表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「照影と際涯」
68/352

広い部屋

主要登場人物



所属なし 武装試験艦《アマデウス》

イリア・レイス   同BS艦長。少佐。20歳。

クスト・ランディー 同BS副艦長。中尉。20歳。

リュウキ・タジマ  同BS操舵士。少尉。21歳。

ギニー・グレイス  同BS武装管制員。少尉。21歳。

リーファ・パレスト 同BS通信士。特例准士。14歳。

アリサ・フィレンス 同BS軍医。曹長。23歳。

ミユリ・アークレル 同BS整備士。曹長。23歳。

リオ・バネット   同BS‘if’操縦兵。特例准士。17歳。

アストラル・リーネ 同BS‘ff’操縦兵。軍曹。18歳。死亡。

エリル・ステイツ  同BS‘if’操縦兵。伍長。19歳。


AGS所属 特殊中型BS《フェザーランス》

キア・リンフォルツァン 同BS艦長。少佐。20歳。

リード・マーレイ    同BS艦長補佐。大尉。28歳。

リシティア       同BS同乗者。15歳。


大企業ロウフィード・コーポレーション所有者及びAGS総合指揮官

クライヴ・ロウフィード 通称ミスター・ガロット。46歳。


大企業ルディーナ所有者及びH・R・G・E総合指揮官

リアーナ・エリン 通称アイアンメイデン。45歳。





トワ          詳細不明。




簡易用語集


「勢力」


 AGS

 大企業、ロウフィード・コーポレーションの設立した戦闘部署。《アマデウス》はこのAGSへ所属していたが、現在離反している状態にある。


 H・R・G・E

 大企業、ルディーナの設立した戦闘部署。AGSとは敵対関係にある。



「メカニック」


 if

 イヴァルヴ・フレーム。全長八メートルの人型搭乗兵器。現代戦の主軸を担っている。


 gf

 グランド・フレーム。陸上車両・戦車等を示す。


 ff

 フライト・フレーム。航空機・戦闘機等を示す。


 BS

 ベースシップ。ifを含む、兵器を運用・展開可能な戦艦。


 セクション

 宇宙居住区。ドーナッツ型に連なった居住ブロックに、棒状の管制ブロックが組み合わさって構成されている。トーラスダガータイプと言われ、ドーナッツの中心に棒が通っているような見た目をしている。宇宙居住の礎である。



あらすじ



 AGS所属のif操縦兵、リオ・バネットは遺跡の調査任務の際に、見知らぬ少女を保護してしまう。自分が誰かも分からず、そもそも人であるかどうかすら分からない少女。少女はトワと名付けられ、変わってはいるが普通の少女としてリオと共にいた。

 しかし、普通である筈もなく。トワは動く筈のないifを動かし、勝てる筈のない戦いを勝った。

 トワの持つ不可思議な力。その存在を朧気ながら察知したAGSは、特殊部隊を送り込んでそれを推し量る。

 AGSはトワを手に入れる為に策を行使し、リオ達はトワを守る為に策を行使する。結果的には、AGSを離反した形になってしまった。そして、その代償として大切なクルーを失う。リオとトワ、二人の心にも大きな傷跡を残し、その手は振り払われる。

 見えなくなった未来、遠くなった距離、何一つ分からない少女の事象。だが、それら全てを解決するだけの余裕は残されていなかった。

 まだ、この戦いは終わっていないのだから。


 よく手入れされた庭は、ここから見るとまるで精巧なオブジェのようだった。そこに立っている二機の《オルダール》も、やはりオブジェにしか見えない。

 ロウフィード・コーポレーション本社は、地球に四つある。ここはその中で最も小さく、しかし最も重要な屋敷だ。

 その屋敷の持ち主であるクライヴ・ロウフィードは、作り物の世界を眺めて眉をひそめる。

 世界は確かに変わった。その急速な変化に、四十六歳の自分が一番ついて行けない。

 椅子に腰掛けたまま、クライヴは溜息を吐いた。広い執務室だったが、そう感じるのは物が少ないからだろう。椅子に机、黒い絨毯、それだけだ。殆どの物は電子化されており、部屋の内側にある。その為困ることはなく、投影モニターを起動すればここで大規模作戦の指揮も取れる。

 だが、それを差し引いても物は少ない方だろう。必要な物しか置かないというクライヴの性質、或いは呪いだった。作り物の世界を前にして、興味が大して湧かないのだ。いつからそうなってしまったのかは、もう思い出せないけれど。

