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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「選択と想到」
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蒼が紡ぐ未来


 世界は傾き、無に還され、穴だらけになっていた。

 だが、全てが空白に包まれた訳ではない。着実に進んでいるとしても、全てが終わった訳ではなかった。

 だからこそ歪になった地球を背に、虫食いだらけの宇宙で蒼炎の騎士は突き進む。

 世界を空白へと導くのは白いプライア、シア・エクゼスの操る《デルエクテクス》だ。マッシブなシルエットに、前面と背面に装備された外套、背後に浮かぶ四基の大型翼……聖職者、或いは神像を思わせる荘厳な導き手だ。

 シア・エクゼスのやってきたことを否定するつもりはない。演算し、世界を創る。人類の歩みを、少しずつでも前に。何度繰り返したとしても、人類をそのまま続ける為に。

 彼女の言葉が本当ならば、自分達だってその恩恵を受けている。何度も世界は空白に戻され、その度に修正を繰り返した。その結果がここであり、この先にある新たな世界なのだ。

 だから、シア・エクゼスの行為を否定しない。だが、肯定もしない。これから先、世界がどんなに改善され、人類が未来へと到達出来るのだとしても。自分とトワは、この世界にしかいないのだ。

 だから結局、我が儘の延長でしかない。そう考えながらも、リオ・バネットはだから戦えるのだと分かっていた。世界が積み重ねてきた膨大な時間を、これからも続くだろう人類の未来を。全て棒に振って斬って捨ててでも、僕はこの人と共に在る。

 膝の上に座り、今もその手を強く握っていてくれる少女、トワ・エクゼスの熱を感じながら。最後の我が儘を世界にぶつける。

 蒼炎の騎士、《イクス・フォローブライド》は、左肩の大型翼から蒼炎を吐き出しながら宇宙を駆ける。左腕は尚も燃えており、《イクス・フォローブライド》が通る度に宇宙は黒から蒼へと照らされる。

 右手には形成された長剣を携え、真っ直ぐと討つべき敵へと突っ込む。

 シアの《デルエクテクス》、その周囲に翡翠の線が踊る。形成された薙刀……グレイブ達が、矢を放つように射出された。

 回避も防御も必要ない。《イクス・フォローブライド》の左腕、その蒼炎が一際大きく燃え上がり周囲に広がる。炎は様々な刀剣の形に燃え、それらを一息に形成した。かつてプライアが使っていた剣や槍、自分が振るったことのある剣や槍……その中には、リプルから託された大剣モノリスもある。

 お返しとばかりに、蒼炎を纏いながら刀剣が射出されていく。《デルエクテクス》が射出したグレイブの群れは、トワによって射出された刀剣の群れによって粉砕された。

 砕かれたグレイブは白い燐光に変換され、次いで蒼炎で焼き払われる。その炎を突き抜けるようにして、《イクス・フォローブライド》はシアの《デルエクテクス》へと斬り掛かった。

