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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「照影と際涯」
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見えない世界


 格納庫へ続く扉を開き、リオは溜息を吐いた。もう少し言い方や、やれることがあったのではないかと思うのだ。結局やれたことは、未来に責任をなすり付けることだけだった。後悔だけは、いつも人並み以上にやれるのに。

 軋んだ心を引き摺りながら、格納庫にいるだろうミユリの姿を探す。余程のことがない限り、ミユリは格納庫にいる筈だ。

 散乱しているifの部品を避けながら、作業音のする方へ歩みを進める。少しもしない内に、気難しい顔をしているミユリを見つけることができた。コンソールに何かを打ち込んでは、散乱している部品を数えている。きちんと着飾っていれば中々の美人なのだが。こうして機械に囲まれている様は、格納庫の主という称号以外不要に思える。

「ん、リオか。お通夜みたいな顔してどうした?」

 こちらに気付いたミユリが、手を止めずにそう言った。そんなにひどい顔をしていたかと頬を掻くが、気持ちの面では確かにそうかもしれない。

「いえ、何かしら手伝えることがあれば、と思って来たんですが。倉庫整理ですか?」

「まあ、それに近いことをだな。軍事物資は逆立ちしても出てこないから、こうしてストレージを引っ張り出してる。部品取りに使ってたifが、ほら、あんな感じだろ」

 ミユリはそう言って顎で格納庫の隅を指す。そこには上半身と下半身が分割され、装甲板もあらかた剥がされた《カムラッド》がぶら下がっていた。ホラー映画の食肉工場を思わせるその様を見て、少し気持ちが悪くなる。ホラーは苦手なので、これは夢に出てきそうだ。

「おいおい、そんな顔をしてやるなよ。お前の戦い方が荒いから、あれは骸骨になっちまったんだぞ。腕なんて丸ごと付け替えたんだから。緩衝材も年寄りの軟骨みたいにすり減ってるしな。六十年代の車の方がまともに動く」

「それは、その。申し訳ないです」

 荒いと言われても、それ以外の戦い方は思い浮かばないのだ。あまり言いたくはないが、どうしてそんな効率の悪い戦い方をするのかと、相手を見て疑問に思うことだってある。

「まあ別にそれはいいんだ。その中で何とかするのが私の仕事で趣味だ。これ見ろよ、あり合わせでここまで完璧に仕上げられるのは私だけだな。他の連中だったら新品を用意した方が早いってさじを投げてるぞ? ふふ」

 不敵な笑みを浮かべ、ミユリは大仰に腕を振ってifを指し示した。前回の戦闘時に自分が乗っていたif《カムラッド》で、相当な無茶をした機体だ。今はもう、新品同然のように横たわっていた。

「素人目にはよく分かりませんが、凄いっていうのは何となく分かります」

「素直な感想ありがとう。ま、乗った時にお前が違和感を感じない程度には仕上がってるよ。どう転ぶか分からん状況だからな。正直、頼りになるのはお前ぐらいなもんだ」

 怪訝そうな顔でミユリを見返すと、ミユリは不思議そうな顔で首を傾げた。

「ん、ああ。普段ならイリア任せにして、好きな事をしてりゃあ良いんだが。ことこの状況は、イリアのもっとも不得意な分野だ。行き当たりばったりの出たとこ勝負。イリアの強みは情報処理による未来予測だ。あいつパソコンみたいなもんだからな。イレギュラーには弱い。エラー吐いておしまいだよ。まあ、そんなこと本人が一番よく知ってるけどな。リオも、それに関しちゃ同意見だろ?」

 ミユリの問い掛けに小さく頷いて返す。未来を予測するには、ただ情報を活用するだけでは不充分だ。過去と現在を用いて、未来の方向性をある程度固定化する必要がある。イリアの用いる未来予測は、特殊能力でも鋭い勘でもない。莫大な情報を元に人の思考を読み取り、取るだろう未来を予測しているに過ぎない。