 唯一の例外は、机の上に置かれた写真立てぐらいだろう。これは、必要のない物だ。若かりし自分と、若かりし彼女と、若いままになってしまった彼の写真である。写真という懐古趣味は彼の物であり、自分の物ではない。だからこそ、こうして目に見える媒介で取っておきたかったのだ。

 クライヴは執務室の窓から見える光景を、スイッチ一つで掻き消した。代わりに映し出されたのは、各地の戦況を簡易的に表示する宙域地図だ。こうしている間にも、戦況は一進一退を繰り返し、勝利と敗北を積み重ねていた。全て分かっている。

 屍を増やしてはいるが、差し迫った状況ではない。そうクライヴが戦況を精査していると、ノックの音が二回響いた。

 クライヴは写真立てを傾け、自分の顔をそこに見た。いつもと変わらない、年相応にくたびれた男の顔が反射している。多少は気を引き締め、AGS総合指揮官に相応しい顔つきに戻す。

「入ってくれ。要件は?」

 鏡代わりにした写真立てを元に戻し、クライヴは扉を見据えながらそう言う。

 扉が開き、スーツを着込んだ若い職員が入ってきた。若い職員は短く敬礼をすると、さっと姿勢を整える。

「臨時報告が入りました。オペレーション・アコーダンスがプランCに移行、以上です」

「分かった。下がってくれ」

 若い職員は律儀に敬礼し、踵を返す。クライヴは、重要な連絡ほど口頭伝達にするべきだと考えていた。本当に大事な情報は、自分の頭にだけあればいい。

「アコーダンス、プランCか。侮ったわけではないが、こうも追い込まれるとは」

 クライヴはそう呟くと、うまくはいかないものだと、何度目かの溜息を吐いた。

 オペレーション・アコーダンス、人類の今後を左右する作戦だ。残念ながら比喩ではない。《アマデウス》が確保した氷室の主を殺さずに回収する。それがオペレーション・アコーダンスの作戦目標だ。

 《アマデウス》と交渉する気などない。端から確保を視野に入れている。しかし、カソードCにて《アマデウス》を拘束するプランAは当然のように失敗した。これはいい、最初から期待はしていなかった。だが名前のない部隊、特務兵によって拿捕するプランBも失敗するとは思わなかったのだ。想像以上に、《アマデウス》は厄介な相手だったということだろう。

「虎の子のプランC、か」

 クライヴは宙域地図を眺め、指でその航路をなぞる。

「追っ手をまき、行く先を誤魔化し、それでも行ける場所は限られている。ここか」

 ノヴェンバー・コミュニティ、中立の商業セクションだ。物資の補給、BSの修理、拘束した特務兵の解放、そんなところだろう。敵であるH・R・G・Eの領域線が近く、AGSが近寄るのが難しい場所でもある。

「短時間だが羽も伸ばせる。非の打ち所のない選択だ。敵にするには惜しい。本当に」

 優秀な人材ほど我が強い。相容れない相手だろうと、クライヴは未練を切って捨てた。氷室の主と人材、どちらか一方しか選べないのなら、答えは決まっている。

 中立セクション、ノヴェンバー・コミュニティで《アマデウス》が行動を起こすのなら、そのタイミングでプランCも実行される。動かせる部隊は幾つかあるが、H・R・G・Eとの接触は避けたい。

「ふむ。本当によく考えてある」

 どのタイミングにせよ、AGSが部隊を動かせばH・R・G・Eに捕捉される。その混乱に乗じて、《アマデウス》は逃げればいい。そこまで想定して、《アマデウス》はこのセクションを選んだのだ。

 居場所が分かったところで、プランCが実行されたところで。《アマデウス》は逃げる手段を用意している。つまり、こちらから手は出せない。指を咥えて見ているしかないのだ。本来ならば。

 クライヴは机の引き出しを開けると、そこにある物を暫く眺めた。変わらず物の少ない引き出しの中に、不釣り合いな物が入っている。

 その引き出しの中には、真っ白な固定電話が備え付けられていた。机の上にただ置かれているのなら懐古趣味で片が付くのだろうが、これは引き出しの中にある。その様はアンバランスで、少し不気味に見えるかもしれない。

