!
「フリントを寄越せ! エリル!」
リュウキは怒鳴りながら、タービュランス短機関銃をその場に破棄した。ペダルを思い切り踏み込み、形振り構わず垂直に上昇する。少し足りない。ショートカットスイッチを押し、《カムラッド》の右脚を自ら脱落させた。
『ッ!』
エリルが手榴弾、フリント・グレネードを投げ付ける。フリント・グレネードの弱点は、有効的な爆発をするまでに時間が掛かるという事だ。内蔵酸素を全て撒き散らしてからではないと、広範囲を攻撃出来ない。しかし、今必要なのは広範囲に渡る破片と炎ではなかった。
隻腕の《オルダール》が突き出したナイフは、タービュランス短機関銃を貫き、脱落した《カムラッド》の右脚に命中した。
そこに、エリルの《カムラッド》が投擲したフリント・グレネードが飛来する。
リュウキの《カムラッド》は上昇すると同時に体勢を変更し、右手に持ったES‐1ナイフも破棄した。空いた右手を腰に伸ばし、間髪入れずにCP‐23狙撃銃を構える。
「これなら外さない」
賭けには勝ったと、リュウキは笑みを浮かべた。標的は隻腕の《オルダール》ではない。隻腕の《オルダール》、貫かれたタービュランス、脱落させた右脚、そしてエリルの寄越したフリント・グレネード、それら全てが、今は一塊に見える。
狙うのはその中でも一つだけ。フリント・グレネードを照準に入れ、トリガーを引いた。CP‐23狙撃銃から放たれた形成炸裂鉄鋼弾は、寸分違わずフリント・グレネードに直撃する。本来酸素を撒き散らしてから起動するフリント・グレネードが、その時を待たずして炸裂した。
所定の性能よりも遙かに小規模な爆発は、それでも直撃すれば致命傷となる。
しかし、隻腕の《オルダール》が見せた反応は凄まじかった。爆発に煽られながらも、瞬間的に後退して殺傷範囲から逃れたのだ。《オルダール》の性能と、それを使いこなす操縦兵の技量が見せる結果と言える。
「エリル!」
もう一機の《オルダール》と攻防を続けるエリルに向かって、リュウキは呼び掛けた。一対一で、不意打ち紛いの攻撃を仕掛けてもここまでしか出来ない。だが、この戦いはそもそも二対二でやっている。
『見えてます!』
エリルの《カムラッド》が、もう一機の《オルダール》を振り切り、突撃銃を掃射する。隻腕の《オルダール》は上昇しながらそれを躱そうと試みていた。脚部に次々と弾痕が刻まれるが、まだ致命傷ではない。
「まだ、な」
回避に専念する隻腕の《オルダール》に向け、リュウキは余裕を持ってトリガーを引いた。CP‐23狙撃銃が何度も銃弾を吐き出し、隻腕の《オルダール》に突き刺さっていく。
武装と片脚を犠牲にし、手榴弾で騙し討ちを仕掛け、エリルの援護射撃を貰い、ようやくこの弾丸が届いた。
「よし。仕切り直すぞ、エリル」
装填している弾丸は全て叩き込んだ。リュウキはエリルに指示を出すと、《オルダール》から距離を取る。
『あの《オルダール》。無力化はしましたが生きていますね。わざとですか?』
弾丸を叩き込んでやった隻腕の《オルダール》の事だ。あれだけやったというのに、撃破までは至らなかった。頭部は半壊、胴体の装甲は欠落し、脚部は穴だらけ、隻腕どころかスクラップ同然だ。戦闘能力は失われ、今はもう戦線を離脱している。
「まさか。ここで一機潰すつもりで撃ったよ。マジの手練れだ。反撃不可能と悟った瞬間に、如何に死なないように被弾するかを考えられるタイプのな」
加減などしていないと、リュウキは歯噛みする。撃ち込んだ弾丸は全て操縦席を狙った物であり、その全てが別の部位に命中した。いや、命中させられた。
『なるほど。もう追撃は不可能ですね。残る《オルダール》は、まだやる気みたいですし』
エリルの言葉通りに、残った《オルダール》は撤退せずに留まっていた。戦闘の意思は充分、きっちりと足止めをするつもりだ。
「ああ、みたいだな。向こうには悪いが二対一だ、さっさと片付けちまおう」
リュウキの《カムラッド》がCP‐23狙撃銃を再装填し、残る一機の《オルダール》へ向ける。
『ええ。これ以上時間は掛けられません』
エリルの《カムラッド》も突撃銃を再装填し、いつものように前に出る。
戦況は大きく傾き、この場にいる全員がそれを理解していた。再び戦闘機動の応酬が始まるが、その結果は見えている。
残る黒塗りの《オルダール》が、二機の《カムラッド》に追い詰められるまで、そう時間は掛からなかった。