 右手の長剣を力任せに叩き付ける。シアの《デルエクテクス》はここにきてようやくグレイブを形成、両手で握り締めて長剣を防いだ。

『……制御出来ない、私の管理下じゃないんだ。サーバーすらも作り上げたの? 貴方達は』

 鍔迫り合いを続けながら、驚嘆を隠そうともせずにシアは言う。だが、理論や過程は最早どうでもいい。ここでシアを斬り、1st(ファースト)サーバーを破壊する。

 長剣を引き、《デルエクテクス》へと何度も振り下ろす。強引に叩き伏せようとするが、シアの《デルエクテクス》は後退しながらグレイブでそれらを防いでいく。

 叩き付ける程に、長剣から蒼炎が迸る。防戦一方となった《デルエクテクス》のグレイブが、その炎を受けて徐々に拉げていく。

 そのままグレイブごと断ち斬る。そう考え力を込めていく。

『それでも、世界の変数は私が握っている!』

 シアの《デルエクテクス》から、白い燐光が生じた。溢れんばかりの白は、蒼炎を塗り潰していくようにも見える。

「リオ!」

 トワの警告、分かっていると無言で頷き、《イクス・フォローブライド》は長剣で突きをかます。蒼炎を塗り潰す白がうねる。そして、実際にその空白は放たれた。

 目には見えない、存在もしない。故に空白としか言い様のない障壁が、《デルエクテクス》から放たれる。突きをかました長剣と、空白の障壁がぶつかり合う。

 拮抗出来たのは一瞬だけ、大きく広がった空白の障壁から、《イクス・フォローブライド》は飛び退いて離脱する。長剣の柄から先は消えていた。

 シアの《デルエクテクス》も、大きく後退して距離を取る。拉げたグレイブを投げ捨て、こちらに向かって手をかざす。

 白い燐光が放出され、世界が歪む。その手の先にあるものを、全て包み初期化する。あれはそういう障壁なのだ。

「リオ、分かる? シアが距離を取ったのは、近くにいられると困るから。私の炎とリオの剣が、あの距離ならシアを超えるの」

「でも、あの空白が来る」

「あれは‘そこに何もない’から強いの。私に任せて」

 《イクス・フォローブライド》の左腕、トワの蒼炎が燃え広がり、目の前に槍を形成した。それを右手で掴み、再度身構える。

「なら任せる。僕は近付いて」

「私が殴る!」

 左肩の大型翼から蒼炎が吹き出し、《イクス・フォローブライド》が加速を始める。

 シアの《デルエクテクス》は、かざした手を握り込み、そこにある何かを投げ付けるように腕を振るう。目には見えない、存在もしない。故に空白としか言い様のない障壁が、こちらを打ち据えるべく迫る。

 放たれた空白の障壁を、《イクス・フォローブライド》は上下左右に跳ね飛びながら躱す。速度は落とさず、いや一層に加速しながら。《デルエクテクス》に向かって突き進む。

 シアの《デルエクテクス》が、何度も何度も腕を振るう。矢継ぎ早に放たれる空白の障壁に対し、槍を叩き付け、受け流しながら《イクス・フォローブライド》は進む。

 何度目かの剣戟により、槍は持ち手だけを残して消失した。しかし、その瞬間には左腕の蒼炎が広がり、モノリスにも似た大剣を形成する。その柄を掴み、残りの距離を蒼炎を纏う大剣を盾代わりにして突っ込む。

 空白の障壁が何度も直撃し、その度に蒼炎と剣身を削っていく。衝撃が何度も操縦席を揺さ振るが、《イクス・フォローブライド》は変わらず、ただ真っ直ぐにそこへ辿り着く。

 シアの《デルエクテクス》は、両手を前に突き出してこれまで以上の白い燐光を放つ。

 生じた世界の歪み、空白の障壁はあまりにも巨大だ。回り込むのも不可能、触れただけで対象を無に還す。

 だが、《イクス・フォローブライド》は構わず前進を選んだ。大剣を盾代わりにしたまま、空白の障壁に真正面から挑む。

 大剣と空白の障壁がぶつかり合う。《イクス・フォローブライド》と《デルエクテクス》を妨げる距離は、ほんの僅かなものだった。だが、その僅かは極大の僅か……あらゆる距離を無に還す空白の檻が、目の前には広がっているのだ。

 蒼炎を纏う大剣であっても、その空白の前では等しく無でしかない。短い拮抗の後、取り込まれるようにして大剣は消失した。

『……この線は越えられない。そうでしょ?』

 シアの言葉を前にトワはふふんと笑い、こちらも鼻で笑う。

「トワの話を聞いてなかったの? ここでは僕と」

「私が一番強い!」

 《イクス・フォローブライド》の左腕、トワの蒼炎で形成されたその腕を後方に引く。握り込まれた拳をさっと開き、掌底の形のままその左腕は空白の障壁を殴り付けた。

 空白の障壁とぶつかった端から、蒼炎の左腕はその形状を大きく変える。炎はうねり、意思を宿した火炎放射器のように障壁を広がっていく。

 シアの《デルエクテクス》にとって、その光景は初めてのものだったのか。その頭部が左右に振られ、広がっていく炎を目で追っていることが分かる。

 瞬く間に広がった蒼炎は、その牙を障壁の中にまで食い込ませた。一度道筋が出来てしまえば、後は一瞬だ。空白は蒼炎に包まれ、その色を蒼に変えていく。

『世界を、塗り替えて……!』

 空白は、‘そこに何もない’から強い。しかし、今目の前に広がる障壁は、最早空白とは呼べないだろう。蒼炎に炙られ、蒼く染まっていくそれに。自分達を阻む力は残っていない。

