表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「照影と際涯」
87/352

勝つ為の笑み

あらすじ



 ポート・エコーでの激戦を終え、《アマデウス》は束の間の平穏を手に入れた。

 だが、そこに追い求めていた少女はいない。

 確かな勝利と微かな敗北が、そこには横たわっていた。

 Ⅲ


 目が回るほどに忙しかったが、それも一段落と言える。《アマデウス》ブリッジは、ようやく取り戻した平穏を謳歌出来る程度には落ち着いていた。それが仮初めの平穏だとしても、だ。

 イリアがそんな事を考えながら背伸びをする。ポート・エコーからの脱走、《アマデウス》との合流、猛追する《ゴドウィン》級への対応、それらの事象は全て片付けた。

 イリアは座り慣れた艦長席へ、背伸びをしたまま深く腰掛ける。働き通しだったクルーに休むように言った為、今ブリッジには自分しかない。

「あ、足の事忘れてた」

 呟き、イリアは自身の右足を見る。撃ち抜かれた太股に巻かれた包帯は、赤黒く変色していた。事態が一段落したら医務室に来るか連絡するように、アリサに言われていたのだ。みんながちらちらと見ていたのはこれか。気にせず追い出してしまった。

「軍医さんの言う事は、素直に聞かないとだけどなー」

 もう少しやりたい事がある。せめて今後の方針ぐらいは考えておかなければと、イリアは電子キーボードを起動させる。

 情報の精査と現状の把握、そこから導かれる未来予測を覗き見る為、投影モニターをありったけ表示していく。それらを眺めていると、後方から扉のスライド音が聞こえた。

「相変わらず熱心ね。足に穴が空いたぐらいじゃ、貴方は自分を労らないのね」

 そんな軽口……いや本心を口にしながら、クストは艦長席の横に並ぶ。イリアは苦笑を隠す為に魅惑的な笑みを浮かべ、自身の唇に人差し指を添えた。

「足に穴が空いただけで休めるのなら、私の足は蓮根かチーズみたいになってるでしょ?」

 その様を想像したのか、クストは分かりやすく顔をしかめた。このまま話題をすり替えよう。

「ちなみに、穴の空いたチーズはスイスチーズって総称で、あれ気泡なんだって。チーズと言えばまずあれが浮かんでくるのは面白いよね」

「イリア」

 呆れたような眼差し向けているクストを見て、すり替えに失敗したと溜息を吐く。

「蓮根の方をクローズアップすれば良かった」

 イリアはそう茶化すも、非難するような目付きに変わったクストを見て口を噤む。

「やることやったら休むって。今はまだ、逃げただけなんだからね」

 相当な数の手札を切ったが、こうして逃げ延びることは出来た。しかし、それでは不充分だ。次に繋がる一手がなければ、何も出来ない事に変わりはない。ここが牢獄でないだけで、状況はさほど変わっていない。

「まあ、イリアならそう言うでしょうね。でもそれは一人でやることじゃないでしょう? 貴方負け越しだし」

 クストの言葉はぐさりとくる物がある。しかし、事実負け越しのような物なので何も言えない。イリアは隠そうと思っていた苦笑を零しながら肩を落とす。

「ま、ここまで追い込まれるとは思っていなかったけど。肝心な事ほど、うまくいかないもんだねえ」

「それはそうよ。イリアを出し抜くのはそう難しい事じゃないし。頭一つ抜けてる相手って、対策は立てやすいのよね」

 それ、凄く気にしている事なのだけど。クストが真顔で言っている辺り本当の事だ。

「模擬演習勝ち越しのクストさんが言う事だもん、説得力あるよね」

 イリアはそう言うと、士官学校時代の事を思い出す。艦隊指揮の項目にあった模擬演習の話だ。向かうところ敵無しだったが、クスト相手には苦戦を強いられ、最終的には敗北した。

「でしょう? まあ、ただの演習よ。実戦ではそうはいかないもの」

 クストのその言葉には肯けなかった。条件と環境の違いだとイリアは考えている。奇襲や奇策、少数による生存戦闘では自分に軍配が上がるだろう。が、艦隊における決戦ならクストの方が長けている。正面からの力押し、適宜に戦力を出し入れし、叩ける時に叩いて退くべき時は退く。そういう正統派の戦いが出来るのがクストという人だ。

 そして、奇襲や奇策に頼った自分は少しずつ戦力を削られ、立て直す間もなく殲滅されたと。実の所、基盤となる戦力さえ確保していれば、クストの方が指揮に向いている。

「それは謙遜だよ。《ゴドウィン》級と正面からやり合って、この損傷で済ますのだから大した物だよね」

「愛想を尽かされないように逃げ回っただけ。操舵士がいないからきつかったけど」

 それを凄いと言っているのだが。操舵士がいない以上、オートプログラムで操舵したという事だ。決められた動きしか出来ないプログラムの組み合わせで、クストは猛攻を凌ぎきったのだ。イリアは敵わないと笑みを浮かべ、投影モニターに向き直った。

