表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「停滞と滅相」
65/352

従者の矜持


 何度目かの溜息を吐く。イリアはベッドに沈み、タオルケットを手繰り寄せて丸くなっていた。まるで小さな子どもみたいだと、イリアは自嘲気味に笑う。実際に出たのは溜息だけだったが。

 自室に籠もっている場合ではない。そんなことは分かっている。イリアは目を瞑ると、浮かんできた光景をただ眺めた。

 黒塗りのBS、《フェザーランス》の艦長はキアだった。キア・リンフォルツァン、共に士官学校で学んだ仲であり、友人だと思っていた。そのキアが、どうしてこんなことをするのか。こちらに向けられた殺意は本物だった。間違いない、キアは私を殺そうとしている。

 イリアは士官学校での一幕を思い浮かべた。それは、キアと最後に会った日でもある。キアと自分、そしてあの子。三人で歩いていた。いつものように帰路についていたその日、自分達は戦いに巻き込まれる。

 キアとその子にとっては初の戦場だろう。それも、自分から飛び込んだのではない。戦いの方から這い寄ってきた。

 イリアは目を開き、その光景を掻き消す。いい思い出ではないからだ。

 その戦いは、自分にとっては二度目の戦場だ。無遠慮に戦いが飛び込んでくることは、初めてではなかった。

 一度目の戦場は、今でも鮮明に思い出せる。限界を超え崩壊していくセクション、無数の人を宇宙にばらまきながら、あっという間に残骸と化していく。

 そんな光景は、二度と見たくなかった。だからこの時、二度目の戦場においては戦うことを選んだ。自分が戦い、今度こそ守るのだと。キアの制止を振り切って走った。訓練用のifが用意されていた筈だから、あれを使えば戦える。

 誰も殺さずに、殺させずに。せめてこの手が届くところぐらいは守ると。でも、そううまくはいかなかった。

 あの日以来、キアには会えていない。あの子とも会っていない。いや、あの子にはもう会えない。

 そう、もう会えない。その言葉から連想される人が、また増えてしまった。

「アスト……他に方法は、なかったのかな」

 アストラル・リーネ、彼女の最期を決めたのは私だ。心とは裏腹に、頭は嫌になる程冷静だった。あの時点でアストラルは死んだものと扱い、そう動いた。それが最善だとしても、見捨てたことに変わりはない。アストラル自身がそれを望んだとしても、決めたのは私だ。

 だから、どうすれば助けられたのか、今でも考えている。今更考えてもどうにもならないけれど。

 頭と同じように冷え切った心は、しばらく使い物にならないだろう。まともな自分に戻るまでは、ここから一歩も出たくない。我が儘だと分かっていても、心と体が動かない。動いてくれない。

 そう思い、イリアが一層縮こまった時だった。

 インターフォンの耳慣れない音が、無遠慮に飛び込んできたのだ。





 ※


 リュウキは真っ直ぐ艦長室、つまりイリアの私室へ向かった。扉の前に立って深呼吸をする。それでも、気負うつもりは毛頭無かったが。

 インターフォンを押し、辛抱強く待つ。これを使う者は殆どいない。火急の用があればPDAか放送を用いる。わざわざ部屋に訪ねる、なんて事はまずない。だから、インターフォンを使うという事は受け身なのだ。イリアが取りたいと思わなければ、無視すればいい。押したのは一回だけ、気付かなかったで言い訳は通る。

