遠慮の所在
「リーファちゃん、状況と出撃許可を」
リオは身体の力は抜いたまま、グリップに手を添えて待つ。瞬時に感覚が実戦のそれに切り替わっていき、鈍化した意識を研ぎ澄ませていく。
『はい、確認しました。出撃お願いします。恐らく砲撃、だと思いますが、周辺のBSからではないようです』
先程までの穏やかな声はもう消え、ただ焦りだけが伝わってくる。
スライドしていく下部ハッチが開ききる前に、隙間から宇宙へと降りる。《オルダール》の挙動は申し分ない。
『どうやら粒子砲撃のようです。一発だけで、《アマデウス》を狙った訳ではないです。でも』
「いきなり粒子砲撃を感知したら、H・R・G・Eも索敵を厳にするだろうね。砲撃位置は? 射手と着弾地点を」
この砲撃が何を意図したものかは分からないが、今の《アマデウス》にとっては致命的な問題だ。
『射手は不明。着弾地点は、《アマデウス》の前方付近です。デブリを幾つか焼いて、そこで消滅しています』
周辺にいる部隊が撃った物ではない。とすると、状況は最悪と言えるだろう。
「多分、ifが着弾地点を調べに来る。前に出るよ」
状況がどうも不透明だが、それは周囲に展開しているH・R・G・Eの部隊も同じだろう。今この場で共通している事実は、何かが《アマデウス》前方付近で着弾したということだけ。例え当事者でないとしても、《アマデウス》が見つかればそれで終わりだ。
ここはH・R・G・Eの領域内。肩書き上AGSであるこちらは、無警告で撃たれても文句は言えない。
《オルダール》に機動を促し、《アマデウス》から離れるように岩石群を躱していく。動きづらさを覚え、周囲の状況を冷静に観察してみる。《アマデウス》や、自分がこういったデブリ群、岩石や残骸が寄り集まった空間に潜むのは常套手段だ。
しかし、ここは些か密集し過ぎている。過密過ぎる岩石群は身を隠すには事欠かないが、いざ戦闘機動をしようものなら大きな足枷となる。機動力を削がれたら、頭数が多い方が単純に有利だ。
「リーファちゃん、ここは向いてない。《アマデウス》は動けないの?」
ざっと頭の中で戦闘行程を組み立てる。何もかも分からない以上、敵ifの数は無数にいると仮定した。その状態で、この条件で戦闘した場合自分は何処まで戦えるのか。
四機は獲れる。八機も何とかなる。それ以上は保たない。だから、ここを戦場にすべきではない。ここで戦えば、もう帰れない。帰れなければ、もうトワに……
『確認しました。その、急速離脱は難しいです。敵BSの位置が悪いみたいです』
申し訳なさそうにリーファが答える。それはリーファが罪悪感を覚えるようなことではないのだが、こうもか細いと自分が責めているように感じてしまう。
「分かった。BSの位置と数、敵ifの位置と数。分かる範囲でいいから教えてくれないかな」
各種武装、その特性を頭に叩き込みながら返事を待つ。それは現状があまりにも不透明過ぎて、何かしていないと落ち着かないが故だった。
手にはTIAR突撃銃が握られ、即座に撃てるように構えている。右足にはヴォストーク散弾銃が装備されている。こういった機動が制限される状況下では、面制圧できる散弾は頼もしい。左足にはナイフラックが装着されており、中にはSB‐2ダガーナイフが四本入っている。腰に各種予備弾倉が纏められたマグスカートがあり、左肩には小型の盾が付けられている。右肩には最後の一本となったE‐7ロングソードが括り付けられている。いつもと変わらない、武装満載の完全装備だ。
『BSは中型が一、小型が二、計三隻確認できています。位置関係は、デブリ群を囲うようにして点在しています。こちらからレーダーを使うことは出来ませんので、それ以上は分からないようです』
《アマデウス》が見つからないことが前提なのだから、その判断は妥当に思える。レーダーを使うということは、同時に自分から位置を発信しているようなものだ。
《オルダール》を手頃な岩石に取り付かせ、身を隠すように潜む。待ち伏せ専用のパッシブレーダーを使うことも考えたが、周囲の岩石群は流動性が高い。周辺状況を取り込み、偽の情報を発信して相手の電子機器を欺瞞するパッシブレーダーは、この局面ではそう使える物ではないだろう。
「中型一隻のif運用数は八機。小型が四機ずつ、セオリー通りなら、敵if数は十六機」
現実的な数字ではない。普通に戦っても勝ち目はないだろう。奇襲に次ぐ奇襲で、根気よく数を減らして、それでもその数には届かないと分かる。
