悪魔の影
あらすじ
迷いも呪いもかなぐり捨て、少年は手を伸ばすことを決意する。まだ何一つとして終わってはいないのだから。
迷いと呪いに苛まれながら、少女は手を伸ばしても良いのか考える。まだ何一つとして分かってはいないのだから。
軍事セクション、ポート・エコーにて。互いの手は交わるのだろうか。
軍事セクションと一口に言っても、それぞれ目的に合わせて多様化されている。このポート・エコーは、言わば前線輸送基地として運用されていた。AGSが各地に部隊を派遣したり、要人を運ぶための中継基地だ。
ポートシリーズと呼称されているセクション群であり、見た目は通常のセクションと変わらない。細長い管制ユニットの周囲に、ドーナッツ状の居住空間が付けられている。宇宙に浮かぶ馬鹿でかいコマだ。
そんなポート・エコーの内部で、二人の兵士が遠巻きに客人を見ていた。
「要人の娘、って雰囲気でもないですね」
ゲートの向こうに消えていった、灰色の髪をした少女の事だ。物々しい警備のせいで、一瞬しか見えなかった。
「まるで爆弾でも運んでるみたいだったな。まあ、あまり見ない方が良い。警備していた連中、顔のない部隊って奴だ。首を突っ込んだら、次の休暇がフイになる」
ポート・エコーに到着した客人は、休息もそこそこに移動を開始していた。もっとも、その行動自体は有り難い。ポート・エコーで勤務している兵士全員が、早く出て行って欲しいと思っているからだ。
「薄暗い案件、ですかね。珍しい事じゃないですけど。巻き込まれるのは勘弁ですよ」
「そうだな。さっさと見送る。それで……」
終わり。そう締め括ろうとした兵士だったが、その言葉は尻すぼみに途切れる。
断続的な爆発音の後に、警報を示すサイレンが遅れて鳴り響く。けたたましい音と、それらを伴って現れた二機のifの前で、続く言葉は消えてしまったのだ。
※
『南側の格納庫は私がやります。御武運を』
「了解、この周辺は受け持ちます」
エリルから入った通信にそう応え、リオはif《カムラッド》の操縦席で短く息を吸った。現在はポート・エコーに侵入し、if格納庫へ向けて直上降下している所だった。
エリルの操縦する《カムラッド》とは、ここで別行動となる。疑似重力下にも関わらず、空中で器用に姿勢を変えてエリルの《カムラッド》が遠ざかっていく。
今操縦している《カムラッド》には、この時の為に厳選した装備が括り付けられている。と言っても、いつもとあまり変わらない。
右手に保持しているTIAR突撃銃に、右肩にあるE‐7ロングソードだ。この長い実体剣をぶら下げているのにも、すっかり馴染んでしまった。左脚にはSB‐2ダガーナイフを一本装備し、腰にはTIAR突撃銃の予備弾倉がある。
いつもより武装が少ないのは、総重量を下げ、機動力を少しでも上げたかったからだ。一分一秒でも、届かなければそこで終わりだから。連れ去られる前に奪い返す。
また、《アマデウス》の問題もあった。現在、《アマデウス》はわざと発見され、《ゴドウィン》級の猛攻を凌ぎつつ逃げ回っている。BS一隻を囮に使って、ようやくここまで来たのだ。クストは規定時間まで保たせると言っていた。こちらはそれを信じて、時間までにクルーを回収、《アマデウス》まで戻らなければいけない。
悠長に戦闘している暇はない。だから。
「動く前に片付ける」
落下し続けている《カムラッド》のバーニアを一瞬だけ噴かし、降下速度を緩める。真下に見えている格納庫の屋根に向け、TIAR突撃銃を向けた。トリガーを引くと、フルオートで吐き出された鉄鋼弾が屋根に穴を開けていく。
降下し続けた《カムラッド》は、当然その屋根を突き破る。着地の寸前にもう一度だけバーニアを噴かし、衝撃をある程度軽減した。
瓦礫の山が視界を遮るが、目標は既に見えている。並んでいるif《カムラッド》を、起動前に撃破するだけだ。
空になったTIAR突撃銃の弾倉を着地と同時に交換し、左右に並んだ起動前のifを次々と撃ち抜いていく。乗り込もうとしていた操縦兵が、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「悪いけど急いでるんだ。警告はしないし」
《カムラッド》の右手で保持したTIAR突撃銃を素早く左手に持ち替え、空いた右手でE‐7ロングソードを引き抜く。引き抜いたままの勢いで、右手側にいた起動寸前のifを横一文字に両断した。
「加減もしない」
両断したifの上半身が地面に叩き付けられる前に、E‐7ロングソードを右肩に戻してTIAR突撃銃を右手で構え直す。
その場から一歩も動かずに、TIAR突撃銃で残るifを撃つ。完全に壊す必要はない。操縦席が穴だらけになれば、もう使い物にならないからだ。
そうして機械的な射撃を繰り返していたが、最後の一機を見て動きを止める。既に操縦兵は逃げ出した後だろう、ハッチを開けたままの《カムラッド》が見える。
「エリルさん、こっちに使えるifが一機あります。そちらのは全部破壊して構いません」
