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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「青嵐と窮愁」
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偽りの剣戟


『あー、その、なんだ? もう一回言って貰えるか?』

 その問いを受け、リオ・バネットは分かりやすく咳払いをした。

「ええと、ですので。大人しく積荷を渡して下さい。抵抗する場合は排除します」

 そう伝え、ハンドグリップを握り直す。今は《カムラッド》の操縦席で、とびっきりの悪い事をしている最中だ。

 目の前のウインドウには見慣れた宇宙と、戸惑うように距離を取るifの姿が映し出されている。その奥にはBS、《レファイサス》の艦影も確認出来た。

 そう、《レファイサス》だ。もう随分前になるが、《アマデウス》に補給物資を持ってきてくれた友軍艦である。AGSから追われている身なので、正確には友軍とは言えないだろうが。

 だから、目の前のifも知っている。以前共闘した《カムラッド》のカスタム機、識別名《リセルブ》だ。操縦兵はエグラード、知っている相手に刃を突き付けるのは気が引ける。

『まったく、冗談はやめとけ。こちらはAGS所属なんだぞ。お前らみたいな連中に渡せる物なんてあるかよ!』

 エグラードの返答は予想通り……いや、予定通りだ。

「そうですか。では、無理矢理奪います」

 こちらも予定通りの捨て台詞を叩き付け、通信を切断する。後は、うまく斬り付けるだけだ。

 イリアの考えた補給作戦は、実に大胆なものだった。軍事物資を調達する為には、どうしても正規の部隊から補給を受ける必要がある。AGSを離反した今、それは不可能に近い。

 となれば、後は奪うしかない。だが、イリアはそれすら選ばなかった。イリアの選んだ打開策は、言ってしまえば出来レースだ。

 個人的な付き合いのある部隊、《レファイサス》に物資を運んできて貰い、それを奪うフリをして受け取る。今の《アマデウス》に表立って協力すれば、AGSに目を付けられるだろう。だから、相手に迷惑を掛けない為に演技をする。

 こうして、わざわざ音声ログに残るような真似をしたのもその為だ。あくまで、《レファイサス》は応戦したが迎撃できず、物資を破棄して撤退したという流れを作る。

 なので気は引けるが。今から相手を痛め付けもする。

 ハンドグリップを傾け、乗機の《カムラッド》を前進させた。装備は少ない。右手に握らせた長刀、ifの全長に近い刀身を持つE‐7ロングソードと、腰に納めたTIAR突撃銃だ。

 一定距離を保ちながら、相手の《リセルブ》が盾と突撃銃を構える。

 《リセルブ》は、《カムラッド》をベースに個人的なカスタマイズを加えたifだ。胸部と脚部の装甲が通常よりも増設されており、都合が良かった。誤って怪我をさせてしまう心配は少ないという事だ。

「足と、片腕ぐらい取れば良いかな」

 呟き、一息にペダルを踏む。一瞬にして最高速度に達した《カムラッド》を、《リセルブ》に向かい突っ込ませていく。右手に握らせたE‐7ロングソードは上段に構え、いつでも振り抜けるようにしてある。

 相手も見ているだけではない。《リセルブ》も行動を開始した。出来る限り複雑な軌道をし、後退しながら小銃を単発で撃ってくる。演技とは言っても、模擬弾などではない。当たれば損傷するし、操縦席に飛び込んでくれば重傷、或いは死ぬだろう。

 その射線を最小限の動きで避け、《リセルブ》の回避機動に追従していく。そう時間は掛からないだろう。相手の《リセルブ》は後退しながら銃撃をしており、その速度は全力とは言えない。対して、こちらの《カムラッド》は回避の瞬間以外は最高速度だ。直ぐに追い付く。

