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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「停滞と滅相」
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小さな身体


 連絡を受け、《アマデウス》医務室では慌ただしく迎撃の準備を進めていた。特務兵、白兵戦のプロフェッショナルが二名医務室に向かっている。イリアの連絡は医務室にいるクルーにとっては死刑宣告に等しい。

 重力係数も変化し、無重力ではなくなっていた。身体的な負担も増えている。

 医務室で待機していたアストラルは、重くなった身体に疎ましさを覚えながらも、周囲を不安にさせぬよう振る舞っていた。

 アストラルは冷や汗を手で拭い、受け取った短機関銃をじろじろと見る。正直、あまり得意な分野ではなかった。白兵戦など、訓練でもほとんど行った事がない。

「野暮な事聞きますけど。お二人ってこういうの得意だったりします?」

 ギニーの不安そうな声が聞こえ、アストラルは顔を上げる。ブリッジから駆け付け待機していたギニーだが、今は医務室の入り口にベッドを積み上げて簡易バリケードにしていた。テキパキと動きながらも、ギニーはそう問い掛けたのだ。不安なのはみんな同じらしい。

「医者が? 白兵戦が得意かって?」

 医務室の主、軍医であるアリサが鼻で笑いながらそう答える。短機関銃を構えてはいたが、驚くほど様になっていない。

「私はほら、格好いいスーパースパイだから。超強いよ?」

 口調こそ軽くしてみたが、患者衣姿に短機関銃をぶら下げているのだから説得力は皆無だろうと、アストラルは自嘲気味に思う。

「ですよね。自分も白兵戦とか苦手で。どうしましょうか」

 ギニーは苦笑しながらそう返す。今医務室にいるのは、アストラルと援護に駆け付けたギニー、軍医であるアリサ、待機を命じられたトワの四人だ。

 トワは落ち着いてはいるものの、時折明後日の方向を見ては不安そうに顔をしかめている。ワンピースの裾をいじりながら、雰囲気の変化を感じ取ったのか、医務室の面々をちらちらと見ていた。

 トワは白いワンピースを身に着け、その上から灰色のカーディガンを羽織っている。生地は薄く、デザイン性優先の小さなサイズの物であり、トワ自身の線の細さも相俟って頼りない印象を見る物に与えていた。

「トワちゃん、恐がらなくて大丈夫だからね。何とかするから」

 そんなトワの視線に気付き、アストラルはウインクをしながら短機関銃を掲げて見せた。完全に強がりではあったが、トワの不安そうな表情を見ていると何かしたくなるのだ。

「うん、恐くはないけど」

 トワはそう答え、左手の薬指に通したエンゲージリングを指でなぞる。

「そっちの心配ね。さすがはトワちゃん。でも、もうちょっと姿勢低くしようか」

 アストラルはトワに伏せているよう促し、小首を傾げながらもトワはそれに従った。

 今から襲撃を受けるのに、自分の心配ではなくリオの心配をしている辺り、さすがはトワといった所だ。遮蔽物の影で丸くなったトワを見て、猫みたいだとアストラルは状況も忘れくすりと笑う。

 簡易バリケードを設置し終わったギニーが扉から離れる。扉から離れた位置に、これまたベッドを倒して身体を隠せるようにしているのだ。今自分達は、そのベッドを倒した遮蔽物に潜んでいる。

