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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「停滞と滅相」
67/352

交わした手

 ●


 溜息を押し殺し、リード・マーレイは情報の精査を終えた。その作業を、もう何度繰り返したか分からない。《フェザーランス》は《アマデウス》との戦いに敗れ、カソードCまで逃げ帰っていた。

 完全な敗北と言えるだろう。《フェザーランス》はカソードCでの戦闘で損傷を受け、撤退を余儀なくされた。だが、通常なら撤退するだろうその局面で、キアは戦闘続行を命じた。

 《フェザーランス》の隠密性能を活用し《アマデウス》を追跡、船足の止まる合流地点で奇襲、一撃で沈める。最後の一手までは、想定通りに事が進んでいた。

「氷室の中身、か」

 その光景を思い出し、リードは小さく呟いた。最後の一手、追加の粒子圧縮器を用いた粒子砲撃は、狙い通り《アマデウス》の横腹を貫く筈だった。放たれた時点で雌雄は決する。光の速さで到達する粒子砲は、見てからでは避けられない。見た時点で当たっているからだ。

 それを、あの羽付きが防いだ。粒子砲を粒子砲で迎撃する。理論上は可能だが、実現は不可能だろう。それを、実現されてしまったが故の敗北だ。加えて艦載機は全て撃破され、《フェザーランス》自体も無視できない損害を受けた。全てあの羽付きにやられた事だが、今でもその光景が信じられないでいる。

 艦載機を戻す暇さえ無かった。いや、もし戻していたら。あの羽付きに《フェザーランス》は沈められていただろう。それが分かっていたからこそ、キアは撤退を命じた。

 いつものように指示するキアの声に、いつものように応えた。平静を装ったその表情の裏に、深い後悔を忍ばせながら。それはきっとキアも同じだろう。

 カソードCに到着後、キアはいつもと変わらぬ様子で出て行った。そしてそのまま、帰ってきていない。

 単純な話だ。《アマデウス》を取り逃した上に、度重なる命令違反、兵の損失、それら全て引っくるめての口封じだろう。AGSにとって、《アマデウス》の案件は機密と同義だ。それに深く関わった者は、こうして拘束される。

 キアはこの事態を想定していた。そして、これ以上は迷惑を掛けられないと自嘲気味に笑い、自ら拘束された。

 リードは停泊を命じられた《フェザーランス》のブリッジで、両腕を組んでカソードCを睥睨した。カソードCに到着してから、つまりキアが拘束されてから三日は経過している。

 キアの事だ。恐らくあらゆる手を尽くして、《フェザーランス》のクルーは無罪放免で解放されるように仕向けるだろう。本人もそう言っていたし、それが出来る人物だという事を知っている。だが、その場合キアは拘束されたままだ。

 例えそれをキアが容認したとして、自分はそれでいいのだろうか。リードが何度目かの自問自答をしていると、隣に立ったブリッジクルーが敬礼をした。敬礼を返し、何用かと目で問い掛ける。

「リード補佐、不躾(ぶしつけ)ながら、少しお休みになられた方が良いでしょう。変化があれば知らせます。暫くは、このままでしょうが」

 そんなに疲れて見えたかと首を捻るが、声を掛けられるという事はそう見えたという事だ。厚意を無下にするのは忍びない。

「では、下がらせて貰おう。心遣い感謝する」

 そう言って敬礼をし、リードはブリッジを後にする。通用路を進み、自室へと向かう。やれることなど何も無い。ただ時を待ち、解放を待つだけ。そしてこの戦いの記憶を封じ込めて、別の戦いをする。何事も無かったかのように。でも、本当にそれで良いのだろうか。

