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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「停滞と滅相」
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敗北の先は


 《アマデウス》ブリッジにて、リーファは馴染み深い空気が戻ってきたように感じた。

 リュウキ達を回収して、まだ一時間も経っていない。今の所追撃もなく、暫くは安心出来るとイリアは言っていた。

「やっぱ人間は地に足付いてこそ、だな。久しぶり過ぎて目が回りそうだけど」

 そうリュウキは言うと、屈託無く微笑んだ。シャワーを浴びてきた後であり、乾ききっていない髪のせいでどこか少年のように見える。

「八日ぶりになるからね。相変わらずで安心したよ」

 そうギニーは応え、同じように微笑んで見せた。恐らくギニーも、自分と同じように安堵しているのだろう。

 ただ無事を確認したから、というだけではない。空になっている艦長席をちらと見て、リーファは暫し目を伏せた。

 多くが語られた訳ではない。けれど、今自分達がこうしていられるのはアストラルを犠牲にしたからだ。その判断を下したのはイリアで、それが正しい事を自分達は知っている。当の本人は、きっとそうは思っていないけれど。

 いつも通りを演じるイリアに、いつも通りに接する私達だったが、その時点でボタンを掛け違えている。リュウキなら、そんな空気も変えてくれるのではないかと密かに期待しているのだ。他力本願だが、自分達ではどうしようもなかったから。

「数字だけ見るとそんなに長くないのな。小旅行ぐらいか。リーファちゃんも少し背が伸びたんじゃないか?」

「八日で成長出来たら苦労しないんですよ、リュウキさん」

「じゃああれだ、俺が縮んだのかもな」

 背の事を弄られたからには、睨むぐらいはしておかなければならない。人のコンプレックスを無闇矢鱈に口にするのは良くないと思う。だがまあ、久しぶりという事で心に留めておくぐらいにしておこう。

「まあ冗談は良いとして。ちょっと痩せてないか? リオといい、無茶が続いてるって事かねえ。こーいう状況じゃ仕方ないけど、適度に気は抜けよ?」

 かと思えば、一転して真剣な眼差しで見詰めてくる。余計な心配を掛けぬように笑顔を浮かべようとするが、果たせず苦笑するしかない。あまり食欲が湧かないのは事実だった。

「こんな状況で気が抜けるのはリュウキぐらいなもんだけどね」

「何だよギニー。お前だって結構気を抜くタイプの人間だろ」

 確かに、とリーファはくすりと笑う。リュウキは考えて気を抜いている感じだが、ギニーはマイペース故に気を抜いているように見える。リュウキの言う通り、どっちも気を抜くタイプの人間だ。

「おお、やっぱり美人には笑顔が似合う」

 そんなリュウキの軽口を受け、今度こそ睨んでみる。

「と思ったら恐い顔するし。眉を潜めてるとこはむしろ可愛く見えるもんな。お」

 扉の開閉音が響き、リュウキの軽口が途切れる。誰かがブリッジへ入室したという事であり、それぞれ振り返ってその人物を見た。三人分の視線を受け、切れ長の目が心なしか細められる。

「三人だけ、ですか」

 そう入室者は呟き、まったく怯む様子も無く歩みを進めた。切れ長の目にへの字に結ばれた口を見ていると、物怖じしない人なのだろうと想像が付く。

「本当はクルー全員に挨拶が出来ると良かったのですが。聞いているかも知れませんが、エリル・ステイツと言います。色々あってお世話になります」

 そう言って、エリルはリーファに手を差し出した。リュウキと共に回収した、AGSのif操縦兵だ。リュウキ曰く信用出来るらしいが、こっちは初対面だ。幾分か警戒しながらその手を握った。髪が少し湿っており、リュウキと同じようにシャワーを浴びてきたのだと分かる。

「リーファ・パレストと言います。通信士を勤めさせて貰っています。こちらの男性が」

「知っています。久しぶりですね、兄様」

 手を離し、エリルはギニーの方へ身体を向けるとそう言った。

「……兄様?」

 思わず聞き返してしまったが、エリルは律儀に頷いた。

「ええ、そうです。と言っても、私は養子なので血の繋がりはありませんが。兄様にも良くして貰っています。こんな形でも、多少は恩が返せると良いのですが」

 そう言って困ったように微笑むエリルを見て、リュウキが信用出来ると言った理由が分かった。家族に恩がある、それだけでここまでついてくるような人だ。真っ直ぐで不器用、そういう人なのだろう。家族のいない身では、想像するしか出来ないが。

「……こんな事をしてまで、律儀にする必要は無いよ。生涯を棒に振っちゃって」

 ギニーにしては珍しく、声色に非難が混じっていた。エリルは少し考え、俯いたままでいるギニーの肩をとんとんと叩く。

 顔を上げたギニーの鼻先に、エリルはぴっと指を突き付けた。

「私はですね、兄様。そっくりそのまま、その言葉を返したいですよ。いえ、返します。兄様の事だから、どうせ何となく、流されてる内に、こんなとんでもない状況に居座ってるんでしょう?」