「こんなベッドで弾が防げるのか不安だけど」

 ギニーは呟きながらその遮蔽物に身を隠し、扉に向け短機関銃を構える。

「不安になるような事言うな」

 アリサがそう返し、同じように短機関銃を扉に向けた。

「ギニーさんはあれだよね、思った事ぽんぽん言うよね」

 アストラルは呆れながらそう言うと、二人に倣って短機関銃を構える。

「確認しとくけど」

 アストラルがその姿勢のまま話を続ける。

「私達じゃあまず勝てない。ここから弾をばらまいて、イリアさんが駆け付けるまで時間を稼ぐ。出来る事はそれぐらいだよね」

 ギニーは頷き、アリサは溜息を吐く。戦力比で言えば三対二で勝っているが、こちらは全員白兵戦は不得手だ。その中でも出来る事と言ったら、最早これぐらいしかない。

「結局イリアさん任せっていうのが情けないけど」

 アストラルがそう締め括り、じっとその瞬間を待つ。

「物音。警戒して」

 扉の向こうに物音を感じ、アストラルが警告を発する。長い時間待つ必要はないようだ。特務兵の動きは早く、また無駄がない。イリアが間に合わないと言うのだから、今扉の向こうにいるのは特務兵だ。

 異変は直ぐに起きた。扉の端が音を立てて赤熱化し、赤い線が四角形を描く。何事か分からず、アストラルを含めた三人が、その赤い線を呆然と眺めていた。

「危ない」

 姿勢を低くしたままのトワが、小さいがよく響く声で呟く。その声が聞こえたと同時に、扉とその前のバリケードは吹き飛ばされていた。特務兵は少量の爆薬を用いて、扉だけを吹き飛ばしたのだ。

 その音に一瞬怯むも、すぐに状況を把握してアストラルは扉のあった方向へ短機関銃を撃つ。ギニー、アリサもそれに続き、複数の銃撃音が着弾の火花を散らす。通用路に潜んだ特務兵を牽制する為の銃撃だ。否、三人の技量では牽制しか出来ない。

 それでも、こうして三人が発砲している間は特務兵も動けない筈だ。

 短時間でも場の有利を得る唯一の方法、白兵戦の不得手な三人が出来る、最大の迎撃策がこれだった。

 だから、それ以上の事は予想出来なかった。銃撃など意に介さず、特務兵は素早い動さで何かを医務室に投げ入れた。

 アストラルが目でそれを追う。その投擲物、手榴弾を見て、一気に血の気が引いていく。弧を描いて飛来するそれを視界に捉えた所で、何か出来る筈もない。医務室の中心、もっとも最適だと思われる位置で、手榴弾は炸裂した。

「きゃ……!」

 アストラルの短い悲鳴も、その甲高い炸裂音で掻き消されていく。

 炸裂してから、それが爆発と破片で殺傷を狙う手榴弾ではなく、音と光で抵抗力を奪う閃光弾だと分かった。それを認識した所で、視界と聴覚を潰された三人が出来る抵抗は皆無に等しいだろう。アストラルの視界は光で塗り潰され、目眩に似た症状に襲われ倒れ込む。

 足音も何も聞こえない。それでも、アストラルは特務兵がすぐそこまで迫っていると分かった。だから、恐くはあっても行動を決めた。

「トワちゃん、外に逃げて!」

 視界はぼやけ、三半規管も狂っているのか頭がくらくらしている。そんな状態であっても、アストラルは短機関銃を握り締めてそう叫んだ。叫んだと思う、自分の声もよく聞こえない。

 アストラルは囮になろうと遮蔽物から飛び出す。ぼやけた視界には、特務兵だろう影が映っている。特務兵は動じる様子もなく、カービン銃を素早くアストラルに向ける。

 対して、アストラルが出来る事はもうほとんどない。勝ち目が無いのは最初から分かっている。相手が容赦しないだろう事も知っている。全て承知で飛び出した。だからこれはただの、命を質に入れた時間稼ぎに過ぎない。

 特務兵がすぐに撃たなかったのは、相手が誰か確認していただけだ。それもすぐに済む。アストラルが短機関銃を構えるよりも、特務兵がカービン銃のトリガーを引く方が早かった。

 特務兵の持つカービン銃が、ガスの抜けたような音を伴って銃弾を数発吐き出す。アストラルを殺すには、それだけでも充分過ぎる。間の抜けたような音をしていても、その一発が致死に値するのだから。

