再会の爪痕
あらすじ
《アマデウス》はAGSの軍事セクション、カソードCへの寄港を余儀なくされていた。AGSの目的はトワとその情報。《アマデウス》が守るべきは今の状況とトワ。
罠と罠、策と策が雌雄を決する事になるだろう。
Ⅱ
棘や針といった鋭利な物は、見る者に恐怖と警戒を与える。そういった意味では、この要塞の本質を如実に表しているとも言えるだろう。
カソードC、AGSが建造、運用している軍事用制宙セクションだ。基本的な外観は通常のセクションと変わりはしない。
通常のセクションと軍事用のセクションは、そもそも見た目だけでは判別が難しい。違うのは中身だけであり、同一の規格を持って建造されたセクションである以上、それは仕方のない事だった。
それでも、カソードCの持つ外観は明らかに民間のそれとは違っていた。棘や針、恐怖と警戒、そのセクションには有刺鉄線が張り巡らされていた。
無論、本物の有刺鉄線ではない。宇宙に浮かぶセクションと、その周囲に張り巡らされた有刺鉄線の群れ。その群れは、棘は小刻みに動いていた。
それは、短く有線砲と呼称されている。セクションのブロックを、一つまるごとジェネレーターとして活用した制宙兵器である。棘のそれぞれが独立した粒子砲として稼働し、センサーが捉えた目標をたちどころに粉砕する。張り巡らされたワイヤーケーブルの上を粒子砲が滑り、全方面に大して絶大な制圧効果を発揮している。死角などない。AGSが築いた宇宙を隔てる壁、その一つだった。
その有刺鉄線の中枢へと、《アマデウス》は潜り込んでいく。招かれながらも招かれざる客である《アマデウス》を、有刺鉄線は身震いしながら迎え入れた。
《アマデウス》格納庫にて、リオは空気の変質を感じ取った。殺意や敵意という物は、どんな装甲の上からでも突き刺さるものだ。
高性能を誇る《オルダール》は前回の戦闘で撃破されている。今搭乗しているifは《カムラッド》で、予備部品を集めて組み立てた急造品だった。特別なカスタマイズも何もされていないが、問題はないだろう。本来はこちらの方が主流である。
「随伴してたBSは離れて待機、か。有線砲の巻き添えを避ける為かな」
《カムラッド》操縦席で、知り得る限りの周辺状況を把握していく。いざ突破となった時に警戒しても遅いからだ。
今《アマデウス》は、軍事用セクションであるカソードCに入港しようとしている。
だが、中に入ってしまえば全てAGSのペースで話は進んでしまうだろう。遠回しな停泊の拒否を、今からイリア主導で行う筈だ。
そこから先はイリアに任せるしかない。交渉がうまく行けばそれで良し、決裂すれば強引に突破する。
自分の役割はそこであり、先んじてカソードCに到着している筈のリュウキも同じように立ち回る。自分は内から、リュウキは外から《アマデウス》の突破を支援する。
トワは相当に渋ったが、アストラルと共に医務室で待つという事で同意してくれた。今回の件はトワにも関係しているという事を、あの子なりに理解しているのかもしれない。
要するに、何事もなく交渉が終わればそれで良いのだ。そうすれば、わざわざ戦う必要もない。リュウキも行きと同じように隠密行動を取りながら離脱し、《アマデウス》と合流出来る。出来るのだが。
「リーファちゃん、ちょっといいかな?」
そううまく行く筈がないと、心の奥底で思っているのも事実だった。こと作戦が始まってみるとそれが真に実感出来る。例え敵視されていたとしても、ここまで敵意を感じる道理もない。多分仕掛けてくる。
『どうしました、リオさん』
即座にリーファの返答がきた。小声なのは、今まさに交渉の真っ直中にあるからだろう。
「そっちの音声を回して欲しいんだ。イリアさんとAGSの、交渉の音声。嫌な感じがするから、危なくなったら即座に動きたい」
少しの沈黙の後に、サブウインドウが立ち上がった。リーファが寄越した物だろう。
『今送った回線から聞ける筈です。それと、何かする前は一声掛けて下さい。突発的に動かれても困ります』
小声のままだったが、リーファは注意をするのを忘れていない。突発的な事態には突発的に対処するしかないのだが。
「ありがと、努力はしてみる」
送られてきた回線を盗聴する。丁度《アマデウス》が停泊を拒否した所だろう。
『物資の補給だけなら、《アマデウス》は外でやった方が効率良いと思いますよ? 立派な砲台が一杯ありますし、まず敵襲も無いんでしょう?』
