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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「照影と際涯」
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愚直な在り方


「うん、やっぱり慣れ親しんだ場所ってのはいい。何より両手が縛られていない」

 そんな軽口を叩きながら、リュウキは椅子に深く腰掛けた。

 《アマデウス》後部、通称展望室の一角を占領しながら、与えられた休みを謳歌している所だった。

「割と生きた心地がしなかったよね」

 あっけらかんとした相づちを返したのはギニーで、とてもじゃないが肩を撃たれた人間の返事とは思えない。だが、それがギニーの長所だとリュウキは考えていた。

「お前の肩は大丈夫かよ。週末のベースボールには間に合うのか?」

「週末かあ。今何曜日かもよく覚えてないや。肩は治療して貰ったから平気。それより、イリアさんの足の方が気になるんだけど」

 足の件については、個人的に最重要項目なのだとリュウキは唸る。

「あれなあ。俺も気になってるけど、あの顔見ただろ? 打開策考えるまでテコでも動かねえって顔。ああなると止められない。ま、クストさんが行ったから大丈夫だろ。弁慶の泣き所って奴だ」

 そう言ってリュウキはにやと口元を緩める。天下のイリア・レイスも、クストだけにはどうも勝てないらしい。イリアに真っ向から意見できるのは、情けない話クストぐらいな物だ。

「うーん。じゃあ、やっぱり休んでおくぐらいしか出来ないかあ」

「そういう事だ。歯がゆいけどな」

 テーブルに突っ伏しながら言っているギニーに、リュウキが笑いながらそう返す。やっぱりこいつは大物だ。

「しかし、大変な事になってきたな。俺達反逆者だぜ?」

 しっかり脱力しているギニーに、リュウキは問い掛けてみる。結果的にAGSから離反し、敵対した状態にある。そして、これからの作戦次第では更に関係は悪化するかも知れない。

「まあね。でも気分は悪くないよ」

 ギニーの意外な返事に、リュウキはどういう意味かと問う目を向ける。ギニーはむくりと顔を上げ、大きく伸びをした。

「あんまり考えないようにしてきたけど。理由も分からずに戦ってたからね。いつまで経っても戦争、終わらないし。何となく惰性で戦ってた」

 欠伸を一回挟み、ギニーは気負う事なく続ける。

「それが、今回のはちゃんと目的がある。こう、浮ついてた部分が多少は落ち着いた感じ。分かるかなあ」

 リュウキは腕を組み、じっくり考えてみる。分からない事もないが、今はそれよりも不安の方が大きいというのが本音だった。

「俺は不安だよ。そういうのはないのか?」

 隠し立てするような仲でもない。だから、リュウキは正直にそう聞いてみた。ギニーは同じように腕を組み、うーんと考え始めた。いや、この時点でこいつに不安とかなさそうだ。

「真剣に考えたけど。よくよく考えれば僕はいつでも不安だった。なので、平常運転?」

 と、予想以上の答えが返ってきた。リュウキは笑いを堪えようとして堪えきれず、吹き出すようにして笑い始めた。無音の展望室に声が響き、ギニーは不思議そうにこちらを眺めている。

 一頻り笑った後、リュウキは涙を拭いながら何度も頷く。

「そうだな、お前はそういう奴だった。やっぱり凄えわ」

「えっと、つまり?」

「もの凄い大物って事だよ、相棒」

 リュウキは軽口とも本音とも取れる言葉を返す。実際、その両方が含まれているので問題ない。

 そんなやり取りをしていると、通用路に人影が見えた。展望室に用があったが、邪魔するのは忍びないといった顔をしている。リュウキは手を振って、こちらに来るよう促した。

 先程まで格納庫で仕事をしていたのだろう。フラット・スーツ姿のままエリルは近付いてきた。しっかりと着用している訳ではない。フラット・スーツの上半身は脱いでおり、腰の辺りでまとめて縛られている。自分もよくやる、脱ぎはしないが休みたい時の格好だ。さすがに女性なので、インナーキャミソールの上に上着を羽織っていた。

「何だか楽しそうですね」

 エリルはそう言いながらギニーの隣に座る。リュウキは展望室に設置されている自販機まで歩き、さながら冷蔵庫のように開けた。使う人間が限定されているので、用途は冷蔵庫と変わらない。そこからミネラルウォーターを直接取り出すと、エリルに向かって放り投げた。

「ん、ありがとうございます」

 片手で受け取り、エリルは礼を言う。一口二口と飲み、小さな吐息を漏らす。

「その挑発的な格好を見るに、一旦休憩してまた格納庫ってとこか?」

 リュウキがエリルに対してそう問い掛けながら席に戻る。エリルは自分の格好をちらと見て、少し首を傾げる。

「格好がどうこうは分かりませんが、後半はイエスです」        

 フラット・スーツの下に着込むインナーなので色気は皆無だが、それでも若い女性がキャミソール姿でいれば挑発的だろう。ちょっとした軽口だったが、本人にそういう自覚はないらしい。

「格納庫の方は、まだ一段落つかないの?」

 ギニーが気遣わしげに質問する。エリルは首を横に振っている。心配する必要はない、という感じだ。

「そういう訳ではないです、兄様。ちょっとした整備とシステムチェックを済ませれば、後は待機です。本当は訓練が出来たら良いのですが、シミュレーターはないようなので」

 ちょっと申し訳なさそうにエリルは答える。恐らく訓練の部分だろうとリュウキは読み取った。

「エリルの嬢ちゃんは、そんなに訓練する必要もないだろ。腕前は大したもんだと思ってるけどな、俺は」

 エリルは何かと背負いがちな傾向がある為、リュウキはそう伝えてみた。案の定渋い顔をして、エリルは首を横に振る。

「私もそう思いたい所ですが。彼の、リオの戦いを見ていたらそうでもないのかもと感じまして。たった一機で援護もなしという状況で、途方もない数を撃破していました。少なくとも、私では無理でしょう」

