天賦の才
「退いていろと言った!」
リオはそう怒鳴り、ハンドグリップを握り締める。《カムラッド》を前方に跳躍させ、強引に突破しようと試みた。空中でバーニアを噴かし、《クリムゾン》を飛び越えようとする。
『嫌だね、これ以上待てる訳がないだろう! 俺とあんたのギフトが、ここで戦えと言っている!』
《クリムゾン》はそれ以上の速度で後退、跳躍すると武器を構える。二振りの大型ナイフだ。どちらもククリナイフと呼ばれる種類の物で、刀身が僅かに湾曲し、先端に近付くごとに刃が大きくなっている。重心が先端にある為、その斬撃は重い。
舌打ちをし、どうすべきか考える。ギフト、才能についての話はどうでもいいし関係がない。だが、アレクシスはどうあっても、ここで殺し合いとやらがしたいらしい。こっちはそれどころではないというのに。
『さあ来いよ! 来てくれよリオ・バネット!』
二振りのククリナイフを上段に構え、《クリムゾン》が正面から迫る。今はだめだ。こいつに集中しなければ、何も出来ずに殺される。無視できる相手ではない。
強行突破を諦め、操縦に集中する。《カムラッド》を後退させ、数瞬の猶予を作った。
間髪入れずに、右手で構えていたTIAR突撃銃を腰に装着する。空いた右手でE‐7ロングソードを、左手でSB‐2ダガーナイフを引き抜く。
互いの位置は空中、推力を比べれば《クリムゾン》の方が遙かに高い。故に《クリムゾン》の接近は一瞬だった。振り下ろされる二刀のククリナイフを、こちらは後退し続けながら迎え打つ。右手で構えたE‐7ロングソードを横一文字に振るい、その一撃を受ける。
《クリムゾン》は構わずククリナイフを振り抜いた。速度の乗った一撃は重いが、それを見越して後退してある。振り抜かれた時の衝撃を利用し、そのまま地面に降り立つ。
《クリムゾン》は少し離れた位置に着地しようとしていた。接地した瞬間には必ず隙が出来る。その隙を狙い、《カムラッド》を思い切り前方に跳躍させる。
逃がしはしない。右手に構えたE‐7ロングソードの一撃を凌いだとしても、左手にあるSB‐2ダガーナイフで腕を落とす。腕さえ落とせば、後は連撃を叩き込んで終わらせる。
思い描いたままに動き、斬撃を叩き込もうとした。しかし。
「う、ぐ」
呻くような声が至近で聞こえ、そこでやっと気付いた。膝の上でうずくまったままのリーファが、苦しそうにしがみついていた。
ifの戦闘機動は、人体にかなりの荷重を強いる。リーファからしてみれば、それこそ押し潰されているような物だ。補助席は構造上、荷重はましな方なのだが。急いでいた為、リーファを補助席に座らせていなかった。
これでは、高速度の戦闘機動は取れない。自分がまた選択を間違えた事を悔やむも、そんな余裕すらなかった。
『遅いな、遅い!』
既に着地を済ませた《クリムゾン》が、地面を蹴って間合いを詰める。近距離から至近へ滑り込み、《クリムゾン》はその勢いのまま体当たりを仕掛けてきた。
「あう!」
リーファの悲鳴が、避けきれなかった事を伝える。意識が乱れていた自分に反応出来る速度ではない。凄まじい衝撃が操縦席を揺さ振るも、まだ終わりではない。
突き飛ばしてきた分だけ詰め寄り、《クリムゾン》は両手に持ったククリナイフを次々と振るってくる。迫る凶刃を、E‐7ロングソードで弾き返す。遅れて滑り込んできたもう一つの凶刃は、SB‐2ダガーナイフで凌ぐ。
『ほら行くぞ、楽しいな、楽しいだろ! 俺とあんたは同じなんだ、こういう殺し合いが一番楽しめる!』
徐々に打ち込みの速度を上げながら、《クリムゾン》はこちらを切り裂こうとする。こちらは後退しながら、振るわれるククリナイフを一刀一刀弾いていくしかない。左右で斬撃の軌道が違う為、どちらも見極めなければこちらが斬られる。
それに加え、《クリムゾン》はただその場で刃を振るっているのではない。小刻みにポジションを変えながら、隙あらば死角に滑り込んでくる。
二振りのククリナイフと、E‐7ロングソードとSB‐2ダガーナイフ、四つの刃が複雑にぶつかり合う。その度に火花が走り、衝撃で装甲が軋む。
