男の意地
ゲートの閉まる無機質な音は、リュウキにとっては嘲笑に聞こえた。これからどうすべきか何も思い浮かばない。それを考えることが出来るイリアは、ゲートの向こうに残ってしまった。
「くそ……何で手を離してるんだよ、僕は!」
ギニーは珍しく声をあげ、肩から血を流したままゲートを睨みつけている。
特務兵のカービン銃から放たれた銃弾は、ギニーの右肩に命中したのだ。撃たれた衝撃で、ギニーは回転しながら床に倒れ込んだ。一瞬だけ意識が途切れたのだろう。抱えていたリーファは投げ出され、イリアと同じくゲートの向こう側だ。
「今は気にしてる場合じゃないわ。動けるの?」
クストがギニーに手を伸ばしながら問い掛ける。ゲートを封鎖したといっても、システムを初期化している為長くは保たない。セキュリティも何も消えている。
「動けます。肩、砕けてないと良いんですけど」
「どうかしらね。とにかく、まずはここから離れる。格納庫さえ確保出来れば、まだひっくり返せるわ」
恐らく、特務兵の別働隊もそう動いている。この状況では後手に回るしかないが、他のクルーが動いていれば或いは、という奴だ。
「逆に言えば、格納庫を取られたら詰みってことだ。辛いだろうが行こうぜ、ギニー」
リュウキはそう言うと、腰のホルスターから拳銃を抜いてギニーに差し出す。
ギニーはクストの手を支えに立ち上がると、その拳銃を左手で受け取った。
リュウキは自身が持っている短機関銃をちらと見て、使うような事態になったらおしまいだと苦笑する。
特務兵を相手にして、真っ正面から勝てる道理がない。こればっかりは、運に味方して貰わないと困る。
「じゃあ行くぞ。俺とクストさんが前衛、ギニーは下がってろ」
リュウキはクスト共に先頭を走り、その後ろをギニーが走る。ブリッジにいる特務兵も、恐らく追い掛けてくる。動き出す前に、出来るだけ離れる必要があった。
暫くそうして走っていたが、複数の銃声が聞こえ立ち止まる。格納庫までは後少しだったが、通用路の先で戦闘が起きている。
「どうするよ? はっきり言って勝てないぞ、これ」
リュウキが問うと、クストは首を横に振って短機関銃を構える。
「この先にいるのが敵なら、背中を撃って味方を援護する。味方だったら合流して援護する。ここで待っていたら、挟み撃ちにされるのはこっちよ。行くわ」
「勇ましいねえ。合わせますよ。ギニーは下がってていい、いざって時は頼むぜ」
ギニーが頷いたのを確認して、息を短く吸う。リュウキは短機関銃を構え、クストと同時に曲がり角の先を見る。
「味方の方だったな」
そう言ってリュウキは短機関銃のトリガーを引く。奇襲だった筈だが、特務兵は素早く物陰に隠れてしまった。見えた影は二つ、数では勝っている。
特務兵と撃ち合いをしていた味方、エリルは同じように物陰に隠れ、短機関銃の再装填を行っていた。
「状況は見ての通りです。意地を張っていますが挫けそうです」
エリルが真顔のまま冗句を言う。最近分かったことだが、エリルはきつい時ほど冗句を口に出す。つまり、今は相当きついということだ。
「よく頑張った! 今から」
どうすべきか。銃撃戦を制すのは無理だ。数の利など簡単に覆される。長期戦を仕掛けたら最後、ブリッジから来ているだろう特務兵で挟み撃ちだ。
何とかしてこの銃火をかいくぐり、格納庫まで逃げなければならない。だが、どうすればいい?