『ん、それは良かった。掃討して、十秒程で合流します』
エリルの返答を受け、小さく頷く。今の所は順調だ。
目の前にある無人の《カムラッド》の頭部を、空いている左手で鷲掴みにする。固定されている箇所を右手に持ったTIAR突撃銃で撃ち抜き、持ち運べるようにした。そのままずるずると引き摺るように、格納庫を後にする。
左手を前方に振り、無人の《カムラッド》を地面に放り投げた。背後には瓦礫の山と化した格納庫が見え、遠方にある別の格納庫も同じように火の手が上がっていた。
奇襲攻撃による、ifの先制撃破は成功だ。とは言え、この区画のifを無力化しただけである。隣の区画から、緊急出撃したifがもうじき来るだろう。
通信からきっかり十秒、エリルの操縦する《カムラッド》が到着した。
『それが使えるifですか?』
地面に転がっているifの事だ。
「そうです。エリルさんはそちらをお願いします。僕はあれを抑える」
遠方に次の脅威が迫っていた。隣の区画から緊急出撃したif、《カムラッド》が四機程見えている。まだまだ増えていくだろう。
『一人で大丈夫ですか? 予想より数が多いでしょう』
「そうですね、この条件だと……八機が限界かも。それまでにお願いします」
心配そうに問い掛けてきたエリルに、思ったままの事実を伝える。
『八機って、嘘でしょ……。あ、いえ、間に合わせます』
エリルが操縦している《カムラッド》が、無人の《カムラッド》に覆い被さるように倒れ込む。操縦席からエリルが飛び降りると、無人の《カムラッド》の操縦席に入っていった。後は、エリルを守るだけで良い。
作業をしている至近で戦闘する訳にもいかない。迫る四機の《カムラッド》を迎撃する為に、操縦している《カムラッド》を前進させる。
右手に装備しているTIAR突撃銃を左手に持ち替え、空いた右手でE‐7ロングソードを抜く。右手にE‐7ロングソード、左手にTIAR突撃銃の構えだ。
「ここは通さない」
呟き、一気にバーニアを噴かして地面を蹴った。敵《カムラッド》も同じように移動している為、彼我の距離は一瞬にして縮まる。
右手で構えたE‐7ロングソードを振るい、一番近くにいた敵《カムラッド》を袈裟に薙ぎ払う。その動作と同時に、左手で構えたTIAR突撃銃を別の敵《カムラッド》に向けて撃ち続けた。すれ違い様の攻撃に反応できた敵機はいない。真っ二つになったifと、穴だらけになったifを一瞥する。
残る二機の敵《カムラッド》は、後方に跳ねるようにして距離を開けた。接近戦は危険だと判断し、遠距離から攻撃したいのだろう。後退しながら突撃銃を撃ってくる二機の敵《カムラッド》の射線を、横に飛び退いて避けた。追い縋る射線は、建造物を盾にして遮る。輸送基地だけあって、開けている所は開けているが。建物が密集している所もあった。活用しない手はない。
「後方から更に四機、か」
隠れる必要もない為、常にアクティブレーダーを起動していた。まだ機影は見えないが、増援は既にこちらへ向かっている。持久戦は不利になる。少なくとも、この二機は今斬っておく。
建造物から飛び出し、一直線に敵《カムラッド》の方へ接近していく。当然、敵は後退しつつ迎撃の火線を上げる。最小限の動きでその掃射を回避し、こちらはTIAR突撃銃から一発だけ発砲した。
後退する敵《カムラッド》の膝にその弾丸は直撃し、ぐらりと姿勢が傾く。無重力下なら軽微で済むが、今ここはセクション内、重力下だ。
詰め寄り、たたらを踏んでいる敵《カムラッド》を、E‐7ロングソードで横一文字に斬り付ける。右から左への斬撃軌道は、確実に胴体を捉えた。
まだ終わりではない。振り抜いたE‐7ロングソードを、今度は左から右へ振るう。ただ振るうだけでは、もう一機の敵《カムラッド》には届かない。だから、その斬撃軌道の途中で右手を開く。
支えを失ったE‐7ロングソードは、回転しながら飛来、後退しようとしていた敵《カムラッド》に直撃した。残念ながら刃が当たった訳ではないので、まだ無力化には至っていない。
素早く詰め寄り、姿勢を崩している敵《カムラッド》を蹴り付けて地面に倒す。そのまま踏み付け、胴体にTIAR突撃銃を向けて残弾を叩き込んだ。
「とりあえず四機」
TIAR突撃銃を再装填してから、E‐7ロングソードを拾い上げる。E‐7ロングソードを右肩に戻し、TIAR突撃銃は右脚に固定した。周囲に転がっている敵ifから、使えそうな装備を拝借する為だ。
敵の使っていた突撃銃と予備弾倉、ナイフを数本拾い上げていく。それらを構え、再び地面を蹴って移動を開始する。
「更に後ろから四機、か。数を減らしておかないと」
それで打ち止めという話はないだろう。輸送基地とはいえ軍事セクションだ。倍数以上が出て来てもおかしくはない。
「お互い不本意だろうけど」
迫る四機の敵《カムラッド》を捉え、ナイフを投げ付ける。
「とにかく今は付き合って貰う」
応射の火線をことごとく散らしながら、一機のifは文字通り悪魔となった。




