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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「少年と少女」
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檻の外


 ターゲットである白亜の武装試験艦、BS1に向けブラッシュマグ粒子砲とログファイト対艦ミサイルが放たれる。先程から《ローグロウ》が繰り返している行動だったが、未だBS1を沈めるには至っていない。直撃はおろか、届いてもいない。どういったカラクリか、或いは魔法か。完全に防がれている。

「艦長、やはり効果見られません。粒子分散剤でも使用しているのでしょうか」

 絶大な威力を誇る粒子兵器も、粒子分散剤を用いれば脅威ではなくなる。文字通り粒子を分散させ、ほぼ無力化できるからだ。

 だが、BS1が用いているのは違う何かだろう。粒子分散剤は何度も効果を発揮できる物ではない。次から次へと散布していない限り、こう何度も弾かれる筈はない。また、BS1はミサイルも防いでいる。粒子分散剤は粒子兵器にしか効果がない。

「違うな。ログファイトも着弾する前に爆散している。ログファイトだけ、もう一度撃ってみてくれ」

 再び《ローグロウ》からログファイト対艦ミサイルが放たれる。それらは寸分の狂い無くBS1に殺到し、先程から繰り返しているように一歩手前で爆散した。破片すらBS1に届かない。まるで傘を広げているかのように、BS1から逸れていく。

「そうか、大体分かったぞ」

 頭の中に蓄積された知識が、一つの答えを弾き出す。それは、別にカラクリでも魔法でもない。れっきとした技術だった。

「あれは盾だ。粒子兵器を応用したエネルギーフィールド。防衛拠点とかで見たことはないか?」

 ああ、というように気付いた顔を見せる部下だが、次の瞬間にはまた思案顔に戻っていた。

「しかし、あれは大型の出力器が必要になります。莫大なエネルギーも。大型艦だとしても難しいのに、あのBSは小型艦ですよ」

 その通りではある。実質ほとんどの攻撃を防ぐことのできる防御兵器ではあるが、その代償は大きい。粒子壁として展開するための出力器は小型化が難しく、どうしても場所を取る。高純度の粒子壁を展開するためにはエネルギーもまた、常時供給されていなければならない。

 それ故に、拠点などを防衛するには良いがBS用装備としては適していない。

 だが。だからこそだろう。

「両舷の武装ユニット、あの中身はほとんどが出力器だろう。そう仮定すると、BS1の武装は無いに等しいな。反撃が少ないのも頷ける」

 BS1が繰り出している攻撃は、低出力の粒子砲撃のみだった。それも散発的で頻度は少なく、こちらの散布している粒子分散剤で充分防げる。こちらが撃沈させられる要因はない。

「そんな。確かにそうすれば実現可能かもしれませんが、その為に武装を犠牲にするなんて意味が分かりません。優位性がない」

 当然の意見だ。そんな馬鹿みたいな出力器を背負い込むより、小型軽量の粒子分散剤発射管や迎撃機銃、追加装甲を採用した方がよっぽど使い物になる。

「だから武装試験艦止まりなんだろう。何で戦場に紛れ込んだのかは知らないが、まあ余程変わった奴が乗ってるんだろうな」

 正直に言って、優秀なBSではない。乗り込んでいるだろうクルーに同情の念が生まれるが、だからといって加減をするつもりもなかった。

「どうされますか、艦長。こちらの武装では、あのフィールドは抜けないと思いますが」

「攻撃を続ける。ブラッシュマグ、ログファイト共に撃ち込め。BS1を現ポイントから動かさないようにな。防御を続けさせてやれ。BS1への直接攻撃はifに任せればいい。向こうが出してきたのは一機だけのようだしな。それに」

 左手にはめたアナログ腕時計の文字盤を見据える。どんな時も律儀に時を刻み続ける秒針を眺めながら、油断も慢心もなく勝利を確信した。

「あいつの足なら、そろそろ着く頃だろう」

 腕時計から目を離し、光学処理されたBS1を見る。正確にはその背後、BS1が逃げ込んでしまったデブリの群集を見据えていた。





 ※


 激しく入り乱れる光点はリオ機の生存と、その不調を色濃く表現していた。

 そして《アマデウス》ブリッジ、通信士であるリーファ・パレストのヘッドセットからは、リオの必死な声もまた、痛いほど聞こえていた。

「リオさん、落ち着いて下さい。無理はしなくても大丈夫です。リオさん」

 何度も呼び掛けるが、その耳には届いてくれない。予期せぬ事態が起こっている。そこまでは判断できるが、何が起きているのかまでは分からなかった。

「リオ君、どうしたんだろ。まずいね」

 艦長席に座るイリア・レイスが、難しい顔をしてモニターを睨んでいた。敵BSからの攻撃は続いており、対実体対粒子用防御壁、開発コード・ウィンドフォールで何とか防いでいる。直撃する度にフィールド純度を表す係数は目まぐるしく変化し、ギニーが慌てて再調整をかける。リュウキは器用に操艦しながら出来る限り威力を減衰させようと、敵BSとの間に障害物が多くある回避ルートを選択していた。

