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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「旋回と献身」
35/352

最善の道

 ●


 重苦しい空気というのは、人から感情を吸い取って成長していく悪夢のようだ。

 《フェザーランス》艦長室、他の船室よりも一回りほど大きく、責務に値するだけの生活空間を確保した部屋で、リード・マーレイは息の詰まるような静寂が広がっていくのを感じた。

 艦長、つまりこの部屋の使用権を持っているキア・リンフォルツァンは、テーブルを挟んで向かいのソファーに座っている。そしてソファーの奥には、軍艦には似つかわしくない容姿をした少女が佇んでいた。

 長い黒髪が印象的な少女で、小柄だが物腰は油断できない。力を抜いているように見えていつでも刃を振り抜けるような、静と動を弁えた型に見える。

 微動だにせず、キアの傍に凛と立つその姿は、人を模した精巧なオブジェか、命令を待つ従者のようだ。その少女と言葉を交わしたことはなく、また交わす必要も自分にはない。

「無用な知識は人を殺す」

 沈黙を破ったのはその一言だった。キアの呆れるほどに正しい一言に、ただ頷くことしか出来なかった。

「だから、この映像を見ているのは僕と、リード。君だけだ。これについて意見を交わしたいが、まあ、言うに及ばずって所だね」

 キアの口調は軽かったが、表情は能面のように感情が感じられない。その意識が相反する光景は、ともすれば不気味に見えるかも知れない。

「正直、分からないとしか答えようがありません」

 だが、それは激情を抑えている結果であることを自分は分かっている。だからその表情はむしろ、悲痛な慟哭にしか感じられない。痛々しいほどに。

「そうだ。これは最早、人の範疇を超えている。こういう物への対処法は昔から決まっていてね。即ち、目を背けるか立ち向かうか。問題は、僕達に選択権がないことにある」

 《フェザーランス》はAGS本部からの勅命を受け、同じくAGSへ所属する遊撃部隊《アマデウス》へ攻勢を仕掛けた。《アマデウス》が何らかの情報を意図的に隠匿している危険があると、AGSは判断した。

 結果、《フェザーランス》if部隊は一機を残して全滅した。三機編成と四機編成、計七機のif部隊は、たった二機の正体不明機に殲滅させられた。かろうじて一機は帰還し、こうしてその戦闘データを閲覧できている。

「藪をつついて蛇、それが我々の仕事です。今回の蛇は、あまりにも予想外過ぎましたが」

 予想はしていたのだ。それがあまりに現実と乖離していたせいで、結局は何の役にも立たなかったが。

「遺跡周辺での作戦行動は情報伝達が難しい。遺跡から生じる高度な電子欺瞞のせいだが、故に奇襲には持ってこいの環境だった。殺しきる絶好の機会を逃した」

 その言い回しにやはりと感じた。AGS本部からは偵察、情報収集を命じられ、戦闘行動は必要に応じてという指令だった。つまり、今回のように大々的に攻める必要は本来ない。

「沈めるつもりだったのですか。《アマデウス》も、あの氷室の中身も」

 しかしキアの立案した作戦企画は、情報収集に加え、可能なら対象の殲滅も書き加えられていた。キア自身は念のための予防線だと言っていたが、その言葉の端から伝わってくる感情に違和感を覚えたのだ。

「ああ。《アマデウス》には個人的な恨みもあるしね。AGS本部が何を求めようと、あんな物は証言諸共壊してしまった方がいい。僕達が破壊できる程度の物であれば、AGSもそれほど興味を示さないだろう。その為に作戦偽装や、無茶を通す色々な口実も用意していたのに。全部徒労に終わったな」

 キアの正直な独白に、思わず溜息が出た。しかし、それを咎める気にはなれなかった。

「あまり誉められた物ではないと言いたい所ですが、その意見には賛成です。遺跡絡みの事案はどうもオカルトじみている」

「オカルトか。百年も遡れば、こうやって僕達が宇宙にいることすらオカルトじみているかも知れないな。まあ、遺跡は僕も嫌いだ」

 ソファに深く腰掛け、キアは宙を眺めながら続ける。

「氷室の中身だけでも殺しておくべきだった。もっと早く、なりふり構わず」

 深い後悔と、怒りの奔流を隠そうともせずにキアは言う。キアの傍に立つ少女が、心配そうな視線を向けている。

「では、《アマデウス》が隠している中身は人間だと?」

「現段階ではね。派遣した部隊が写した氷室を見る限り、あのカプセルには人らしき物が入っていると仮定出来る。それこそオカルトだが」

 ソファから起き上がり、キアは先程見た映像の一部分を切り出して画像データにした。

「もう一つの要素がこれだ。このifモドキだが、二機いる。遺跡に突入した《アマデウス》のifは《カムラッド》一機、情報を見る限りリオ・バネット特例准士だろう。もし彼が単身で遺跡に乗り込んだなら、このifモドキは一機しか稼働しない筈だ」

 キアは別の画像データを幾つか表示させた。それは先程の戦いではなく、前回《アマデウス》を奇襲した際のデータと、敵であるH・R・G・Eをけしかけた時の戦闘データだ。

「そしてこの二つの戦闘データにいる、この《カムラッド》。非武装にも関わらずH・R・G・Eの重戦闘用if《リンクス》を何らかの手段で破壊した。加えて、こちらの部隊に何らかの手段で正常な判断を狂わせた。これを操っているのは同一人物だろう。こうも状況証拠が揃っていれば、人か、或いは人に近い何かだと考えた方が自然だろう?」

