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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「少年と少女」
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破片は語らず


 行動を開始したリオに出来る限り情報を伝えながら、リーファは後ろを振り向いた。艦長席で難しい顔をしているイリアにも、出来る限り情報を伝える為だ。

「艦長、リオさんが下がれません。if部隊に抑えられています」

 広域レーダーを指でなぞっていたイリアの表情が、僅かに変わった。

「ああ、そっか。こんな簡単な事に気付けないなんて」

 苦々しい表情で小さく呟いたイリアだったが、手をぱちんと鳴らして艦長席から立ち上がった。

「敵ifが奇襲してくるよ! リュウキ、このポイントから離れて至急D4に向かう!」

 D4。広域レーダーに標された簡易座標であり、そのルート進行では、必然的にデブリ群から抜けることを意味する。

「了解、飛ばすぞ!」

 リュウキが景気よく応じ、《アマデウス》が再加速を始める。

「本気ですか? 直接砲火来ますよ!」

 ギニーの指摘はもっともであり、デブリを遮蔽物として利用することが出来なくなってしまう。つまり、直接粒子砲を受けることになる。しかし、イリアの言う通りなら敵ifがすぐそこまで来ている筈だ。

「本気も本気だって。ギニーもしっかりエネルギー調整してね。粒子砲使うよ?」

 悲痛な声を上げながらも、ギニーは素早くエネルギーチェックを行う。

「盾で防ぐ分残して、何とか二発は回せますけど。本気ですか?」

「本気だって。ポイントF4に叩き込んじゃって」

 ギニーがオート照準を使い、先程まで《アマデウス》がいた場所へとフィーアルティ粒子砲を照射した。デブリ群の幾つかを焼き払ったが、爆破反応はない。

「よし、これで少しはびびってくれたかな」

 満足そうにイリアは呟き、艦長席を蹴って空中に浮かぶ。

「私がifで援護に入るから、とにかくBSからの攻撃を防いで。リーファちゃん、ミユリちゃんにifの準備よろしくって言っといて。それから」

 矢継ぎ早に指示を出しながら、イリアはブリッジを出ていこうとする。指示通り格納庫にいるミユリへ連絡しようとするが、その必要はなかった。

 無機質な電子音が鳴り響く。それは強制通信が繋がったことをクルーに伝えるための措置であり、クルーにとっては耳が痛い音でもある。これが鳴るときはろくなことがない。強制通信というだけあって酸素がないとか、装甲に穴が空いたとか、まず悪いニュースを伝える為にあるのだから。

「ギニー、ミスった?」

 イリアが冷ややかな目でギニーを見据える。主立った被弾がない以上、起こるだろう故障はエネルギー管理の失敗から来るオーバーヒートぐらいということだろうか。

「え。いやいやいや、いやまさか」

「冗談だって。ミユリちゃん?」

 取り乱すギニーに、イリアはあっけらかんと言ってみせる。が、その表情は暗い。

『ハッチを封鎖しろ! トワ嬢が出ちまうぞ!』

 繋がるや否や、ミユリの怒鳴り声がブリッジに響く。

「え?」

 その内容が理解できなかったのか、イリアは珍しく素っ頓狂な声を上げた。リュウキやギニーに至ってはよく分からないとばかりに顔をしかめている。

『整備中の《カムラッド》にいつの間にか乗り込んでたんだ。主電源も抜いてあるはずなのに……いや、それは今はいい。ブリッジ側からメインハッチの制御を切れ。こっちのコンソールはエラーが出て動かせないんだ!』

 それはにわかには信じられない事だったが、迷っている余裕はないとミユリの声色は語っていた。

「リーファちゃん、出来る?」

 イリアに言われ、諸操作を素早くこなしていく。そのままメインハッチのコントロールパネルを操作しようとするが、ミユリの言うエラーなのか、一歩手前で弾かれてしまう。

「艦長、操作受け付けません。あ」

 こちらも珍しく声を上げてしまったが、誰も気にする様子は無かった。格納庫にあるメインハッチ。その状態を示すcloseの表示が、こちらの思いとは裏腹にあっさりとopenに切り替わってしまったからだ。