 リュウキは唸り、内心でそれはそうだろうと苦笑する。

 状況の見極めが早く、相手が判断する前に鉄火場に飛び込むのがリオという操縦兵だ。一度ペースを掴んでしまえば、後はなし崩し的に追い込んでいける。その特性上、数の利を活かそうとする相手に対して滅法強い。陣形の立て直しなんて悠長な事を考えていては、一瞬で壊滅させられる。

 要するに、リオにとっては条件の良い戦場だった。エリルが同じ事を出来ないと悔やむ必要はないのだが。

「プライドの問題だよなあ、これって」

 操縦兵らしい精神構造ではある。向上心を持つのは良いのだが、如何せん相手がリオというのは厳しい。そうリュウキは思っていたが、どう伝えるべきか考え倦ねていた。

「あれはね、エリル。一人で戦わなきゃいけないから、そういう戦いが得意になったんだよ。ブリッジで見ていたから、そういうのは分かる。適材適所、自分の得意な事を伸ばした方がいいよ」

 リュウキが腕を組んで考えていると、ギニーが先に答えを出した。エリルはいまいち納得していない様子だが、ギニーはそれに、と言葉を続ける。

「お互いがきちんと戦えたから、僕達は助かったんだよ。あ、そうだ。助けてくれてありがとうね」

「いえ、別に、それは。最初に私が助けて貰いましたし」

 ギニーは間髪入れずに実績とお礼を用いて、エリルの悩みを幾らか氷解させたようだった。それも多分無意識に。やっぱり兄は違うとリュウキは感心する。

 エリルの言った最初というのは、《アマデウス》艦内での銃撃戦の事だろう。自分とリュウキが残り、エリルとクストを格納庫に逃がした時の一件だ。

「結果を見るに、判断は間違ってなかったな」

「だよね。良かった良かった」

 リュウキの言葉にギニーが相づちを打つ。肩を撃たれた人間とは思えない気軽さを、ここでも遺憾なく発揮している。

「エリルの嬢ちゃん、ギニーは昔からこうなのか? 羨ましいぐらいマイペースで、眩しいぐらい正義の味方なんだけどさ」

「そうですよ? その二つの要素があれば大体兄様です」

 リュウキの問いに、エリルは当然と言わんばかりに答えた。どうやら、エリルも同じように考えているらしい。

「えー、そうかなあ」

 当の本人はこの返事だが、この時点でマイペースさは滲み出ている。

「昔、私が養子に入ったばかりの頃です。養子だなんだと、よくいじめられたものです。ですが、言われている事は事実でしたので。甘んじて受け入れていたのですが」

 そう、エリルは懐かしそうに語り始める。ふんふんと相づちを返し、リュウキは先を促す。

「ある日、兄様が飛び込んできてのです。そういう言い方は卑怯だと啖呵を切り、あっと言う間に取っ組み合いです」

 リュウキはにやと笑みを零しながらギニーを見る。ギニーは困ったように微笑んでおり、そういう事もあったよねえ、と呟いていた。

「私は、実を言うと騎士様に助けて貰えるお姫様に憧れていました。なので凄く嬉しかったのです。嬉しかったのですが。誤算だったのは、兄様はあまり強くなかったという事です。結局私が助けました」

「あれ、格好悪かったよねえ」

 ギニーに相応しすぎるエピソードの登場に、リュウキは弾けたように笑う。割と無鉄砲なのは変わらないらしい。そして、幼い時からエリルの方が腕っ節は強かったと。

「半々という所です。格好良くはありましたよ」

「確かに格好良いよな。一直線な感じがさ」

 エリルの辛口フォローに、リュウキも同調して返す。ギニーは腑に落ちない様子で、口を尖らせながらこちらを見た。

「でも、リュウキだって似たようなものでしょ。想い人に一直線な所とか」

 ギニーが仕返しとばかりにそう言ってきた。

「そうですね。私もそう思います」

 間髪入れずにエリルが同調する。さすがは家族といった所だ。

「そりゃ、まあな。ここはそういう奴ばっかりだよ」

 隠している訳でもないし、公然の事実ではあるが。真っ正面から指摘されると少し気恥ずかしい。照れ隠しのつもりでリュウキはそう答え、そういう奴という言い回しからリオの事を思い出す。誰よりも愚直に突き進んだ、‘そういう奴’の筆頭だ。

「大分参ってるみたいだな、リオは」

 リュウキはそう呟き、唯一の失点を顧みる。救出作戦は、結果を見れば成功といって良いだろう。

 だが、リオにとっては違う。ただ一人助けられなかった少女だけを、恐らくリオは見ていた。そんな事は間違っても口には出さないだろうが。それ故に苦しんでいるだろう。

「そう、ですね。私も、どうにか出来なかったのかと考えてしまいます」

 救出する側だったエリルには、また別の見方があるのだろう。自分の選択が正しかったのか、エリルも悩んでいる。

「大丈夫だよ。だって、まだ終わってない」

 いつもとは違う、確かな声色でギニーは答えた。その視線は真っ直ぐにこちらを捉えており、違うのか? と目で問い掛けている。

「……だな。終わってない」

 何の根拠も無いというのに、こいつがこういう言い方をすると本当にそう思えてくる。リュウキは、やっぱりこいつは大物だと頷いて返す。

 同じようにこくりと頷いたエリルを横目に、リュウキは何度もその言葉を繰り返す。不安は消せないが、やることは決まっている。

 まだ終わっていない。それぞれの手にあった日常ぐらいは、取り返して見せるのだと。

 そう、朧気ながらも誓ったのだ。

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