 十発の弾丸が空を裂いたその時に、《カムラッド》は敵《リセルブ》を至近に収めた。E‐7ロングソードの確殺距離だ。

「うん、届く」

 《カムラッド》の上半身を捻るように使って、右手で構えたE‐7ロングソードを振り下ろす。縦一文字の斬撃軌道の狙いは、こちらに向けられた小銃だ。長い刀身故に、銃を斬るだけでは収まらない。E‐7ロングソードが《リセルブ》の小銃を両断し、その右腕をも引き裂いた。《リセルブ》の右腕は大きく裂け、肘から先がふらふらと慣性に揺れている。

 まだ終わりにはしない。後退しようとする《リセルブ》に、動きが見えるようにE‐7ロングソードを再度振る。振り下ろした状態から手首を返し、袈裟にかち上げるように斬り返したのだ。

 左下から右上に向かっての斬撃軌道を、《リセルブ》は左手で構えた盾で防ぐ。火花が散り、その動きが一瞬だけ硬直する。

「よし」

 狙い通りに防いでくれた。ハンドグリップを素早く傾け、ペダルを踏み込み、《カムラッド》を《リセルブ》の下方に滑り込ませる。

 コンマ数秒にも満たないその交叉で、《カムラッド》の姿勢を変えつつE‐7ロングソードで横一文字に斬り付ける。増設された装甲も意味を成さない、真下からの斬撃だ。《リセルブ》の両脚は拉げ、いとも簡単に真っ二つとなった。

 《リセルブ》は斬られてからやっと行動を再開し、形振り構わず後退していく。方向はBS、《レファイサス》に近付くように動いている。

 《カムラッド》をそちらの方向に向け、E‐7ロングソードを右肩に納めた。後は仕上げるだけでいい。

 空いた右手でTIAR突撃銃を引き抜き、盾を構えながら後退していく《リセルブ》に向ける。

「気は引けるけど」

 右腕と両脚がボロ切れのようになっている《リセルブ》の全身は、構えた盾に殆ど隠れている。その盾に狙いを付け、TIAR突撃銃を発砲した。連射はせず、三発ずつ弾丸を叩き込む。

 《リセルブ》の盾に火花が散り、弾痕が次々と刻まれていく。着弾の衝撃で《リセルブ》は大きく後方へ吹き飛ぶも、素早く体勢を立て直して回避機動を取る。

 《リセルブ》は自身のBS、《レファイサス》まで後退し帰還していた。そして、その《レファイサス》から幾つかのコンテナが放出される。

 後は、このコンテナを搬入して逃げるだけだ。

「リーファちゃん?」

 通信を繋ぎ直し、《アマデウス》に指示を確認する。

『はい、物資を確保して撤退します。お疲れ様です、リオさん』

「僕は斬り付ける側だから、そんなでもないよ。向こうの人には、今度謝らないとだけど」

 そう応え、漂うコンテナを奪う為にTIAR突撃銃を腰にしまう。

 何はともあれ、これで準備は整った。後は、トワに追い付くだけだ。

 そう考え、至近を漂うコンテナの一つに《カムラッド》の右手を伸ばした。





 ※


 《アマデウス》ブリッジでは、形容し難い空気が流れていた。その空気を作り出した張本人であるイリア・レイスは、艦長席に腰掛けながらくすりと笑う。作戦がうまくいったからではなく、馴染みの声を聞いて懐かしいと感じてしまったからだ。そんなに歳は取ってないのに。

 妙な空気になっているのは、これがあまりにも特異な作戦だからだろう。略奪に見せかけた共謀、完全な出来レースなんて、今までやったためしがない。

「要求に従ってくれてありがと、おっさん」

 リオの猛攻を受けてifは撤退し、《レファイサス》は渋々要求を受け入れる事にした。筋書き通りに進行している。イリアは音声ログにさらなる証拠を残す為に、《レファイサス》に通信を繋ぎ直した。

