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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「これまでとこれから」
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悠久ニ果テヌ花


 ここではないどこか、どこでもない彼岸でよく蒼い空を見る。

 ここに立っている時はあの時のまま……少年と少女の姿のまま、思い付くままに言葉を紡ぐ。

 都合の良い夢なのだろうか。壊れた心が映し出す幻なのだろうか。どちらでも良い。何をどう足掻いても結末は変わらない。あの時振り下ろした刃の一振りが、サーバーを砕き未来をも砕いた。この世界も人類も、知識も人生も知った事ではない。それでも、心の(うち)に従って剣を振り下ろした。

 その選択に後悔はない。たとえ時を戻し、何度やり直しても。あそこで自分が剣を引くことはないだろう。自分にとって少女の言葉というのは、それだけ意味のあるものなのだ。

 だから、隣にいる少女が夢か幻かは関係がなかった。ただ思い付くままに話をする。子育ては思っていた以上に大変だとか、君に似て我が儘だとか。

 少女の返答が聞こえるかどうかはその時次第だった。はっきりと懐かしい声として聞こえる時もあれば、ただ意味だけが伝わる時もある。でも、どちらにせよ嬉しそうに笑うものだから。

 こちらも笑えてきてしまうし、それ以上に涙が浮かんでくる。

 心配そうにおどおどし始める少女を前に、大丈夫だと涙を拭う。

「君はもういない。けどあの子はここにいる」

 つらくないとは言わない。何よりもつらいし、苦しいからだ。

「僕達を選んでくれたのが、あの子で良かった」

 こくこくと頷く少女を見て、今度こそ笑ってみせる。

「それが、僕から君に渡す……生きる為の言葉」

 少女に向き直りながら、だから大丈夫なのだと伝わるように頷く。

 蒼空が陰る。目覚めが近いのだろう。ここで交わした言葉も、少女の姿も。目が醒めれば朧気になってしまう。それでも、僅かに残った温かさだけを(えにし)に歩いて行く。

 少女が背を向けようとする。立ち去ろうとしていると分かり、一歩踏み出す。そして、そのままいつかのように抱き留めた。感覚は覚束ない。それでも、その灰色の髪に顔を埋める。

「僕を選んでくれたのが、君で良かった」

 目を瞑り、感覚だけを頼りに少女を繋ぎ止める。

「これまでもこれからも、ずっと……愛してる」

 相手が夢か幻か、そんな取り返しの付かない所まで来て、ようやくその言葉を臆面なく言えるようになった。

 あまりにも遅く、あまりにも意味がない。

 こちらの手に、少女の手が添えられる。目を開けると、いつものように自信満々で、当然と言わんばかりの表情で少女は笑っていた。

「ずうっと知ってたよ。私、リオのことなら何でも分かるんだから!」

 意識が揺らぐ。まだここにいたいのに。

「またね、リオ。私も愛してる……ずっと」







 目覚まし時計のお世話になったことはあまりない。元々眠りが深い方ではないからだ。疲労が取れる程度に眠り、朝になれば身体が動く。娘が起きてくるまでに朝食を用意し、コーヒーでも啜りながら時間が経つのを待つ……それが、よくある一日の始まりだ。

 でも、時折こうして眠り過ぎてしまう時がある。普段のねぼすけ加減を棚に上げ、我が物顔で糾弾しに来たかわいらしい剣幕を思い出しつつ、リオ・バネットはベッドの端に腰掛ける。棚の上に手を伸ばし、写真立てを掴んだ。

 たった一人だけの少女と視線を交わし、写真を指でなぞる。

「……時々、こうやって深く眠れる。君と一緒に寝ていた時を思い出すよ」

 写真立てを戻した時、もう一つの写真が目に入る。

 白い肌に灰色の髪、そして赤い目をした少女……この時は確か八歳だった筈だが、もう既に大胆不敵な笑みを浮かべてポーズを取っている。

「妙に自信家なのは君譲りかな」

 そう、写真の向こうにいるたった一人の君に話し掛ける。返答はない。ある筈がない。

 左手の薬指にエンゲージリングを通し、ネックレスに繋げられたもう一つのエンゲージリングを首に掛ける。

 元々細い身体が、どんどん細くなって。自分の足で動けなくなった後も、車椅子で色々な場所に行った。つらいことはつらいと言っていたし、苦しいことは苦しいと言っていた。それ以上に、楽しいとか嬉しいとか、好きとか。

「……愛してる、とか」

 震える手で、あの子は自らエンゲージリングを外した。両手でそれを握り締める姿は、何かに祈るようで。実際、それはきっと祈りだった。

 おまじない。おまじないをしたの。一番大事な物だから、願い事をするにはこれしかないってずっと考えてた。お墓に入れて貰うことも考えたけど、でもやっぱりおまじないにする。

 小さく掠れていても、あの子の声だけは聞こえる、聞こえたのだ。

 あのね、返すって訳じゃないからね。これ私のだもの。貸してあげるの、貴方に。いつか返してね。約束、だって約束でしょ、私と貴方の約束、それがこれだって、私知ってるんだ。

 熱を失いかけた少女の手が、エンゲージリングを手渡してくる。

 だから、約束を形にして。貴方を、ここに繋ぎ止めるの。

 そう言って、少女はいつものように笑って。

「……分かってる」

 きっと必死になって考えたのだろう。あの子はあの子なりに、大切な人を守る為に言葉を紡いだ。いつもそうだ、何も考えていないように笑っている癖に、誰よりもずっと考えている。

 左手で、ネックレスに通されたエンゲージリングを握り締めた。借りたままなのは性に合わないから。何より、これは君に持っていて欲しいから。

「いつかまた……なんて」

 溜息を吐き、叶うことのない夢物語を頭から追い出す。ちょうどその時、僅かな怒気を帯びた少女の声が響いた。

「パパあ! まさか二度寝とかしてないよね! 二度寝じゃなかったら何? 私ほっとくなんて酷い!」

 一人娘であるイヴァリス・バネットの声だ。目に入れても痛くないとはよく言ったものだが、イヴの場合は目に入れてないと痛い。

「……ほら、君譲りでしょ?」

 苦笑しながらもう一度だけ、写真の向こうにいる君と視線を交わした。







 刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花 了







願えるのならば

イヴァリスの歩く世界が穏やかでありますように

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