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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「停滞と滅相」
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二人の答え


「ああまったく! こういうのは俺の領分じゃないんだが!」

 悪態を吐きながらリュウキは《カムラッド》を操縦し、敵弾の雨をかいくぐる。消えたと思った黒塗りの《カムラッド》二機は、また影のように現れた。今度はジェスチャーも容赦もない。二機とも突撃銃を構え、掃射による制圧と単発射撃による致命の一撃を狙ってくる。まだましな方だろう。時間を掛ければ掛けるほど、カソードC本隊によるif部隊も駆け付けるだろうし、有線砲を起動されればそもそも逃げ切る事は困難だった。

 リュウキが操縦している《カムラッド》の装備は、あくまで隠密作戦用であり直接戦闘はどうしても不利となる。CP‐23狙撃銃、両手使用が基本となる大型の狙撃銃で、特性上近距離でのif戦闘には向いていない。

 右脚にタービュランス短機関銃、左肩にES‐1ナイフが装備されており、こちらは近距離戦闘向けだが二対一で勝てるとは思えない。

 腰に括り付けたMTR2榴弾砲も、if相手に的中させることは困難だ。二機のifに追われただけでこの状態なのだから、増援が来れば抵抗すら無意味だろう。

 必然、この黒塗りの《カムラッド》二機だけが障害となる今、行動を確定しなければならない。リュウキはコンマ数秒にも満たない逡巡の末、どうすべきか決めた。

 幾度目かの掃射を凌いだ後に、リュウキの《カムラッド》はカソードCに向け急速接近を仕掛けた。有線砲はうねり、その粒子砲撃の網が前方を遮る。《カムラッド》を直接狙った物ではない。防御用の粒子砲撃であり、蜘蛛の巣状に粒子の網が形成される。

 リュウキは呼吸を意図的に操った。瞬時に息を止め、その一時だけは黒塗りの《カムラッド》二機も、その突撃銃による掃射も意に介さない。

 リュウキは、《カムラッド》の両手で構えたCP‐23狙撃銃の照準をマニュアルで操作する。繊細な照準を瞬間的に操り、素早く二発だけ発砲。息を吐く。

 もう弾丸の推移はどうでも良い。黒塗りの《カムラッド》二機の猛攻を避けるため、リュウキは更にカソードCへと接近していく。

 CP‐23狙撃銃から放たれた形成炸裂鉄鋼弾は、カソードCのジェネレーターブロックに直撃した。一撃目で表面装甲にダメージを与え、続く二発目で直接ダメージを狙う。

 一時的に出力に揺らぎが生じた有線砲の網をぎりぎりですり抜ける。リュウキは《カムラッド》で回避機動を取りながら、CP‐23狙撃銃を続けざまに発砲する。狙いは全てジェネレーターブロックであり、多少の誤差はあるものの着実にジェネレータブロックへダメージを与えていく。

 そもそも、リュウキの役割はジェネレーターブロックの完全破壊ではない。数秒だけでも有線砲の機能に障害を生じさせ、かつ奇襲という有利性を生かして錯乱するという作戦だった。それだけならば、こうしてカソードCに近付く必要はない。

 それどころか、近付けば近付くほどカソードC本隊と合流する危険が発生する。だというのに詰め寄ったのは、予想外の事態に対応する為だった。

 数十発の形成炸裂鉄鋼弾による損傷は、決定打にはなり得ない。何しろ目標はセクションのブロックを丸ごとジェネレーターに変更した物である。if一機の携行火力ではどうにもならない大きさだ。

 だからこそ、こういう切り札も必要となる。リュウキの《カムラッド》はカソードCに肉薄し、腰に括り付けてあるMTR2榴弾砲を左手で構えた。一発使い捨ての対BS用兵器、こういうこともあるかもしれないと、リュウキが装備重量を許容してでも用意した物だ。

 この距離では自滅を避ける為、有線砲による迎撃はまず不可能だろう。防衛部隊も間に合わないとなれば、この一撃は文字通りの致命傷となる。

 トリガーを引き、空になったMTR2榴弾砲を即座に破棄する。BSの装甲すら貫通し、致命的な爆発を引き起こす炸裂砲弾は、ジェネレーターブロックの表装をいとも簡単に突き抜け、所定の性能通り爆発した。

 爆発の衝撃波から逃れる為、リュウキは《カムラッド》を大きく後退させる。ジェネレーターブロックの表装が内側から抉れ、黒煙と衝撃波を宇宙に吐き出している。完全に破壊とは言えないが、損害は確かに与えただろう。

