黒の負債
寝ているようで、意識は常に外へ傾いていた。だからリオはアラームが鳴ったことも、その意味も理解している。
バッテリー残量は僅か、それはこの狭い操縦席にとって世界の終わりと同義だった。どうしようもない。やれることはやり、精一杯の時間を稼いだ。今何を思おうともこのカウントダウンは止まらない。
やがてアラームも消え、数字の明滅もなくなった。もう何もない。音も光もない、静寂と暗闇しか感じられない。目は開けているのに。
……まだ生きているのに。
心音が高まり、荒い呼吸を繰り返す。どうしようもない。やれることはやり、精一杯やって。
精一杯、やって。
怯えたように繰り返される呼吸は、徐々に大きく頼りない物へと変わっていく。ひどく肌寒く、息が苦しい。
バッテリーの残量はない。だから最低限の空調も動かず、酸素も生成できない。そう頭では理解しているつもりだった。
息苦しさに耐えようとするが、そんなことができる筈もない。直に呼吸が止まるという事実は、変えようもなくそこにあるのだから。
身近にあった筈の死が、今もう別人のように自分を締め上げている。
どの程度そうして震えていたのか。時間の感覚すら不正確になっている。やがて何も見えない暗闇の中でも、視界が歪んでいくのが分かった。もう、酸素がない。何もない。
うずくまるようにして、呼吸のできなくなった身体を抑えようとした。悲鳴を上げる肺に呼応して、口は、身体は水面を目指して動こうとする。
ここが宇宙である以上水面は存在せず、動いてしまっては余計に酸素を、身体に残った最後の残滓を使い果たしてしまう。
水面はない。もうどうすることもできない。もう何もない。そう理性は警告していたが、気付けば暗闇の中を暴れている自分がいた。狭い操縦席に、尽き掛けた身体では何も変わりはしない。それでも必死にメインウインドウを叩き、ありったけの声で叫んだ。掠れた音しか出せず、それでも叫び続けていた。
生きることも死ぬことも、どうでもいいと。そう思っていた筈なのに。これが最善だと、自分が報われるにはこれしかないと。そう信じていた筈なのに。
自分はこうしてただ暴れている。やがてその動きすら緩慢な物へ変わっていった。今の自分に、一体何が残されているのだろう。
歪んでいた視界が狭まっていく。それに耐えるだけの力は残されていなかった。
目を閉じ、全てが沈んでいくような感覚に身を任せる。もうできることはない。身体の、世界の重さが徐々に消えていく。
もう何もない。
……眩しい光、温かく、時に熱い光。それが何かは分からない、確かなことなど一つもないのに、その光だけが自分に触れてくれると、自分が触れてみてもいいと思えた。
どこの誰かも分からない、そもそも何かすら分からない。それでも、彼女は確かにここにいて、仄かな熱を感じさせてくれた。それに応えるだけの資格が自分になくとも、彼女の熱は気付けばすぐ傍にいて。
あの時だってそうだ、世界中のどんな人よりも綺麗に着飾って見せたのに、彼女自身は何も変わらず傍にいた。いや、変わっていることもあったではないか。顔を真っ赤にしながら、可愛いと言ってくれたからこれでいいと。二人して真っ赤になって、高い空の下を一緒に歩いたのだ。
その手の温度は、どんな言葉を用いても足りはしない。あんな熱を生じさせてくれるのだから、前後もなく彼女と居られたらと思えるのだ。
だから、そう。目に見える約束が欲しかったのは、何も彼女だけではなかった。そんな簡単なことですら、自分は分からず終いだったのだ。
誰にも聞こえぬ声で、その名前を呟く。
そう言えば、またエンゲージリングを置いてきてしまった。これでは、また怒られるかもしれない。
もっと笑っていて欲しいのに。最後に浮かんだのは、何故かあの寂しい笑顔だった。