 多分、これで死んでしまうだろう。それでも、少しは時間を稼げたに違いない。数瞬後に訪れる死を自覚して、アストラルは目を瞑る。

 それと同時に。いや、それよりも遙かに早く。横合いから衝撃を受け、アストラルは床に倒れ込んだ。アストラルを貫く筈だった銃弾は、壁に弾かれて砕ける。誰かが飛び込んで、もつれるように床に引き倒してくれた。幾分か回復した視界で、アストラルはその恩人の姿を見た。

「……トワちゃん?」

 アストラルがぼやけた視界で捉えたのは、他でもない。あの閃光弾の後とは思えない程、まったく怯まずにトワは動いたのか。

 トワは一度こちらを見ると、小さく首を横に振った。何も言わずとも分かる。トワはアストラルの捨て身の行動を非難している。その赤い目が、悲しく揺れるのをアストラルは確かに見た。

 トワは視線を外すと、じっと明後日の方向を、特務兵達を見た。非難という可愛いものではない。敵意に等しい感情を目に宿し、トワは特務兵を睨む。

 特務兵は一瞬たじろぐが、思い出したようにカービン銃を構える。しかし、構えるよりも早くトワは動いていた。

 白いワンピースを翻しながら特務兵に詰め寄り、トワは右手を無造作に突き出す。型も何も無い、ただ手を強引に振り抜いただけの掌底が、専用の訓練を受けた特務兵を壁まで突き飛ばしていた。特務兵のものだろう、くぐもった呻き声が聞こえる。

 もう一人の特務兵は、素早くナイフを抜いてトワに襲い掛かる。両腕を狙った斬撃をトワは身を捩るようにして避け、その勢いのまま回転、特務兵に裏拳を叩き込んだ。

 重武装の特務兵が、冗談のように宙を舞う。事実、それを行ったのが小柄な少女なのだから、冗談を通り越して恐ろしい。

 トワは一瞬の攻防で二人の特務兵を殴り飛ばした。捲れた白いワンピースを片手で雑に直し、トワはアストラルの方へ駆け出した。その目があまりに心配そうにこちらを見ているからだろう。アストラルは自然と微笑み、差し出された手に、そっと手を伸ばす。

 何か嫌な感じがする。視界の端に動きを捉え、アストラルはトワの背後を見た。最初に掌底を叩き込まれた特務兵が、倒れた体勢のままこちらにカービン銃を向けている。

 アストラルはトワの手を握り、強く引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。そのまま特務兵に背を向け、きょとんとしているトワの顔を真正面から見た。

「じっとしててね、トワちゃん」

 背後に死が迫っていると考えると、恐くて震えそうだったが。こうしたいと思ったのだから。

 間の抜けた銃声が何回も聞こえる。その度に背中を殴られている感覚に襲われ、情けなく四肢が震えた。恐くても、痛くても。目の前の少女には出来るだけそれを伝えないように。

「つ……」

 貫通した弾がトワの腹部を掠め、小さな悲鳴が漏れる。薄い身体では弾丸を止める事も出来ないのだろうか。姿勢を維持出来ず、もつれ込むようにアストラルはトワの上に倒れた。このままでは重いだろうと、アストラルは四肢に力を籠めて身体を浮かせる。

「……アスト?」

 トワの呟きがやけに小さく聞こえる。トワの視線はアストラルの身体に向けられていた。幾つか貫通してしまったのか。背中だけではなく、腹部からも青い人工血液が零れてしまっていた。トワの白いワンピースの上に、青いゲル状の血がぼとぼとと落ちていく。

「ごめん、おニューの洋服汚しちゃった……?」

 退こうとして果たせず、再びトワの上にもたれ掛かる。力を入れようにも、どこをどうしたら力が入るのか、アストラルはもうよく分からなくなっていた。

 まあ、自分にしては上等な方だろう。アストラルは自嘲気味にそう考えると、トワについた傷を想った。

 跡が、残らなければ良いのだけれど。

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