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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「停滞と滅相」
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渡したい物


 ブリーフィングから三日経った今日、状況の一つが開始される。AGSの軍事拠点であるカソードC、そこへの到着まで後五日を切っていた。

「で、わざわざ見送りか。相変わらずそういうところは律儀だな、リオ」

 《アマデウス》後部、通称展望室でリュウキは苦笑しながら答える。リュウキの言うように、今自分はトワと共に見送りの挨拶に来たのだ。しばらくは入れないからという理由で、リュウキはシャワーを浴びていたらしい。

「律儀も何も。リュウキさんには負担掛けちゃいますし」

 本来リュウキは、《アマデウス》のブリッジクルーとして操舵士を勤めている。しかし、今回の作戦ではifを用いて特殊な立ち回りを要求されていた。

「ifに予備バッテリーと物資を積んで、長期間宇宙空間で待機する。やっぱり、無茶があるように思いますが」

 これから数日もしない内に、《アマデウス》はAGSの護衛艦二隻と合流する事になる。護衛とは名ばかりの見張り役らしいが、その監視の目が届かない内にリュウキは出撃する必要があった。

 言わば伏兵であり、カソードCで行われる交渉が決裂した際、突破口を開く重要な一手となる。

 問題は、カソードC到着まで後五日はあるという所だ。これからリュウキは、五日の間ifの中で過ごす事になる。誰にも見つからないように、暗い宇宙の中に一人で。宇宙を漂流した自分だからこそ、その行為がどれほど無謀か分かる。宇宙という空間は、一人でいるには広すぎる。