「あんまり人に言うなよ、無用な心配なんてするだけ損だし。お前は状況が分かってるだろうから、私は本音で喋ってる」

「分かってますよ。イリアさんが大丈夫だって顔をしているのなら、それを崩すような真似はしません」

 ミユリは頷き、コンソールにまた何かを打ち込んでいく。

「これ以上は蛇足だが。リオ、お前は逆なんだよな。出たとこ勝負がやけに強い。ま、それに期待したいんだよ。お前は嫌かも知れないがな」

「別に、嫌でも何でも。何も変わりません、ただやるだけです」

「それ、暗に嫌だって言ってるようなもんだぞ。まあ、それでも良いんだけどさ。ところで、お前は私と世間話をしに来たのか? 確かに、ストレージにある使える部品をリストアップするだけの作業なんてつまらないもんだから、話し相手がいるのは良い事だが」

 ミユリはそう言うが、一番初めに手伝いに来たと言った筈なのだが。これは多分聞き流されている。

「えっと、手伝えることがあればと」

「ああ、そうだっけか。特にないぞ。どれが使えてどれが使えないかなんて、お前分からないだろ?」

 ミユリの言う通り、どれも同じに見えているのだから頷くしかない。

「仕分けをするにもリストアップ後だし、何にもやることはないな。うん」

 予想通りの答えだが、だからといって引き返す気も起きない。またトワと鉢合わせるかも知れないし、部屋に戻る気もなかった。

「そう、ですか」

 呟き、周囲を見渡す。何かないのかと視線を巡らすが、見慣れないifが見えて動きを止める。機種は《カムラッド》であり、主立った改造はされていないスタンダードなモデルだ。それでも、それが見慣れない物だとは分かる。

「あれ、補給用ですか? 見たことない奴ですけど」

 ミユリがちらとその《カムラッド》を見て、また作業に戻る。

「いや、違う。あれは新しく来た、エリルの持参品だよ。やっぱ分かるんだな、違う機体だって」

 そう、少し感心したように言った。エリルは、リュウキを回収する際に合流した操縦兵だ。ずっと部屋にいた為、あまり話していない。

「エリルさんの機体ですか。そう言われてみれば」

 あの時、リュウキ機の隣にいたifだと気付く。操縦兵が増えるのは良い事だが、それは実際に稼働するifの数が増えたということだ。軍事物資の足りない今、倉庫をひっくり返して使える物を探すのは妥当かも知れない。

「イリアさんの《シャーロット》、リュウキさんの《カムラッド》は緊急時だから除外するとして。僕の《カムラッド》とエリルさんの《カムラッド》、二機分を動かす余裕はなさそうですね」

 トワの操縦する《プレア》は敢えて除外した。少し視界を動かせば、シートで覆い隠された《プレア》と、沈黙したままの《イクス》が見える。出来れば、もう二度と動いて欲しくない二機だ。

「まったくな。とりあえずリオの《カムラッド》は整備完了だが、エリルの《カムラッド》は簡単な補給しかしてないんだよ。ま、丁寧に使ってあるからあと一戦ぐらいは余裕でこなせそうだが。出来ればしっかりばらして整備したいんだよな。状況が読めんし代わりのifも用意出来ないから、とりあえずはそのままだな」

 そう言うミユリの表情は本当に悔しそうだったが、これは多分やるせない悔しさとは方向性が違う奴だ。

「くう、他の整備士がどういう処理をしてるのかすっごい気になる! それもカソードCで改修を受けたって話だろ? 《カムラッド》は拡張性が半端無いんだよ、最先端の処理を受けてるかも知れないじゃんか! 今すぐばらして確認したいぐらいだよ、本当に」

 作業の手を止めてまで力説し出したミユリを見て、やっぱりそういう悔しさだったと頷く。ミユリはこういう人なのだ。

「それを今我慢してるんですね。楽しそうで、ちょっと羨ましいですよ」

「お前はいつもつまらなさそうだもんな。トワ嬢とは仲直りしたのか?」

 トワの話題を出され、どう答えるべきか言葉に詰まる。細かな経緯は分からなくとも、狭い艦だけあって噂はすぐに伝わってしまう。

「ん、まだか。お前、いつもつまらなさそうだけど。トワ嬢と一緒にいるときだけは楽しそうだったからさ。私にとっちゃ人生は楽しいか楽しくないかの二択だからな。大体楽しい方を選んでる」