『ふん、パイロットは換えが利かないからな』

 《レファイサス》の艦長、レイ・ブレッドの不機嫌そうな返答が返ってくる。

『しかし……海賊行為、か。まあ、お前らしいと言えばそうなるか。驚きはしないさ』

「これがね、びっくりする程しっくり来るのよね。名実共にお尋ね者ってわけ。退職金代わりに頂いていくの」

 そんなイリアの答えを、レイが鼻で笑う。

『これからはどうする気なんだ? 一稼ぎしたら‘(からす)のように逃げる’気か?』

 レイのその言葉に、イリアは違和感を覚えた。普段のレイは、こんな言い回しをしない。何かを伝えようとしている。頭の片隅で烏という言葉を反芻しながら、間が空かないようにイリアは鼻を鳴らす。

「そーよ。ちなみに、追っ掛けてきても無駄だからね」

 烏、レイが口にするという事は、自分とレイだけに分かる真意があるとイリアは考えていた。となれば、かつて一緒に戦った時を探るのが一番だろう。かつての戦い、かつての戦場を。

 烏、レイヴン、逃げる。単語に分解して考えていると、頭の中の歯車がゆっくりと回り出す。

『勝ち目が少ない勝負に挑みたくはない。俺は勝負師じゃないしな』

 そう、烏だ。レイの言葉が《アークレイヴン》を示しているのなら、状況はあまり良くない。

 イリアは苦笑し、レイの気遣いに感謝する。物資だけでも充分危ない橋だというのに、本当にこの人は変わっていない。

 イリアはちらと横目でクストを見る。クストは頷き、無言のままハンドサインをした。物資の回収は済み、リオも帰還したという意味だ。

「ま、それが賢明だよね。じゃあね、おっさん。私はこれから一仕事だから」

 そう伝え、イリアは通信を切る。礼も言いたいし、あまり怪しまれるような動きをしないでくれと警告もしたかったが、それは出来ない。胸中に浮かんだ不安を掻き消す為に、一度深呼吸をする。

「リュウキ。《アマデウス》急速発進。経由地のAとBは無視して、ポイントCまで前進。急いでね」

「おう、飛ばすぜ」

 操舵席に座ったリュウキが応え、《アマデウス》が加速していく。

「ギニー。ポイントCまでは大丈夫だと思うけど、念の為全武装オンライン」

「了解です、予備エネルギーで十五パーセント程貰います」

 武装管制席に座ったギニーが、コンソールを操作して《アマデウス》の武装に火を入れていく。

 ウインドウと広域レーダーを見て、遠ざかる《レファイサス》を確認する。後は、お互いにうまくやるだけだ。

「イリア、随分急ぐけど。何かあったの?」

 艦長席の隣で広域レーダーを眺めていたクストが、そう問い掛けてくる。

「おっさんの警告だよ。同じ部隊にいた時に、黒いBSに奇襲された事があるんだ。烏のエンブレムをでかでかと掲げた奴で、便宜上私達は《アークレイヴン》って呼んでた」

 そう、そして。レイがそれを口にするという事は。

「烏のように逃げる気かっておっさんは言ってた。追跡、奇襲の危険あり。備えて退け。そこに黒いBSとくれば、もう相手は分かったようなものでしょ?」

 クストは両手を組み、小さく溜息を吐いた。クストにも分かったのだ。

「黒塗りのBS。《フェザーランス》が追ってきている、と」

 クストの答えにイリアは頷き、広域レーダーを見据える。

「そう。《フェザーランス》とキアが、律儀に追っ掛けてきてる。普通に進行したら、向こうの有利な地点で攻められる。だから、ポイントCで迎え打つ」

 ポイントCは、地形的には有利も不利もない。岩石、残骸群も少ない、ただただ開けている宙域だ。つまり、真正面から戦うしかない。《フェザーランス》にとってはやりづらい地形だが、かといって負ける地形でもない。キアならここで仕掛けてくる。

「今度は負けない」

 イリアは小さく呟き、追い掛けてきているであろうキアを想う。未だに真意が読めず、戸惑う事しか出来ないのは事実だが。

 この足を止めるつもりはない。不安と迷いを胸の奥にしまい込み、イリアは勝つ為に頭の中の歯車を回し続けた。

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