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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「照影と際涯」
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小さな賭け


「アルファ1、《アマデウス》が離脱しました。虫の反応も途絶。あの状態から動かすとは、読みが外れましたね」

 報告を受け、アルファ1と呼ばれた男は顔をしかめる。ノヴェンバー・コミュニティの中を移動している時だった。通行人はちらちらとこちら見ていたが、関わろうとはしない。警備の連中にも話は通っている。問題は何もない。

「まあいい。確実な方を選んだだけだ。回収部隊がここに来さえすれば、足は何でもいい」

 そう言って、男はちらと背後を見た。拘束した《アマデウス》のクルーが五名、大人しく付いてきている。もっとも、大人しいのは表面上だけだ。周囲を伺っている目に曇りはなく、隙あらば抵抗するという意思がひしひしと感じられる。

 同じように拘束されたターゲットの少女も、今の所は大人しい。この少女に関しても油断は出来ない。訳の分からない精神感応を使われては、統制が取れた行動など出来なくなる。

「あのまま脅しつければ、if操縦兵も《アマデウス》に残したクルーも、降服させられたと思うんですがね」

 そう言った隊員の呟きを聞き、男は首を横に振る。

「確実な方を選んだと言った。ましてや、相手はあのリオ・バネットだ。街ごと敵を潰すような奴に、交渉なんて通じるものか。情報は見ただろう?」

 隊員は苦々しい顔をして頷く。この任務を受けるにあたって、必要な情報は全て頭に入れてきた。リオ・バネットの経歴は、とても褒められたものではない。

「もう関係のない話ではあるが。これ以上の抵抗はないと、そう信じたいものだ」

 男はイリアを見ながらそう言った。情報を口走った為、咄嗟に右足を撃ち抜いた。頭を撃たなかっただけでも恩情があるというものだが。イリアはこの時も、止血帯の巻かれた右足を引き摺りながら、不敵な笑みを浮かべた。

 男は小さく溜息を吐き、時間を確認する。

「あと少し、と言った所か」

 第二ラウンドは終了間近だった。これでいい、勝ったまま逃げ切る。

 それは、そう難しいことではなかった。





 ※


 撃たれた右足が、痺れたように動かない。痛みは断続的に襲い掛かり、意識を刈り取ろうとしてくる。イリア・レイスは、とりあえず賭けには勝ったと思っていた。

 なぜ特務兵はこのタイミングで動いたのか。まるで、迎えが来ることは分かっているような作戦進行だ。そして、迎えが来るのならなぜH・R・G・Eは沈黙しているのか。AGSの部隊が領域線に迫れば、否が応でも警戒する筈なのに。

 拘束されている中、そんなことを考えていたのだ。今ある情報を、可能な限り精査しようと、ただひたすらに演算を重ねる。そして、その違和感に辿り着いた。

 なぜ、AGSはエリルをカソードCに収集したのか。腕の立つ操縦兵だとしても、少し調べればその人選が間違いだと分かる筈だ。クルーの中に家族がいれば、裏切られたとしても仕方がない。事実、エリルはAGSを裏切り《アマデウス》に合流した。

 エリルは嘘を言っていない。裏切りは自分自身の考えで、他意はないと周囲も本人ですら信じている。もしその行動が、予想された物であるのならば。

 特務兵が発信器を持ち込んでも、場合によっては無力化される。しかし、自発的に裏切ったエリルの《カムラッド》に仕込んでおけばどうだ。私物のチェックまでは行っても、ifの全面整備はそう簡単に行えるものではない。ミユリも、簡単な整備と補給しかしていないと言っていた。状況が切迫している中、一機でも動けるifが欲しかったのだ。

 エリルはAGSを裏切ったのではない。裏切るよう仕向けられたのだ。確実に発信器を《アマデウス》に仕込み、その居場所を知らせる為に。

 だが、それもうまく無力化したようだ。足に穴を開けられただけの価値はあると、イリアは一人笑みを浮かべた。

 だから、賭けには勝った。発信器の存在を《アマデウス》に伝え、自分はまだ生きている。状況は最悪でも、勝ってはいる。

「動け、止まるな」

 後ろから銃で小突かれ、イリアは溜息を吐く。うまく歩けないが、そんなことはお構いなしだった。凝固剤をスプレーし、止血帯で強引に固定しているだけなのに。そうひょいひょいと歩けたら、蹴りの一発でもお見舞いしている。

