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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「介在と裂傷」
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遠慮の意味


 あれから数時間、他愛の無い話をしながら歩き回っていたのだが、トワは疲れて寝てしまった。もともとよく眠る方だったのだが、最近は輪を掛けて眠っている気がする。それはトワだけではなく自分にも当てはまり、原因は恐らくこの二機だろう。

 《アマデウス》格納庫、物資搬入用コンテナに腰掛けながらリオは件の二機を見上げた。

 トワと持ち帰った‘ifのようなもの’だが、それぞれ名称があることが分かった。それはトワが教えてくれたのだが、断片的であり解明に繋がる情報ではなかった。

 まず、この二機はifではない。トワが言うには、これらはプライア・スティエートと呼称される搭乗兵器らしい。勿論、そんな兵器は誰も知らない。だがこうして目の前にある以上、信じる他はないだろう。それ以外の選択肢はなかった。

 トワが乗った《羽持ち》は《プレア》で、自分が乗った《長剣持ち》は《イクス》と言う名前が付いている。そうトワは言っていた。トワが知りうる情報はそれだけであり、結局これが何なのかは分からないままだ。

 分からないままだが、これに乗ってから今に至るまでどうも身体が重い。こうして一息付いたときに重くのし掛かってくるようで、平常時はそこまで気になる程ではない。

 トワも同じように感じているのか、睡眠が深く頻回になっているようだ。自分も同じで、横になると溶けるように眠ってしまう。それも深く、些か深すぎる程に。

 だからこうして格納庫に足を運び、ちょっとした緊張を浴びている。そうでもしなければ、トワと同じように眠ってしまう。

 今は艦長指示で警戒待機となっている。そこまで上位の警戒レベルではない為、何処で過ごしても問題はない。それこそ眠りさえしなければいい。その最低限すら守れないと思っているからこそ、こうして格納庫にいるのだが。

「しかし珍しいな。リオがここに来るなんて」

 自分と同じようにコンテナに腰掛け、ミユリは水分補給を行っている。ミユリはこの格納庫の主であり、《アマデウス》唯一の整備士だ。当然ここで過ごす以上、ミユリの許可は取ってある。二つ返事で許可を貰った訳だが、その時ミユリは何やら忙しそうな様子だった。

 ともすれば何かしら手伝おうかという気分にもなる。が、さばさばとした性格の彼女は典型的な職人気質だ。必要でなければ他人に協力を求めない為、端から手伝うことがあるかどうかは聞く必要ない。必要があればもう艦内放送で呼び出されている。

 今はその用事も終わったのか、ミユリも幾分かくつろいで見えた。

「ええ、まあ。ミユリさんも休憩ですか?」

 訳を話す気はなかった。口にしてしまえば何て事はない、疲れて眠いとしか言いようがないのだから。それに、わざわざ不安にさせるようなことを言う必要もない。

 トワを撃とうとした事や、それを可能とする程の恐怖を感じたこと。そしてこの疲労感と、いつの間にか自分は隠し事だらけになっている。

「一休みだ。ifはもう新品同様だしな。今やってたのはあれだ。トワ嬢の持ってきた機体に通信装置を付けてきたのさ」

 《プレア》と《イクス》の事だろう。確かに、あれを扱っている時に一切会話出来ないのは不便を通り越して致命的だ。

「それは良いんですけど。ちゃんと動くんですか?」

 何しろそれ自体が未知のテクノロジーだ。整合性が取れている訳がない。

「普通に付けたらまあ、ダメだろうな。《カムラッド》に付いてる通信装置を一回バラして、内蔵バッテリー式にした。通信半径は狭まるが、こいつは中継器みたいなもんでね。受信発信はフラット・スーツにさせる。トワ嬢にはヘルメット脱ぐなって言っとけよ」