「通信を聞く限り、機体の制御を失っています。BFSが誤動作を起こしているように聞こえますが」

 ひたすら逃げ惑う光点は、それでも攻勢に移ろうともがき、結局は叶わずに下がっていく。培われた回避技術は本物であり、リオ機が撃墜されることはまずないだろう。が、このままでは時間だけがじりじりと削られる。長期戦は不利であり、戦局を変えない限り、こちらの全滅は確実だ。

「リーファちゃん、リオ君にとにかく下がるように呼び掛けて。リュウキ、いつでも艦をかっ飛ばせるようにね。ギニー、フィールドの形成維持を続けるように。私がifで出るから、指示は……」

 腰を浮かせながら矢継ぎ早に指示を飛ばすイリアだったが、不意に考え込み、宙を漂いながらモニターを再度睨み付けた。

「なんか、嫌な感じがするなあ。なんだろう」

 ぽつりと呟くイリアの声を聞き、びくりと身体が強張る。

「やめてくださいよ、イリアさんの勘当たるんですから」

 リュウキが軽い突っ込みを入れながら、《アマデウス》をバレルロールさせて直撃を幾らか避けてみせた。このデブリの中、その場からほとんど動かずに回避行動をしてみせるという驚異的な操艦技術だが、不利を埋めるまでは到底届かない。

「それよりどうします、ジリ損ですよ!」

 ギニーが数値と睨めっこしながら必死にエネルギー管理を行う。本来なら防ぐだけで手一杯だが、ギニーの無駄のない調整は、こちらの粒子砲を何とか運用できるぐらいの余剰エネルギーを確保している。

 それぞれが自ら出来る最大限を出し合う中、イリアが差し出しているのは指揮能力とこの勘だった。イリアが危ないと言った以上それは危ないのだろうし、大丈夫といったら大丈夫なのだ。

 まだイリアの口から大丈夫といった言葉は聞こえない。それまでは自分も、出来ることをやって見せなければならない。

 今まさに戦っている人に、何とかして言葉を届けなければ。ヘッドセットに向け、とにかく呼び続けるしかなかった。





 ※


 《アマデウス》の構造がいまいち分からないのか、トワはふらふらと重力のない通路を漂っていた。ぶかぶかのTシャツが気流によって時折ふわりと広がるのを、面倒くさそうに直しながら、器用に壁や天井を蹴りながら宙を泳いでいた。何もしようがなく、じっとしてはいられず。さりとてどこへ行くでもなく、目的がない以上目的地もまた存在しない。そんな放浪の真っ最中であった。

 その様は主人の帰りを待ち焦がれる子犬のようにも、自由気ままな子猫のようにも捉えられる。が、どちらにせよ小動物的であろうことは変わらない。

 そんなトワの雰囲気が心なしか変わり、ふと足を止める。その場で姿勢を変えてじっと宙を眺め始めた。何もない壁面が広がるばかりだったが、トワの真っ赤な虹彩で彩られた瞳は、そんな無機質な壁面を見ている訳ではなかった。

 その赤が見据える先には……。







 ……ぞくり。

 何者かに見られたような錯覚に、《ローグロウ》所属のif操縦兵、マーシャは一度だけ身震いする羽目になった。肌が粟立つ感覚に舌打ちし、目前に迫ったデブリを避けてみせる。

 if‐I/b、通称《リンクス》の操縦席に腰掛け、それを操っている彼女は、《ローグロウ》から定期的に送信される白亜の戦艦、BS1の位置情報を参考にデブリの群集を突っ切っていた。

 一般的なifである《カムラッド》に比べ、マッシブで力強いシルエットを持つ《リンクス》は、その見た目通り堅牢な装甲と重武装を売りにした機体であり、ともすれば鈍重そうな印象を与えかねない。が、脚部に標準装備されたホバーユニットによって良好な機動性を発揮しているそれは、今まさにBS1へと高速滑走している最中だった。

 デブリの群集に紛れた背後からの奇襲攻撃という訳だ。ありきたりな手ではあるが、要は運用次第である。

 高性能故に高額な調達価格を誇る《リンクス》を任されたマーシャは、《ローグロウ》if部隊の中でも飛び切りの操縦センスを持つ女性だ。それなりに場数を踏んではいるし、その中にはひやりとする場面も当然ある。

 しかし、今彼女が受けた錯覚はそのどれも当てはまらない異質の、純粋な恐怖だった。得体の知らない何者かにじっと見据えられている、そんな恐怖だ。一瞬のことではあったが、フラット・スーツの中に着込んでいる薄手のインナーは、嫌な汗でうっすらと湿っていた。

 絶対に思い過ごしではない。そう思って気配を探るが、もう既にその視線を辿ることは叶わない。やはり、思い過ごしなのだろうか。

 予想外の心の乱れに乖離していく意識を、無理矢理戦場へと戻していく。今まで操縦兵としてそつなくこなしてきたというのに、ただ見られただけで何て様だ、情けない。

 そう自分を律し、再び戦場へと意識を集中させる。マーシャ特有の切り替えの早さであり、彼女の強みの一つでもあるが、それ故に気付くことができなかった。

 ただ‘見られた’だけ。マーシャは無意識の内に、‘見られた’という本来あり得ない状況を受け入れてしまっている。

 BS1の背後に出るその時は、すぐそこまで迫っていた。

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