母の言葉
制止の為に伸ばした手は、何も止めることは出来ず。リオと《イクス》は1stサーバーを完全に破壊した。
シア・エクゼスは、砕かれた核へと飛び付く。
明滅は弱まっている。間もなく機能は完全に停止し、自分も消えるだろう。
内包された情報の圧が、ここら一帯を吹き飛ばす。だというのに動こうとしない《イクス》を一瞥し、顔をしかめて溜息を吐く。
「頼りないんだよなあ、本当に」
そして悪態を吐きながら、シアは止まりかけている核へと溶け込んだ。
世界は元通り、サーバーも破壊されリリーサーも潰える。自分の身体が思った以上に保たなかったのは本当に勘弁して欲しいと思いながら、それでも上出来ではないかと考えていた。消えゆく意識の中、トワ・エクゼスは反省会もそこそこに楽しいことを考え始める。みんなと過ごした日々、リオと過ごした日々。これからもそれが続いていかないことは残念だけれど、それでも自分は人として生きたんだと。
そう、胸を張って言える。しかし、そんな輝かしい思いとは裏腹に、容赦なく顔面を殴られるような感覚を受けて目を開く。
「うえ……な、殴られた?」
尻餅を付き、鼻っ柱を押さえながら、目の前の人物を見上げる。仏頂面を浮かべ、拳を握っているのは。他でもないシア・エクゼスだった。
真っ白なこの世界は、どうにも無機質だったが。目の前の女性は、今まで見たどのシアよりもある意味生き生きしているように見えた。
「……お母さん?」
そうトワは問い掛けてみる。しかし、シアは複雑そうな表情を浮かべていた。
「何がどうしてそうなっちゃったんだろ。意味分かんない」
そう言いながら、シアはトワの手を取って引っ張るようにして立たせる。そして、シアはトワの身体をまじまじと見ていく。
そして、思い切り露骨に肩を落として溜息を吐いた。
「ああ、これはダメそう。まあ、でもやるだけやってみようかな」
何やらよく分からないことを呟くと、シアは中空に浮かぶコンソールを操作し始める。殆どのコンソールは消えかけており、それらを脇に放っては使える物を操作していた。
「えっと、お母さん?」
そうトワが再度問い掛けるも、シアはきっと睨み付けてくる。
「うるさい。時間との勝負なんだから黙って」
そう一蹴され、トワはむうと口を噤むしかない。しばらくはそうしてシアの作業を見ていた。だが、今度はシアがトワをちらと見た。
「……えっと、トワ。貴方は幸せだった?」
コンソールの操作を続けながら、シアはトワに問う。
「うん。しあわせ」
迷わずにトワは答える。
「じゃあさ。リオはどう? 幸せだったと……これからも幸せだって、本気で思える?」
リオの名前を出されても、トワは頷いた。
「うん。きっとしあわせ」
操作が終わったのだろうか。シアはコンソールを脇に退け、トワと向き合った。
「どうしてそう思うの?」
「私がいたから」
「いなくなったら?」
「それでもしあわせ」
「なんでよ」
シアが質問し、それにトワが返す。なぜと問われ、ようやくトワは少し考えた。
「……短い時間しかなくて。頑張って考えたの。どう言ったら伝わるかなって。だから、良かったって言った。私を選んでくれたのが、リオで良かった」
そう言って、トワはリオのことを思い返す。世界でたった一人だけの、一つだけの願い。
「それが、私からリオに渡した……生きる為の言葉」
自信満々な笑みを浮かべ、トワはシアを見詰め返す。その視線を受け止めて数秒、シアは大きな溜息を吐いた。
だが、今度は呆れているような雰囲気ではない。
「予言してあげるけど。きっと、貴方もリオも不幸になる。こんな筈じゃなかったって後悔する。私には分かる」
シアがそう言うと、トワはぷぷと笑う。
「どうかな? お母さんの言う事だよ?」
もう一度溜息を返すと、シアは右手をしっしと振る。
トワの身体が瞬き、覚えのある浮遊感が全身に染み渡っていく。
「……お母さん?」
トワの問い掛けに、シアは再度苦い顔する。
「私はお母さんじゃない。まあいいや」
意識が瞬く。浮遊感に抗い、トワはシアに手を伸ばそうとする。どうしてか、目の前にいるシアが違う姿に見えたのだ。とても小さな、いつかどこかの。
しかし、そんな抵抗など意に介さず。或いは、それだけで充分だったのか。シアは肩を竦めて微笑む。
「お母さんの言う事、ね。ふふ」
そして、シアは小さく手を振る。
「そうなると良いな。うん」
小さく呟いたその声を最後に、シアの姿もその白い世界も。立ちどころに消えていった。