 実際に搭乗してのテストはやってないから何とも言えないが、とミユリは付け足した。ミユリの専門分野でとやかく言うつもりはないが、何となく気になった一節があった。

「それ以前に、もうトワは戦場に出ません」

 言ってから不意に気付く。それは確約ではなく、自分の願望に過ぎないと。幾ら戦場に出てはいけないと言ったところで、どうなるのかは分からない。

「まあ、保険だよ。トワ嬢の行動なんて予想できないし、できても防げない。情けない話だけど」

 話を聞いている限り、トワは本来ロックされている筈のハッチを開けて出てしまったという。例えトワを個室に閉じこめたとしても、結果は変わらないのだろう。だからこそ、イリアはトワに出撃するなと言ったのだ。行動が制限できないのであれば、説得するしかない。

「動きを見る限り、並のifよりも高性能だけどな。操縦兵の技量も加味すると話は別だが、イリアのif‐02と同等かそれ以上だな」

 イリアの用いるif‐02《シャーロット》は、艦長職に就いた今でも使うときがある。あまりにも戦力差がある時や、不測の事態に対処するための、《アマデウス》が持つ切り札のような存在だ。

 イリアの、という一言が加えられるのには理由がある。そもそも《シャーロット》はif‐01《カムラッド》に変わる、純戦闘用ifの開発過程で製造された。

 《シャーロット》は現行するifの中でも最高峰の性能を誇るが、その代償として極端に制御し辛い。またifに付き物である拡張性が乏しく、どうしても柔軟な運用ができない。不要な装備もあらかた取り払われており、緊急脱出も使用不可となっている。

 端的に言ってしまえば、性能は高いが操縦難度も高く、使える装備は限られている。兵器としては失敗だ。結果、《シャーロット》は試作機として少数が製造され、量産には至らなかった。

 この失敗を踏まえ拡張性を上げたのがif‐03《イフェクト》で、機体性能に制限を掛け各種装備を充実させたのがif‐04《オルダール》だ。現在製造されているのは《オルダール》のみで、《シャーロット》と《イフェクト》は予備部品しかない。その予備部品すら現存する物だけであり、いずれは底を付くだろう。

 その為、未だ現役で《シャーロット》が動いている事は珍しく、《アマデウス》のクルー間ではイリア専用といった印象が強い。

「高性能でも、戦って欲しくはないですけどね」

 トワと《プレア》の力が規格外なのは、傍で見ていた自分が一番良く知っている。だからこそ、あれはおいそれと使って良い物だとは思えない。

「まあ、それは同感だな。トワ嬢のやり方は戦闘向けじゃない」

 ふとその言い回しに疑問を覚える。ある種、トワほど戦闘に向いた者はいないと思うのだが。こちらの疑問を感じ取ったのか、ミユリはああと手を振った。

「言い方は悪いが、あれは虐殺向けだ。容赦がないというより、遠慮がない。分かるかなあ。人を殺すという結果は変わらないが、私達が行う戦闘ってのは必要分殺せば充分なんだ。だが、トワ嬢のやり方を見ていると違う。終わり方が違うんだ」

 その言葉の意味を全て理解することは出来ないが、何が言いたいのかは分かった。トワにとって戦いが終わったと判断する基準が、自分達とは大きく異なるという事だ。

「でも、殺し合いに容赦も遠慮もしている余裕は、無いと思いますけどね」

 それは実感から来る言葉だった。現に自分は、そのどちらも持ち合わせているつもりはない。

「容赦はともかく、遠慮はしているんじゃないか。そもそも遠慮ってのは無意識的にしているものでさ。意識して遠慮しているって、もうそれは遠慮ではなくなってる。人類最後のストッパーなのさ、遠慮って言う精神構造は。そいつがなくなるってのは、タガが外れるって事と同じだ」

 だから、とミユリは続ける。

「遠慮がない奴らは、とにかくおっかない。特に、遠慮がない同士がぶつかると恐い。どちらかが動けなくなるまでやり合うんだ。それで割を食うのは周りの奴らだけどな。それは、お前が一番よく分かっていると思うんだけどな、リオ」

