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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「介在と裂傷」
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策士二人


 とにかく形だけでも休むようにとクストに言い寄られ、三十分だけ休む事になってしまった。渋々艦長室に帰ってきたはいいが、素直に休めるようなイリアでもなかった。溜息を吐いてソファに倒れ込み、言われた通り形だけでも休むよう眼を閉じた。眠気も疲れも感じている余裕がない。仮眠を取っておかなければならない事は分かるが、ぐるぐると頭の中を巡る‘これから’を思うと居ても立ってもいられなくなる。

 今時作戦を、短期的に見れば上々の出来だろう。H・R・G・Eの包囲網を切り抜け、宇宙で漂流したリオを無事見つけた。後遺症もなし、部隊損害も許容範囲内であり、負傷者はいるものの死者はいない。

 だが、長期的に見るとそうも言っていられなかった。AGS本部からの命令はカソードCへの寄港だ。表向きは臨時補給となっているが、場所が物騒過ぎる。カソードCとは、AGSの軍事用‘制宙’セクションであり、それ自体が強固な拠点となる。どう考えても、友好的な対応とはいかないだろう。

 AGS本部が求める物は、まず情報だろう。性急に《アマデウス》を押さえに来る場合も考えられる。どちらにせよ《アマデウス》が、自分が取るべき結末はそう多くはない。

 AGSを敵に回さず、トワの情報を切り売りし、トワ自体を守り抜く。カソードC、つまりAGSのお膝元で、一体どれだけの手札を切れるのか。それは、自分の頭の中で組み立てていく他ない。その為に必要なのは時間であり、今時作戦で失った大きな物だ。

 無論、クルーの命と時間では比ぶべくもない。ないのだが。

 溜息をもう一度吐き、イリアは天井を見上げた。

 命令違反は論外だ、即刻包囲を受け確保される。それを抜け出しても、補給が受けられない状態では生きていく事すら不透明だ。

 AGSのフィールドで、AGSと敵対しないようにこちらの我を通す。クルー全員と、トワを守りきるにはそれしかない。

 トワとアストラルの負傷も懸念事項だろう。トワが《プレア》に搭乗したことで、あそこまで身体に影響が出るとは思わなかった。今はもう回復しているようだったが、これから戦闘状況になった時にどうしたらいいのかは見当も付かない。トワをどう扱う事がお互いにとって最善なのか、見出せないでいる。

 アストラルの負傷も想定外だった。負傷の度合いで言えば、アストラルのそれは軽度に値するだろう。だが、問題はアストラルが使用している人工血液の予備だ。大掛かりな施術が多く、人工血液の残りは少ない。これも何処かで調達しなければ。

 内外に不透明な事が多く、見通しを立てる事が難しい。それでも、どうにかして状況を有利に傾けなければ。

 用意できる手札は少なく、それを持ってしても勝ち目は少ない。せめてもう少し時間があれば、別の手も考えられるのに。

 悔しさが込み上げる。暗唱地帯に潜んでの隠密行動を、たった一発の粒子砲で台無しにされ、危険に晒された。考えが足りなかった。あれだけ痛め付けられて、まだ尾行していたとは思わなかったのだ。

「あの黒塗りが、いつも邪魔する」

 正体不明の黒塗りのBS、今回の戦闘は、あれが仕組んだ事だろう。前回の戦闘で艦載機のほとんどを失い、撤退したとばかり思っていたが。

 時計を見ると、まだ五分も経っていなかった。再び溜息吐き、イリアは思案の海に沈んでいく。今度こそは、選択を間違うわけにも、迷うわけにもいかない。

 イリアにとっては、長く辛い休憩時間になりそうだった。





 ●


 今自分が腰掛けているソファを除き、装飾品らしい物は一切見受けられない。そのソファの所為で、個人の部屋と言うよりは応接間に見える。こういった部屋が持つ雰囲気に触れると、自然と背筋が伸びてくるものだ。

 問題は、ここが応接間ではなく、《フェザーランス》艦長、キア・リンフォルツァンの私室だという所だろう。《フェザーランス》艦長室、そのソファに腰掛けながら、艦長補佐であるリード・マーレイはそれと気付かれないように溜息を零した。

 テーブルと向かい合って座っているのが艦長であるキアで、その背後にはあの少女が佇んでいる。相も変わらず微動だにせず、人形のようなという第一印象を拭うことはなかった。

「つまり、三機の《カムラッド》と三名の操縦兵しか寄越せないと」

 リードは渋面のままキアの返答を待った。今の説明を統括するとそういうことになる。今《フェザーランス》が保有しているif戦備は一機のみだ。これに補充分の三機を併せても、実働可能が四機というのは心許ない。

