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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「介在と裂傷」
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信頼の糧


 張り巡らされたワイヤーの一つに接触し、敷設された機雷が一斉に炸裂した。トワの操縦する《プレア》は強引な機動を繰り返して殺傷範囲からすり抜ける。

 驚異的な回避能力であり、事実《プレア》に目立った損傷は見て取れなかった。しかし、それは表面だけを見た答えであり、本質は違う。

 リオ捜索の最中、不意の連戦がトワを苦しめていた。敵は《カムラッド》三機だけではあったが、個々が散開した上で多数の罠を張り巡らせている。点在する岩石群を用いた設置爆弾、ワイヤーと連動する敷設機雷、探知した目標を追尾するスマート機雷などが仕掛けられていた。

 本来のトワであれば、どれも簡単に対処出来るだろう。リオの不在による焦りの中、繰り返された戦闘が心身を蝕んでいく。形振り構わず《プレア》を操縦したツケであり、ここがトワの限界点だった。《プレア》に限界などないが、トワにはそれがある。それだけのことだった。

 だがそれでも、トワにとっては些細な事に過ぎない。繰り返し呼び掛けるリーファの声も、か細い呼吸の有無も、一切合切を蚊帳の外に置いて腕を振り上げた。

 《プレア》が回避機動の最中、腕に備え付けられた粒子砲を撃ち放った。幾つかの罠を焼き払っていくが、肝心の《カムラッド》への的中はない。外すつもりはなかった一撃だが、震える腕と狭まっていく視界では正確な照準は難しい。

 その短い攻防の中でも、敵の《カムラッド》が一拍早く動いた。バックパックの一つを解放し、《プレア》を囲うようにスマート機雷を射出していく。目標を探知し、ゆっくりと機動を開始したスマート機雷の脅威はトワも分かっていた。

 分かっているだけで行動は出来ず、出来たとしても結末は変わらない。迫るスマート機雷に、進行方向に漂うワイヤーとそれに連動した敷設機雷。唯一の退路、その傍には不審な岩石がある。この状況それ自体が凶器だった。

 結末は変わらない。それでもトワは《プレア》の操縦を止めず、じっと身構えた。そうすることが最も最善だと信じ、或いは悟った末の行動である。トワの考えは一点のみであり、それもまた、どうあっても変わらない物だった。絶対に探し出す。そうでなければ意味がない。

 意味がないというのに。唇を噛みしめて、トワは必死に‘次’を考える。この状況を打破する為の次、打破した後の次、彼を見つけた後の次を。そのどれもがひどく遠い。

『目の前のワイヤーは無視していいから、その奥にいる奴を斬って。後は、お姉さんがどうにかするからね』

 トワは目を見開いて周囲を伺う。ヘルメットから聞こえる声は紛れもなくアストラルのものであり、それはここで聞こえる筈はない。

『いいから早く。時間も私も、大人しく待つようなタイプじゃないんだからさ。ね?』

 困惑していない訳ではなかったが、与えられた次へと向かうのがきっと正しいのだろう。そう割り切ってトワは《プレア》の操縦に集中した。

 ワイヤーを無視して奥の《カムラッド》を斬る。それだけを思い描き、最大速度を持って《プレア》をワイヤーの方向へと突っ込ませていく。このままでは敷設機雷に引き裂かれるだろう。

 ワイヤーに接触する直前、敷設機雷は突如として炸裂した。破片が《プレア》に降り注ぐが、それは確殺とは程遠い。即ち、突破出来る程度の炎と破片である。

 装甲を嬲っていく炎を確かに知覚しながら、トワは《プレア》でその爆炎を突き抜けた。狙いは正面、今の爆発で《プレア》を仕留めたと勘違いしている敵《カムラッド》だ。

 回避動作も迎撃も間に合う筈がない。一息で詰め寄り、トワは《プレア》の右腕の粒子剣を即座に形成、敵《カムラッド》を腰周りから一文字に両断した。

『そこ。その場で留まって』

 漂う敵《カムラッド》の残骸を払いのけ、トワは《プレア》を静止させた。短い警告の意図は理解できなかったが、その答えはすぐにやってきた。

 仕掛けられた爆発物の類が、次々と起爆していく。敵が考えてやっていることではない。爆炎と破片の渦は、しかし《プレア》に損害を与えることはなかった。

『そうそう。そりゃあ、自分達のいる所に危険が及んだら本末転倒だしね。さて』

 もう一機の敵《カムラッド》が火球へと変貌した。目の前で起こった誤爆に戸惑う内に、背中から撃たれたのだ。

 宇宙の黒を引き裂きながら到来したその影に、トワは見覚えがあった。

「アスト、どうして」

 ff……空間戦闘機《ティフェリア》、その操縦兵であるアストラルが通信越しに短く笑う。

『ピンチだなんだって時には大体私が来るのが相場って奴なのよ。ふふん、お姉さん格好いいでしょ?』

 アストラルが強襲を掛け、仕掛けられた罠もろとも敵ifを撃った。そうトワが理解した次の瞬間には、最後の一機となった敵《カムラッド》が複数の誘導弾と共に炸裂した後だった。

