表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「青嵐と窮愁」
94/352

衝突の前

あらすじ



 戦う為の補給は受けた。迫る黒塗りの影に、《アマデウス》は立ち向かう。少年だけではない。《アマデウス》の全戦力が、雌雄を決する為にその刃を向ける。

 そして遠き少女は。今はどこで、何を想っているのだろうか。


 《アマデウス》医務室で、リオは使う当てのない医療物資を抱えていた。《レファイサス》から受け取った物は軍事物資だけではなく、こうした医療物資もある。

 《アマデウス》へ帰還してすぐ、次の戦いが示唆された。イリアの読みなら間違いはないだろうし、出撃する事に異存はない。しかし、まだ指定のポイントまでは時間が掛かり、ifの整備もしておきたいという事で格納庫から追い出されてしまったのだ。

 格納庫の主、ミユリは完全に整備の鬼モードだったので、しばらくは近付けない。仕方がないので、こうして運べる物資を運んでいたのだ。

「ご苦労さん。これはもう、使わないだろうけどな」

 軍医であるアリサが、医療物資を受け取りながらそう言った。

 現在、《アマデウス》は戦闘行動を継続している。艦内の重力係数はゼロ・ポイント、要するに無重力に設定されていた。その為、結構な数の医療物資を持ってここまでやってきた。その中には必要な物も確かにあったが、必要のない物もあった。

「……この血って、それじゃ」

 丁寧にパッケージングされているその箱には、てっきり輸血液でも入っているのかと思ったのだが。

「ああ。アストラルの使っていた人工血液だ。そういえば、アストラルは《レファイサス》に乗ってここに合流したんだもんな。これが必要かもって、向こうさんは思ったんだろうよ」

 そう言って、アリサは苦笑を浮かべながら続ける。

「ちょっと辛いよな、こういうの」

 いつもは凜とした姿勢を崩さないアリサが、今はとても脆く見えた。その姿を見て、自分勝手だったと自責の念が込み上げてくる。自分やトワばかりが傷付いた訳ではない。アストラルの死は、それだけ大きな損失だったのだ。

「ま、後ろばかり見てもいられない。ましてや、厚意で持ってきて貰ったものだからな。きちんとしまっておくよ」

 すぐにいつものアリサに戻ると、人工血液の箱を持って奥に引っ込んでしまう。

 医務室の奥から、何かを思い出したようなアリサの声が聞こえる。

「リオ、時間あるだろ? 栄養剤の一本や二本入れておけ。その格好を見るに、また出撃だろうし」

 そう言われ、自身の姿を見下ろす。《カムラッド》から降りてすぐに来たので、if操縦用に調整されたフラット・スーツのままだ。まあ、そうでなくてもこの格好をしているだろうが。いつ出撃になってもおかしくないのだから、今は備えておかなければいけない。

「時間は大丈夫です。お察しの通り、出撃準備中といった具合ですが」

 そう答え、手近なベッドへ腰を下ろす。腰を下ろすといっても、無重力下なので身体を固定している、という表現の方が正しいだろう。

 上半身を出すために、フラット・スーツを手早く脱いでいく。栄養剤の注入だけならば、腕の一本も出せば済むのだが。フラット・スーツを着ているとそうもいかない。

「本当なら、とりあえず食えって言いたい所だけどな。操縦兵はそうもいかない」

 奥からアリサが戻ると、その手には二本の注射器が握られていた。アリサの言う通り、健康体ならば食事を取って休めば大抵の事は済む。だが、出撃前と分かっているのに食事は取れない。人の身体ごと、胃の中身が掻き回されるからだ。楽しい食事の後にifの高機動戦闘を行うというのは、操縦兵にとっては拷問に近い。

