見えない歯車
この状況は全て計画通りと言っていい。それでも、本音を言えば敗北なのだとその男は考えていた。専用の訓練を受けた兵士が、小型BS一つ拿捕できないとは。
《アマデウス》の船室は、簡易の独房として扱われていた。さすがにメインの居住区とは離れていたが、それでも船室であることに変わりはない。元々《アマデウス》は武装試験艦である為、独房という設備がないのだ。そのことも、全て折り込み済みで捕まっている。
「アルファ1。状況は滞りなく進んでいる。これが演技でなければ良いのだが」
アルファ1、それがその男の名前だった。勿論、本名ではない。名前のない部隊では、個人名は必要とされない。このアルファ1という識別でさえ、この任務が終われば消えてなくなるのだ。また別の人間と、別の識別名で作戦を全うする。それが、名前のない部隊だ。
「これが演技なら、完全に我々の負けだな。食事まで用意されている手前、恭順するしかなさそうだ」
にこりともせずにその男は、アルファ1はそう答える。《アマデウス》のクルーは、完全に我々を無力化したと勘違いをしている。それを確認する手段が、定期巡回と監視カメラ、盗聴器だけなのだ。それらは全て、誤魔化しが効くというのに。現に、今盗聴器と監視カメラは欺瞞してある。
「何度も言うようですが、未だに信じられませんよ。八人いて、何人かは死ぬだろうと考えていましたから。全員生きて無力化されるなんて。仕事じゃなきゃ、手放しで賞賛してますよ。真似はしませんが」
その意見には賛成だった。この作戦、オペレーション・アコーダンスは何段階も布石が打ってある。そのどれもが、《アマデウス》を拿捕するには充分だった筈だ。
それが、今ここまで追い込まれている。さすがに、AGSもこれ以降の策はないだろう。少なくとも、自分は聞かされていない。
或いは、これ以降は別の名前のない部隊が引き継いでいるのかも知れないが。
「そうだな。私が指揮官の立場だったら、そのまま宇宙に放り出している。捕らえるとしても情報源になり得る人間だけだろうな。《アマデウス》の指揮官は、戦い慣れているようだが戦争慣れはしていないな」
アルファ1はそう返し、別の人員の方に視線を向けた。確認は何度してもし過ぎということはない。
「トロイの虫は?」
「正常に稼働。まだしっかりとチェックしていないようだ。恐らく、セクション到達後に腰を据えるつもりだろう。奴等の気が変わらない限り、後の祭りだ」
「そうであることを祈る。装備は?」
また別の人員に視線を向ける。
「隣の部屋に拳銃と通信機は隠蔽してあります。後はポイントBとCに、奇襲時に隠しておいた装備が手付かずです。後は保管庫ですが、クラッキング後でないと手は出せません」
「予定通りだな。そのクラッキングは?」
情報戦専門の人員に聞くと、そいつは不敵な笑みを浮かべ頷いた。
「システムの裏側にもう潜んでる。あとは合図するだけでいい」
「タイミングをしくじるなよ。それと、アルファ3と4。ターゲットは撃つな。可能な限り無傷という命令を受けている。次はない」
この二人は、前回ターゲットに銃を向けている。ターゲットは無事だったが、それで《アマデウス》のクルーが一人死亡していた。クルーへの被害はともかく、ターゲットを殺傷していたらと思うと肝が冷える。
「申し訳ありません、リーダー。ですが、自分でも分からないのです。訳の分からない恐怖を感じて、とにかくここで殺さないといけないって。そう思ったんです」
「報告にあった精神感応か、厄介だな。使わせる前に確保が理想だが。場合によっては、正気に戻す為の発砲を許可する。ターゲットは絶対に殺すな」
全員の顔を見渡しながらそう言った。全員が頷いたのを確認し、それを以て了承とする。空気が変質し、全員の目から感情が消える。人らしさの一切が削ぎ落ちた、名前のない部隊の本質がこれだ。洗脳も人格強化も用いていない。個人の鍛錬のみで無機物へ昇華した兵士の中の兵士、それが我々、名前のない部隊だ。
「では、オペレーション・アコーダンスを再開する。カメラ、盗聴器の欺瞞を継続。ブラボーチームは先行してポイントAを確保しろ。ノヴェンバー・コミュニティ到達後に段階を引き上げる。到達までのカウントを開始しろ。動け」
音も立てずに人員の半分が消える。兵士が再び、《アマデウス》に解き放たれた。
《アマデウス》にとってどうかは知らないが、我々にとっては前回のリベンジということになる。
第二ラウンドの開始だ。そう男は内に呟き、回転し始めた状況を俯瞰から眺めた。




