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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「照影と際涯」
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偽らざる決意

あらすじ



 歯車は回り、少年が手を伸ばす前に少女は消えてしまった。

 敗北の中、少年が選ぶべき道は、選びたい道は。まだそこにあるのだろうか。

 Ⅱ


 《アマデウス》ブリッジにて、リオは遠ざかっていくノヴェンバー・コミュニティをただ眺めていた。投影モニターに映し出されたセクションの影は、もはや作り物のようにしか見えない。

 今腰掛けているのは操舵席で、やったことのない操艦をこなしたところだった。

「周辺に反応はなし。システムをオートに切り替えても構わないわ。H・R・G・Eは相変わらず姿を見せないし」

 そうクストに指示された為、見様見真似で操舵システムをオートに設定した。目的地は既に設定してある為、指定したルート通りに《アマデウス》は航行する。

「まずは身を隠して、相手の動きを探るしかないわ。何をするにしても、まずはそこからね」

 こちらの沈黙を否定と取ったのか、クストがたしなめるように言う。何も異論なんてない。頭は驚く程に冷静だった。その実、何も考えていないけれど。返答するのも億劫であり、黙ったまま投影モニターに映るノヴェンバー・コミュニティを見続けた。

「はあ、まあいいわ」

 そうクストは溜息を吐き、通信システムを立ち上げる。

「そっちはどう? 発信器の無力化までは聞いたけど」

『ああ、これでもう余計なもんは付いてない。エリルのifに発信器を仕込んでおくとは、随分回りくどい真似をしてくれたもんだ』

 クストの問い掛けに、格納庫にいるミユリが淡々と返す。

『結構奥に仕込んであったから、割とばらしちまった。エリル機はしばらく使えない。まあ、事を起こす時までには間に合わせるけどさ』

「エリル本人の様子はどう?」

 その問いに、ミユリがくすりと笑った。

『しっかり働いてくれてるけど、すっごい落ち込んでる。口とかへの字だもんな、ははは……悪い、悪かった。そう睨むなよ』

「あんまりいじめないでよ。今や、たった四人なんだから。機嫌を損ねられたら、勝てる物も勝てないわ」

 クストの様子をちらと盗み見る。まだ、勝つつもりでいるのだろうか。この状況で出来ることなど、もう何もないのに。

『それなんだけどさ。方針は決めておいた方が良いんじゃないのか? 私達はあんまり賢くはないからさ。目の前のやれることに飛びついてるだけなんだわ。でも、そればっかじゃ心が先に死んじまう。何にするべきかね、私達の勝利条件って奴はさ』

 ミユリの言葉が、胸にすとんと落ちてくる。いつもやれることばかりをやってきた。そうするしか出来なかったから、ただ戦っていたのだ。いつの日か、自分が振り撒いてきた負債の数々が、同じように降り掛かることを信じて。

「私だって悩んでるんだけど。まあいいわ。選ぶだけなら簡単な二択だけど」

 そう言うと、クストはこちらを見据える。その目は、何かを真摯に問い掛けているように見えた。視線を合わせたまま、クストは話し始めた。

「一つ目、このまま逃げる。一番楽でしょうね。イリアの残した座標データには、幾つか物資が隠してあるらしいし。それを回収して、状況が落ち着くまで身を隠す。目的を果たした以上、AGSが深追いしてくることはないでしょうし」