 それは、どんな言葉よりも深く刺さった。メインウインドウ一杯に広がる赤い光景、割を食らった者達の末路は、確かに自分が一番よく知っていた。

「すまんな、嫌な話になっちまった。どちらにせよ、あまりトワ嬢には出て貰いたくないし、出た場合は手綱を握る必要があるってことだ」

 ふと、視線を感じて顔を上げる。その先には変わらず件の二機がおり、その内の一機が妙に気になった。前回自分が乗っていた長剣持ち、《イクス》だ。

 頭部のカメラアイが人の眼のように配置されている。所謂ツインアイという方式なのだが、ifではあまり主流ではない。

「何だか見られているような気がするなあ」

 当然そんな訳はないのだが。何となくそう思ってしまう自分がいる。

「ツインアイ方式はメンテナンスが面倒だから嫌なんだが。まあ、この《イクス》で出ることはないだろうけど。お前の《オルダール》は整備完了でいつでも出せる」

 ミユリが指差した方向には自分の乗機、《オルダール》が佇んでいた。いつも通りの完全武装状態だが、右肩に括り付けられている長剣を見て首を傾げた。

「あれ、E‐7ロングソードですよね」

 あの形状と刀身の長さはまさしくE‐7ロングソードだ。遺跡での戦闘で損失した筈なのだが。

「ああ、予備の一本だ。お前の戦い方を見ていると、別段悪くはない武装なのかと思ってな。付けておいたんだが。正直どうなんだ?」

 同じように首を傾げながらミユリが問い掛ける。ifの武装として考えると、E‐7ロングソードの長さはあまり有用ではない。身の丈ほどある長剣というのは、破壊力以前に扱いづらい。

「使用感は悪くないと思いますけど、お勧めはしません。BFSと併用して振っているので、通常操縦では限界があるでしょうし。実験兵器止まりでしょうね」

 ふむふむとミユリは頷いている。

「まあ、サードパーティ製だからな。今度余裕があったら連中に諸々教えてやるといい。実戦使用者の言葉だからさぞ重宝されるぞ」

 サードパーティ製、つまり正規品ではないということだ。サードパーティとは第三者団体の意味で、民間企業の非正規品メーカーといった所か。

「あれ、サードパーティ製だったんですか。なら納得です」

 本来なら、このような実用的でない武装は開発すらされないだろう。

「ちなみに、その《オルダール》もそこのサードパーティ製だ。そう考えると、まあまあ腕が立つ連中だろ」

「確かにそうですね。というか、やっぱり正規品じゃなかったんですね」

 正規の補給を受けられない以上、何かしら特殊なルートから調達するしかない。あまり大きく取り上げられないサードパーティから調達するというのは、中々理に叶っている。

「ああ。その割には状態が良いから驚いたよ。多少の手直しでもう正規品と同等かそれ以上だ。あそこのサードパーティに足りないのは実戦想定だけだな。おっと」

 ミユリが思い出したようにPDAを取り出し、誰かを呼び出していた。腰掛けていたコンテナから飛び降り、背を向けて歩き出す。通信越しに誰かと短い会話をすると、ミユリはPDAをしまって再びこちらへ向き直った。

「あー、イリアから伝言、というか命令だな。警戒レベル引き上げ、操縦兵はifで待機だな」

 どんな話をしていたかは分からないが、どうも今から危険な領域に入るのかも知れない。

「了解です。《オルダール》を使います」

 コンテナから降り、急ぎ足で格納庫端にある更衣室まで向かう。途中で身体が軽くなり、更衣室へ着いた頃には重力は無くなっていた。ワンポイントからゼロポイントへ重力係数が変化したということで、状況はより戦闘のそれへ近付いている。

 普段とは違う。訳もなくそう思わせる感覚に胸騒ぎを覚えるが、それが何故かは分からなかった。分からないのなら、考えていても仕方がない。無重力に身体を預けながら、頭の内奥、なけなしの思考回路を心停止させていく。すっかりと身体に染みついた、諦念という名の儀式だ。

 考えることよりも、考えないことの方が遙かに楽なのだと。そんなこと、考えるまでもなく分かっている。その結果がこの末路だということも、考えるまでもなかった。

「あ」

 頭が思考を放棄していても、身体は覚えたままの行動を繰り返す。そうして更衣室内を漂いながら着替えていた身体が、唯一の例外に気付いて発した言葉だった。

 それがあると着替えられない。ただそれだけの理由で身体は止まってしまった。

 左手の薬指に添えられたエンゲージリングが、ただ淡く輝いている。塞き止めた筈の頭が、再び熱を帯びていくようだった。慌てて頭を振るが、もう別の生き物にでもなってしまったのか、生じた熱は消えそうにない。