 ギニーは言葉に詰まり、気まずそうに視線を巡らす。兄と妹の力関係が如実に表れている。

「えっと、その。いや、考えはしたよ? でも、乗りかかった船って感じで。これ軍艦だけど」

「それを何となく、流されてる内にって言うんですよ。そんな兄様が私の事を非難出来ますか?」

「……驚いた、出来ない」

 項垂れるギニーを見ていると、助け船の一つでも出したくなる。しかし、ギニーはもう一度顔を上げると、自分から第二ラウンドを開始した。

「でもね、エリル。こんな状況だからこそ家族を巻き込みたくないんだよ」

「ですが、兄様。こんな状況だからこそ家族を捨て置けないでしょう?」

 再度言葉に詰まり、ギニーは腕を組んで熟考する。

「加えて言いますと、もう手遅れです。大人しく受け入れて下さい。それに、私は多少ですが頼りになるでしょう?」

 ギニーが起死回生の一撃を編み出す前に、エリルがとどめに入った。にやと微笑むエリルの姿は、勝利を確信して揺るがない。実際、ギニーはがくりと傾き、コンソールに力なく突っ伏した。

「ダメだー、エリルには勝てない」

「兄様、他の誰かには勝てるんですか?」

 突っ伏したままギニーは考える。そしてがばりと起き上がり、エリルの方を向いた。

「そういえば勝てない」

 エリルはその答えを受け、満足そうに頷いた。

「そこが兄様の良いところです」

「長所と短所って紙一重だよね」

 ギニーが苦笑しながらそう応える。そんな二人の様子を黙って眺めていたリュウキが、景気良く笑い出した。

 怪訝そうな顔を向けるエリルに、リュウキはひらひらと手を振って返している。

「いやな、本当に強情なんだなって思って。シャワーも後に浴びるから先にどうぞって言って聞かなかったもんな。俺個人としてはレディファーストを推したかったんだが」

「私は新参者ですから。それに、整備士の方と話しておかなければいけないですし。別に変な事ではありません」

 エリルがしれっと答える中、リュウキはこちらの方をちらと見て、小声で呟く。

「……な? こういう奴なんだよ」

 そう言って笑みを浮かべるリュウキは、私の不安を感じ取っていたのだろう。こういう奴だから心配ないと、言外に伝えてくれたのだ。

「ええ、まあ。仲良いですよね。羨ましいです」

 血の繋がりはないと言ったが、二人の間にあるのは家族という温かさだ。自分が無くしてしまった物だから、余計に眩しく見えるのかも知れない。

「うん? 俺で良ければリーファちゃんのお兄さんになってもいいぞ」

 そうリュウキが返してきたので、こっちは苦笑するしかない。

「嫌ですよ。リュウキさんみたいに、誰彼構わず美人だ可愛いだ言うような兄は嫌です」

「いや、大体俺が会う女性は美人か可愛いか。どっちかでな。エリルの嬢ちゃんは美人の方だよな」

 だから、そういう所がちょっとどうかと思うのだが。エリルも同意見なのか、同じタイミングで溜息を吐いてしまった。互いに顔を見合わせ、くすりと笑みを浮かべる。

「うんうん、仲が良いのは良い事だよな」

 リュウキは頷きながらそう言う。この展開も見越しての軽口だとしたら大したものだ。

「それで、イリアさんはどうしたんだよ。珍しいじゃんか、作戦終了後直ぐに席を外すなんて」

 ブリッジ内を見渡しながら、遂にリュウキは聞いてきた。話さない訳にはいかないだろう。そうは思っていても、どう切り出していいか分からない。

 そんな私の様子を察してか、ギニーが極力いつも通りの口調と声色で話し始める。

 黒塗りのBS、《フェザーランス》の艦長がイリアと知り合いだったらしいという事、《フェザーランス》の策略で交渉は決裂、AGSとは敵対したという事、《アマデウス》内部にAGS特務兵の侵入を許し、結果としてアストラルが重傷を負ったという事、そして。

「アストラルの息はまだあったけど、治療できる設備がカソードCぐらいにしかない。ので、アストラルを犠牲にしてここまで来た。そういう事か?」

 説明を聞き、リュウキはそう確認する。ギニーは頷き、力なく笑いかけた。

「そういう事。誰もイリアさんを責めたりはしないよ。僕ら全員が招いた敗北、その結果だと個人的には考えてる。問題は、当の本人はそう思っていないって事」

 この件に関して、ギニーの意見を聞くのは初めてだった。全員が招いた敗北、重い表現だがその通りだと思う。

「まだ負けちゃいない。土壇場で、一人でも立ってりゃ俺らの勝ちだ。未来が見えないだけで、諦めた訳じゃないんだろ」

 そう言って、リュウキはじっと考える。

「あいつにしたってそれは同じだ。イリア・レイスって女は、本人がどう考えようと最後に勝つから強いんだよ」

 そう言ってリュウキは歩き出す。その行き先は分かっていた。

「場所知ってる?」

 ギニーがその背中に問い掛ける。

「どうせ自分の部屋だろ? 他に閉じ籠もる場所ないもんな」

 そう返し、リュウキはブリッジを出て行く。

 全員が招いた敗北と言ったギニーに、まだ負けていないと返したリュウキ、どちらも正しいと思う。ギニーは過去を清算する為に言葉を使って、リュウキは未来を精査する為に言葉を使った。それだけの違いだと思うのだ。

 イリアはまだ過去を見ている。多分、自分もそうだ。

 見えないままの未来を、少しでも垣間見えればと。そう思い、じっと目を瞑った。

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