 ノヴェンバー・コミュニティは商業セクションだ。今は丁度路地裏に入った所で、表の喧噪が嘘のように静かになる。

 行動するなら今かも知れない。イリアは拘束されているクルーの様子を窺う。

 殴打された跡が痛々しく残っているリュウキは、じっと押し黙ってはいても諦めた様子はない。何か事を起こせば、追従して動く準備は出来ている。

 ギニーは右肩を撃たれており、申し訳程度の治療は受けているようだった。致命傷でなかったのは嬉しいが、出血で服は染まっており、一刻も早くちゃんとした治療を受けさせたい。

 アリサは軍医らしく、そんなギニーの顔色を見ては特務兵を睨み付けている。先程は抵抗しないから治療をさせろとアリサが言っていたが、特務兵は聞く耳を持たなかった。

 リーファは、この中で唯一拘束をされていない。しかし、両手を祈るように握り締め、完全に萎縮してしまっている少女に何かを期待するのは酷だろう。

 リーファとは違い、トワはしっかりと拘束されている。恐らく自分や他のクルー達と同じく、結束バンドで両手首と親指を固定されているのだろう。後ろ手に固定されている為、少し歩きにくそうだ。

 これ以上クルーを危険に晒す訳にはいかないが、行動しない訳にもいかない。イリアは覚悟を決め、右足を引き摺るようにしてゆっくりと歩く。苦痛に顔をしかめるフリをする。実際に痛いことは痛いのだが。

「止まるな。目的地に着けば多少は休める」

 先程と同じように銃で小突きながら、特務兵がそう言う。

「目的地ってどっち? この近くにあるセーフハウス? それともポート・エコー?」

 イリアは億劫そうに足を動かしながら、そう口に出した。ポート・エコーの名前を出した瞬間、特務兵達の空気がじりと変わったように思えた。

「別に、ただの消去法。目標がトワちゃんなら、研究目的でしょう? そうなると、使えるセクションは限られてくる。ここからはどれも遠いから、一回中継地点を設けないといけない。近場にある軍事セクションの中で、要塞ではなく中継基地を兼ねている物と言えば、って感じ」

 背後から銃を突き付けている特務兵に向け、部隊長だろう男がハンドサインを出す。サインの意味は恐らく進めだろう。無駄話には付き合わずに足を動かせということだ。

 背後にいる特務兵が、先程と同じように銃で小突いてくる。イリアは地形を確認し、小突かれるままに足を踏み出す。

 路地裏は人通りがなく、反比例するかのように物が多い。誰かが不法投棄したのだろう、がらくたの山がそこには出来ていた。その横を通る際に、イリアは後ろの特務兵へ振り返るように姿勢を変える。表情の読めないゴーグル姿の特務兵と目が合った。

「悪いんだけどさ。肩を貸してくれるか車椅子でも用意してくれないかな? 結構きつくなってきたんだけど」

 痛みからか冷や汗は出ているし、説得力はある筈だ。しかし特務兵は何も応えず、黙ったまま歩くように顎で前を指した。

「分かってるってば」

 イリアは渋々従い、黙って歩き出す。目的は果たした。後ろ手に拘束されている為、姿勢を変える必要はあったが。ちらと様子を窺うと、部隊長らしき男は呆れたように首を横に振っている。気付いた様子はない。

 全員が黙々と歩く中、前を歩くトワだけがこちらを振り返り、右足を見ては泣きそうな顔をしている。そんな顔をしなくてもいいのに。

 視線が合った時に、心配はいらないという思いを込めてウインクをしてみる。少なくとも、今の所は賭けに勝っている。

 イリアの着ているシャツの袖口には、小さなボタンが付いていたのだ。それがほつれ消えているのに気付いた者は、当人以外誰もいなかった。

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