「それじゃあ、一から話していこっか。追撃の手が緩い事からの推測だけど、AGSは私達を重要視していないみたいだね。つまり、AGSは目的を達成した」

 ここで言う目的とは、勿論トワの確保だ。

「それだけど、どうも腑に落ちないわ。だって、トワを確保するのが目的なら《アマデウス》ごと拿捕しなければ意味がない。トワは必要だけど、あの妙な搭乗兵器は要らないなんて話はないでしょう」

 クストの返答にイリアは頷き、その事柄について考えていく。妙な搭乗兵器とは、トワが遺跡から持ち帰った《プレア》と、同じくリオが持ち帰った《イクス》についてだろう。

 確かに、トワと《プレア》はセットで考えるのが自然だ。そうなると、《アマデウス》を逃がす理由が見当たらない。となると。

「もしかしたら、AGSは知らないのかも」

 トワと《プレア》の戦いを目撃し、生き残った者は少ない。その情報を得ているのは。

「《フェザーランス》だけね。あの黒塗りが、虚偽の報告をしていると?」

 イリアの呟きに、クストが答えを添える。そうだ。目的は分からないが、そう考えると辻褄は合う。

 そこまで考えて、《フェザーランス》の目的がAGSの目的から逸れている事に気付いた。《フェザーランス》は、確実にこちらを沈めるつもりだった。トワを確保するという意思はなかったように思える。

 《フェザーランス》の艦長は、あのキアだった。でも、そこを考えると余計に分からなくなる。キアならなぜ、こんな邪魔をするような真似をするのか。解けない疑問が首をもたげるが、今考える事ではない。《フェザーランス》の目的がこちらの殲滅にあるのなら、虚偽の報告もあり得るのかも知れない。

「多分、そうだと思う。《フェザーランス》のクルーと、キア以外は知らないのだとしたら。トワちゃんだけさらって、《アマデウス》は放置しても問題ない。だって、搭乗兵器の存在を知らないのだもの」

 何気なく口にしてしまい、イリアはしまったと内心で後悔する。クストが聞き逃す筈もなく、問う目をこちらに向けている。

「そのキアだけど。知り合いか何かなの?」

 当然、その質問が来るだろうとイリアは唇を噛む。誤魔化すような間柄でもなく、隠す必要もない。それでも言いたくなかったのは、自分自身訳が分からないからだ。

「うん、知り合い。ほら、クストちゃん先に士官学校を出たじゃない? その後に知り合った人なんだ。仲は、まあ良かったと思うんだけどね」

 過去を紐解く必要すらない。イリアにとってキアは良き友人であり、向こうもそう思っていた筈なのだ。随分会っていないのは確かだが、いきなり殺し殺されるような理由なんて持ち合わせていない。

 最後に会ったのはいつだろう。確か、まだあの子が生きていた頃だから。

「それが今、なぜか敵に回っていると。まあ理由はいいわ。そのキアは、敵として見た場合どの程度厄介なの?」

 クストの質問を受け、イリアは一旦過去を消し去った。クストの言う通り、理由なんて考えていても分からない。今考える事ではない。

「指揮は優秀だよ。どちらかと言えば奇襲奇策に頼る、私みたいな戦いが得意だけど。キアが相手の場合、敵が少数だとしても油断出来ない。まあ、普通に戦う分には勝てる相手なんだけど。キアは私のやり方を知っている上で攻めてきてるから、足下掬われちゃったかなって」

 《フェザーランス》に出し抜かれたのは、相手がキアだったからだとイリアは言外に告げる。こちらの考えは全て読まれていた。

「そう。なら次からは負けないわね」

「そうかな……そうなの?」

 やけに自信満々なクストに、イリアはそう聞き返す。

「そうよ。だって相手が分かったのでしょう? 考えが読まれている事を知っているのだから、次からは五分五分。なら勝つわ」

 親友の勝利宣言に、イリアは笑みを零す。

「忍び歩きされないように気を付けなきゃね。まあ、真面目な話。《フェザーランス》が動いているかどうかも五分五分だけどね。AGSに離反したのは向こうも同じだし。キアと《フェザーランス》については、まだ放っておいていい案件だよ」

 それより、とイリアは続ける。投影モニターに幾つかの資料を表示させていく。現在の資材総量を、分かりやすくまとめた物だ。

「これからどうするかなんだけど。まずは補給だね。《アマデウス》も本格的に直したいけど、それより何よりifの交換部品が底を尽いてるし。エリルちゃんは丁寧に乗ってくれるから余裕だけど、リオ君の使ってた《カムラッド》はもうスクラップみたいなもんだって。両腕両脚を丸ごと交換したいってミユリちゃん言ってたし」