《クリムゾン》を振り払おうにも、うずくまっているリーファを顧みると無理な機動は出来ない。操縦席を断続的に襲うこの衝撃ですら、彼女にとっては苦しいだろう。
状況が打破出来ないまま、ひたすらに斬撃を凌ぎ続ける。まともな反撃も出来ず、剣戟の音が続いていく。
そうして何合目かの打ち合いの末、《クリムゾン》は自ら間合いを離した。《クリムゾン》の方が有利だったのに、自分から仕切り直すとは。その意図が分からず、動向を注視する。
『なんだか違うな。ぬるいし遅い』
不満そうなアレクシスの声が聞こえる。
『ああ、もしかして。誰かそこにいるのか? 俺とあんたの時間を、邪魔してる誰かさんがそこにいるって事か!』
《クリムゾン》が、こちらにククリナイフを突き付けながら怒声を上げる。
『だめだろ……だめに決まってるだろリオ・バネット。この為に来たんだぞ。邪魔するんなら殺せよ。あんたの邪魔をする奴は殺せ! それが好きなんだろ? ずっとそうしてきたじゃないかよ! なあ!』
リーファがびくりと震えたのが分かる。ヒステリックにがなり立てるその言葉は、もう聞きたくなかった。好き勝手な事ばかり喚く。通信システムを一度切断し、操縦席を静かにする。
頭のどこかで、完全に回路が切り替わったような気がした。
「リーファちゃん、こっちを向いて」
震えているリーファが、僅かにこちらを向く。涙をいっぱいに溜めて、口をきつく結んでいる。
「僕の背中に手を回して、思い切り掴まって。凄く揺れるから」
それだけ伝え、通信システムを再接続する。相も変わらず、アレクシスが声を上げているが。苛立ちも何も浮かばない。頭も心も冷え切っていた。
ここで終わりにする。それだけを考え、他の要素は全て排除した。必死に掴まっているリーファの熱も、遠く離れてしまった少女の熱も。今だけは何も感じない。
《カムラッド》を思い切り踏み込ませ、やかましい《クリムゾン》へと接近する。右手で構えたE‐7ロングソードをそのまま振り抜き、袈裟に斬り付けた。
『ん? おお』
《クリムゾン》は、その一撃をククリナイフで受け止めて弾く。
『やっとやる気になったのか。そうでないとな!』
《クリムゾン》は再び動き始める。二振りのククリナイフによる斬撃が、お返しとばかりに返ってきた。
律儀に付き合うつもりはない。こちらは後方に跳ねるようにしてその斬撃を躱し、《クリムゾン》が次の動きを決める前に再び距離を詰める。そしてその勢いを殺さないように、跳躍とバーニアを駆使して《クリムゾン》を飛び越えた。
《クリムゾン》の上方を通る際に上半身を捻り、E‐7ロングソードを下方に振るう。肩口を狙った斬撃軌道は、普通ならば反応出来ないだろう。
『はは!』
短い笑い声と共に、《クリムゾン》は上体を反らしククリナイフを振った。E‐7ロングソードの刀身はそれに阻まれ、《クリムゾン》に届くことはない。
「だと思った」
吐き捨て、弾かれるままにE‐7ロングソードを引っ込める。本命はこれではない。
空中にいるこちらの《カムラッド》を斬り付けようと、《クリムゾン》が無理な体勢のままククリナイフを振り抜く。
その斬撃を見越して、バーニアを少しだけ噴かした。一瞬にして降下を済ませ、ククリナイフをくぐり抜けるようにして着地をする。そして、一瞬たりとも動きを止める事なく、《クリムゾン》の両脚へ回し蹴りを叩き込んだ。
『ぐお!』
狙い通りに直撃した。装甲の軋む不快な音と共に、《カムラッド》の脚が《クリムゾン》の脚を掬う。《クリムゾン》は体勢を崩し、背中から地面に倒れるしかない。
そして、まだこちらの行動は終わっていない。回し蹴りの勢いに任せ、《カムラッド》を回転させる。必然的に右手に握ったままのE‐7ロングソードも回転し、その斬撃軌道は狙い澄ましたかのように《クリムゾン》に迫る。
『つ、あああ!』
叫び声と同時に《クリムゾン》は跳ね上がり、地面を転がるようにして距離を取る。E‐7ロングソードによる回転斬りは、装甲を掠めただけだ。
