アリーナ・ランカー
リオは《カムラッド》の操縦席で、ウインドウに映し出された黒塗りの船体を睨み付けた。全ての元凶と言い換えてもいい。黒塗りのBS、《フェザーランス》はまたしても、こうして立ちはだかっている。
正確には、立ちはだかっているのはこちらかも知れない。ポイントCに到達後、《アマデウス》は直ぐさま回頭、ifを展開して待ち構えた。このだだっ広い宙域で、じっと《フェザーランス》を待ったのだ。
そして、それに応えるかのように《フェザーランス》は現れた。
『予想通りにご到着。これをさくっと片付けなきゃいけないんだろ。厳しいねえ』
『そういうの、思っていても言わない約束でしょう』
リュウキが軽口を交え、エリルが苦言を呈す。そう、今回の戦いは単機ではない。
『そそ。時間を掛けたら私達の負け。さくりと片付ければ私達の勝ち。単純でしょ?』
イリアの気負わない声は、言外にそれ以外の選択肢はないと言っている。
そう、今回の戦闘では四機のifで迎え打つ。イリアの《シャーロット》、リュウキの《カムラッド》、エリルの《カムラッド》、そして自分の《カムラッド》だ。
『マジで撃ってこないのかよ。むしろ落ち着かないんだが』
リュウキの言葉には同感だった。《フェザーランス》に装備された四門の粒子砲は、未だに火が灯っていない。撃つ気がないのだ。
『ま、撃っても意味がないからね。《アマデウス》は粒子だろうと実体弾だろうと防御できる。粒子壁って奴だね。その代わり、それを展開中の《アマデウス》は反撃できない。撃っても撃たなくても結果は変わらない。余計なエネルギーを使うなんて馬鹿らしいでしょ?』
イリアの説明は、理屈としては納得出来るのだが。どうにも、戦場なのに撃たないという状況は特異過ぎる。
『頭が良い人間は何考えてるのか分からん。で、互いにBSが決定打になり得ない。なので、俺達の出番か』
『ええ。ですが話は後に。《フェザーランス》に動きがあります』
リュウキのぼやきにエリルが応答し、集中を促す。エリルの言う通り、《フェザーランス》はハッチを展開している。ifを出撃させるつもりだ。
『うん、本番だよ。さっきも言ったけど、この戦いで大事なのは時間だからね。私達を足止め出来れば、それで向こうの勝ちになっちゃう。かといって、消耗するのも論外。つまり』
「消耗せず、速攻で片付ける」
イリアの言葉を遮るようにして、その先を続ける。ハンドグリップを強く握り締め、呼吸を整えた。強敵なのは間違いない。一歩間違えれば、こちらが殺されるのも変わりない。だが、ここで止まっている訳にはいかないのだ。
『そゆこと。さあ、始めるよ!』
イリアの号令を受け、思い切りペダルを踏み込む。
迷いの消えた軌道を描きながら、星屑の闘技場へと四機のifが飛び込んでいった。
『手筈通りに行くよ! リュウキ、エリルちゃんが後衛でディフェンス。前衛、アタッカーは私』
通信に流れていく声を半ば聞き流しながら、リオはウインドウをじっと見据える。
『リオ君は自由。思うままに動いて、道を切り拓いて』
そう、それが各々の特性を活かした最適解だ。
今操縦している《カムラッド》には、多くの武装が搭載されている。
右手にはTIAR突撃銃、右脚にはヴォストーク散弾銃、左脚にはナイフラックが設けられており、SB‐2ダガーナイフが四本入っている。右肩にはE‐7ロングソード、左肩には小盾、腰には予備弾倉をまとめたマグスカートだ。久々の完全装備は重いが、この《カムラッド》の推量でも充分動ける。
「分かってます。押し通す」
呟き、《カムラッド》の速度を上げていく。レーダーを確認するまでもなく、《フェザーランス》から発進した四機を捉えた。
『黒塗りの《オルダール》! おいおい、ばっちり格上じゃんか』
陣形を組みながら近付いてくる四機の敵ifは、リュウキが言うように黒塗りの《オルダール》だ。四機全てが、《カムラッド》よりも高性能である《オルダール》だった。
「大丈夫です。この前撃墜しましたし。あの時よりも条件は良い」
ポート・エコーでの、《クリムゾン》との一戦だ。あの時よりも、ifの状態も戦場の地形も整っている。
「陣形を崩す」
《カムラッド》の右手に握らせてあるTIAR突撃銃を、四機の《オルダール》へ向けて発砲する。目に見えた牽制だ。命中しないのは分かっている。数発の鉄鋼弾は呆気なく回避され、陣形を崩すまでには至らない。