 未だ状況が掴めない中、ブリッジの光学センサーが《カムラッド》を映し出した。片腕片足を失い塗装の大部分が剥がれていたが、そのなめらかな動きは損傷を感じさせない。前回リオが用いてた《カムラッド》だが、その破損部位はほとんどそのままに見える。

「あれに、トワさんが乗っているんですか」

 思わずそう呟いてしまった。残っている片腕も大きな裂傷が目立ち、まともに使えるようには見えない。武装すら持っていない、持っていたとしても扱えないような状態なのに。あんな状態で出撃するなんて、自殺行為に等しい。

 どうするべきか、今私がすべきことは何なのか。そう考えを巡らせるが、その思考をも掻き消していく警告音が鳴り響く。

 それは敵ifの奇襲を知らせる、死刑宣告とも取れる接近警報だった。





 ※


 突如として進路変更を行い、粒子砲を撃ち込んできたBS1はこちらに気付いているのだろうか。《ローグロウ》所属のif操縦兵、マーシャはデブリの陰に隠れながらBS1の動向をじっくりと伺った。すっかり奇襲のタイミングをずらされてしまったが、今攻め込まなければ、仲間が抑えているifが戻ってきてしまう。

 意を決してデブリから躍り出る。《リンクス》のホバーユニットとバーニアを駆使し、一瞬にして最高速度を保ってみせた。接近し、ブリッジさえ潰せばそれでこの戦闘は終わりなのだ。MRL‐42、大型のロケット榴弾発射器、いわゆるロケットランチャーを両手保持したまま一気に接近していく。迎撃機銃の類が火を噴く様子もなく、道を阻んできたのはif一機だけであった。

 それも半壊しているといっても過言ではない。左腕は肩から下が欠損しているし、残った右腕も裂傷が激しくまともに動くのかすら分からない。右脚も欠損、左足も損傷が目立っている。はっきりと言って、戦えるような状態ではない。

 武装も見受けられず、何の意図があるのかすら分からないが、見逃すつもりはなかった。両手保持したMRL‐42を、無防備な《カムラッド》に狙いを付けてトリガーを引いた。対艦用の炸裂砲弾が寸分違わず《カムラッド》に重なる。

 完全な的中コース。対艦用である炸裂砲弾を受ければ、ifなど一溜まりもない。

 だが、マーシャの目に映ったのは爆散する《カムラッド》ではなく、予想以上の動きで炸裂砲弾を避けた《カムラッド》の姿だった。

 第二射を撃ち込むより先に詰め寄られ、距離を取る間もなく頭部を鷲掴みにされる。《カムラッド》が右腕を伸ばし、幾つか足りない指で《リンクス》の頭部を絡めとったのだ。《リンクス》は引き離そうと後退するが、《カムラッド》は強引にそれを引き寄せる。本来、《カムラッド》にはそんなパワーはない。

 パニックに陥りそうになるのを必死に堪え、マーシャはとにかく振り解こうと操縦する。が、どう動いても《カムラッド》は離れない。

 ならば、ここで撃墜しなければ。MRL‐42を《カムラッド》に向けようとして、マーシャは異変に気が付いた。

 まともに《リンクス》が動いてくれない。緩慢な動きしか出来ず、そうこうしている内にMRL‐42が右手から離れていく。機体の指が痙攣している。指だけではない、機体そのものが無数のエラーを抱えていた。

『それじゃ……』

 マーシャの脳裏に、澄んだ透明な声が響いた。その声は通信機器を介さず、頭に直接響いていた。目の前のifが喋っている!

