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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「少年と少女」
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無垢の代償


 《リンクス》が撃った炸裂砲弾をひらりと躱し、トワの《カムラッド》は一気に接近した。半壊しているにも関わらず、その機動は一切の無駄がない。

 そのまま《カムラッド》は、後退する《リンクス》の頭を鷲掴みにする。必死に逃げようとする《リンクス》を、最大出力では負けている筈の《カムラッド》が強引に引き寄せた。

 そして、二機は丁度デブリの陰へ隠れてしまう。互いがバーニアを蒸かしていた為、一ヶ所に留まっている道理もない。

 二機がいるデブリの陰から、既に残骸となったifらしきものが漂う。識別不能だが、それも《カムラッド》がこちらに悠々と戻ってくれば何なのか察しが付く。

「やっぱり、肝心な所が映ってないね。あー疲れた!」

 イリアは艦長席に座ったまま、大きく伸びをした。何度も同じ映像を見ていれば疲れるに決まっている。ましてや、戦闘が終わってから数時間も経っていない。

「休まなくて良いんですか、艦長」

 そう問い掛けてみるが、言ったところで休まないのは目に見えている。イリアがまともに休んでいる姿なんて、ほとんど見たことがない。

「平気だよ、リーファちゃん。それよりトワちゃんは?」

 イリアは、いつものように自分のことを‘それより’で済ませてしまった。そう言われてしまうと、もうこちらからは何も言えない。

「まだ医務室で寝ています。起きたら連絡するとアリサさんが言っていました」

 帰艦するなり操縦席で眠っていたトワは、今も医務室のベッドで寝ているのだろう。渦中の人どころか張本人であるトワだが、起きたとしても有用な情報が聞き出せるとは思えなかった。

「そっか。トワちゃんが使ってたifの状態は調べ終わってるかな? ミユリちゃんは、こっちから連絡しないとだよね」

「そうですね。繋ぎます」

 数回コール音が鳴り、若干不機嫌そうなミユリの声が応答を示した。

「なんか大変そうだね。ミユリちゃん、ifは?」

『大変でしょうがない。トワ嬢が使ってた奴だろ? 前と同じだ。配線がほとんど焼き付いちまってる。新品を用意した方が早いな』

 イリアの問いにミユリが答える。トワがifを動かすのはこれで二回目だが、一回目、つまりリオがトワを拾った時の戦闘後も、配線は異常な焼き付きを見せていたらしい。

『特にBFS周りの配線はもうダメだ。焼き付きどころか焼き切れてる。どんな負荷がかかればこうなるんだか』

 ミユリがそう言うのならそれ以上は分からない。ミユリ以上にifに詳しい人は、この艦にはいない。

「うーん、そっか。直すのは無理そうだね。どうするかは任せるよ」

『了解、切るぞ』

 結局何も分からないまま、イリアは二度目の大きな伸びをした。

「八方塞がりだね。弱ったなあ」

 そう言いながら、イリアはもう一度問題の映像を見始めている。

 トワが何かをしたのは、おそらく間違いないだろう。トワに悪意があるとは思えないが、起こしてしまった行動は擁護しようがない。

 トワはまともに動けないifを動かし、加えて非武装の状態で敵ifを撃墜した。あり得ないの一言で済ませたかったが、状況がそうさせてはくれない。私達は実際にその戦闘を見て、その時の映像まで残っているのだから。

 ああでもないこうでもないと呟くイリアは、トワを疑いたくない一心なのだろう。危険な力を持っている以上、確実な、信頼に足る何かが見つかるまで本質的に受け入れるわけにはいかない。

 それでも受け入れたい、受け入れても大丈夫ではないかと思わせてしまう。そんな不思議な雰囲気をトワは持っている。だからこそ、今も医務室で寝ていられるのだろう。本来なら、隔離されていてもおかしくはない。