敵は最小限の動きで攻撃を回避し、陣形を維持して反撃を狙う。しかし、それは悪手だ。黒塗り達は陣形を崩してでも、自分と距離を取るべきだった。
四機の《オルダール》が反撃する前に、こちらがペースを掴む。
単純な当てやすさから、陣形の先頭にいる《オルダール》を狙う。《カムラッド》の最高速度を維持したまま、左肩をぶつけるようにして《オルダール》へ突っ込んでいく。
一手目で間違えた相手に回避出来る代物ではない。凄まじい衝撃と共にエラーメッセージが表示されていくが、それは命中したという証明に過ぎない。全てを無視し、右手に持ったTIAR突撃銃の銃床で目の前の《オルダール》を殴りつける。狙いは頭部と操縦席、流れるような殴打で頭部は拉げ、操縦席前の装甲が軋んでいく。
まだ終わりではない。殴られ、距離を取ろうとする黒塗りの《オルダール》を、追い抜くようにして後方に回り込む。相手からしてみれば、目の前から唐突に消えたように見えるだろう。
「まずは一機」
ぽつりと呟き、トリガーを引いた。がら空きの背中に向けてTIAR突撃銃の鉄鋼弾が次々と刺さっていく。しかし、ここまでだ。残る三機の黒塗りの《オルダール》が、こちらに向けて突撃銃を向けている。殺意に塗れた弾丸が殺到する前に、射撃を止めて回避に専念した。小刻みにバーニアを噴かし、必要以上に距離を取らないように銃撃を躱していく。近距離に自分が居座る事で、相手にプレッシャーを与える事が出来る。
回避を続けながら、散発的にTIAR突撃銃を撃つ。背中を射貫いてやった《オルダール》は、残る三機に守られながら後退していく。高性能を誇る《オルダール》といえど、背部を損傷すれば著しく機動性が下がるのはif共通の弱点だ。通常機動に必須のバーニアに加え、急加速用のブースターも背部に集中している。帰還するのは正しい。
「確かに腕が良い。本気で動いてるのにあれで済んでる」
黒塗りの《オルダール》は、標準的な装備しかしていない。突撃銃にナイフ、後は手榴弾ぐらいだろう。動きは堅実で狙いは正確、損失にも動じない。特殊な装備などなくとも、充分脅威と言える。やりづらい。
こちらのifも《オルダール》であれば、強引に攻めて撃墜まで持っていけた。無い物ねだりをしても仕方がないけれど。
『よし、隙あり!』
イリアの声が届くと同時に、黄色に塗装された《シャーロット》が真横を通り過ぎる。既存のifを超える速度を以て、残る三機の《オルダール》へと食らい付いていく。手に持った散弾銃には、いつものように散弾ではなく一粒弾……スラッグ弾が装填されているのだろう。
イリアの《シャーロット》は発砲せず、黒塗りの《オルダール》からの反撃を黙々と避けている。すると、その内の一機が姿勢を崩す。片足が吹き飛んでおり、一瞬ではあるが致命的な隙を晒している。
『よし。当たるもんだな』
得意げな呟きが聞こえる。リュウキの《カムラッド》が狙撃したのだろう。後方に控えたまま、じっとその瞬間を待っていたのだ。
『そういう風に誘導してあげたんだから、当てて当然でしょっと』
そう返しながら、イリアの《シャーロット》が散弾銃を二度発砲する。凄まじい貫通力を持つスラッグ弾は、隙を晒した《オルダール》の頭部と右腕を引き千切っていく。
これで二機は無力化した。残る二機の《オルダール》は、一旦後退の動きを見せる。が、大きく迂回する形を取って《アマデウス》の方へ向かおうとしていた。
「リュウキさん、エリルさん。そちらに二機行きます。すみませんが任せます」
そう言って、再装填の済んだTIAR突撃銃を正面に向ける。
無力化した二機は《フェザーランス》へ帰還し、入れ替わるように黒塗りの《オルダール》が再び出現した。その数は四機、《フェザーランス》はここで全戦力を注ぎ込んだ。
『二機が退いて四機がこんにちは、か。作戦通りって感じかな』
イリアの呟きに無言で頷く。前線に残る自分とイリアを四機の《オルダール》が、後衛に残るリュウキとエリルを二機の《オルダール》で叩くつもりだろう。
『オッケーオッケー。エリルの嬢ちゃんとそいつらを追い返せば良いんだろ?』
『簡単に言ってくれますね……ですがやりますよ。性能差ぐらい、連携で補います』
リュウキとエリルの返答は、強がりとはいえ頼もしい。
「ええ、頼みます」
今から対峙する四機こそが本命だろう。それの打倒だけに意識を傾け、他には何も考えない。
わざわざ待っている必要もない。四機の《オルダール》へ向け、いつもように《カムラッド》を突っ込ませた。