 利には適っている。だが、そんな事があり得るのだろうか。遺跡から人が発掘されたと、そうキアは言っているのだ。

「しかしあまりに非現実的過ぎるのでは。有機物ではない、兵器転用出来るデバイスやモジュールの類だと言った方が、まだ信用できます」

 あの遺跡がどれほどの時間を越えてそこにあるのかは分からないが、その中で人が生きていける筈がない。もし生きているのならば、それは最早、人ではない。

「デバイスやモジュールの類が、その人その物だって事さ。それに、仮にそういった機械的な、もっと言えば兵器的な物が見つかっていればイリアは破壊しているよ。AGSの手に渡るのを阻止する、一番手っ取り早い方法だからね。それが出来ないで、こうやって証拠を残してしまっているのは、それが人を模しているからじゃないのかな。偽物であれ、それが生きているならイリアは殺せない。あれはそういう類の人間だから」

 顔を伏せ、キアはぽつりと呟く。

「そういう甘さが、周りに飛び火して人を殺すんだ」

 その言葉には後悔や怒りだけではない、哀れみにも似た感情が込められていた。イリアと面識があると、キアは前に言っていた。単純な知り合いという訳ではないのかもしれない。

「僕個人の思惑からすると、この作戦は大失敗だ。元凶を殺せず、AGS本部が納得するだけの実戦データも手に入ってしまった。このデータを破棄するという手もあるが、先の作戦も併せてifを七機、兵を七名失った。このデータだけが、僕の生命線になってる訳だ。皮肉なもんさ」

 確かに、このデータがあれば責任を問われる事はないだろう。逆に言えば、このデータがなければ無用に兵を死なせたことになる。

「データを渡すべきではない、と?」

「ろくな結果が待ってないよ。無用な知識は人を殺す。BFSの二の舞だ。あれほど子どもを殺している物もないだろう?」

 悲しいことに、キアの言うことは正しいと感じた。AGSとH・R・G・Eの争いは一進一退を繰り返し、決め手を欠いた戦場となっている。もしこのifのような何かをAGSの兵器として運用出来れば、この拮抗状態を打開出来るかも知れない。より多くの血と犠牲を持って。

「しかし、渡さざるを得ません。貴方はここで朽ち果てるべき人ではない」

 それは本心からの言葉だった。キアはどこか自嘲的な笑みを浮かべ、表示されたデータ群を閉じた。

「僕も、ここで朽ち果てるつもりはない。データは渡すが、多少の悪足掻きはする。僕程度の改竄でどれだけ騙し通せるか分からないが、それまでに殺す。処分はそれから受けるさ」

 それはAGSに対しての背信行為であり、ただの処分で済むような道理でもない。

「それ程までして、殺す価値があるのでしょうか。私達が出来る事の範疇を超えている気がします」

「言ったろ、個人的な恨みがあるって。それに関しては私怨だし、出来る限り迷惑を掛けないようにしたいけどね」

 つまりこの人は、止めても一人で成し遂げようとするのだろう。それが私怨だと嗤い、それでも尚恨みを捨てきれない。

「とりあえずはお手伝いします。正直、このような状況では何が最善か分からない」

 何が最善かは分からないが、キアの言っている事に間違いはないのだろうとも思える。一先ずは、それを信じてみるのもいいだろう。どちらにせよ、自分には分からない事が多すぎる。

「最善か。離職するかデスクワークに異動するか、それぐらいかな、ここで言う最善ってのは。今すべき事ではないけどさ」

「同感です」

 キアの冗談とも取れる返答を受け、軽い笑みを浮かべる。確かにこの職種において、最善なんてその程度の価値観しかない。

「データの改竄、報告は僕がやる。リードの方はif部隊の編成と状況説明を頼むよ。といってもこちらの保有戦力は一機のみになってしまったが。この《フェザーランス》なら交戦せずに帰還出来るだろうが、念の為に戦力として数えておきたい」

「了解です。ブリッジクルーへの説明や指示も私がやりますので、暫くは休んでいた方がいいでしょう」

 キアはまた自嘲気味に笑うと、ソファに寝転がり目を閉じた。

「そうさせてもらおうかな。諸々は任せたよ」

「はい。失礼します」

 休んでくれる事に、内心胸をなで下ろす。今の状況がどうであれ、休める時に休んでおかなければ、いざという時に動けなくなる。

 話し合うべき事を話し、言うべき事を言った。席を立ち、艦長室を後にする。

 扉が閉まる前に、一度だけ振り返った。黒髪を微かに揺らしながら、少女はじっとキアを見つめている。

 微かな諦念と確かな悲哀が、瞳に込められているようだった。






「旋回と献身」

 今回はリオトワ初デートという事でやけに気合いを入れて書いた覚えが。

 やっとまともな服装を装備したトワの破壊力で何だかどうにかする感じです。

 後は遺跡というトンデモ設定の謎物件にちょっと踏み込んでいたり、そこから色々借りパクしたりしましたね。

 今回トワ嬢がエンゲージリングをリオに買わせましたが、これプロット外の出来事なんですよ。何だか適当にぶらつかせたら、気付いたら買わされていたという。

 結果的には色々ギミックとして有効活用可能だし、トワ嬢が嬉しそうだったのでまあいいかなあって。

 あとは特にないです。あ、戦闘シーンは頑張りました。

 

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