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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「停滞と滅相」
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ドッグ・ファイト


 まるで有機物かのようにうねり、こちらを啄もうと蠢いていた有線砲がぴたりと制止する。前後は不明だが、リュウキがもたらした好機だろう。

『リオさん、《アマデウス》急速発進します。手筈通り援護を』

 リーファの指示が入るが、そんな事は百も承知だ。この機を逃せば次はない。

「そうだね。問題は」

 通信越しでも分かる用意周到な殺気、黒塗りのBSの正体、《フェザーランス》だ。あれがどう動くのか読めない。

 if《カムラッド》の装甲越しに伝わる振動と、脈打つ数値、流れていく光景から《アマデウス》の発進を確認する。

 今自分の操縦する《カムラッド》は、《アマデウス》下部に設けられたハッチから身を乗り出している状態にある。端から見れば逆さまだろうが、こと宇宙空間で上下など大した問題ではない。

 《アマデウス》は小型BSに該当するが、本来BSにあるだろう装備の大半がない。その分機動性は良好だが、迎撃機銃の一つも装備されていないのだ。

 元々《アマデウス》は武装試験艦というカテゴリーであり、実戦想定はされていない。管制能力を備えた小型艦船を中心部として、両舷の武装ユニットを交換する事で兵器の運用実験を行う為の艦である。

 《アマデウス》は先進的な防御装置を装備しており、こと防御力に関しては並外れた数値を叩き出す。が、それは《アマデウス》が静止して、余剰エネルギーを全てその装置に回した時の話だ。加えてこの装置は大型であり、《アマデウス》は粒子砲を二門搭載するのがやっとである。

 そして、今《アマデウス》は持てるエネルギー全てを加速に用いている。攻撃も防御もできない。

 そこで自分の出番となる。とどのつまり、迎撃機銃の代役という訳だ。

 リオは《カムラッド》に、両手で保持したTIAR突撃銃を構えさせた。高速で流れる宇宙の向こうから、光の奔流が追縋ってくる。敵if部隊の追撃だ。見える数は少なくはないが、最大加速で離脱しようとする《アマデウス》に追い付くのは困難を極めるだろう。

 先頭の一機に照準を合わせ、有効射程まで待つ。照準システムの判断を待つまでもない。トリガーを引くと、その胴体にめがけて鉄鋼弾がフルオートで降り注ぐ。

 先頭の一機は難なく回避するが、回避の仕方がまずかった。見る見る内に離されていく。

「ifの巡航スピードはBSに比べれば遅い。最大速度を維持しなければ、そうやって周回遅れになるんだろうね」

 必然、当たれば致命傷となる鉄鋼弾の群れを直進しつつ回避しなければ、《アマデウス》には追い付けない事になる。

 フルオート射撃のまま、両手のTIAR突撃銃を追縋る敵機に叩き込んでいく。向こうが反撃をする前に、先んじてその敵機に鉄鋼弾をお見舞いする。普段使用している箱型弾倉では六十発程度しか装填できないが、今装填している丸形弾倉なら三百発は装填できる。その分重量も嵩むが、固定砲台と化すなら重量は関係ない。

 断続的に射撃を続けながら、徐々に《アマデウス》と敵機との差が開いていくのを実感した。ここまでは順調だ。

 後方に捉えていたカソードCが、見る見る内に小さくなっていく。有線砲は最後までその役目を果たせなかった。多少は撃たれる事を想定していたのだが。だが?

「いや、おかしい」

 例えジェネレータブロックに打撃を与えても、全ての有線砲が機能しないなんて事はない。どんなにリュウキが手を尽くしても、if一機の携行火力では完全にジェネレーターブロックを破壊することなど不可能だ。瞬間的に無力化は出来ても、すぐに復旧する。そうでなくては、AGSの要塞としては不十分だ。