 リュウキは扉に背を付けるように座り込み、来るか来ないか分からない返事をじっと待つ。数分間は待っていただろう。インターフォンが稼働し、緑色のランプを灯す。

「悪戯じゃないぜ。立ってるのも何だから座ってるけど。どうせ顔出しNGだろ?」

 リュウキはいつものようにそう問い掛ける。座っている為確認は出来ないが、インターフォンのモニターにはサウンドオンリーの文字が浮かんでいるだろう。

『それどころか面会謝絶中なんだけど』

 不機嫌そうな声でイリアが返す。インターフォン越しの音声だが、ひどく懐かしく、やっぱり愛おしい。

「知ってる。でも、挨拶ぐらいはしときたいじゃんか」

『おはようこんにちはおかえり、さようなら』

「ただいま、って切るな。切るなよ?」

 リュウキはくすりと笑みを零す。ひどくぞんざいな扱いだが、それでも良かった。

『挨拶したでしょ?』

「ごめん、やっぱりさっきの無し。少しぐらいは話そうぜ。時間は取らせないさ。眠り姫の安眠妨害は、昔から王子様の役目だからな。俺は、精々お城の一兵卒ぐらいなもんだ」

 そう言いながら、リュウキは自嘲気味に笑う。本当は王子様役になりたかったのだけど、それはきっと無理なのだろう。だから一兵卒でも構わない。そう、決めている。

『相変わらずで安心した。宇宙空間に、その減らず口を少しぐらい置いてきたら良かったんじゃない?』

「ひっでえ。俺から減らず口取ったらただのイケメンにしかならねえ」

 この流れは良くない。そうリュウキは内心で考えていた。イリアは思いっきり警戒している。扉を挟んだ距離なんかよりも、遙かに分厚い城壁を築かれているみたいだ。

 それぐらい、今回の件には口出しして欲しくないのだろう。喋ったら問答無用で吹っ飛ばされそうだ。

「まあ、いいか」

 そう呟き、リュウキは腹を決める。元々小細工が通用する相手ではないのだ。イリアに対しては、全て出たとこ勝負だ。

「まずは、悪かったな。黒塗りの奴等に出し抜かれたのは俺のミスだよ。まさか、有線砲まで囮とは思わなかったが」

 カソードCの有線砲は、《アマデウス》を撃たなかった。拿捕するつもりだったのだろう。結果的に、こちらはまんまと有線砲の妨害、無力化を主眼に動いてしまった。あれだけの兵器を隠れ蓑に使うなんて。AGSからしてみれば、有線砲が動いているか動いていないかは関係無かったのだ。ただそこにあって、プレッシャーを与え続ければ良い。

 イリアからの返事はない。インターフォンを見上げると、まだ緑色のランプは灯っていた。

「それと、助けてくれてありがとうな。イリアさんの判断のお陰で、俺はこうして減らず口が叩けるし、エリルの嬢ちゃんは兄ちゃんに会えた。アストラルの件で引き返すなり別の場所に行ってたら、俺とエリルは宇宙で仲良く冷凍食品だ」

 発酵食品よりはましかも、とリュウキは思ったがそれは言わなかった。

『場合によっては貴方達も切り捨てた。助けられる方を助けただけ』

 イリアの言葉は冷たいが、それは表面だけだ。イリアは時折、こうやって自分から人を遠ざける事を言う。そして決まってこう言うのだ。

『そういう事が出来る人間なの、私は』

 お決まりの、自嘲的な言葉だ。いや、いっそ呪いと言い換えてもいいだろう。自分で自分を呪うしか出来ないのだ。

「そういう事が出来てしまう、の間違いだろ。悲しいけど、そのお陰で助かった。本当は、俺が助けてやりたかったんだけどな。生まれてこの方、不意打ちと忍び歩きしか能がない」

 リュウキは服の内側から封筒を取り出す。トワから貰った、あの手紙だ。そこから二枚の紙を引っ張り出し、アストラルの描いたイリアの像と向き合う。

「多分、アストラルの嬢ちゃんも同じような事を言ったんだろ。みんな納得して、《アマデウス》に集まってるんだ。閉じ籠もってても、誰も責めちゃくれないぜ」

 或いは、誰かが思いきり非難してやれば、少しは気持ちも晴れるのだろうか。

『トワちゃんには、思い切り嘘つきって言われたけどね』

 リュウキは苦笑し、トワの描いたイリアの絵を眺める。

「トワの嬢ちゃんは野生動物だからな。本質が良く分かってる」

『私はどうせ嘘つきですよ』

 短く笑い、リュウキは扉をこつこつと叩く。

「嘘を言わない人間なんているもんか。普段がしゃっきりし過ぎてるから、周りもトワの嬢ちゃんも期待しちまうんだろ。何とかしてくれるってさ。今回は、うまく行かなかっただけだ」