「そういうことだな。AGS本部も全面的にこちらを信用している訳じゃないのさ。厳しいが、弱音を吐いても始まらない。どう使う?」

「二機を一分隊として、二分隊運用が妥当でしょう。あくまで用途を奇襲に絞る必要がありますが」

 リードの答えに、キアは頷いて返した。

「忍び歩きが基本って事だな。問題はこの状態で《アマデウス》とやり合うかも知れないって事だ。他はどうとでもなるが、あれとやり合うには全てにおいて足りない」

「と言うと、やはり《アマデウス》との戦闘が?」

 《フェザーランス》自体の損害はないが、艦載機のほとんどを撃破された。本来ならしかるべき所へ寄港し、戦備を整えるのが妥当だというのに。幾ら何でも無理をし過ぎていると言外に付け足しながら、リードは問う目をキアに向けた。

「避けられないだろうな。そういう指令を受けた。見え見えの罠を《アマデウス》に仕掛けるようだ。カソードC、AGSの軍事用‘制宙’セクション、カソードシリーズの一つだが。それに《アマデウス》は寄港しなければならない。どう考えても一悶着ある。AGSはあそこでイリアの腹積もりを推し量るつもりだし、場合によっては確保も視野に入れている」

 カソードC、軍事用セクションとして建造された、それ自体が防衛拠点として機能する代物だ。周囲を無数の有線砲台が取り囲み、ifを複数運用出来る。そこに呼び込むということは、退路を無くすという以上に威圧感、征服感を相手に与えるだろう。名実ともに、AGS本部は《アマデウス》を確保するつもりだ。

「イリアも感づいてるだろうが、何とかしてAGSと敵対せずに事を済ませようとするだろう。そうでなければ律儀に命令に従う必要もない。《アマデウス》の航路を見るに、イリアは話し合いでどうにかするつもりだ。カソードCに奴は来る」

 航路を見るにとキアは言ったが、身に纏った薄ら寒い気配と凍てついた眼はそれ以外は無いと雄弁に語っていた。イリアという人間は必ず来ると、そう確信しているのだ。

 それがどんな遺恨だろうとも、リードは立ち入るような真似はしない。キアは私情だ私怨と言いながらその一線はきちんと弁えている。自分のすべき事は、この若き才能の補佐に他ならないとリードは判断していた。

「なるほど。来はしますが素直に寄港はしないでしょう。はったりと脅かし付け、妥協案でお互いの損害を抑えてとりあえずの時間を稼ぐ」

 キアが頷き、こつこつとテーブルを指で叩いた。

「この場合のシナリオは簡単だな。《アマデウス》はAGSとの敵対を避け、AGS本部は充分な情報を得ると同時にイリアを体よく使う為の証拠を、端的に言えば弱みを握る」

 答えを口にしたキアは、問う目をリードに向けた。そう、AGSもイリアも得をする、二人勝ちのシナリオだけが今は導き出される。駆け引きとはそういう物だ。それも、権力者と実力者の間にある物は特に。

「それでもぎりぎりの交渉になるでしょう。この《フェザーランス》の役割は、そこですか?」

 互いの武力を隠そうともしない、そういった類の交渉だろう。《フェザーランス》は隠れた武力として、このカソードCへと赴くのか。

「そういうことだ。《アマデウス》が過度に裏切った際に、奇襲して足を潰す。その保険という訳だが。我々はこの状況を利用する。用意されたシナリオ通りには運ばせない」

 そう言ったキアの笑みは、やはり何処か冷え切って見えた。その冷たい笑みは、見る者の心身をも凍えさせる。それでも、ここ最近はリードも慣れていた。イリア絡みの事案は、この笑みがどうやっても出てくる。それに、人は慣れていく生き物だ。でなければ、こうして宇宙で戦争なんて出来はしない。

「その《アマデウス》ですが。キア艦長のお休み中に暗礁地帯に潜んでいるのを確認し、艦長補佐権限で粒子砲を最小出力で照射しました。付近のH・R・G・E部隊が良い具合で配置されていた為、首尾良く交戦に入ってくれたようです。損害の程は分かりませんが、多少の足止めにはなったかと」

 《フェザーランス》の戦備が整っていれば、それこそここで仕留める事も出来たのだが。if一機だけではどうにも出来ず、こうして眺めるだけになってしまった。

「なるほど、ゆっくりしているとは思っていたが。今出来る最上の妨害工作だな。良くやった。イリアは考える天才であって、考えない天才とは道理が違う。考えてなければ動けないのが、あいつの泣き所って訳だ」

 《アマデウス》の時間的猶予を削る事が、最も効果的な妨害となる。充分に離れた位置から出来ることは、これぐらいしかないだろう。これ以上近付けば、さすがの《フェザーランス》でも隠れきれない。

「余裕のないイリアなら、出せる手は限られてくるな。思考の先回りさえ出来れば、今以上のプランが練れるかもしれない。今時作戦、及びカソードCのデータをもう一度洗ってみるか。今取ってくる」

