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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「停滞と滅相」
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描かれた思い

あらすじ


 カソードCから撤退した《アマデウス》は、言いようのない不安に蝕まれていた。AGSとの敵対、特務兵の強襲、そしてそれらがもたらした損失が、重くのし掛かってくる。

 何一つ清算できないまま、それでも少年と少女は行動せざるを得ない。

 その結果が、望むものではなかったとしても。

 Ⅲ


「一段落もここまで行くとあれだな。気が抜けてくるわ」

 そう言ってリュウキは大きく伸びをし、宣言通りの気の抜けた欠伸をした。if《カムラッド》の操縦席で、手狭ながらも寛いでいると言えるだろう。カソードCでの激戦から三日は経過しており、その殆どをこの操縦席で過ごしている。

『気楽な物ですね、リュウキ。私は頭がおかしくなりそうですが』

 エリルがそう返す。通信機越しでも、その口調は些か刺々しいと分かる。が、リュウキは気にせず笑って返す。

「ま、もうじき迎えが来るよ。そういう手筈になっててさ。《アマデウス》は《アマデウス》で大変だろうが、絶対に来る。愛しのお兄ちゃんもいるぜ、エリル」

 これ見よがしにエリルは溜息を返す。無理もない、かなり疲労が溜まっているのだろう。そのままじっと押し黙ってしまった。リュウキは短く笑い、作戦開始時からセットしているタイマーを眺めた。その数字は、もうじきこの漂流生活が終わることを告げている。

 だが、とリュウキは内心で焦ってもいた。自分一人であれば何の問題も無いが、エリルにとって三日間の漂流生活は相当な負担になっているだろう。多めに準備する、という癖が幸いし、エリルが使う分のバッテリーや生活キットを渡せたのは良かったが。

「正直よくやってると思うよ、エリルの嬢ちゃんは。宇宙でサバイバル生活出来る奴はそうはいない」

 多少の語弊はあるが、宇宙には何も無い。そんな中、狭い操縦席で三日間過ごすというのは、並大抵の精神力では勤まらない。

『リュウキ、貴方は随分と慣れているんですね。こういう状況に』

「んー、まあな。もっと最悪な条件で宇宙漂流してたから、この無愛想な操縦席が超一流スイートルームに思えるし、エリルの嬢ちゃんは文字通り天使に見えるんだわ」

 エリルの呆れきった溜息が返ってくるが、それは予想済みだ。

「冗談は抜きにしても、話せる相手がいるってのは良い。大体、エリルの嬢ちゃんがいなけりゃこうして逃げ出す事も出来なかったしな。そういう意味じゃ、天使に見えてもおかしくないだろう?」

 それはリュウキの本心でもあったが、こうして話し掛けているのはエリルの為でもある。誰かと話す、という事が何より支えになるのだ。そこを失うと、熟練の兵士ですら発狂しかねない。宇宙とはそういう場所だと考えていた方が、結果的に生存しやすい。

『では、やはり。リュウキはあの時、死のうとしていたんですか? カソードCのジェネレーターブロックに突っ込んで』

 エリルの言葉を受け、リュウキはどうしたものかと答えに窮してしまう。

「ああ、えっと。まあ、結果的にはそうなる予定だったかも、な」

『何だか答えがふらふらしてますね。自分の事なのに』

 エリルの声色には非難の色が混じっている。それも仕方がないとリュウキは自嘲気味に笑う。過程はどうあれ、死のうとしていた事は紛れもない事実だからだ。

「いや、な。あの黒塗りの《カムラッド》に、カソードC防衛隊まで加わったら、最悪生け捕りにされるだろ? あの時、あの状況で。俺が《アマデウス》所属だってばれちゃ話にならない。逃げられたならそれで良し、そうでなければ腹を括るつもりだったんだよ」

『死ななければいけない程の責務なんですか?』

 そんなエリルの言葉に、リュウキは見えていなくとも小さく頷く。

「ま、あいつの足手まといにだけはなりたくないからな」

 それこそ、足手まといになるぐらいなら死んだ方がマシだとリュウキは考えていたが、それは敢えて言わなかった。そんなことをエリルに伝える必要は無い。

『よく分かりませんが』

「こっちの問題だよ。あんまり気にしなくていい」

 リュウキはそう言うと、操縦席で軽く身体を動かし始めた。狭い操縦席で出来る動きなどたかが知れているが、じっとしていると身体に良くないのだ。

 そうしてリュウキが柔軟体操をしていると、手の端に何かが触れた。封がされたままの手紙で、触れた拍子に操縦席内をふわりと漂い始める。

「ああ、そういや」

 リュウキは呟き、漂う手紙を掴み取る。《アマデウス》から出発する前に、トワが渡してきた物だ。ゆっくり中を確かめている暇など無かったから、今の今までずっと忘れていた。操縦席内に持ち込み、シートの脇に挟み込んでいたのだ。

「トワの嬢ちゃんからの贈り物、ねえ。正直予想も付かないんだが」

 アストラルと一緒に書いた、とトワは言っていた。リュウキはびっくり箱を開ける心持ちで手紙の封を開け、二枚の紙を取り出した。スケッチブックを切り取った物だ。確か、アストラルの趣味は絵を描くことだと言っていた。これもアストラルの私物だろう。

 一枚目には判別不能な抽象画が描かれており、ミミズがのたくったような字でトワのサインが残されていた。これについてはどうコメントすべきか見当たらないので保留にしておく。

「おお、これは」

 二枚目を見て、リュウキはにやと笑みを浮かべる。そこには、物憂げな表情を浮かべたイリアの横顔がスケッチされていた。丁寧に描かれており、アストラルのサインもあった。これがよく描けていて、イリアは本当にこういう表情をする時があるのだ。ふとした瞬間に、思い出したように沈む。その瞬間の表情は、確かにこんな感じだろう。

「さすがはアストの嬢ちゃんってとこか。俺が一番好きな瞬間を切り取ってる。てことは」

 リュウキはもう一度一枚目を見てみる。トワが描いてくれた問題作だが、これも或いはイリアを描いた物なのかもしれない。二枚を見比べてみると、何となくそう思えた。

「イリアさんの絵、ねえ。いやまあ、嬉しいっちゃあ嬉しいんだが」

 絵の他には何も入ってはおらず、意図がちょっと分からない。

『何だか楽しそうですね』

 そんなリュウキに向け、エリルがぼそりと呟く。

「思い人が描かれた絵を貰ったんだよ。なんでかは知らないけど」

 まあ、意図に関しては帰ってから聞いてみればいいだろう。リュウキは二枚の絵をメインウインドウの端に挟み込み、浮かない顔をしているイリアに笑いかけてみた。

『思い人、ですか』

「そ、思い人。届きはしないけどな」

 そう答えると、リュウキはもう一度タイマーを眺める。

「さて、そろそろ《アマデウス》が来る頃だな」

『……無事だと良いんですけど』

 心配そうなエリルの言葉を受け、リュウキは思い人の絵をこつこつと指で叩いた。

「無事だよ。あいつは何があっても来る」

 その答えは打って変わって力強く、迷いのない物だった。

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