 現実的な案だった。敗北を重ねた自分には、もうそれぐらいしか選べる道はない。

「二つ目、クルーを奪還する。輸送の隙をついて奇襲、全員取り返すわ」

 クストはごく真面目に、そんな夢物語を口にした。相手はAGS、一個の軍組織だ。それを相手に、たった四人で何が出来るのか。

「ミユリとエリルの答えは大体分かっているから後で聞くわ。貴方はどうするの、リオ」

 単純な二択だった。逃げるのか戦うのか、諦めるのか抗うのか。

「……勝ち目がない」

 クストの目を見返して、そう言い放った。この二択はそもそも成立していない。逃げたくなくとも、諦めたくなくとも。戦い、抗う手段などない。

「勝ち目? それは私やイリアが用意する物よ。貴方じゃない」

 クストはさも当然といった様子でそう言うと、じっとこちらを睨む。

「貴方はどうしたいの、リオ」

 クストは、全てを見透かした上で聞いている。言葉通りの、単純な質問ではない。自分自身の在り方を、それでも曲げないつもりかと聞いているのだ。

 生きたいわけではない、死にたいわけでもない。知ったことではない。悪魔に成り下がった自分は、そうやって終わりの日を待ち望んでいる。

 どんな終わりでも構わない。生きることが未来を歩むことならば。終わりを歩く自分は、とっくの昔に死んでいる。

 どうしたいのか。そんな問い自体が無意味だ。死人に何を言っても変わらない。

 そう、決めている。呪いでも祈りでも何でも構わない。そう決めなければ、一歩も動けなかったのだ。それしか報えないと、諦めて目を閉じるしかない。だというのに。

「……なんで」

 どうして、目を瞑るとあの少女の顔が浮かぶのだろう。

 表情の乏しかった空白の少女が、喜んだり怒ったり、哀しんだり楽しんだり。人の気も知らずに手を握って、無理矢理そこへ連れて行ってくれて。あの子といるとおかしくなる。まるで……自分が生きているみたいだなんて。

 もはや空白ではなくなった少女が、色んな顔を見せてくれて。今はきっと泣いている。

 そんな顔は見たくなかったのに。辛そうに微笑んでみせるなんて。

 視線を落とし、左手の薬指に通されたエンゲージリングを指でなぞる。

 どうしたいのか。そんな問い自体が無意味だ。自分は今も、こうして約束の証を身に付けているのだから。

 自分の罪を、それに付きまとう呪いを。全て振り払って考える。まっさらな自分が、本当にやりたいこと。その朧気な未来に。

 あの少女にはどうしても、隣にいて欲しいのだ。

「……決めました」

 左手を右手で握り締め、クストの顔を真っ直ぐ見返す。

「戦います。トワを助けるのなら、僕が行かないと」

 今だけは、迷いも呪いもかなぐり捨てる。いつの日かきっと償うから、今だけは。

 その言葉を聞き、クストは頷くと微かに微笑んだ。

「そう。いつもそれぐらいしゃんとしていると、頼り甲斐もあるんだけど。それで、そっちは?」

『常時無気力なリオがやる気を出してるんだから、無下にする訳にはいかないだろ。勝てるなら勝つさ。ほれ、エリルは?』

 クストとミユリの言動から、普段自分がどう思われているのかよく分かった。

『当然です。兄様を助けに来たのに、これでは終われません。全身全霊掛けて挽回します』

 エリルの声が聞こえ、クストがこくこくと頷く。

「それは良かったわ。何せ、リオとエリルが頑張らないとどうにもならないから。安心したわ」

 しれっとこういうことを言う辺り、クストらしいと言えばらしいが。

「それで、どうするんです?」

 そう問い掛けるも、クストは首を横に振る。

「だから、今は待ち。まあ、すぐに動く事になるわ。早く逃げ出したいのは特務兵も同じだから」

 特務兵が逃げてしまえば、その分奪還の機会は失われるのではないか。そう考えたのが伝わったのか、クストは溜息を吐いた。

「心配しなくても大丈夫。ここに私がいて、向こうにイリアがいる。特務兵の最大の誤算は、イリアをさっさと殺さなかった事よ。私達も特務兵を殺さなかったから、お互い様かもね」

 そう言ってにやと笑みを浮かべるクストを見ていると、イリアの親友なのは伊達ではないと思ってしまう。二人揃って空恐ろしい笑い方をする。

「そういうとこ、似てますよね」

 ぽつりと呟く。正反対のように見えて、芯根は同じなのがイリアとクストという人間だ。クストは肩を竦めると、投影モニターに視線を向ける。

 釣られて投影モニターを見ると、広域レーダーに幾つも光点が表示されていた。

「これからノヴェンバー・コミュニティに来るだろう部隊は、普通のBSだと推測されるわ。普通の、戦えるBSね。航行速度、航続距離共に優秀とは言えないわ。どこか安全な場所まで行って、輸送用の高速船に乗り換える」

 光点が幾つか消え、五つ程残った。

「もっとも警戒しているだろうその瞬間が、唯一の機会よ。高速船に乗られたら、《アマデウス》では追い付けないわ」

「目標の絞り込みは?」

 五つのセクションを、次々と強襲していられるような時間も戦力もない。

「これから。今から来るだろう艦隊の航路から、割り出すしかないでしょうね。ただ」

 クストは腕を組み、またもやにやと笑って見せた。

「多分、イリアがパン屑を落としているわ。まずは、それを見つけてからにしましょう」

 挑戦的な笑みを向けるクストに、今度はこちらが肩を竦めて返した。

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