「クローズドデータですか。それなら自分が」

 キアが動く前に腰を上げようとするが、片手で制されてしまった。その程度の雑用を、艦長であるキアにやらせるというのは、どうにも居心地が悪いと思うのがリードという男だった。

「大丈夫だ。働き詰めだろうリードは。これぐらいはやる」

 苦笑しながら、キアは奥へと歩いていった。働き詰めなのは貴方も同じでしょうとリードは思っていたが、それを伝える術はなかった。

 重要なデータは、消失を防ぐ為にメインサーバーとは隔離された状態で保管される。《フェザーランス》では、艦長室にそのスペースを設けている。一番安全かつ利便性に優れているとキアは言っていたが、確かにその通りだろう。

「そういった判断は、艦長を通すべきなのでは?」

 高いソプラノの声、それは軍艦内では聞くことの出来ない音であり、誰が発したものか直ぐには分からなかった。キアの背後に佇んでいた人形のような少女が、生の光を宿した眼をこちらに向けていた。

 リードがこうして声を聞くのは初めてだろう。少女の言うそういった判断とは、恐らく粒子砲撃を行ったあの一件だろう。

「通常の手順ではそうだ。しかし戦場では一分一秒で状況が変化し、最適な瞬間は多くは訪れない。その内の一つでも見いだ出せたのなら、そうすべきだと私は学んだ」

 何者かも分からない少女と初めて行う会話にしては、随分と物騒な内容だとリードは内心苦笑していた。何より木訥で、聞きようによっては突き放すような言い方になっているのかもしれない。

「それがリードの仕事だ。お前が気にする事でもない。それに、戦場の最適解が見える人はそう多くない。リードはその一人で、多角的に物を見る。お前以上に考えた上で動いてるんだ。心配するな」

 キアの言葉を受け、少女はばつが悪そうに顔を伏せた。その様子を見ながらキアはソファに腰掛ける。少女に向けて小さな笑みを浮かべており、先程とは違う、何処か柔和な雰囲気に見える。こんな表情を浮かべる時もあるのかと、リードは少し安心した面持ちで二人を見ていた。

「お前が自主的に誰かへ話しかけるの、初めて見た」

「別に、大した事ではありません。理由も分かりましたので」

 そっぽを向いてしまった少女に苦笑しながら、キアはこちらに向き直った。

「まあ、気が向いたらリードも仲良くしてやってくれ。リシティアもな」

 リシティア、それが少女の名前かとリードは頭に書き加えた。未だにどういった関係性なのか把握していないが、キアの柔和な笑みを見れば悪い物ではなさそうだ。

「さて、作戦会議だ。目標は一つに絞ろうと思う。すなわち」

 キアの表情が、いつもの鋭利な物へと変わっていく。

「庇護を解体する。《アマデウス》を、組織という枠組みから外す」

 キアの言う目標は、恐らくイリアが一番懸念している事案だろう。どのような能力の持ち主であれ、AGSという組織を相手取るには足らない。巨大な組織を前にして、世界はあまりに狭すぎる。

「それが出来れば理想です。公的に戦闘状況へ持ち込めるでしょう」

 リードは腕を組み、その思案を続けた。問題は、その状況を作らぬよう、イリアは全力で防ぎに来るという事だろう。優れた者は銃弾に耐えるのではなく、銃弾を撃たせないようにするのだ。

「理想ではなく目標だ。策はある。綱渡りだが、リードが奴の時間を削り、結果として選択肢を削いだ。思考の先回りだ。イリアの一手を読んで、斬る」

 そう言うと、キアは幾つかのデータを中空に表示した。そこから紡ぎ出される案は本人の言う通り綱渡りであったが、無謀ではなかった。幾つかの修正点を挙げ、より確実な案へと昇華させていく。

「綱渡りではありますが、渡れる綱でしょう」

 リードの答えに、キアは頷いて返す。

「渡れる綱さ。目に見える命綱が無いだけだ」

 キアは冷え切った笑みを浮かべ、瞬いたデータの海がその表情と、背後にいる少女を束の間だけ浮かび上がらせる。

 ふとリードは少女と、リシティアと目が合った気がした。その目に写る悲哀の念が、何故か自分と被り、一つの思いを共有したような気がしたのだが。

 すぐ目を逸らしてしまったリシティアに問い掛ける気は起きず、リードは消えていくデータの海を何とはなしに眺める他なかった。






「介在と裂傷」

 戦闘シーンが多いし、主人公は漂ってるしで、ちょっと読みづらいかもしれないですが。話の都合上どうしてもこのシーンが必要だったので、なるだけ分かりやすくを心掛けてやってはみました。

 その努力が生かされてるといいのですが。

 そして次巻が投稿される頃には何人かの人に読まれてないかなあと期待しつつ、のんびりやっていきますが。

 感想に飢える毎日。

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