 あり得ないと否定したかったが、次の一言でマーシャの思考は止まってしまった。

『さよなら』

 ……ぞくり。

 這い上がってくる恐怖から逃れようと、マーシャはでたらめにハンドグリップとペダルを操作する。身体が震えている。並びの良い歯がかちかちと音を立て、焦燥感を徐々に煽っていく。

 逃げないと殺される。死ぬ。

 ウインドウに映った《カムラッド》のメインカメラが、あたかも生きているかのように瞬く。

 殺される。死ぬ。

 涙が頬を伝う。必死に操縦しているというのに、糸が切れた人形のように《リンクス》は動かない。

 死ぬ。

 マーシャの口からとても小さな、か細い悲鳴が上がった。《カムラッド》がぐらりと歪む。

 死。

 マーシャの操る《リンクス》は内側から抉れ、歪み、もはや原型を留めてはいない。さりとて爆散するでもなく、ただ黒い宇宙に無数の残骸が漂うだけであった。

 そんな残骸には目もくれず、《カムラッド》は何事もなかったかのように《アマデウス》へと戻っていく。

 《リンクス》と同じ運命を辿ったマーシャは、最後まで得体の知れない恐怖に苛まれたままだった。





 ※


 重厚な制圧射撃がピタリと止み、不気味な沈黙が戦場を包んでいく。今攻めるべきか、リオは判断を下せないでいた。

 どう動くべきか。なぜ敵は撃ってこないのか。敵の意図が読めない以上、下手には動けない。リーファからの通信も途切れてしまっている。《アマデウス》に何かあったのだろうか。

「リーファちゃん、敵の動きがおかしい。状況は?」

 まさか沈められたのでは。イリアがいる以上最悪の事態は防げている筈だが、何かしらの問題が起きているのかも知れない。嫌な予感に苛まれながら空に呼び掛ける。

「リーファちゃん、聞こえてる? リーファちゃん!」

 か細い声と共に、がたがたと慌ててヘッドセットを付け直しているだろう音がする。

『すみませんリオさん。敵ifの奇襲がありましたが、《アマデウス》は無傷です。撃退しました』

 いつも通りを装っているが、その声には動揺が感じ取れる。

「奇襲、だからか」

 こちらを抑えていたかったのは、奇襲で《アマデウス》を仕留めるためだったのだろう。こんな単純な手口に気付けないとは、我ながら情けない。

「それで、イリア艦長が?」

 これまでにも、自分一人ではどうにもならない状況に立たされることが稀にあった。しかしそういった場合、大抵はイリアが出撃し事無きを得ることが多い。イリアは元if操縦兵であり、かなりの腕前だ。今回もイリアが出撃して、《アマデウス》を守ったのだろう。

『いえ。それが、その』

 歯切れの悪い言葉が、その考えを否定する。

『私も、よく分からないのですが』

 リーファの声は少し、怯えているようにも聞こえる。何に、ではない。目の前の事実が信じられないといった声だ。

『トワさんが無断で出撃し、《リンクス》を』

 ここで聞くとは思っていなかった名前を出され、どくりと心臓が跳ねる。なぜトワの名前が、ここで話に出てくるのだ。

『……撃破しました』

 その一言は、何の信憑性も感じられないというのに。体温が一気に冷めていくような感覚を覚えずにはいられなかった。

『あ。リオさん、BSが攻撃を中止しています。おそらく撤退するのかと思われます。敵ifの状況はどうですか』

 撃破したと言った。どうしてトワなのか。なぜ、よりにもよってトワがそんなことをしなければならないのか。

『リオさん。聞こえてますか、リオさん』

 敵ifの気配はすっかり消えていた。奇襲が失敗し、撤退するつもりなのだろう。もうお互い、ここにいる必要はない。

 より一層暗くなったように感じる宇宙の只中で、暫くの間何も考えたくなかった。トワが人を、殺したのかもしれない。その事実を受け入れるには、まだ少しだけ、ここに一人でいたかった。

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