 存在してしまったが故に存在出来ない。空白の障壁は、蒼に染まったままひび割れ、砕け散っていく。

 その障壁を突き抜けるようにして、《イクス・フォローブライド》は最後の距離を詰めた。右手を後ろに引き、トワの蒼炎が形成する剣を掴み取る。

 飾り気のない、だが研ぎ澄まされたその刃は……その長剣は、見知った得物だ。かつて《イクス》が背負っていた唯一の武装、長剣ナインスレイだ。

 かつてスレイからイクスへと託された剣が、そのナインスレイだった。かつての主の命により、銘が刻まれたその長剣は。守るという一点において、誓約にも等しい力を持つ。

 その銘を破棄できるのは、今は存在しない彼の主か、彼自身か。守るという意思に背いた時ぐらいだろう。

 《イクス・フォローブライド》は、右手に握り締めた長剣ナインスレイを右から左へと振り抜く。斬撃と同時に蒼炎が迸り、その軌道を鮮やかに染める。

 シアの《デルエクテクス》は、抵抗も回避も出来なかった。長剣ナインスレイの斬撃軌道は、突き出されていた両腕を一撃で消し飛ばす。

 更に、返す刃で長剣ナインスレイを《デルエクテクス》の胴に宛がう。断ち斬らずに宛がわれたその剣身を、《デルエクテクス》の目が捉える。

 シアも、さぞ疑問に思っていることだろう。

「未来に興味があるんだろ。僕と」

「私が!」

「そこへ連れて行く!」

 左腕を自身の後方に向ける。同時に左肩の大型翼が動き、《イクス・フォローブライド》を加速させていく。右手の長剣はシアの《デルエクテクス》の胴に宛がったまま、強引に推力だけで押しやっていく。

『それでも、私の演算は!』

 目の前の《デルエクテクス》が消える。こうではない未来へ逃げたのだ。しかし、加速し軌道を変えた《イクス・フォローブライド》は、《デルエクテクス》が生じた瞬間に同じように胴へと長剣を叩き付けた。

 再び押し込んでいく。《デルエクテクス》は消え、その度に《イクス・フォローブライド》はその未来に追い付く。

 《イクス・フォローブライド》の左腕は、最早腕の形を成していない。肩から吹き出るままに蒼炎を吐き出し、《イクス・フォローブライド》を未来まで押しやっていく。

 複雑な軌道を描きながら、四方に生じる《デルエクテクス》を何度も捉える。その度に宇宙は蒼に染まり、《イクス・フォローブライド》は加速を繰り返していた。

 やがて、未来は一つに集約する。《デルエクテクス》は、最早後退という未来しか選べなくなっていた。《イクス・フォローブライド》、その左肩にある大型翼が展開し、これまで以上の蒼炎と推力で《デルエクテクス》を押し込んでいく。

 そして未来は確定する。《イクス・フォローブライド》は右手に握り込んだ長剣ナインスレイに力を込めていく。後方に向けた左腕は、世界を染め上げる程の蒼炎を放っていた。

 長剣ナインスレイを胴に叩き込まれたまま、《デルエクテクス》は後退すら選べなくなっていた。ただ蒼炎に炙られ、胴体以外のパーツが次々と脱落していく。

 一緒くたの蒼い炎と化した二機……二騎は、一直線に飛来しながら宇宙の黒を蒼に変えていく。

「殺して、たまるか」

 トワを強く抱き留めながら、蒼炎の向こうにかつての光景を見る。

 《イクス・フォローブライド》の全身から、呼応するように蒼炎が吹き出す。

「殺されて……たまるかあ!」

 叫び、未来を駆け抜ける。あらゆる速度という概念を超越し、《イクス・フォローブライド》と《デルエクテクス》は宇宙に佇む1st(ファースト)サーバーに着弾する。

 尚も《イクス・フォローブライド》は止まらない。長剣ナインスレイで《デルエクテクス》を押しやり、《デルエクテクス》で1st(ファースト)サーバーを押しやる。

 サーバーをも巻き込み、二騎は一塊の蒼炎と化した。《イクス・フォローブライド》は右腕の位置を変え、長剣ナインスレイを握り直す。

 そして腹の底から……心の(うち)から生じる言葉を音に変え雄叫びを上げながら、《イクス・フォローブライド》は右手の長剣ナインスレイを振り抜いた。

『……そっか、そうだった。私は、私達は……!』

 裂帛の一撃は、《デルエクテクス》と1st(ファースト)サーバーを蒼炎を伴いながら斬り裂いた。

 振り抜かれた蒼炎は宇宙を……世界そのものを包む勢いで広がっていく。

 比喩や誇張ではなく、この時確かに世界全てを包む蒼炎が燃え上がったのだ。

 蒼に染まっていく世界とは裏腹に、《イクス・フォローブライド》はその光を……炎を失っていく。

 灰色に染まったまま、全てを斬り裂いた姿のまま。《イクス・フォローブライド》はその動きを止めた。

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