 受話器を取り、クライヴは三十桁の数字を打ち込んでいく。どこにも記載されていない、自分だけが知っている数字の羅列だ。

 クライヴは受話器を耳に当て、呼び出し中を伝える電子音を聞く。数分間はそうしていただろう。じっとその時を待っていると、電子音がぶつりと消えた。

『あら、ミスター・ガロット。また泣き言?』

 そんな冷ややかな声が聞こえ、クライヴは一人笑みを浮かべていた。お互い年を重ねたというのに、何も変わりはしない。

 ミスター・ガロットというのは、いつの間にか付けられていたもう一つの名前だ。或いは本名よりも、こちらの方が認知されているかも知れない。

 ガロットというのは、拷問器具から来ている名だろう。絞首用の器具で、犠牲者はまず椅子に括り付けられる。首元には金具が用意されており、後ろからネジを締めることにより犠牲者を窒息させる器具だ。なぜそう呼ばれているのかは知らないが。

「やあ、アイアンメイデン。察しが良くて助かるよ」

 クライヴはそう返し、言い得て妙だと感心する。電話の相手はリアーナ・エリン、大企業ルディーナの所有者にしてH・R・G・Eの総合指揮官だ。年齢は自分よりも一つ下だが、いつだって対等に接してきた。向こうもそう思っているだろう。

 そんな彼女に付けられた名前がアイアンメイデンだった。鉄の女、それも棘付きときている。リアーナにはぴったりだ。

 アイアンメイデンは、言わずと知れた拷問器具だ。大きな人形の中が空洞となっていて、内側に棘がびっしりと付けられている。

 気付けば、互いに通称で呼び合うのが当たり前となってしまった。ミスター・ガロットにアイアンメイデン。拷問器具の名前だが、人に死ぬよう命じている身にはぴったりだとクライヴは自嘲する。

『それで、要件は何かしら?』

 リアーナはどこか急かすようにそう言った。それもそうだろうとクライヴは頷く。

 AGSのトップとH・R・G・Eのトップがこうして話をしているなど、普通はあり得ない。冷戦下ならまだしも、今尚血肉を注ぎ込んで戦っているのだ。敵同士を繋ぐホットラインの存在は、二人だけの危険な秘密だ。

「アコーダンスがプランCに移行した」

 クライヴはそれだけしか言わなかったが、それでも充分なのだ。その証拠に、リアーナの溜息が遠くに聞こえた。

『貴方の落ち度よ。プランBで片が付く筈でしょう』

「これは手厳しい。私自身も驚いているよ」

『私は呆れているの』

 クライヴは短く笑い、写真立てに収まる彼女を見た。相も変わらず、不機嫌そうに眉をひそめているのだろう。

『それで、それだけじゃないんでしょう? あのミスター・ガロットが、何の催促もなしに電話をするなんてあり得ないわ』

 そして、呆れながらも手を差し伸べるのだ。何も変わっていない。変わらないでいてくれている。

「さすがはアイアンメイデンと言ったところかな。何でもお見通しとは恐れ入る」

 だから自分も、精一杯の余裕と軽口で応えるのだ。それがクライヴ・ロウフィードと成り果てた自分に残された、最後の一欠片だと思っているから。

 リアーナの溜息の後に、クライヴは咳払いをした。あの日の続きはここまでだ。

「ノヴェンバー・コミュニティ。商業用の中立セクションだが、《アマデウス》の行き先はそこだ。そこでプランCを実行する」

『ノヴェンバー・コミュニティ……なるほど。鏡界線が近いわ。巡回中の部隊ならまず見逃さないわ』

「ああ。プランC実行においては障害となる。それを見越した上で、《アマデウス》はそこを選んだ。周辺の部隊を一時的に引いて欲しい。口実が必要なら、部隊の二つぐらいなら寄越せる」

 リアーナの無言、その息づかいが伝わってくる。何かを考えるときに、いつも押し黙るのが彼女の癖だった。

『……必要ないわ。ノヴェンバー・コミュニティ周辺のH・R・G・Eを、別の方向に誘導すれば良いんでしょう?』

「では、そのように頼む。アコーダンスだけは、失敗しましたでは済まされないからな」

 決して待ち望んではいなかった。だが、この時の為に成り果てたのだ。

『遺跡の守人。評決者。フィクサー。失われた厄災。貴方は、氷室の主と呼んでいたかしら。名前なんてどうでもいいけれど、まさか本当に。本当に現れるなんてね』

 リアーナの独白に、クライヴは小さく頷く。お互いそれが夢物語だと、そう思っていたかったのだ。そんな夢物語が、避けがたい現実になろうとしている。

「結局正しかったのは彼だけだった、ということだろう。私はこの期に及んでも、まだそれを否定したいがね。血眼になって捕まえた氷室の主が、ただの気が狂った少女ならいいと思っている。ただの、ね」