 イリアだけじゃない。私も何度か一緒にいる内に、信じてみても良いかもと思えてくるようになった。

 リオに関しても、きっと良いように作用してくれている。どこか空っぽだったリオは、トワといる時だけはとても自然体に見える。

「何も分からないですけど。多分、守りたかっただけなんでしょうね」

 トワもやはり、リオといるときは何というか、表情豊かに見えるのだ。

 きっと、他意も打算も無くやって見せた行動なのだろう。それが、周りにどんな影響を与えるのか分からずに。

 他ならぬリオは、どう捉えているのだろうか。いつものように、過剰に思い詰めてなければいいのだが。

 イリアが再生を続ける映像の中、またもや《リンクス》が残骸となっていた。悠々とこちらへ戻る《カムラッド》は一切の邪気を感じさせない。

 その様が、むしろ底知れぬ恐怖を駆り立ててくるような錯覚を覚える。ifという兵器ではなく、まるで生物そのものを見ているような……。

 馬鹿げてる。ただの妄想だ。再び流れ始めた映像から顔を背け、小休止を取るためヘッドセットを定位置に戻す。

 トワが怖いのではない、何も分からないことが怖いのだ。そう自分で結論付けてみるも、その強がりがどこまで通用するのかは自分自身、まったく分からなかった。





 ※


 清潔感のある医務室の中、その一角でリオはじっとモニターを見つめていた。

 何の感情も抱かず、ただ目の前で起きている現実を受け入れる。受け入れようとしている。

 私用だと言い、退出したアリサに渡された小さなモニターには、トワが行ったという戦闘行動が映し出されていた。短い動画だが、それが異質だということは充分に分かった。

 if操縦兵だからこそ、これがあり得ないことだとはっきり言える。これを起こしたのがトワでなければ、悪ふざけのトリック映像としか思えない。

 そう、逆に考えれば、トワであるならやりかねない事でもあった。あの不思議な少女について分かっていることなど、一つもない。

 しかし、BFSが鍵になっているのは間違いないだろう。なぜならBFSの根幹にある物質、というよりメカニズムは、それそのものが遺跡から発掘されたものを流用しているからだ。同じく遺跡から出てきた少女に、何らかの反応を示してもおかしくはない。

 疑いたくはない。だが、そもそもトワは何もかも謎だらけであり、自分はそれを体よく忘れていたに過ぎないのだ。

 それでも、トワがこんな事態を引き起こしてしまったのは、《アマデウス》を守るためであり、それはまともに戦うことの出来なかった自分のせいでもある。

 トワばかりを攻めるわけにはいかない。いかないのだが、自分はそれを棚に上げてひどく落ち込んでいる。

 遺跡にいたのはどこかで遭難したからであり、そのショックで重度の記憶障害を起こしてしまった。だが拾われ、こうして着実に回復していっているごく普通の少女だと、そう思っていたかったのに。この解釈では色々と腑に落ちないことはあるものの、遺跡から少女が発掘されたと信じるより現実的だ。

 だが、トワはこうして普通ではないことを引き起こしてしまった。

 モニターをデスクに置き、トワが眠るベッドまで歩く。傍にある椅子を引き寄せ、音を立てないようにゆっくりと座った。

 相変わらず無防備な寝顔を晒しているトワは、ここが軍艦の中ということを忘れさせてくれる。この少女があの戦闘を行った。やはり馬鹿げていたが、自分はそれを否定できない。