「リーファちゃん、何かおかしい。もしかしてAGSは」

 急速に演算する頭が一息に停止し、別の歯車ががちりと噛み合う。

 カソードCを中心とした迎撃部隊は既に遙か後方、もう脅威ではない。だが、自分達はそれとは違う用意周到な殺意をぶつけられた筈だ。

「ミユリさん、装填済みのTIARを。あいつらが来ます」

 回線を切り替え、格納庫で待機している整備士のミユリに指示を出す。ミユリはws《ラインパートナー》で、再装填の補助を行っている。

『それはいいが。あいつらって誰だ、リオ』

 アクティブレーダーに反応が出る。そう、忍び歩きは向こうの方が上手い。

「黒塗りの奴らです。《フェザーランス》とか名乗っていましたが」

 ミユリが用意した再装填済みTIAR二丁を、《カムラッド》に構えさせ真横を見る。

 黒塗りのBS、当人達の言う通りなら《フェザーランス》が併走していた。息を潜めつつ大回りで《アマデウス》を追跡し、こうして追いついたのだろう。

 《フェザーランス》から出撃した黒塗りの《カムラッド》二機も、併走しつつこちらの様子を伺っている。

 黒塗りの《カムラッド》二機は、背中に大型のブースターが増設されていた。使い捨ての簡易ブースターを用いて、一時的にでも《アマデウス》へ肉薄する事が狙いだろう。この状況は、やはり相手に想定されていたのだ。

「リーファちゃん、速度は落とさずにゆっくりと《アマデウス》を上昇させられるかな。この位置は射角が取れない」

 相対位置から見て、多少なりとも《アマデウス》が上昇していけば《フェザーランス》の上方を取れる。無論、相手もそれを警戒して動くだろうが。これは、言わばBS同士のドッグ・ファイトだ。艦長の指示と操舵士の腕が試される。そういう意味では、リュウキの不在は痛い。

『リオさん、進言しました。えっと、何とか射撃の届く位置取りをしてみるそうです』

「了解、頼むよ」

 当面の相手は黒塗りの《カムラッド》だ。あれに近寄られ、こちらの推進力を潰されたらそれで終わる。

 先ほどの迎撃戦とは違う。追い払うのではなく、致命傷を与える為に狙いを付ける。猶予はない。トリガーを引き、二丁のTIAR突撃銃による掃射を開始する。

 黒塗りの《カムラッド》二機は狙い澄ましたかのように散会し、回避に徹しながらも位置を変えていく。目立った反撃がないのは、おそらく対BS用の武器を搭載しているからだ。肩で担ぐように構えた巨大な無反動砲は、BSの装甲も破砕可能だろう。だが、この距離で撃っても効果が薄いことは向こうも気付いている。肉薄してエンジンに一撃、速度が落ちたところを回り込んでブリッジに一撃、それで片が付く。

 その一撃さえ当てれば向こうの勝ち、その一撃さえ凌げればこちらの勝ちだ。

 TIAR突撃銃から吐き出される鉄鋼弾はすんでの所で避けられてしまう。あれだけ大きな装備を抱えながら、よくもまあ避ける。

「埒があかない。ミユリさん、E‐7ロングソードとワイヤーガンを出して下さい。作業用であった筈です」

 このまま掃射を続けても的中は難しいだろう。どんなに照準に技巧を凝らしても、結局は固定砲火でしかない。相手が手練れならば当たる筈がない。

『あるにはあるが。綱渡りでもするつもりか?』

 声色に一抹の戸惑いを忍ばせながらも、ミユリは装備を運んできてくれた。

 一度格納庫へ引っ込み、《カムラッド》の左手にワイヤーガンを、右手にE‐7ロングソードを装備させる。

 ワイヤーガンは、強靱なワイヤーの先端に銛が付いており、主に作業用に用いられる装備だ。ワイヤーを反対側に射出して宇宙空間に簡易な道を作る事が出来る。今回はそんな使い方はしないが。

 E‐7ロングソードはいつもの実体剣で、《カムラッド》の身の丈近くもある長剣、或いは長刀だ。

「水中戦闘の要領です。多少《アマデウス》に傷が付きますが」

 ゆっくりと説明している猶予はない。《カムラッド》をハッチから飛び出させ、左手に装備したワイヤーガンを《アマデウス》に向け射出する。ハッチ真横に突き刺さったのを確認し、ざっと敵機の位置を把握する。こちらの奇行に面食らっている今が好機だろう。