「慣れないとみんな吐くんですよね」

 自分は幸いにも、あまりそういう経験はないが。

「らしいな。私の知ってる操縦兵は、みんな心底タフだからあまりお目にかかれていないが。とりあえずいつもの奴を二本を打つ。栄養剤と抑制剤だな」

 要するに、脳や身体の機能を維持する栄養剤と、胃の活動全般を抑える抑制剤だ。手軽に注入出来る分、効果は控え目になっている。それでも充分だと感じられるが。

「これ、便利ですよね。最初に栄養剤って聞いた時は、胃に穴でも空けるのかと思いましたから」

 無重力下にも関わらず、慣れた手付きで注射を二本打っていくアリサが、それを聞いて少し笑う。

「まあ、ちゃんとした栄養剤だと、経管摂取等の処置が必要だろうけど。これ、分かりやすく栄養剤って言ってるけど、細かい事を言えば違う物だしな」

 へえ、と返事を返し、用が済んだ注射器二つが破棄されるのを横目で眺める。処置は終了だ。これで、数時間は空腹を心配せずに戦える。

 フラット・スーツを着用し直していると、アリサが片付けをしながらくすりと笑う。どうしたのかと様子を窺っていると、彼女は肩をすくめて見せた。

「医務室なんて、人がいない方が良いに決まってるんだけどな。最近は閑古鳥だったから、不謹慎にも楽しんでたんだよ」

 自虐的な笑みを浮かべながら、アリサはそう言った。そうかも知れない。ずっと伏せていたアストラルは亡くなり、医務室の常連だったトワもいなくなってしまった。

「ああ、そういえばイリアはちょくちょく来てたっけ。足を撃ち抜かれても全然へこたれないって、むしろそっちの方が危険な気がするけど」

 イリアも結構な怪我を負っていた筈だが、普段接しているとそれを忘れそうになる。

「あの怪我って、ひどいんですか?」

 アリサは少し考え、苦笑しながら頷いた。

「そりゃあ、拳銃弾とはいえ足を撃ち抜かれてるからな。なのに、あいつ頭は良いのに馬鹿だから。平気でいつも通りに動く。そのくせ、何かに付けて鎮痛剤は持っていくから痛いは痛い。リオからも今度言っといてくれ。あんまり無茶をし過ぎれば、今度は車椅子に縛り付けるって」

「それ、僕が言うんですか」

 アリサの苦笑にこちらも苦笑を返す。実の所、そのイリアは無茶をする気満々なのだが。この分だとアリサには言ってないのだろう。

 ベッドから離れ、アリサに礼を言う。そろそろ整備も終わっている頃合いだろう。

「それで、状況はどれくらい分かってるんだ?」

 アリサの問いはさりげない物だったが、その声色には緊張が滲み出ていた。

「恐らく奇襲があると。相手は《フェザーランス》。あの黒塗り連中です」

 イリアから説明を受けた時は、本当にしつこい連中だと思った物だが。アリサにしても同じ考えを持ったのだろう。渋い顔をしている。

「また面倒な。あいつらと関わるとろくな事にならない」

「同感です。追い返してやりますけど」

 ぽつりと呟いた一言に、アリサはにやと笑って返す。

「だな。ここのお世話にならない程度に暴れてくれ」

 アリサはこつりとベッドの足を蹴る。確かに、以前奴等と戦った時は医務室送りにされた。

「ええ。トワを取り戻す第一歩です。止まってもいられない」

 そう返し、地面を軽く蹴る。医務室を出ると、迷わずに格納庫への道のりを辿り始めた。さすがに、これだけ時間を潰せばミユリも気が済んでいるだろうし。

 《フェザーランス》との戦いは、それ自体に意味はない。でも、ここで叩かなければまた邪魔をされるという確信があった。

 伸ばしたこの手が遮られる、そんな結末はもう御免だった。

「もう、好き勝手にはさせない」

 小さく呟き、力を込めて地面を蹴る。

 退くことの出来ない戦いは、すぐそこまで迫っていた。





 ※


 《アマデウス》ブリッジにて、イリアは広域レーダーをじっと見据えていた。艦長席に腰掛けたまま、今ある情報を精査する。頭もすっきりとしており、迷いや不安は既に消えていた。

 あと少しでポイントCに到着する。船足が速くなった事から、恐らく《フェザーランス》も感付いているだろう。ここで仕掛けてくる。

 ポイントCは、この辺りにしては珍しく見通しのいい宙域となっている。普段は残骸、岩石群に紛れて移動する《アマデウス》だが、戦うとなれば話は別だ。

 イリアは一人で頷き、《フェザーランス》ならば迎撃するしかないと結論を固めた。ここは周囲に逃げ場のない、即席の闘技場といった様相だ。奇襲奇策の使えない、真正面からの殴り合いになる。

「私やキアが、一番嫌う地形って感じ」

 イリアは小さく呟き、だからこそ勝ち目があると考えていた。《アマデウス》も《フェザーランス》も正面戦闘向きではない。《アマデウス》は武装試験艦であり、《フェザーランス》は奇襲専用だ。となれば、必然的に戦いの主軸はifに移る。ことこの戦場においては、BSはただの飾りにしかならないだろう。

 イリアは艦長席を立ち、操舵席に座る人物をちらと見た。普段はリュウキが操舵士としてそこに座っているが、今はギニーが操作している。

「じゃあ、私もそろそろ行くよ。クストちゃん、後はお願いね」

 代わりに艦長席へと座ったクストに、イリアは両手を合わせる。

「ええ。手早く片付けてきなさい」

 クストの返事はいつも通りで、それ故に力になる。イリアはウインクを返すと、ブリッジを後にした。

 無重力の通用路を漂いながら、右足の具合を確かめる。太股に空いた穴は塞がりかけており、無理はするなと再三言われてはいるが。こればかりはどうしようもない。

「if対ifの戦いなら、出てくる奴等は全員がエース」

 《フェザーランス》の艦載機は四機プラス四機、計八機と推測される。その全てに、練度の高い操縦兵が乗っている筈だ。

「だからこそ、ここで全員叩く」

 イリアは決意を言葉にし、格納庫への道のりを急ぐ。

 負けられない戦いが、すぐそこまで迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