 そう言いながらイリアは自嘲する。リオには悪いが、貴重な戦力だ。事を構える前に、万全な状態にしておきたい。

「まあ、弾薬も無限にある訳じゃないし。ツテはあるの?」

 クストの問いにイリアは頷き、資料の一つを指差す。とある部隊のデータがまとめられている物で、見覚えのある艦長の顔写真が添付されている。

「あんまり使いたくない手だし、また迷惑掛けちゃうかも知れないけど。このおっさんに頼るか、軍事基地を襲って奪い取るしかないかなあ」

 つまり、現実的に考えると道は一つしかないのだが。

「その人には頭が上がらないわね」

 クストが苦笑しながらそう返す。

「上げまくるけどね頭。補給はこの線で行くから、後はその次」

 イリアは投影モニターに広域レーダーを表示し、何の光点も付けられていない真っさらな宇宙を映した。

「補給を受けて、戦力を整えて。どうにかしてトワちゃんを助けないとなんだけど」

「そこが一番の問題。助けられるの? 私はポート・エコーで決められなかった時点で、機会はないと見ていたけど」

 クストの現状認識は正しいとイリアは頷いた。ポート・エコーで決着を付けたかったのは、それ以降の足取りが追えないからだ。最高機密という檻に隠される前に、助けなければいけなかった。

「簡単な消去法だよ。《アマデウス》はAGSから離反してる。個人情報を凍結されている私達は真っ当に生きていけない。出来る事は少ないよ。最強の宇宙海賊となって他人様から奪うとか。H・R・G・Eに亡命するって手もあるかもね。他に何か出来る事があるかな? どこかの辺境に移り住んで、ひっそりとパンでも作って暮らす?」

 クストは大きな溜息を吐き、降参と言わんばかりに肩を竦めた。

「組織の庇護を失った時点で、私達はまともに生きられなくなった。出来るか出来ないかじゃない。トワを奪い、交渉材料にしない事にはスタート地点には立てない。そういう事?」

「そういう事です。納得でしょ?」

 イリアは自信たっぷりに微笑んで見せた。しかし、クストは端から分かっていたのだろう。

「納得したわ。ただ助けたいじゃ示しが付かないから、沢山理由を考えたのね。貴方のそういう所は、律儀過ぎて微笑ましいわ」

 そんな言葉を、呆れ顔のまま返してきた。イリアは敵わないと苦笑し、広域レーダーに目を向ける。

「戦力が整えば、戦い方次第で奪還は出来るよ。虎の子のバックドアは全部使っちゃったから、大分厳しいけどね」

 イリアはそう言うと、使う時はあっと言う間だったと肩を落とす。こつこつと仕込んでいたバックドアだったが、今回の脱出劇で全て使い果たした。

 バックドアとは裏口を意味する言葉だが、これはそのままの意味ではない。コンピューターへのクラッキング、不正アクセスの際に使う裏口の事だ。不心得者である自分は、AGSのコンピューターに幾つか仕込んでいた。

 今回の作戦が成功したのは、バックドアの存在が大きい。本来、ifのリンクシステムにウィルスを流し込むなんて芸当は不可能に近い。それが可能であれば、戦場はとっくにクラッキングの応酬となっている。

 用意していたバックドアの全てを注ぎ込んで、ようやっとあれだけの効果を発揮したのだ。二度と同じ手は使えないだろう。

 予めクストとミユリに、バックドアの存在を教えておいたのが功を奏した。魔法の裏口がなくなってしまったのは手痛いが、背に腹は代えられない。

「確か、あと一つ残してなかった? ユニバーサルキーとか言ってた奴」

 クストの質問に、イリアはこくりと頷く。万能の鍵という大仰な名前の通り、ユニバーサルキーと呼んでいたバックドアは凄い奴なのだ。どれぐらい凄いのかというと、一時的にAGSの管理下にあるセクションの制御を奪ったり出来る。もの凄い綱渡りをして、もの凄い時間を掛けた凄いバックドアである。

「あれも使っちゃった。リオ君の状況が良くなかったから、打開する為にね。ちょっと遅かったみたいだけど」

 ポート・エコーの制御を奪い、照明のリミッターを外し、焼き切れるまで光量を上げたのだ。ユニバーサルキーは、もうここにはない。

「なら仕方ないわね。じゃあ問題は、トワの居場所って事?」

 クストの切り替えの早さは、正直有り難いとイリアは思った。自分だけであれば、もう数十分間は悔やむ時間を入れる。

「そういう事。見当も付かないっていうのが本音だけど」

 何も記されていない広域レーダーがいい証拠だ。文字一つ書かれていない白紙のノートは、何も導きはしない。だが、まだ白紙なだけである。

「情報を改竄すれば改竄の跡が残る。あれだけ部隊を動かして、その全てを綺麗さっぱり消し去る事なんて出来ない」

 白紙であるのならば、埋めていく事が出来る。どんな小さな事でも構わない。この広大な宇宙を、今から埋めていくのだ。

「少し時間は掛かるけど、私はやれると思っている。散々追いかけ回してくれた訳だけど、今度は違う。私達が追い回すの」

 そう宣言し、イリアは今度こそ自信を持って笑みを浮かべる。挑戦的で挑発的な笑みは、先程とはまるで違うだろう。これは偽るためではなく、勝つ為の笑みだから。

「ええ、そうでなくちゃね」

 そんなイリアのいつも通りな姿を見て、クストはやっと小さく微笑んで見せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