 衝撃波に操縦席を揺さ振られながら、リュウキは改めて状況を整理する。

 一時的に引き離したが、黒塗りの《カムラッド》二機はこちらを諦めてはいない。すぐにでも追い付いて戦闘再開となる。近距離戦闘に入られたらまず勝ち目はないだろう。

 加えて、カソードC本隊によるif部隊も接近している。レーダー上に見える機数は一機だけだが、黒塗りの《カムラッド》二機と合わせれば合計三機、三対一の構図が出来上がる。勝ち目が無いどころか、降伏した方が手っ取り早い。

「ああ、まったく」

 ただ、今の状況で一番やってはいけない選択肢がそれだった。正確には、生きたまま負ける事は許されない。リュウキはもの悲しげな笑みを浮かべ、自分の考えが間違っていないことを時間の許す限り検証する。

 イリアはどのような形であれクルーの生存を望む。だが、ここで仮に自分が捕らえられた場合、AGS側はこれ以上ない程の証拠と交渉材料を得る。それは、イリアと《アマデウス》を窮地に追い込む事になるだろう。それだけは避けなければならない。

 今から三機のifを相手にすれば、ほぼ間違いなく捕まる。ifという兵器は、人型である以上損傷に弱い。両腕が損壊しただけで、機能のほとんどが使い物にならなくなる。

 勝ち目はない、逃げられるかどうかは運次第、負けて死ぬのならまだしも捕らえられる事は避けなければならない。絶対に。

「要するに、他にやれることもないんだろう?」

 リュウキは自分に言い聞かせ、検証の時間を終えた。何を犠牲にすれば良いのか、もう疑う余地はなかった。

 リュウキは《カムラッド》を、ジェネレーターブロックに向かって前進させた。黒煙は既に霧散したが、内部はまだ燻っているように見える。《カムラッド》自体を一個の爆発物として扱い、ジェネレーターブロックにさらなる打撃を与えると同時に証拠を抹消する。これが一番確実で効果の高い方法だと、リュウキは生存を放棄して考えた。

 眼前に迫るジェネレーターブロックの穿孔が、いつか見た地獄と重なる。兵士という存在価値を追い求めていれば、幾らでも見ることになる地獄が。それが自分に降り掛かる事も、納得した上でこうしようと決めたのだから。

 迷いも後悔もない。ただ少し哀しいだけだと、リュウキは《カムラッド》の速度を上げる。何が哀しいのかも本当は定かではない。強いて言うなら、命の優先順位をきっちりと決めなければいけない場所に立っているというのは、哀しいかもしれない。優先順位は明確で、敵よりも自分であり、自分よりも味方だ。

 リュウキはちらとレーダーを確認する。後方に位置する黒塗りの《カムラッド》二機はもう障害とはなり得ない。今からこちらの意図を察知しても追い付くことは不可能だ。

 問題は、カソードC本隊による増援部隊だ。向かっているのは一機だけだが、思っていたよりも足が速い。このまま進行してくれば、恐らく真横から強襲される。

 その一撃さえ凌げば、後はジェネレーターブロックへ突っ込んで爆発してみせればいい。サッカーのPKのようなものだと、リュウキは苦笑しながらその一瞬を待つ。PK、この場合ボールは自分自身の命であり、防がれてもゴールしても死が待っているのだが。

 あともう少しという所で、案の定そのタイミングはやってきた。カソードCを大きく迂回する形で、一機のifが巧みな戦闘機動を用いて接近してくる。機種は《カムラッド》、右手に突撃銃を保持している。反撃は考えない。

 この速度のまま突っ切れば、突撃銃を数発貰うだけで済む。急所さえ避ければ、それでこちらの勝ちだ。

 その時が来たとリュウキは感じ取った。相手も凄腕ならこちらも凄腕、その行動タイミングはある程度推し測れる筈だ。身構え、横合いに飛び込んでくるだろう《カムラッド》の動きを注視する。発砲のタイミングを読み、致命傷を避ける為に。今か今かとその瞬間を待っていたが、リュウキの目に飛び込んできたのはまったく別の行動だった。

 迫る《カムラッド》は、あろう事か突撃銃をこちらに放り投げた。一瞬攻撃かと思いひやりとしたが、ゆっくり自転しながら飛来してくる突撃銃に危機は感じられない。

「ああ? えっと」

 意図が分からず、リュウキは困惑の声を上げる。投げた方も無茶苦茶だが、何となく受け取ってしまったこちらも無茶苦茶かも知れない。

 放られた突撃銃は、計算されたかのように目の前に飛来したのだ。自動操縦で空いている左手が動き、気付いたらそれを受け取ってしまっていた。

 武器を投げて寄越した《カムラッド》は、目にも止まらぬ速度でリュウキの操縦する《カムラッド》の背後に付き、素早く抜いた大型拳銃を構える。狙いは黒塗りの《カムラッド》、続けざまに発砲していく。