 まだ安全になった訳でもなく、リオを見つけた訳でもない。だというのに、身体中の力が抜けていく。溶解していく意識を何度も繋ぎ止めながら、トワは傍にぴたりと寄り添った空間戦闘機《ティフェリア》の姿を見た。

「その、アスト」

 言いたいことは沢山あるというのに、どうにも形になってはくれない。もどかしさを感じる一方、トワは出撃前の事を思い出していた。アストラルは、まだ身体が治っていないのに。

『まあまあ、何となく言いたいことは分かるけど。とにかく一回戻るよ。お姉さんが引っ張ったげるから、しばらくゆっくりしていなさいな』

 アストラルの《ティフェリア》が動き、後部をこちらに向ける。一回戻る、その言葉の意味を理解したトワは、頭を振って意識を繋ぎ直した。

「ちょっと待って、まだリオの所に着いてない!」

 自分でも驚くほどの声が出て、じわりと《プレア》との同調が解けていく。《プレア》の眼を通じて見えていた景色が歪み、後に残ったのは暗闇に染まった操縦席だけだった。短く浅い音が耳を打ち、それが自分の呼吸音だと、トワは今更ながら気付いた。

『これ以上は、お互い動けないよ。私が捜しに行けたらって思うし、事実そうしたいのは山々なんだけど。妨害さえ入らなければ、行けるかも、かなあ。でも』

 アストラルの声に苦悶の色が混じっていた。その言葉の端に、自分と同じような短く浅い呼吸音を感じ、トワは今更ながら気付いた。

「アスト、苦しいの?」

『ばれちゃった? ちょっとだけね。《アマデウス》まで戻るぐらいは出来るけど、戦闘機動は厳しいかな。でもお互い様でしょ? トワちゃんも相当厳しそうだよ?』

 不意に途切れた《プレア》との同調、もう限界だということはトワでも分かっていた。それでも、そうだからこそ、助けることが出来なければ何の意味もないではないか。

「先に戻ってて。私は」

 まだ諦めていない。その意思とは裏腹に、暗闇に染まった操縦席は何の反応も示さない。まるで《プレア》からも苦言を呈されているような。いや、実際にそう思っているのだろう。いつも《プレア》は世話焼きで口うるさかった。

『大丈夫だよ。何もトワちゃん一人で全部やる必要もないんだから。そういう事だって、ちゃんとイリアさんも言ってなかった? いや、あの人も全部背負い込むタイプだったか』

 アストラルの溜息は、誰に向けての物だろうか。

『戦争も人助けも、一人じゃ何にも出来ないもんだよ?』

 操縦席が少し揺れた。恐らくアストラルが何かしたのだろう。

『今アンカー打ち込んだから。このまま引っ張っていくからね。ちょっと休んでなさいなって』

 暗闇しか残されていない、そんな操縦席の中にいても、動いているということは分かった。まだ諦めていない。その思いに偽りはなくとも、身体は動かず、《プレア》はそっぽを向いたままだ。トワはシートに身を沈めながら、やりきれない思いと向き合った。

「うまくいかない。何で」

 そんな呟きが零れては落ち、暗闇だけの世界をぼかしていく。

『うまくやろうとするからだよ。物事は‘うまくやる’んじゃなくて、ただ‘やる’の』

「……よく分からない」

 一人分の苦笑の音と、二人分の呼吸の音が入り交じっていく。暗闇だけの世界が、奇妙な温度を生じさせていた。





 ※


 H・R・G・Eの所属だろう敵ifが周辺を飛び交っていた。ただの哨戒機であり、少し放っておけばいなくなるだろう。内側からの圧によってひしゃげているBSの残骸、冷え固まったその中でif《シャーロット》を潜めながら、イリアはそっと安堵の溜息を吐いた。操縦席のシートに気持ち身体を沈めて、身体を少しリラックスさせる。

「それは、トワちゃんもアストちゃんも無事ってことだよね。良かった、本当に」

 一人を捜して二人を失っていたら、立つ瀬がないどころの話ではない。懸念事項の一つはこれで片が付いたが、本命の達成は難しくなってきた。

『はい。トワさんもアストラルさんも衰弱していますが、ひとまずは安心だと思います。ですが』

「分かってる。私の所かトワちゃんの所か。どちらかに流れた場合は賭けになるね」

 リーファの懸念は痛いほど分かっている。他でもない本命、リオの捜索についての話だ。トワの受け持っていた捜索エリアは、数値にして後二十パーセント程残っている。こちらの受け持ったエリアは後数パーセント程で終了だが、何よりも問題なのが所要時間だ。リオの生命維持装置に残された時間は、もう数分もないだろう。自分と、トワのエリア両方を捜索している時間はない。