イリアの声が続ける。含みを持たせた言い方だ。
『それに、こうなることは想定済みでしょ? お互い必要な物がはっきりしてるんだから、本題に入りませんか? 時間を掛ける所ではないんじゃないかな』
随分と切り込んだ言い方だ。一気にイリア側が詰め寄った形になる。
『時間がないのはお互い様か。そうだな。もてなす準備が無駄になってしまったのは残念だが』
基地指令だろうと思われる男の声だ。
『お茶はまたの機会に。問題は、貴方が何を得る為にどれだけ犠牲を許容するかだと思いますけど。決定権は、確かに貴方にありますよ』
またも挑戦的な言い回しだ。詰め寄ったイリアが、そのままの勢いで押し切るのか。
『権利は互いにあるものだと認識している。助け合いたいものだと思っているよ。そう考えているのは私だけかね?』
基地指令がやんわりと返す。イリアのペースには乗りたくないのだろう。だが感触は悪くない。言外に交渉の余地があると言っているようなものだ。
この分なら問題はないだろう。どこまで情報開示するのかは気になるが、イリアがその点で間違える筈もない。
ただ、周囲を取り巻く敵意が消えたわけではない。これまでずっと、《アマデウス》は予想の上をいく事態に襲われてきた。
気は抜かない方がいいだろう。イリアの言った通り、決定権はこちらではなく、向こうにあるのだ。
※
リュウキの操縦するif《カムラッド》は、カソードC後方を見下ろせる地点にいた。宇宙空間で見下ろすも何も無いが、有線砲の索敵範囲ぎりぎりとなるとそれぐらいしか取れる位置は無い。
黒色迷彩を施したマントでif全体を覆い、じっと残骸の一つに潜み一体化している。
リュウキの《カムラッド》は特殊な装備をしていた。両手で抱えたCP‐23狙撃銃、右脚にはタービュランス短機関銃があり、左肩にはES‐1ナイフが固定されている。腰には一発使い捨てのMTR2榴弾砲が括り付けられており、他にも予備バッテリーや各種弾丸を携行していた。長期に渡る隠密任務をこなす為に、リュウキ自らが厳選した装備だ。
カソードC後方に位置しているのには訳がある。有線砲は強力かつ死角が無いが、弱点もあった。小型の高速目標に対する命中率の低さと、莫大なエネルギー消費だ。AGSはこれらの弱点を、数と質量で補った。無数に設置することで手数を上げ、ジェネレーターブロックを建造することでそれらを稼働させている。
つまり、有線砲はジェネレーターが万全でないと所定の性能を発揮できないということになる。リュウキがこの位置で潜んでいるのは、有事の際にジェネレーターブロックに打撃を与え、《アマデウス》離脱の隙を作ることが目的だった。
まだ《アマデウス》からの指示はなく、リュウキはこれまでと同じようにじっと待機をしている状態にある。緊張の糸を張り続けるのは困難だが不可能ではない。終わりが見えているのなら尚更だろう。
そして、リュウキはその終わりを見据えて行動していた。じっと推移を見守り、静かにその時を待つ。
「そろそろ動きがあるかな。いきなり蜂の巣はごめんだが」
誰に聞かれることもない呟きで戦意を保ちながら、リュウキはじっと目標に意識を向ける。勿論周囲への警戒も怠ってはいなかった。
だからこそ、操縦席に伝わった振動がこの世の終わりを思わせる物に感じられた。
遅れて鳴った接近警告が、間の抜けた快音を響かせる。
「忍び歩きはお互い様かよ、くそ」
最悪の事態に、リュウキは悪態を付くしかない。黒塗りの《カムラッド》が真横に付いており、抵抗する間もなくナイフをこちらの操縦席にあてがっていた。
「どうするつもりだ、こりゃあ」
よく見ると、ナイフを突き付けている黒塗りの《カムラッド》は、空いた方の手で人差し指を口に当てるような動作をしていた。
「黙っていろって事か? 何を」
そう呟くが、同時にリュウキは目を見開く。奥に控えていたもう一機の黒塗りの《カムラッド》が、何をしようとしているのか分かったのだ。
狙撃銃を構えたその一機は、こちらを一瞥するとカソードCに向けて数回銃撃を行った。
着弾地点はジェネレーターブロック至近であり、偶然外れたようにも見えるかもしれない。
溶け込むように消えていった二機の黒塗りの《カムラッド》と、入れ替わるように索敵の網が降り注ぐ。身を屈めた所で隠れられる訳がない。警告音が鳴り響き、有線砲が賑わい始める。
馬鹿な狙撃手が撃ってきた。カソードCはそう捉えるだろう。そして、今この場には自分しかいない。馬鹿な狙撃手は俺という訳だ。