 確固たる理由はないのだ。ただ、ここでキアを見捨てるというのは、あまりにも情が無いのではないか。たったそれだけの理由だったが、どうにも悩んでしまう。

 自室の前に辿り着き、また溜息を押し殺す。

「……センチメンタルになるようでは、廃業も視野に入れるべきかな」

 リードは珍しく自嘲気味に呟くと、自室の扉を解錠しようとする。しかし、小さな違和感を覚え手を止めた。

 《フェザーランス》の個人部屋は、所持している個人携帯端末、PDAで鍵を掛ける事が出来る。リードは機密事項も扱う都合上、必ず施錠をしてから行動するのだが。

「鍵は掛かっている、か」

 そう、鍵は掛かっているのだ。なら、何故違和感を覚えたのか。暫く考えるも、その正体は掴めてこない。

 馬鹿馬鹿しい。リードはそう思いはしたが、勘には従うべきだと判断した。

 護身用に忍ばせている小型の拳銃を取り出し、安全装置を解除する。遊底を軽く引いて初弾が装填されている事を確認し、扉に向けて構える。そのまま解錠を行い、スライドしていく扉を見遣りながら暗い室内を一歩引いて確認する。

「これは、どういう事だ?」

 異常は直ぐに見つかった。部屋の中心で、その少女は銃口など意にも介さずリードを見返している。その光景がやはりよく分からず、リードはそう呟いていた。

「話があったので、失礼になるでしょうけど。中で待ってました。それと、よく分かりましたね。気付く人だとキアは言っていましたが。本当のようです」

 少女の賞賛に、リードはにこりともせずに銃を仕舞う。部屋に入って扉を閉めると、照明を付けた。そして、侵入していた少女へ、ソファに座るよう手で促した。

 キアの部屋で見た、リシティアと呼ばれていた少女だ。長い黒髪が特徴的で、すとんとソファへ座り込む姿は年齢相応に見える。その身に纏った空気は、どうにも物騒ではあったが。

「私が気付いたのは違和感だけだ。そう大した事ではない。それで、話とは?」

 そう返し、リードはベッドに腰掛けた。リシティアは目を伏せ、ばつが悪そうにしている。状況がよく分からず、リードはじっとリシティアが喋り出すの待った。

「私を」

 リシティアの声が、しんとした静寂を破る。リシティアはちらとリードを見ると、打って変わって真剣な目付きになって胸に手を当てる。

「私を使って下さい」

 リシティアは真剣な眼差しのままそう言った。リードは何事か分からず、怪訝そうな表情でリシティアを見返す。

「話が見えてこない。どういう事だ?」

「キアを助けたいんです。このままでは離れ離れになってしまう。私は失敗作ですが、腕には自信があります。単独での作戦行動を主眼に置いて調整、訓練されました。彼等の言葉を借りるなら実験動物です。隠密行動、簡易クラッキング、白兵戦。諜報活動から要人暗殺まで。私には実現可能なスキルがあります」

 リードは小さく唸り、その荒唐無稽な話を聞いた。荒唐無稽ではあったが、恐らく嘘ではない。リシティアの身のこなしや雰囲気は、確かに兵士のそれだった。それに加えて、実際にその片鱗を見せつけられている。《フェザーランス》艦内で誰にも見つからず、施錠されているこの室内に侵入した。ただの少女が出来る芸当ではない。

「その話が本当だとして。どうやってキア艦長を助けるつもりだ?」

「私には想像もつきませんが、リード。貴方なら、それを考える事が出来るのではありませんか?」

 リシティアはリードへ、至極当然のように言った。リードは顔をしかめ、溜息を吐いて両腕を組んだ。

「つまり、君は何のプランも無いのか?」

「ええ。そうなります。カソードCを直接制圧するという手も考えましたが。数えてみたら弾薬が足りませんでした」

 そうリシティアは言い放つ。にこりともせずに言っている所を見ると、気の利いた冗談ではないようだ。弾薬が足りなくて良かったとリードは胸を撫で下ろし、次の問題に目を向ける事にした。

 キアは待機を命じている。彼一人を犠牲にする事で、クルー全員の安全は保証される。これが一番確実で、現実的な未来だ。

 目の前の少女、リシティアはキアを助けたいと言う。助けたいと思っているのはリードも同じだった。だが、失敗した時にクルー全員の立場は危うくなるだろう。AGSとの敵対という未来も、覚悟しなければならない。