だが、数の利については仕方のないことだった。自分はそういった戦場が多いのは事実であり、慣れてもいる。問題は、どうすれば勝てるかが浮かんでこないことだ。
《アマデウス》の勝利条件は逃げることにある。殲滅戦などする必要は無く、幾らか脅かしてから隙を突いて逃げるのが基本だ。だがこの状況で、どうやったら逃げることができるのか。そういった大局も含めて、この戦いは勝ち筋が見えてこない。
「とにかく数を減らす。それぐらいしか手がない」
包囲網が狭まれば、それだけ脱出が難しくなるだろう。となれば、今出来ることは一つだけだ。この《オルダール》を突出させ、そこを中心に包囲網を形成させる。その円形のキルゾーンから《アマデウス》が逃れてさえいれば、どうとでもなる筈だ。
「打って出るよ」
そうと決まればもう迷う必要はない。数々の矛盾を強引に説き伏せ、グリップを握り締める。《オルダール》に機動を促し、自ら危険であろう着弾地点へ向かった。
『待って下さい、この状況では危険です。まだ何も分かってません』
リーファの反論はもっともだったが、今その状態こそが危険だとこちらは判断した。いつも通りであれば、もうとっくにイリアから指示が来ている筈なのだ。それがないということは、これがもう一片の猶予もないことを意味している。
「イリアさんは何て言ってる?」
最後に確認しておこうと、そう思った何気ない一言だ。しかし、リーファは困惑を隠せないまま押し黙ってしまった。それが何を意味するのか、朧気ながら分かる。
「あまりイリアさんを追い込まないであげて。イリアさん、意識していない所からの一撃に弱いから。気長に待ってればいつも通り何とかしてくれるよ」
この戦闘はやはり、イリアの思考になかったものなのだろう。イリアの才能は優れた分析と演算能力であり、それを元にした予測が行動の主軸となる。本来なら、イリアはここでの戦闘を予測し、その対処法を心得た上で戦闘状況に持ち込む。それは相手からしてみれば驚異だが、予測という第一手を覆されると極端に脆いという弱点を抱えている。
つまり、イリアを打ち破る唯一の方法がその一手なのだ。イリアの立てた予測を凌駕する。それがイリアの唯一にして最大の弱点となる。
完全無欠な人間などいない。イリアは、ただそうあろうとしているだけであり、事実それが完璧に近い形で出来る人だ。完璧などあり得ないことだから、こういった事態も起こり得る。
「それぐらいの時間は稼げる」
未だ困惑したままのリーファに告げ、行動を開始する。岩石群の隙間を縫うようにしてすり抜け、周囲を見渡していく。大分着弾地点に近付いた筈だ。足の速い部隊なら、もう迫ってきているだろう。
アクティブレーダーを使うべきか否か考える。かなり広範囲まで索敵可能だが、同時に位置を晒してしまう。例えるなら、暗闇の中で自らを中心に光源となるような物であり、相手からも当然発見される。
迷っている暇はない、一瞬で判断を付けなければ。身を隠しているアドバンテージを失うのは危険であり、これを使うのは完全に発見された後か、乱戦時でいい。それまでは、こうして直接カメラで見て探るしかない。
前方、右手側の岩石に影が見える。岩陰に隠れたifだろうか。動きは少ないが明らかに人型の人工物であり、丁度着弾地点を監視しているようにも見える。こちらを見ている様子はない。
先手を撃てる。まずは一機と頭の中で数え、最短距離で《オルダール》を右側に滑り込ませ射線を確保する。TIAR突撃銃を目標に向け、胴体に狙いを付ける。何かがブレる。言いようのない違和感を覚えたが、もう後には引けない。この距離であれば向こうも感づく筈だが、回避する様子は見えなかった。違和感は大きくなるばかりだったが、構わずトリガーを引いた。
思い描いた通りに鉄鋼弾は殺到し、その無防備な胴をずたずたに引き裂く。爆散する敵機を見て、これは違うと感じた瞬間だった。
操縦席内に響く警告音は背後、それも至近から浴びせられたレーダー波が原因だった。それはこちらを索敵する為に使われた物ではない。こちらの早計をあざ笑う為の、相手の意思表示に思えた。
囮用の無人機だったと結果だけを把握し、現状に向き直る。わざわざレーダーを使用して、こちらに死刑宣告を叩き付けた以上、どう回避しても撃たれて終わりだろう。
ならば、動ける方向などたかが知れている。ありったけの推力を込めて、敵機のいる後方へ《オルダール》を後退させた。