「無茶だけど無理でもないんだなあ、これが。それに、適材適所って奴でもある。俺は真正面からの切った張ったは人並み程度だが、裏でこそこそするのは得意なんだよ」

 あっけらかんとした様子でリュウキは答える。

「得意、ですか」

 あまりにもリュウキが落ち着いている為、続く言葉が出て来ない。

「そ、得意。そういう作戦が多かったし、慣れの問題ってのもあるかもしれないな。携帯型トイレとか、いざって時に説明書読んでも遅いだろ?」

 そう言ってリュウキは豪快に笑って見せた。さっぱりとした人だと思ってはいたが、ここまでとは思わなかった。

「トワの嬢ちゃんも見送りかい?」

 トワはこくりと頷くが、さりとて何か言うわけでもない。あまり話す方ではなくとも、《アマデウス》のクルーに対しての人見知りは解消してある筈だが。

「トワ、どうしたの?」

 押し黙ったままのトワにこちらからも問いかけた。ちらと目線を寄越して、トワはまたリュウキに向き直った。今の目は多分、何か考えている時の目だろう。

「リュウキは高いんだね。驚いた」

 リュウキは何を言われたのか分からず、問う目をこちらに向けた。まあそうだろう。トワの言葉には大事な一言が抜けている。

「えっと、背が高いって事です。トワから見ると」

 もっとも、リュウキの身長は取り立てて高い訳ではない。トワの基準がそもそも低い為、そう感じるだけだろう。

「背か。普通というか、平均的な身長なんだけどな」

 その平均的な身長よりも低いのが自分で、トワの基準はまずそこにある。

「僕もそれぐらいは欲しいなって思ってます」

 自分の低身長は気にしている事の一つなのだが、トワにとってはお構いなしだ。声色に多少の妬みが入っているような気もするが、仕方のない事だろう。

「でも、リオはそれぐらいの方が良いと思うの」

 この話題を持ち出した張本人が何か言っている。それぐらい、という言葉から突き刺さるようなニュアンスを感じるが、トワの表情は真剣そうだ。

「だって、リュウキと私はこんなに違うけど」

 そう言うと、トワはリュウキの横に並んで見せた。トワがそもそも小さいのだが、こうしてみると身長差がある二人だ。

「リオと私はあんまり違わないよ?」

 次にトワはこちらの横に並んだ。あんまり違わないというのは大きな誤解で、頭一つ分トワの方が小さい。この差は凄く大きいのだ。

「それで、何で僕はこれぐらいの低身長が良いのさ」

 半ばやけになりながらトワに聞いてみる。わざわざこういった話題を持ち出したのだから、納得のいく答えが欲しいものだ。

「うん、それはね。こうすると……」

 制止する間もなく、トワはするりとこちらに抱きついた。ボディソープの匂いと仄かな熱が身体を包み、真っ赤な光彩で飾られた目が上目遣いにこちらを正面から射止めている。

「……凄く近いでしょ?」

 囁くように聞こえたトワの声は、何らかの魔力でも帯びているのだろうか。ぞくりとした感覚と同時に力が抜けそうになったが、人前でそんな無様な姿は見せられない。理性を総動員してその熱を遮断すると、トワの肩に手を置いてやんわりと引き離した。

「理由は分かったけど、いきなり抱きつくのはダメだって」

 事前に抱きついていいか聞かれるのも困るが。若干不満そうな表情をしているものの、文句なくトワは離れた。

「何だよお前ら。見送りだって言っときながら仲の良さをアピールしに来たのか?」

 苦笑しながらリュウキは肩を竦める。少なくとも自分は見送りに来たつもりなのだが。トワの身長談義で全部持って行かれてしまった。

「まあ、こういう感じの方が俺は好きだけどな。さて、そろそろ準備もあるし、俺は行かないと。ああ、続きは自由にしてていいぞ」

 トワを刺激するような事は言わないで欲しかった。ちょっと期待値の上がった表情をこちらに向けるトワを視界の隅に捉えながら、歩き始めたリュウキの背中を見届ける。

「あ、そうだ」

 トワが思い出したかのように声を上げ、ぺたぺたと駆け出す。スリッパの快音が響き、訝しげに背後を振り返ったリュウキとトワの目線が合った。

「どうした、トワの嬢ちゃん」

 トワは懐から手紙を取り出し、それをリュウキに差し出した。この艦内の何処にそんな代物があったのだろうか。

「紙の封書なんて何年ぶりかねえ。これを俺に?」

 リュウキは受け取った手紙をまじまじと見ながら問いかける。こくりと頷き、トワはその手紙を指さした。

「長い間外で大変だって聞いたから。アストと一緒に書いたの」

 トワなりに考えていたようだ。できれば、身長談義よりもその手紙を優先して欲しかったのだが。

「そうか。じゃあ、今見るのは何か勿体ないな。ありがとな、嬢ちゃん」

 貰った手紙をひょいと掲げて見せ、リュウキは再び歩き出す。それを見届け、トワはこちらに戻ってきた。

「忘れないでよかった」

 安堵したような表情を浮かべるトワに、本当に忘れていたのかとちょっと不安になる。これは、マイペースの内に入るのだろうか。

「まあ、そうだね。手紙書いたんだ」

 少し意外でもあった。アストラルと相談し、二人で書いたのだろう。

「書いたの。アストが手伝ってくれたから」

「お仕事頑張ってね、みたいな感じ?」

 手紙の内容について聞いたのだが。よく分からないといった表情を浮かべ、トワは考え込んでしまった。

「えっと、手紙は何を書いたのかなあって」

 トワは合点がいったのか、手をぽんと合わせて頷いた。

「アストと私が別々に書いたんだけどね。リュウキが好きなものを書いといたの」

 リュウキが好きなもの。思い当たる節はなく、考えてみても思い付きそうにない。

「好きなものかあ。何だろ」

「ふふ。何でしょう」

 そう言うと、トワは魅惑的な笑みを浮かべた。リーファやイリアを彷彿とさせる笑みで、ほぼ間違いなくその二人から影響を受けている。こうして小悪魔女子の英才教育を経て、トワも昔は無邪気で可愛かったのにと思う日が来るのだろうか。

 まあ、楽しそうに笑ってくれる分にはどちらでも良いのだが。それに、楽しげにこちらの様子を伺っているトワは、まだ小悪魔というよりも小動物の方が近しい。

 リュウキの出立は準備が出来次第すぐだろう。その手紙の内容を確認するのがいつかは分からないが、戻ってきた後に聞いてみるのもいい。

 カソードC到着まで後五日間。まだ、その姿すら見えてはこない。

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