「そういうことか。くそ」
どうあってもここで《アマデウス》をご破算にしたい奴がいるらしい。リュウキは罠に掛けられた自分を顧みながら、慣れ親しんだ残骸から《カムラッド》を飛び出させた。慣性を均等化する為にマントを捨て去り、どうすべきか考える。
たった一手で状況を覆された。最悪の開戦だ。
※
事態が急変したようだ。《カムラッド》の操縦席で、リオは最初の一手を打ち込まれたのだと確信した。
『カソードCが直接攻撃を受けたようだ。所属不明のifも確認したが、これは相互理解に必要な事かね?』
カソードC基地指令の発した、冷たい言葉がそれを物語っている。
『所属不明のifまで私のせいにされても困ります。理解に必要な全ては、最初から貴方に委ねていますよ?』
平静を装ったイリアの返答が、その温度をかき消そうとする。ここで交渉が決裂したら最悪な形での戦闘開始となる。それだけは避けるべきだろう。
『ふむ。では……いや少し待て』
基地指令の言葉が不意に途切れる。一手目で出鼻を挫き、二手目で足下を掬う。その二手目が迫っている。通信回線が繋がる時の、特徴的な機械音が響く。
『こちらは《フェザーランス》艦長、キア・リンフォルツァン。特務の為周辺宙域を哨戒中だが、当該セクション周辺にて識別不能のifを確認した。付近にこちらの部隊を展開しているが、あれは敵として見て宜しいのか?』
その声色はひどく冷たい。内奥した殺意が、業火の果てに冷え固まるように。《フェザーランス》、キアという名前を頭の中でふるいに掛けていく。知らない筈だが、どうも頭に引っかかる。
『こちらの部隊はすぐにでも行動可能だが。あれは敵か、或いは知り合いだったりするのかな?』
キアと名乗った男の一言はどこまでも冷たく、そして効果的だった。意図的に繋げられた通信回線は、こちらに向けた宣戦布告だ。イリアはどう返すのか。次の一言で一蹴出来なければ、交渉の余地はなくなる。
『キア。貴方が、何で』
戸惑いを隠せないイリアの一言は、故にとどめでしかない。交渉は決裂した。
『イリア。慈善事業は楽しいかい?』
キアは冷笑と共にその言葉を返した。その節々に、一縷の暖かさを感じたのは気のせいだろうか。思案する間もなく、また冷え固まった殺意を漂わせたキアは溜息を一つ吐いた。
『まあ、再会の挨拶はいい。さて相互理解の時間だ。所属不明機の扱いを決めよう。イリア、君に委ねてみようか』
イリアは何も言わない。いや、言えないのだろう。充分に準備をしたし充分に計画した。それでもこうして想定外は起きるし、きっとキアはそれを折り込んでイリアを追い込んだ。イリアという天才を倒す唯一の方法、それを見事成功させたのだ。その時点でこちらの完敗だ。
『だんまりか、困ったな』
だからこれは、キアの勝利宣言に他ならない。
『司令。カソードCに被害が出た以上所属不明機は敵機として撃墜。関与の疑いのある《アマデウス》は拿捕しますが、宜しいか』
キアの言葉はどこまでも冷たい。機械のような精密さでこちらを刻んでいく。
『やむを得ない。状況を開始する』
基地司令の最後通牒が空しく響き、漂った敵意の群れが明確な殺意に切り替わっていく。
『ということだ。大人しくした方がいい。当たりどころが悪いと悲惨だろ?』
言外に沈めると言っているキアの声が、事態の重さに拍車を掛ける。行動すべき時が来た。来てしまった。
「リーファちゃん、応戦開始。ここから逃げないと」
意識を集中させる。最早会話に意味はない。操縦桿、グリップを握りしめ、簡潔に状況を整理していく。
『え、リオさん、その』
今からカソードC領域外まで退避しなければならない。難しくはない、《アマデウス》の足の速さならば可能だ。最高速度到達まで、追縋る敵ifをはたき落とすのが自分の役割となる。
「混乱してる場合でも嘆いてる場合でもないよ。動かないと」
搭乗しているif《カムラッド》を立ち上がらせ、装備してあるTIAR突撃銃を構える。右手に一丁、左手にも一丁、どちらも巨大な丸形弾倉が装填されており、この《カムラッド》は簡易の固定機銃と化していた。
「問題は有線砲だけど。リュウキさんに任せるしかない」
《アマデウス》下部ハッチが開き、そこから《カムラッド》の上半身をのそりと出す。両手のTIAR突撃銃を構え、ゆっくりとその時を待つ。
有線砲はうねり、まだその牙はこちらに向けられていた。