『ロマンチストで臆病者な貴方らしいわね、クライヴ』

「君こそ、現実を見過ぎて頬が濡れているんじゃないのか、リアーナ」

 リアーナが笑みを零すのを、クライヴは確かに聞いた。小さな、本当に小さな声だったが、それだけでも強がった甲斐はあったというものだ。

『では、次は吉報を待っているわ。ミスター・ガロット』

「ああ、祈っていてくれ。アイアンメイデン」

 クライヴは音のしなくなった受話器を戻すと、何事もなかったかのように引き出しを閉める。そう、何もなかった。この会話は、存在しなかった物として扱われる。

「事前準備はこんなところ、か」

 宙域地図に浮かんだノヴェンバー・コミュニティを見据えながら、クライヴはそう呟いた。ここで必ず氷室の主を確保する。

 あの地獄が夢物語なのか現実なのか、それをただ確かめる為に。








照影しょうえい際涯さいがい




 部屋が広く見えるのは、やはりトワがいないからだろう。リオ・バネットは自室のベッドに横たわったまま、消えている照明をぼんやりと眺めていた。このベッドだって、二人で使うには小さいと思っていたのに。今はやけに広く感じる。

 トワの手を振り払ってから、もう三日は経っただろうか。《アマデウス》の航行に支障はない。戦闘状況は発生せず、問題とも無縁だ。何もない三日間だった。何もなかったから、トワとの関係もそのままだ。あれから一言も話せていない。

 意地を張っている訳でもないのだ。ただ、どうやって話していたのか分からない。当たり前のようにやっていたことが、途方もなく難しく思える。

 いつもトワの方から歩み寄ってくれたから。何も考えずにいられたのだろうけど。今は何をしているのかも分からない。顔を合わせることも少なくなった。お互い部屋に籠もっているのだから、そうなるのも当たり前なのだが。

 溜息を一つ吐き、多少億劫でも起き上がる。休息は充分に取れているため眠気はない。じっとしていたいのは事実だが、そればかりでは気が滅入るのも事実だった。ベッドに腰掛けたまま、今後の予定を思い出そうと頭を働かせる。

 《アマデウス》は可能な限り隠密行動を取り、中立セクションへ迂回する形で向かっている。ノヴェンバー・コミュニティ、中立の商業セクションが今回の目的地だ。軍事物資は無理でも、日用品や食料品の確保ぐらいなら可能だろう。

 ノヴェンバー・コミュニティへ到着後は、物資を確保する班と《アマデウス》の整備を行う班で分かれて行動するらしい。自分は物資確保の方だが、要するに少し休んでこい、ということだろう。イリアにも気を使われているようで、自分の事ながら情けない。

「トワは確か、どっちの班にも入っていないんだよね」

 一緒に行こうと声を掛けてみれば、或いは。この色のない部屋が、また狭く思えるのだろうか。そうすれば、また。

 重い感覚が込み上げてくる前に、頭を振ってその甘えを追い払う。今の自分では向き合えない。この期に及んでも尚、未来の自分に課題を吹っ掛けて逃げ続けるしかできない。何度それを繰り返したことか。

 今は考えない方がいい。そう冷たく割り切って、今後についての思考を再開した。物資の確保と船体の整備が終わり次第、《アマデウス》はノヴェンバー・コミュニティを離脱する。その際に捕らえている特務兵を解放、それから先のことは、またその後にブリーフィングを行うらしい。

 つまり、まずはノヴェンバー・コミュニティに到着しなければ何も始まらないということだ。到着予定日は今日、もう三十分を切った。

 ベッドから降りて、身体の調子を確かめる。身体の内奥が重く、ぎりぎりと胸を締め上げてくること以外は快調そのものだ。問題はない。扉に向け歩き出す。

 格納庫にでも行けば、何かやれることがあるかもしれない。何かやっていれば、持て余した時間も消えてくれる。

 そうすれば、何か変わるかも知れない。自分が変われなくとも、何かが変わってくれるかもしれない。

「……臆病者の論理だよね、それってさ」

 一人呟き、扉の前で立ち止まった。振り返り、暗いままの部屋を眺める。

 広くて色のない部屋、トワと出会う前はこうだった。それで良かったのだ。自分には、それでも充分過ぎると。そう思っていたのに。

 見慣れた筈の部屋は、全てがあの頃のままだったが。

 もう、そこには何も見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