 そのふわりとした寝姿を何とはなしに見つめ、気持ち良さそうに眠っているトワが目覚めるのを待つ。

 目覚めるか目覚めないかすら分からない。自分がどちらを望んでいるのかも分からない。でも……。







 ……話がしたい。まだ、何も知らないに等しいのだから。色々思うことはあるし、正直何なのかすら分からないが、一緒にいて悪くはないと思う。

 そこまで考え、ふと今まで目を瞑っていたことに気が付く。徐々に意識がはっきりしていく中、こちらの頭を撫でている感覚に、ゆっくりと引き寄せられるように目を開いた。

 視界に入ったのはショートパンツと、そこから伸びている白い足。今自分がどうなっているのか、靄のかかった頭が少しずつ導き出していく。

 頬に当たる感覚は柔らかく、ボディーソープの微香がふわりと通り抜けていく。

 頭をやさしく撫でている指はしなやかで、触れる度にすっと温もりを運んできてくれる。

 視界を動かすと、心なしか微笑んでいるような少女が写った。溌剌とした感じはないが、そのまとった雰囲気は飾らず、それでいてゆっくりと心をほぐしていくようだった。

 少女は淡く白い肌に良く映える、赤い虹彩をした瞳でこちらを見つめ返した。

「おはよ、リオ」

 透き通った声が耳に伝わっていく。微睡みの中でもはっきりと聞こえる、綺麗な声をしていた。

 少女は、トワは満足げにこちらの頭を撫で続ける。

「あれ、トワ……?」

 頭の中の靄が晴れていく。今自分は寝ていたらしい。そしてトワは先に起きていて、既に上半身を起こしている。

 つまり、トワに膝枕されている、ということになる。

「うわ!」

 急に跳ね上がった心音と同じように飛び起き、勢い余って椅子から転げ落ちる。

「リオ、どうしたの?」

 不思議そうにトワは尋ねてくる。頬に残った柔らかな感覚が、顔を真っ赤に染めていく。

 深呼吸を数回行い、椅子に座り直す。

「もう、何が何だか……」

 すらりとした白い足が視界に入らないように目線を落とす。が、トワはお構い無しに下から覗き込んできた。

「私が起きたら、リオが私のお腹の上で寝てたよ」

 トワはちょっと誇らしげに言ってみせる。

「起こしてくれれば良かったのに」

 そこから何をどうすれば膝枕に発展するのか。やっぱりトワの考えていることはよく分からない。

「気持ち良さそうだったから起こさなかったの」

 ふんわりとした表情を見せるトワは、なぜか上機嫌だった。

 その姿は無邪気そのものであり、あの動画の《カムラッド》を操縦していたとは到底思えない。バラバラになって漂うifが脳裏に浮かぶ。

「ねえ、トワ」

 本当に、あれはトワがやった事なのだろうか。

「ifに乗ったんだよね。まだ動けない筈の。それに、武器を使わず《リンクス》を撃破した。それは、一体どういう事なの?」

 一瞬、トワの表情が分からなくなる。何を考えているのか、まったく読み取れない。

「うん。何となく恐いのが来るって分かったから。放っておけなかった」

 トワの表情には、若干の困惑が浮かび始めていた。なぜそんな事を聞くのか分からない、とでも言いたげな表情だ。

「……どうやって?」

 バラバラになったifの残骸が再び脳裏にちらつく。操縦者も、おそらくそうなっているのだろう。

 トワは黙っている。表情に写し出された困惑は、徐々に色濃くなっていく。

「そう、言われても。そうなるようになるものだから。私はよく分からないよ」

 誤魔化している、というよりも。何を聞かれているのか分からないといった様子だった。まるで、自分のしたことが当然だと思っているように。そこに、人の生き死には関係ないのだろうか。

「ねえ、リオ」

 不安を声一杯に表し、トワはこちらに呼び掛ける。

「私は、役に立てなかった?」

 トワは、どこまでも純粋な目をしていた。その表情に映るのは不安一色であり、その直向きな姿が余計にこちらを苦しめる。

 ただ役に立とうとした。トワは自分なりに考え、出来ることをしてみせたというのだろうか。まだ善悪の判断すら曖昧な少女が、役に立とうとする一心で人を殺した。それもきっと、殺したという自覚もないままに。

 トワばかりを攻めるわけにはいかない。それに、人の生き死にについて自分は何を教えられるのか。一人二人では済まない、自分と同じようなif操縦兵を何人も殺してきたし、小型BSも二隻沈めている。トワの比ではないぐらい人を殺している自分が、どうして命について語れるのか。

 自分の命すら、見向きもしない自分が。

「分からないよ、そんなの」

 小さく言い放った言葉は、トワへどのように届いたのだろうか。トワの行った行為を、否定することも肯定することも出来なかった自分には、そう答えるしかなかった。

「……そう」

 静かに呟き、俯いてしまったトワは本当に悲しんでいるのだろう。おそらく、本当に正しいことをしていたと思って、役に立てたと信じていたのだろう。

 無邪気で、危なげな程純粋な少女……。

 こんな子が、人を殺すべきじゃないのに。

 落ち込んでいるだろうトワに返すだけの言葉なんて、僕には思い付けそうになかった。






「少年と少女」

 あくまで序章ですので、多少短めかも知れませんが、どうでしょうか。

 起承転結の起です。スタンダードにこういうお話ですよ、って書いた感じです。これが肌に合えばこれから先も楽しんで貰えるのかなあと思います。これが肌に合わなかったら何かもうすみませんでした。

 人型兵器っていうのは好きなジャンルですが、中々小説で書くには難しいと思いながらやってます。うまく動きが伝わっていると良いのですが。


 良い点も悪い点も、何か感想貰えたら嬉しいです。評価や感想とかちょっと気が引ける、という人はメッセでも何でもオッケーです。何かしら反応がある、というのは嬉しい事ですので。

 そんな感じで、これからも楽しんで貰えたら幸いです。

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