 ミユリの言葉は、潔い程に真っ直ぐだ。状況を理解し、この先に待つ未来を断片的に捉えても尚、ミユリはミユリの生き方を諦めないということだろう。

「……それが、周りを不幸にするとしても、ですか?」

 僕の場合は違う。自分にとっての最善を選べば、誰かがその割を食う。自分の幸福が、誰かにとっての不幸だと知っている。

「迷わずイエスと答えよう。私は利己的だからな。だから、他の奴等も好きなだけ私に不幸を押し付けるといいさ。それが不幸かどうかは、私が決めることだから」

 迷いなど微塵も感じさせず、真っ直ぐミユリはこちらを見据える。その目を直視することが出来ず、無意識の内に顔を伏せていた。

「ま、お前も好きにやってみたら良いんじゃないのか、リオ。周りが幸福でも、お前が不幸なままじゃ意味がない。お前がお前でいる以上、お前はお前の世界を幸福にする義務がある。なんて風に思うんだがね、私はさ」

「……僕の世界?」

「そ、お前の世界。この世の中を幸福に導いてくれって意味じゃない。お前の目に映る、お前だけの世界だ。はは、ちょっと宗教っぽくて気持ち悪いよな」

 顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべているミユリと目が合った。こんな顔をしているミユリは珍しく、それだけ今の話が本気だということが分かる。ミユリは本気で、何かを伝えようとしていた。

「ま、はいそうですかと承服するような奴じゃないのは知ってる。聞き流さず、いざって時に思い出して貰えりゃそれで良い。まったく嫌になるよな、状況が状況だからか、余計なことばかり喋っちまう」

 そう言って自嘲気味に笑い、ミユリは作業を続ける。ミユリが言いたかったことは、誰にでも幸福を追い求める権利はある、ということだろう。それどころか、義務という強い言葉を使っていた。

「余計だとは、思わなかったですけどね」

「余計だよ。人の生き方に我が物顔で口を出す。まさに、余計なお世話って奴だ」

 そんなミユリの物言いに、思わずくすりと笑みが零れる。急ぎ取り繕うが、ミユリは見ない振りをしてくれているようだった。

「さて、ノヴェンバー・コミュニティまであと少しってとこか。そろそろ、準備とかしといた方が良いんじゃないのか?」

 PDAを取り出して時間を確認する。まだ余裕はあるが、確かに準備を入れれば妥当な時間かも知れない。

「そう、ですね。これで、少しは落ち着けるといいんですが」

「確かにうまいもんは食いたいな。節約食は飽きた」

 軽口ではなく本音だろう。それがミユリという人なのだ。

「ですね。では、準備に入りますので」

 PDAをしまい、ミユリにそう伝える。作業をしたまま、ミユリは短くああとだけ答えた。もう喋ることはないという合図だ。

 来た時と同じように、部品の山を避けながら格納庫の入り口まで歩いて行く。少し歩いただけで、もうミユリの姿は見えなくなる。

「んー、そうだ。ノヴェンバー・コミュニティはつまらん商業セクションだが、南ブロックには多少洒落た商店街がある。有効活用出来るなら使っとけ」

 部品の山、その向こう側から声が届いた。もしかしなくともミユリの声で、内容はトワのことだろう。こちらの考えなどお見通しという訳だ。

 トワが来てくれるかどうかは、まだ分からないけれど。

「……覚えておきます」

 部品の山にそれだけ答え、格納庫を後にする。トワのことに加え、ミユリの言った言葉が頭の中に響いていた。何てことはないように言っていたが、その言葉は暫く消えそうにない。

「僕の世界は……一体どこにあるんだろう」

 無くしたと思っている。亡くしたとも思っている。それでも、ミユリの言うように義務があるのだとしたら。世界もまた、そこにあるのかも知れないのに。

 今はまだ、そこには何も見えなかった。

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