『それでも、あの子を見殺しにした事に変わりはない。今回も次もない。私はアストを助けられなかった』

 リュウキは二枚の紙を丁寧に折り畳み、もう一度封筒の中に入れた。

「運が悪かったんだろ」

『……私が、運って言葉嫌いなの知らなかったっけ?』

「ごめん、知ってる。でも、イリアさんだって分かってるだろ。どんなに最善を尽くしても、及ばない事はある。全知全能の神様って訳にはいかないんだ。ギニーが言ってたぜ、全員が招いた敗北と結果だって。分かるだろ、全員だ。あんたじゃない」

 イリアからの返事はない。リュウキは構わずに続ける。

「俺は、そんなギニーにまだ負けてないって強がりを言った。でも事実だ。まだ負けてない。俺はまだ戦えるし、みんなもそうだ。ただ、俺含めてみんなどうしたら良いのかは分からないんだけどな。イリアさんはどうよ? 未来展望って奴」

 言うだけのことは言った。リュウキはじっと返答を待つ。互いに何も喋らない。暫く無言のまま、緑色のランプだけがイリアの存在を約束してくれていた。

『……頭きた』

 吐息にも似た小さな呟きは、その癖に聞き取りやすく耳に残る。リュウキはにやと笑みを浮かべ、内心でガッツポーズを取る。イリア・レイスの炉心に火が入った。

「うお!」

 リュウキが背を預けていた扉がスライドし、受け身を取る間もなく後ろに倒れてしまった。これは非常に情けない。

 そんなリュウキの上をひょいと飛び越えて、イリアは人差し指でくいくいと手招きする。その顔は笑みを浮かべてはいたが、どこか空恐ろしい。

「犬でも呼んでるんですか、と」

 リュウキは起き上がり、指示された通りイリアに近付く。

「ワンちゃんは好きだよ? 可愛いし」

 言い終わる前にイリアの姿が掻き消える。リュウキの肩に触れた手がするりと腕に伸びていき、次の瞬間にはもう関節を極められていた。それとほぼ同時に、膝の後ろに足蹴を食らい、足が床をうまく捉えられないまま拘束されてしまった。当然、ぎりぎりと関節は極まり続けている。

「何より言葉を使わないし」

 イリアの吐息のような声が耳元で聞こえ、こんな状況でも心音が高鳴っている自分に笑ってしまう。

「犬、喋ったら恐いですもんね。いつ、痛いんですけど。聞くのも野暮ですけど、これに何の意味が」

 絶妙にポジションをずらされて、カウンターは愚か脱出も出来ない。完全に近接格闘術の餌食になってしまった。

「いや、イラッときたから八つ当たりを」

「ですよねー。だと思いました!」

 勢いよく言い切ると同時に、リュウキは足に力を籠める。更に、取られていない方の腕を最大限利用して拘束を解こうと動く。こう見えても、近接格闘術は得意なのだ。

「はい、受け身取ってね」

「ちょ、うお!」

 得意なのだが。そんな見え見えのカウンターがイリアに効く道理はない。イリアは極めていた関節からあっさりと手を離す。それと同時に、別の腕を掴みぐるりと回した。

 リュウキは宙を舞い床に叩き付けられそうになるが、イリアはぐいと力を籠めて勢いを殺してくれた。余裕を持って受け身を取り、よろよろと床に座り込んだ。

 ちらとイリアを見ると、中々に満足げな表情を浮かべていらっしゃる。

「えー、寛大な対処ありがとうございます。お陰でたんこぶぐらいで済みました」

 そう言うと、イリアはにこりともせずにそっぽを向いた。

「たんこぶもしてないでしょ。また適当な事言って」

 イリアはそのまま歩き出す。かと思えば立ち止まり、ちらとリュウキを振り返る。

「未来展望、聞くんじゃないの? 一兵卒さん」

 イリアはそう言って、小悪魔を思わせる魅惑的な笑顔を向けた。目を細め、薄い笑みを浮かべているその様は、どうしようもなく魅力的で綺麗に見える。それが脆く儚い物だと知っているからこそ、きっと綺麗に見えるのだ。

 自分を呪い自分を騙し、それでも最後に必ず勝つ。それがイリア・レイスという女なのだ。

「お供しますよ、お姫様」

 だからそう返し、リュウキも挑戦的な笑みを浮かべた。

 まだ負けていない。それを体現する為に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