「考えてること一緒っすよね。どうします?」
隣で援護の火線をあげているクストにそう聞くが、どこか迷っているように見えた。その理由をリュウキなりに考え、それを口にする。
「誰かが残って、みたいな感じですかね?」
クストは頷き、短機関銃に視線を落とす。誰かが残って援護をしている内に、他のクルーは格納庫に駆け込む。そうすれば、格納庫は押さえられる。だが、残ったクルーの安全は保障出来ない。
「僕が残る。エリルを連れて行ってくれ」
ギニーがリュウキを押しのけるようにして前に出て、左手で拳銃を構える。右肩の出血はまだ続いており、顔色が若干青白い。それでも、その目は決意に染まっており、てこでも動かないと伝わってくる。
「お前、こうなると聞かないもんな」
リュウキは呟き、ギニーの左肩にぽんと手を置く。
「ただ、一人はちょっと格好がつかないよな。俺も残る。クストさんとエリルの嬢ちゃんを逃がす。戦力的にも、そっち逃がした方がいいだろ」
クストは優秀な指揮官だし、エリルはifを動かせる。異論はない筈だと、リュウキはクストを見据えた。
「……死なない程度に抵抗して、後は降服すること。人質になりたくないからって、勝手に頭を撃ち抜かないように。それが守れるのならいいわ」
リュウキは苦笑し、手をひらひらと振った。全部お見通しとは恐れ入る。
「へいへい、肝に銘じますよ」
とりあえずはそう返し、ギニーの横に並ぶ。
「ギニーはそれでいいか?」
「構わないよ。それがベストだと思う」
リュウキはにやと笑い、姿勢を低く取って短機関銃を構える。
「じゃ、やっちまおうぜ相棒」
「死なない程度にね」
リュウキの軽口にギニーはそう返し、二人同時に射撃を開始する。
特務兵が引っ込んだその隙に、クストが流れるような動きで奥の物陰に移動した。丁度エリルの隣に位置している。
特務兵も、ただやられている訳ではない。カービン銃だけがひょこりと物陰から突き出され、でたらめに掃射される。見ていない筈なのにやけに正確なその射撃を隠れてやり過ごし、リュウキは短機関銃の残弾を数える。あまり多くはない。
「次で逃がす。やるぞ」
そう言ってリュウキは制圧射撃を開始する。ギニーも左手を突きだし、的確な場所へ拳銃を発砲していた。
特務兵は致命傷を負わないと分かっているのか、ろくに隠れもせずにこちらを狙い撃ってきた。
その数秒もない隙を生かし、クストとエリルは格納庫に向かって走り出す。特務兵の一人がその背中にカービン銃を向けるも、ギニーの撃った弾丸がカービン銃に命中した。狙いのずれた掃射は、二人の背中を捉えることなく壁に火花を散らしていく。
「ナイス、ギニー。今の凄かったな」
「まぐれだって。適当にばらまいてるだけなんだから」
クストとミユリは格納庫に到達した。それだけ確認し、リュウキとギニーは物陰に隠れる。特務兵の制圧射撃が断続的に続いており、もう顔を出す気にはなれなかった。
「その、僕弾切れなんだけど」
ギニーが使っていた拳銃はスライドが後退しており、それは残弾なしを意味している。
「ほい、最後の一本」
リュウキはホルスターに納まっている予備弾倉を取り出し、手の平の上に立てた。ギニーは肩を竦めると、拳銃のグリップをこちらの手の平に振り下ろすようにして弾倉を装填する。
「んでもって、俺のこいつも残り一本。俺がハリウッドスターだったら、無限にパンパン撃てるんだけどな」
リュウキは短機関銃を再装填し、ギニーにそれを掲げて見せた。
「次回の課題だね。もうちょっとしっかり武装しておけば良かったかも」
「今時、艦内で白兵戦なんて流行らないからなあ。それこそハリウッドスターの仕事だよ」
リュウキとギニーはいつもの調子で笑い、各々の銃を構える。
「それじゃ、はったりかまして時間稼ぎでもしますか」
「死なない程度にね」
正面にいる特務兵に加え、ブリッジからも何人か迫っているだろう。
絶望的な状況に変わりはない。それでも二人は気負わず、その研ぎ澄まされた殺意を迎え打った。