《カムラッド》の姿勢を戻し、もう一度E‐7ロングソードを構え直す。今の攻防で、《カムラッド》の右脚は拉げてしまっている。
《クリムゾン》も立ち上がり、くつくつと笑う。随分と楽しそうだ。
『やはり思った通りだ! リオ・バネット、あんた最高だよ。俺にも見えない一撃を振ってくる!』
ぺらぺらと喋りながら、《クリムゾン》は最高速度を以て距離を詰め直してくる。速度を活かしたまま振るわれるククリナイフを、こちらは後退しつつ左手に持ったSB‐2ダガーナイフで弾く。全てを受ける必要はない。避けきれない刃だけ弾き、後は全て回避する。細かな足捌きで、有利な地点を常に取るように動く。
二振りのククリナイフによる斬撃は、重く鋭い物だったが。もう全て見えている。
「《クリムゾン》。さっきの手が見えなかったのなら」
回避の間に合わない至近で、SB‐2ダガーナイフを投擲する。狙いは胴体だが、《クリムゾン》に難なく弾かれた。
しかし、こちらは既に動いている。右手で構えたE‐7ロングソードで、立て続けに三度斬り付けた。Z字の斬撃軌道は、防がれる事なく《クリムゾン》をなぞった。
投擲されたナイフを弾いた時点で、致命的な隙を晒しているのだ。それを防ぐにはナイフを弾かずに対処するか、そもそも投げさせなければいい。
そう、だから。さっきの攻防が読めていなかった時点で。
「お前のギフトとやらはそこまでだ」
頭部、胴体、左腕、両脚に斬撃を受けた《クリムゾン》は、その場で文字通り崩れ落ちた。地面に転がり、緩衝剤や冷却剤をぶちまけていく。
あれ程やかましかったアレクシスは、呆けてでもいるのか黙ってしまっている。
この鉄屑にもう用はない。E‐7ロングソードを右肩に戻し、大きく息を吐く。そして、輸送機を吸い込んでしまった港口路を見上げる。
もう、どう考えても間に合わないけれど。それでも、まだ追い掛けてみよう。まだ、もしかしたら。
未練がましくそう考え、警告塗れの《カムラッド》を港口路に向け跳躍させる。バーニアを噴かし、離れすぎてしまった距離を縮めようと前に進む。
しがみついたままのリーファは、時折小刻みに震えている。視線が合うと分かりやすく震え、また目を伏せてしまう。その目には、隠しきれない恐怖が滲んでいた。
この状況だけではない。多分、こちらの事も恐れている。戦っている時の姿なんて、あまり見せたくはなかった。
静まり返った操縦席に、引きつった笑い声が響いていく。自分でもリーファでもない。ようやっと状況を理解したのだろう。ばらばらになった《クリムゾン》の中で、アレクシスが笑っている。
動きを止めずに、背後を僅かに振り返って様子を見る。
残骸と化した《クリムゾン》が、残った右腕でククリナイフを拾い上げていた。背部のバーニアに火が灯り、横一文字に切断されている頭部がこちらを見上げる。
『まだだ……まだ終わっていないぞ。リオ・バネット!』
アレクシスは叫び、それに応えるように《クリムゾン》が跳ね上がる。頭部は半壊、胴体に裂傷、左腕は斬り落とされ、両脚も既にないというのに。バーニアを噴かし、一直線にこちらへ向かってきている。まるでハロウィンに踊る骸骨のようだ。
空中で高度を維持したまま《カムラッド》の向きを変える。右手で腰に装着していたTIAR突撃銃を抜き、向かってくる《クリムゾン》に照準を合わせた。
急ぎ回避機動を取ろうとするが遅い。トリガーを引き、フルオートで鉄鋼弾を浴びせていく。右腕しか残っていないifに出来る抵抗などなく、《クリムゾン》はきりもみしながら火を吹き上げる。
幾つかの鉄鋼弾が操縦席を貫いたのを確認し、トリガーから指を離す。火だるまになって地面へ落ちていく姿は、どちらかと言うとランタンの方が近いのかも知れない。
「終わってるよ。見えなかったのか?」
呟き、TIAR突撃銃を腰に戻す。時間はもう元には戻らないけれど。
遠く離れてしまった少女の残滓を追い掛ける為に、暗く開いた港口路を見据えた。




