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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「選択と想到」
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二人の選択


 世界は傾き、無に還され、穴だらけになっていた。

 そんな世界に、蒼の炎が燃え広がる。少女の意思を携えたその炎が、世界を焼き尽くすことなく包み込む。少女の温かさに焼かれ、空白が潰えていく。

 ひび割れた宇宙が、蒼に焼かれ巻き戻っていくのが見える。空白に覆われ、その存在を失った者達も。

 ifの操縦席で目を開き、見知った温かさに周囲を見渡したリュウキ・タジマもその一人だった。得体の知れない何かに包まれ、死んだものと思っていたが。

 通信が入り、泣きながら怒鳴りつけてくるエリルの声を聞く。謝りながら、知っている温かさだと遙か遠方を見遣る。

 世界は傾き、無に還され、穴だらけになっていたが。蒼の炎がそれを凌駕する。

 穴だらけになっていた地球が、蒼炎に包まれて元の蒼を取り戻す。そこに住む人々も、昼夜を問わずその温かい蒼を見た。

 生きとし生けるもの全てを包み込んだ蒼の炎は、やがて当然のように消えていく。世界に刻まれた爪痕を消し去り、そんなものなどなかったのだと笑いかけるように。

 リオ・バネットは目を開き、蒼に染まった宇宙を見た。

「さすがリオ。私だけじゃ、こうはいかなかったよ」

 隣にいるトワが、その蒼に手を伸ばしながらそう言う。

 操縦席ではない、どこか別の場所だろう。ここからは、よく世界が見える。

「世界も、みんなも守らなくちゃって思ってたけど。具体的にどうすればいいのか、私さっぱりだったから」

 そう言って、トワは困ったように微笑む。蒼い炎の勢いが衰えている。トワがこちらに向き直り、にへへと歯を見せて笑った。

 ああ、そうかと分かってしまう。この炎は、この少女は。

 こちらの表情、その変化を感じ取ったのか。トワは、少し困ったように笑う。そして、深呼吸を何度か行う。

 こちらをちらと見て、またすぐ顔を伏せる。

「……すき」

 少し湿っぽい声で、トワはそう告げる。

 堰を切ったように流れ出す涙を、両手で乱暴に拭いながら。トワはそれでも言葉を紡ぐ。

「……好き、大好き。私バカだから、他になんて伝えたらいいか分かんないの」

 一歩踏み出し、そんなトワに触れようとする。しかし、その手は身体を突き抜けてしまう。まるで燐光に触れているかのように、朧気で。

 ごしごしと袖で目元を拭うと、トワはえへへと笑う。

「でも、でもね! リオのことは何でも知ってる。ぼけっとしてるしかわいいんだけど。いざっていう時、誰よりも格好良いんだ!」

 世界が瞬く。炎が消えていく。

 少女が両手を合わせ、祈るように握り締める。相変わらず、赤い目には光が溜まっていたけれど。

「私を選んでくれたのが……リオで良かった」







 目を開く。操縦席の蒼炎は、もう消えていた。

 リオ・バネットは、目の前で脱力したまま漂っている少女を……トワを抱き留め、その髪に顔を埋める。

 あんなに温かかった筈の身体が、今はもうこんなに冷たい。

 目の前のモニターには、両断された1st(ファースト)サーバーが映っている。引き裂かれた船体から、巨大な(コア)が見えていた。(コア)はひび割れていたが、その表面はまだ明滅を繰り返している。

 近くには、長剣ナインスレイも漂っていた。剣身には、蒼の残り火が微かに灯っている。冷たくなった少女を抱き留めながら、何の意味もないと目を背けた。一緒に、ここに戻ってくると。その為に戦っていたのに。今更サーバーがどうとか、何の意味もない。

 冷え固まっていく思考に、先程の光景が浮かんでくる。ここではないどこか、だけど確かに現実だと思える場所で。トワと出会い、その言葉を聞いた。

 何を言っていたのか、何を伝えたかったのか。考えなくても分かる。

 左手でトワを抱いたまま、右手をスフィアグラフに添えた。《イクス》の右手が、残り火を灯す長剣ナインスレイを掴む。

 前に進む。何度も、何度も繰り返した動作だ。近付いて斬る、ただそれだけの、いつも通りの動作なのに。

 ひび割れた(コア)の前に立ち、《イクス》の右腕を振り上げる。

『私なら修復出来る。壊す必要なんてない。そうでしょ?』

 横合いから、そう言葉を投げ掛けられた。声の方向を見ると、両断された白いプライア、《デルエクテクス》の残骸に、シア・エクゼスが立っていた。

 その表情はどこか険しく、その口調も先程までと違う。

『バイタルサインが消えた、でもサーバーがあれば復元出来る。これだけ戦って、こんな終わり方なんてあんまりでしょ!』

 感情的な声を上げるシアを一瞥しながら、どうなんだろうと考える。

 あんまりだとは思う。少なくとも自分は、こんな未来望んでいなかった。

『誰よりも大事な人だって、ずっと一緒にいたかったって。これはきっと、その為に』

 どうしてそこまで感情的になるのか、どうにも分からなかったが。その声は不快ではなく、その言葉に偽りはない。

 誰よりも大事で、ずっと一緒にいたかった。その通りだ。

「……良かった、なんて」

 私を選んでくれたのが、リオで良かった。

「何にも良くない。一緒だって言ったのに。勝手に、一人で先に行って。今更こんなことをしても、僕にとっては何の意味もない」

 唇を噛み締め、溢れ出る感情を抑え込む。抑えきれなかった雫を零しながら、けれどと胸中で叫ぶ。

「……僕は! トワにがっかりされるような事はしたくないんだ!」

 どの選択をしても、トワはきっと許してくれる。でも、これ以外を選べば。きっとトワはがっかりする。だから、あの子に背きたくなくて。

 声を上げると同時に、突き動かされるように《イクス》の右腕を振り下ろす。

 その手に握られた長剣ナインスレイが、(コア)を寸分違わず砕き斬る。

 全てが終わった。戦いも、少女の未来も。それに付随する自分自身も。

 両手で冷え切ったトワを抱き締めながら、感情が壊れるままに嗚咽を上げる。

 もう一歩も動けないし、動くつもりもなかった。

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