 敵だと思っていた《カムラッド》が、武器を放り投げて寄越したばかりか、黒塗りの《カムラッド》に向けて攻撃している。奇異な状況にリュウキは困惑するばかりだが、簡潔に考えると答えは一つのみだった。

「敵ではないって事か!」

 リュウキは《カムラッド》に急制動を掛け、命を質に入れた突撃を中止した。左手には受け取ったTIAR突撃銃が、右手には装備したままのCP‐23狙撃銃がある。狙いは正面、カソードCジェネレーターブロックに空いた大穴だ。

 トリガーを引く。連動して放たれる無数の銃弾が、再びジェネレーターブロックを黒く染めていく。

 友軍登録がされたのか、背後で援護の火線を上げている《カムラッド》の情報が開示されていく。

『繋がりましたか。いきなりで失礼ですが、貴方は《アマデウス》所属の操縦兵ですか?』

 女性の声が響き、リュウキは一瞬驚く。後ろで援護をしてくれている《カムラッド》の操縦兵だろうが、人の声を聞いたのは久しぶりだった。

「うーん、手伝って貰っておいて何だが、答えられない。そっちは?」

 まだ信用するわけにはいかないし、この期に及んで罠かも知れない。疑うのは当然だが、中々自分勝手な事を言っているとリュウキは自嘲気味に微笑む。

『失礼しました。臨時編成によりカソードCに編入されたエリル・ステイツです。知り合いが《アマデウス》にいるもので、こうして何だかよく分からない事をしています。後には引けませんので、連れて行って貰えないでしょうか?』

 自嘲気味な自己紹介を受け、リュウキは思わず笑ってしまった。

「いや、ちょっと待て。エリル・ステイツ?」

 聞き覚えのある名前だ。リュウキは一瞬で記憶を探り、該当する名を見つけ出した。

「あいつの妹か!」

『ええまあ。それより、決断を早く。相手の練度が高い、抑えるのにも限界がある』

 エリルの声に焦燥が混じる。それもそうだろう。黒塗りの《カムラッド》二機を、大型拳銃で抑えるのは無理がある。それを可能としているのはエリルの技量と状況だ。敵にとっても、この状況は予想外なのだ。だから思考に隙が生じる。隙の生じた操縦兵は、まず回避に徹するものだ。

「分かった、信じよう。こいつは返す。ところで」

 リュウキは決断し、受け取ったTIAR突撃銃をエリルの《カムラッド》へ返却した。

「こいつをもうちょっと痛め付けておきたいんだが」

 ジェネレーターブロックの事だ。エリルの《カムラッド》はTIAR突撃銃を受け取り、対if用手榴弾を二個、ジェネレーターブロックの穿孔へ投げ込んだ。一拍置いて対if用手榴弾は炸裂し、炎と破片が再びジェネレーターブロックを掻き乱す。

『よろしいですか?』

 エリルの涼しげな声に、リュウキは状況も忘れ腹から笑ってしまった。笑いながら状況を精査し、脱出ルートを模索する。一機では博打だが、二機いれば。

「上出来、惚れちまいそうになったよ」

 リュウキは笑ったままそう返し、友軍登録を済ませたエリルの《カムラッド》に情報を開示する。

「じゃあ撤退だ。暫定的だが指揮権は俺な」

『お好きにどうぞ。従いますよ』

 リュウキの《カムラッド》とエリルの《カムラッド》が、黒塗りの《カムラッド》へ向け迎撃の火線を上げる。狙いは同じ黒塗り、エリルの《カムラッド》がTIAR突撃銃で牽制し、リュウキの《カムラッド》がCP‐23狙撃銃で的中を狙う。

 捉えた。CP‐23狙撃銃の形成炸裂鉄鋼弾が、その隙を穿つ。黒塗りの《カムラッド》の右腕が肩ごと吹き飛び、相手の動きに迷いが生じた。好機だ。

「うし。エリル、行くぞ!」

『了解、援護します』

 リュウキの《カムラッド》は退路へ向け動き、エリルの《カムラッド》が完璧なタイミングで援護の火線を上げ追従する。

 エリルの腕は中々の物だ。この調子で動けば問題無く撤退できる。しかし、想定よりもカソードC本隊の抵抗が無い。此所に来ていないという事は、別の方に出払っているという事だ。

「こりゃ、貧乏くじ回しちまうかな……そっちは頼むぜ、リオ」

 《アマデウス》がどんな状況に陥っているかは想像に難しくない。リュウキは一人呟き、頭を振って操縦に集中する。

 やれることはやったのだ。今は、近くて遠い戦友を信じるしかなかった。

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