発砲する間すら与えない。凄まじい衝撃で操縦席が揺さぶられるが、それが被弾ではないことは分かっていた。背を向けたままの体当たりを受け、後方にいた敵機はバランスを崩している。
そのまま振り向き、無防備な姿を晒す敵機、《カムラッド》の胴体にTIAR突撃銃を突きつけた。違和感はない、いつものようにトリガーを引く。フルオートで吐き出された鉄鋼弾が、今度こそ胴を捉えて中身ごと《カムラッド》を粉砕する。
安堵している余裕はない。間髪入れず、周囲の岩石群へ適当にTIARを撃ち込んでいく。応射してきた《カムラッド》の位置を頭に叩き込み、先程撃墜した敵機を射線の間に挟むように動く。胴が千切れかけ、中身同様意味を無くした敵機だが、即席の防御壁としては使える。思惑通り相手の射撃が止み、一瞬動きが硬直する。恐らく考えていることは一つ。目の前の残骸、その中身の心配だろう。まだ生きているのかも知れない、まだ助けられるかも知れない。そうした迷いが、目の前の敵を一瞬だけとは言え忘れさせてしまう。
そして、その一瞬を逃す手はなかった。《オルダール》を件の残骸へ大きく踏み込ませながら、左手でTIARを保持する。その残骸、大破した《カムラッド》の腰にある装備、使い捨ての多目的榴弾砲を右手で奪う。そのまま残骸を、未だ行動を決められずにいる《カムラッド》へと蹴り飛ばした。
せめてもう少し割り切っていれば対処できた一撃だろう。だが、回避も応射もせずに《カムラッド》は残骸と正面からぶつかり、縺れるように体勢を崩す。
右手に保持した多目的榴弾砲をその一塊に向けて、トリガーを引く。筒の中で爆ぜ、一瞬にして最高速に達した榴弾が何の躊躇いもなく敵機を粉砕した。縺れ合っていた二機の《カムラッド》は今や一つの、いや、無数の残骸に過ぎない。
「もう盾には使えないな」
一発しか撃てない榴弾砲を投げ捨て、右手に持ち直したTIARの再装填を行う。追撃がないということは、この《カムラッド》は二機で行動していたということになる。それしか稼働させていないのか、自艦の防衛の為に分けたか。或いは広範囲の捜索の為に二機ずつで分かれていたのか。どちらにせよ、一度の敵対数が少ないのは助かる。
冷え固まった残骸を一瞥し、格納庫でのミユリの話を思い出す。戦場に容赦も遠慮もない。現に自分は、こうして卑劣な方法を選んだ。理由は明確であり、この方法が一番確実で消耗が少ないからだ。弾薬をあまり使わず、被弾も最小限で抑えられる。だから無意識の内に敵機の残骸を盾にするという発想が生まれ、そしてそれを実行した。
ミユリは、容赦はともかく遠慮はしているのではないかと言った。このやり方は、果たしてどう捉えられるのか。
容赦はしていないだろう。では遠慮はどうだ。
「そんなこと。出来てたらここにはいないんじゃないかな」
遠慮という精神構造は、人類最後のストッパーだとミユリは言っていた。その通りなのかも知れない。自分はとっくに、その最後の一部分が壊れている。
『あの、リオさん』
控え目に呼び掛けられ、蚊帳の外に置いていたリーファの存在を思い出す。
「ごめん、何でもない。二機撃破、特に変更が無ければこのまま進むけど」
答えを待たずに《オルダール》を前進させる。敵性行動があったことは、もう敵に知れ渡っている筈だ。本格的な戦闘になる前に、もう少し距離を稼ぎたい。
小刻みにバーニアを噴かしながら駆け抜ける。《アマデウス》を示すマーカー、そこに付随する数字が一気に削られていく。
『リオさん待って下さい。それ以上離れられるとリンクが維持出来ません』
これだけ岩石群に遮られてしまえば、相互通信もままならないのだろう。本来であれば、それを断ち切ることは双方にとってリスクしか生まない。互いの状況が把握出来なければ、この宇宙は仕切りのない迷路に豹変する。
「でも、これが今できる最善だと思うよ」
この状況を打開しなくてはならない。しかし、自分一人で出来ることなどたかが知れている。いや、そもそも状況は関係ない。どのような局面であれ、自分が出来ることはこの一点しかないのだ。
「ここで殲滅する」
返事を待つ必要はなく、またその手段も潰えた。《アマデウス》と直接通信出来る距離を越え、もうこの操縦席にリーファの声は届かない。リンクが完全に切断された訳ではないようで、《アマデウス》が無事か否か程度の情報は入ってくるようだ。
今は、それで充分だった。