 《アマデウス》は最高速度で航行している。その《アマデウス》から飛び降りるという事は、その慣性から取り残されるという事になる。今目の前に漂っている宇宙は、その実目に見えない濁流となっている訳だ。一度巻き込まれればそこに引きずり込まれ、ぽつりと置いてけぼりになる。

 濁流に対処する方法というのは幾らでもある。もっとも初歩的なのが、命綱という奴だろう。しっかり縛って、それを頼りに手繰り寄せる。今やっている事は、つまりそういう事だ。

 ワイヤーガンのロックを解除し、慣性から切り離されたリオの《カムラッド》が猛然と黒塗りの《カムラッド》に迫る。意図に気付いた時には遅い。単純に接近するのとは訳が違う。《アマデウス》の最高速度から切り離されたのだから、《カムラッド》の落下速度はそれと同義だ。

 接触する寸前に、右手に装備したE‐7ロングソードで黒塗りの《カムラッド》を袈裟斬りにする。左上から右下に掛けての斬撃軌道は、速度の相乗効果も加わり必殺の重みを持つ。

 その必殺の斬撃軌道を、黒塗りの《カムラッド》は抱えた無反動砲を犠牲にすることで凌ごうとした。E‐7ロングソードの長身の刃がいとも容易く無反動砲を引き裂き、離れようとした黒塗りの《カムラッド》の胴体を刃先が掠める。

「それは読めてる」

 E‐7ロングソードを振り抜いた勢いのまま、流れるように左足を突き出す。落下速度を維持したままの蹴りは今度こそ黒塗りの《カムラッド》の胴体を捉えた。操縦席前の装甲が凹み、落下速度を引き継いで宇宙の黒へ落ちていく。殺傷は出来ていないが、一機は濁流に呑まれた。もう浮かび上がる事は出来ない。

 まだもう一機いる。先ほどの攻防でこちらの《カムラッド》の左足は使い物にならなくなった。他にもそこかしこで警告音が鳴っているが、全て無視して次の相手を見据える。

 奇行による不意打ちはここまで。敵の練度ならもう意識は切り替わっているだろう。

 残った黒塗りの《カムラッド》一機は、射撃姿勢を維持しながらこちらに無反動砲を構えている。それ以外の装備は無いのか、或いは通用しないと悟ったのか。いずれにしても、随分と分かりやすい構図が出来ていた。

 こちらの得物はE‐7ロングソードだけ、向こうの得物は無反動砲だけ。こちらは今から詰め寄って斬りつけるし、向こうはそれを砲弾で迎撃する。

 《カムラッド》に備わっている全てのバーニアを蒸かし、落下軌道を強引にねじ曲げる。ワイヤーガンで繋がれた左腕への損傷度合いが跳ね上がっていくが、気にしてはいられない。

 こちらの取れる進行ルートはただ一つのみ。それを理解した上で黒塗りの《カムラッド》は無反動砲を構えている。そのルートに合わせて砲弾を放たれれば、こちらは強引に避けるしかない。強引に避けたが最後、《カムラッド》の左腕は限界を超え、濁流に呑まれていくだろう。

 真っ直ぐそのルートを突き進みながら、リオの《カムラッド》は黒塗りの《カムラッド》へと落ちていく。息を吸い、E‐7ロングソードを構える。狙うは上から下への、縦一文字の斬撃軌道ただ一つ。

 今だ。瞬間的に反応しなければ回避出来ないという距離で、黒塗りの《カムラッド》の無反動砲が砲弾を吐き出した。回避はしない。ただそのタイミングと同時に、狙ったままの斬撃軌道をE‐7ロングソードは描いた。

 息を吐く。悠長に結果を確認する暇はない。飛来する砲弾を、縦一文字に斬っただけだ。上から下へと描いた斬撃軌道は、そのまま下から上への斬撃軌道へ変わる。その斬撃は、無反動砲を構えたまま、未だに行動出来ずにいる黒塗りの《カムラッド》の右腕を斬った。斬り落とした右腕ごと、無反動砲が宙を舞う。