 これを付けていないとトワが悲しむのだ。眠りから目が醒めた時、トワは思い出したように自分の薬指を確認し、変わらずにある輝きを見て微笑む。そしてこちらの薬指も確認し、やっぱり微笑む。その時の表情はただただ温かく、決まってその後目を閉じるのだ。まるで、それが夢でなくて良かったと、そう安堵したかのように。

 これはトワにとって約束であり、今の自分にとっては祈りだ。この約束の帰結がそうであればどんなにいいのだろうと、そう考えては祈る。それが今までの自分を否定し、文字通り押し潰してしまう物だと分かってはいるのに。

 左手の薬指に手を掛け、エンゲージリングをゆっくりと外していく。指輪をしたままフラット・スーツは着られない。だから外すのは当然だ。エンゲージリングが指を掠めていく中、またトワに怒られるかもしれないと何とはなしに思った。

 外した指輪を手の中で弄び、握り締める。先程まで身に着けていたのだから当たり前ではあるが、仄かに熱を持ったそれは確かに約束であり祈りなのだろうと思う。

 さりとて、これをトワのように操縦席へ持ち込む気はなかった。約束であり祈りでもあるならば、それはあの空間にあってはならない物だ。少なくとも、自分にとっては足枷にしかならない。

 目を閉じ、指輪を一層強く握り締める。その感触を意識に刻み、更衣室にある小物・装飾品用のケースにその熱をしまう。個人個人の物が用意されてはいたが、今まで一度も使ったことはなかった。

 中断していた着替えを再開し、数秒と待たずに完了する。ヘルメットを被り気密チェックを行い、何も問題がないことを確認してから更衣室を出た。

 ゼロポイント、つまり無重力での移動は直線的だ。地面を蹴って中空を漂い、頃合いの壁を蹴って《オルダール》に取り付く。既にミユリの姿はなく、いつでも起動できる《オルダール》が全ての準備完了を示していた。全身に武装が括り付けられた姿は、もうすっかり馴染みの光景となっている。

 操縦席内に滑り込み、待機状態のシステムを呼び戻す。ハッチを閉め、メインウインドウが正常に起動していくのを確認しながらリーファを呼ぶ。

「リーファちゃん、聞こえてる?」

『はい、良好です。いつもより早いですね、リオさん』

「格納庫にいたからね」

 何気ない会話を続けながら、通信の状態も確認する。リーファの言うように、特に問題は見受けられない。

 《オルダール》の各種システムも正常であり、出撃に何の問題がないことを示している。

 ヘルメットに仕込まれた通信機がリーファの声を返し、全ての準備が整ったことを知らせた。後は命令を待つだけであり、うまく事が進めば出撃せずに終わるかも知れない。

「状況、分かってる範囲で教えて貰ってもいいかな?」

 操縦席のシートに身体を沈めながら問いかける。警戒レベルが上がったと言っても、今この段階で緊張しているようでは操縦兵は勤まらない。

『現在《アマデウス》は、岩石群を中心としたデブリ帯をゆっくりと航行しています。近隣区域にH・R・G・E所属と思われるBSが確認されたので、念のために待機という形になっていますね』

 そう言うリーファの声も穏やかで、リラックスしていることが分かる。要は、見つかりさえしなければ何の問題も無いということだ。

「そっか。相手の目が悪いといいんだけど」

『そうですね。この状況では索敵能力よりも勘が鋭いか否かが重要そうですが』

 イリアが潜むことを決めたデブリ群であるなら、並の索敵では見つからないだろう。余程念入りに索敵をしない限りは問題なく、付近を哨戒する程度では不足だろう。

「まあ、何もせずに終わるならそれが一番いいね」

 だが、呟いた言葉へリーファが同意を示す前に異変が起きた。けたたましい警報が《アマデウス》に鳴り響き、それは搭乗している《オルダール》にも同様に降り注いでいる。

 この警報が使われることはほとんどない。これは緊急事態を意味する信号であり、それは《アマデウス》に取っては無縁の音だったのだ。少なくとも、今までは。

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