「リュウキの所に流れてくれれば一安心だけど、その結果が分かる頃には遅い。今決めないと」

 どうするべきか。判断材料は少なく、その少ない材料はもう吟味に吟味を重ねてきた。だというのに、最後に作用するのは運や勘といった不確かな物なのか。運が悪かったというひたすらに暴力的で救いようのない論理は、こうしていつも自分を苦しめる。いつもだ。

『それなんですが、トワさん、妙なことを言ってるんです。ずっと、あ、ちょっと!』

 リーファが珍しく声を上げ、短い雑音が耳に残った。恐らく、ヘッドセットを後ろから奪われたのだろう。そんなことをするのは、今この状況では一人しかいない。

『……イリア、聞こえる?』

 小さく呼び掛ける声は、思っていた通りトワの物だった。荒い呼吸音もマイクは律儀に拾っており、衰弱しているというリーファの報告を思い起こさせる。

『私が探してた所、その先にリオがいるの。助けてあげて』

「それは、どうしてそう思ったの?」

 掠れていく声とは裏腹に、ただ真っ直ぐ届いていく助けてという言葉に、気圧されながらも問い掛けていた。

「トワちゃん。何でかって事が分からないと、私はどっちが正解なのか分からない」

 どちらを選ぶにしても、結果が得られなければ意味はない。この選択を誤れば、今まで費やしてきた時間も人も戦いも、全て何一つ戻りはしない。

『どうしてとか、何でとかは分からないけど。私はイリアを信じたから……イリアも私を信じてよ』

 それは、新たな判断材料というにはあまりに不確かな要素だった。運や勘と何ら変わりはしない。変わりはしない筈なのに。

「何だか懐かしいな」

 小声で呟き、そっと身構える。逡巡は一瞬、そう感じたのならそう動くしかない。

「分かった。行ってみる。ちゃんと身体を休めとかなきゃダメだからね、トワちゃん」

 今からトワの受け持っていた捜索エリアへ向かうには、立ち止まっている余裕はない。まだ哨戒機は残っているが、見逃してやれない事情が出来た。仕掛けるしかない。

 操縦桿、グリップを軽く握る。イリアは《シャーロット》をBSの残骸から這い出させ、腰に括り付けた散弾銃を素早く抜いた。哨戒中の敵if《カムラッド》は三機、三角陣形で行動。一息で片付ける。

 ペダルをゆっくりと踏み込む。《シャーロット》が見る見る内に速度を上げ、陣形へと近づいていく。敵ifが異変に気付いた時にはもう遅い。三角形の一辺に食らいついた。

 狙いを定める。最初に振り向こうとした《カムラッド》の頭部を散弾銃で吹き飛ばし、事態を把握する前に詰め寄る。武装を切り替え、格闘用に切り替わった照準を胴回りに合わせた。トリガーを引くと、加速度を維持したまま《シャーロット》の右脚が前に突き出され、跳び蹴りの要領で頭部を失った《カムラッド》の胴を打ち据えた。プログラム通りそのまま横へ蹴り飛ばし、再度武装を切り替える。

 一旦散弾銃を手放し、両手でそれぞれの脚に装備されているシャープナーを引き抜き構える。これは投擲を主眼に設計されたナイフで、その名の通り鋭い。専用の照準システムが起動し、二つある照準をそれぞれの頭部へと合わせる。トリガーを引き、《シャーロット》は流れるような動作でシャープナーを投擲した。まだ行動すら出来ずにいる二機の《カムラッド》の頭部は、串刺しとなって宙を漂っている。if戦闘において、頭部の損失は致命傷だ。まともな戦闘行動は出来なくなる。

 つまり、もう勝負はついたのだ。慌てふためく敵ifの様子を後ろ目に、イリアは散弾銃を掴ませた《シャーロット》を更に加速させた。

『あの、イリアさん。トワさんは医務室に送りましたけど、あんな感じで』

 リーファの声は控え目で、言外にどうしようかという意思が感じ取れる。それはそうだろう、トワの言葉は何の根拠もなく、何の根拠もないことをリーファが伝える訳にもいかない。それでもトワがそう言っていることを伝えようとしたリーファにも、何か伝わる物があったのかもしれない。

「うん、聞いた。トワちゃんらしい言い方だったよね」

 助けてだとか、信じてだとか。自分が口にするそれとは、何処か温度の違うそれは、同じ言葉であっても同等ではない。

「それを、信じてみたいって思うんだ」

 真っ直ぐメインウインドウを見据えながら、イリアは思い描いた道筋を《シャーロット》で辿っていった。

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