 素早く右肩のハードポイントにEー7ロングソードを固定し、空いた右手でその無反動砲を拝借する。

 尚ナイフを抜いて応戦しようとする黒塗りの《カムラッド》を、右足で蹴りつけて振り払った。慣性の濁流に呑まれ、あっという間に引き離されていく黒塗りの《カムラッド》を横目に捉えながら、ワイヤーガンを使って《アマデウス》へ戻る。伸ばしたワイヤーを巻き取っていき、要所でバーニアを蒸かして微調整する。左腕の負荷限界を超えた旨が表示されたが、強引に巻き取って《アマデウス》ハッチにへばりつく。流れるようにハッチ内へ滑り込み、右手で無反動砲を構える。これで片が付く。

「リーファちゃん。後先はいい、急速上昇」

 無反動砲の残弾は四発。これであの黒塗りのBS、《フェザーランス》に借りを返せる。

『了解、急速上昇します』

 一拍置いて、《アマデウス》が瞬間的に上昇した。逃すまいとカウンター気味に上昇した《フェザーランス》だが、今この一瞬だけはその全貌がよく見える。

 立て続けに四発、砲弾を黒い船体に叩き込む。放たれた砲弾は狙い通りに《フェザーランス》へ突き刺さり、四つの火球が黒を覆い隠していく。

 撃沈までは至らなかったが、《フェザーランス》に打撃を与えることはできた。黒煙を吐きながら離れていく《フェザーランス》を見据え、用済みとなった無反動砲を外へ投げ捨てる。

 これでカソードC本隊も、《フェザーランス》も追跡は困難だろう。何とか最悪の事態だけは避けられた形になる。

『まったく。無茶の大盤振る舞いだ! よくifが保ったな、リオ』

 ミユリの声色は心配半分賞賛半分といったところだ。

「ミユリさんがしっかり整備してくれたお陰ですね」

 この《カムラッド》の左腕はもう使い物にならない。丸ごと交換することになるだろう。左足も同様で、被弾がないだけマシ、といった具合だ。むしろ、被弾もしていないのにこの損傷、と言う事も出来るが。

『さすがにひやひやしました。これで……』

 リーファの安堵の声がかき消えていく。言葉を切った訳ではない。通信機器の故障を疑うが、それ自体は正常に稼働していた。

 そして、停止していた別の思考が再び演算を開始した。あっさりと引いていったカソードC本隊、稼働しなかった有線砲の真意とは。

 《フェザーランス》の意図が《アマデウス》の撃沈であるならば、それはAGSの本懐ではない。AGSはあくまでトワの情報と、それに伴う利益を望んでいた。

 《フェザーランス》の意図は別として、AGSは《アマデウス》を無傷で拿捕しなければいけなかったのだ。それには、有線砲の火力もif部隊の機動力も決定打にはなり得ない。もっと原始的な手法だ。そう、例えば。

『リオ、《アマデウス》後方、展望室で爆発があった! しかも通信機器のほとんどが使い物にならない。考えたくないがこれは』

 ミユリの切迫した声がその考えを裏付ける。そうだ。古来より船を拿捕するのなら、火砲の撃ち合いなんてしない。

「特殊部隊による白兵戦ですか。AGSの狙いはこれだったと」

 船に飛び乗って、乗員を確保してしまえばいい。手段は海賊のそれと変わらないが、今行われている事はそれよりも格段に高度だ。カソードCでの交渉中、秘密裏に《アマデウス》に取り付き、今このタイミングで侵入したのだろう。

『ああそうだ。しかもこっちのシステムが次々と破壊されている。上等なプログラムだ。ほぼ全自動なのに、着実に要所を破壊している。《アマデウス》がBSからただの鉄の塊に変わるまで、そう時間はかからないぞ』

 《アマデウス》のシステムを丸ごと破壊し、乗員も確保する。その後に、カソードC本隊が駆けつけて拿捕する。初めから、AGSは交渉する気などなかったのだ。或いは、交渉しつつも予防策として忍ばせていたのか。特殊部隊が《アマデウス》に取り付くだけの時間が稼げれば、AGS側に有利な状況が出来上がる。

 対if戦闘ならまだしも、白兵戦に耐えうる人員は《アマデウス》にはほとんどいない。この時点で、一気に戦況は向こうに傾いたと言える。

 最悪の事態は、まだ避けようもなくそこに迫っていた。

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