 だが手遅れだ、とリードは内心で自嘲する。考え悩んでいる時点で、もう答えは決まっている。どう断るかではなく、どうすれば助けられるか。そればかりが脳裏に浮かんでくる。だから、手遅れなのだ。

 リードは頷き、ちらとリシティアを見る。

「……条件がある。まず、サポートはするがそれ以上は無い。何らかのアクシデントが発生し、君が危うい立場に追い込まれても。私は《フェザーランス》のクルーを優先する。どんな作戦を実行するにしても、矢面に立つのは君だ。失敗した場合、君は君の力だけで生き残る必要がある。これについてはどうかな?」

 リードの問い掛けにリシティアは迷いなく頷く。

「もう一つの条件は、他でもないキア艦長だ。接触し、私の考えを伝える。キア艦長がそこで、こちらの案を却下するようであればそこまでだ。AGSと交渉するのは私でも君でもない。キア艦長でなければならない。だから、彼がノーと言えばそこで手を引く。どうかな?」

 リシティアは少し考え、小さく頷く。

「最後に一つ」

 そうリードは言うと、腰掛けていたベッドから立ち上がる。ソファに座っているリシティアの傍まで歩くと、同じ目線になるように屈み込んだ。そして、リシティアの目を真っ直ぐ見て右手を出した。

 意味が分からないのか、リシティアはリードの顔と差し出された右手を交互に見ている。

 その様子にリードは苦笑し、気負う必要は無いと肩をすくめて見せた。

「私と君、たった二人だがチームという事だ。仮初めでも構わない。信用し信頼し、一つの目標を達成するために力を行使する。どうかな?」

 リシティアはまじまじとリードを眺め、少しだけ、本当に少しだけ笑みを浮かべた。そして差し出された右手に右手を合わせると、そっと力を籠めた。リードも握り返し、一度だけ大きく頷く。

 キアを救出する。一人では絵空事かも知れないが、二人ならどうだ。それぞれの技能を駆使すれば充分手が届く筈だ。

 二人だけの救出作戦は、静かにその形を帯びていく。

 一つの目標を達成するために。







「停滞と滅相」

 五巻、「停滞と滅相」終了です。四巻と比べると終わり方があれかもですが。

 五巻は内容が色々あり過ぎて書くのも大変だったんですが、読む方も大変ですよねこれ。シリアスですよーとは言っているけど、今回いつにも増してシリアスですし。

 ただ、これでおしまいではないのでご安心を。上げて落とすのが信条の私ですが、それの何が楽しいって落ちた分だけ跳ね上がるからです。ぎりぎり引き絞る感じ。

 今まで読んでくれた人は何となく分かるかもですが、舞台を宇宙にしてその中で話を組み立てると、あんまり広い視野で書けないのですよね。私の実力不足かもですが。なので、とりあえずは主人公の視点とその世界である《アマデウス》に絞って書いてきました。それが、五巻も続いちまった訳ですが。

 次巻から、狭い世界ではない、もっと広い世界にも視野を向けようかと思っています。書くのも読むのも難易度上がるかもですが、まあ何とか頑張ってみますので。戦争をしている以上、戦争についても書かなきゃです。これまでは《アマデウス》の戦闘しか書けなかったので。

 後は、色々読みやすくしていきたいとは思いますが、まだ思い付きの段階なので保留。保留案件ばっかなんですが私。

 それと、次巻のタイトルと次回予告的なものをラストに書いてみますので、それも良さげだったら採用しようかなあって思っとります。

 それでは、若干つらい展開だったかもしれませんが、読んでくれてサンクスです。

 ようやっと折り返し地点まできました。これからも一緒に、少年と少女の行く末を見守って貰えたら幸いです。



 同じ傷を見ている筈なのに、二人はすれ違ったまま時を過ごす。しかし、彼等はそんな二人を顧みることはない。二つの傷が癒える前に、現実はその牙を剥く。

 少年はその罪に刃を向け、少女はその在処を見失う。

 次回、六巻。

照影しょうえい際涯さいがい

 悩み、迷いながらも選択する二人。

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