終わりを紡ぐ白
青の燐光がそこかしこに棚引き、灰色の機影が鋭敏に命を刈り取る。
青の燐光はトワ・エクゼスの《プレアリーネ》から生じていた。両手の大剣モノリスを振り回し、投擲し、粒子砲撃を放ちながら。自身も高速機動を繰り返している。
灰色の機影はリオ・バネットの《イクス・ホロウブランク》だ。手にした武器はナイフのみ、加えて左腕は損失している。されどその動きに翳りはなく、躊躇無くその刃を振るう。
何度目かの死を与えられたにも関わらず、シア・エクゼスの《デルエクテクス》は健在だった。断ち斬られては消え、後に残るのは橙の燐光のみ。そして、最初からそこにいたという認識と共に別の場所へ出現する。
「時間はかけたくないんだけど……!」
リオ・バネットはそう毒づきながらも、集中を維持して《イクス・ホロウブランク》を操る。
トワと合流し、協応出来る状態に持ち込んだ。シアの《デルエクテクス》は相も変わらず、同じ事を繰り返していた。グレイブを射出する、グレイブで斬る、掴み掛かってくる殴ってくる。演算も変わらない。斬っても何をしても、そうではない未来に逃げられてしまう。
トワの《プレアリーネ》が、両手の大剣モノリスを中空に解き放つ。独りでに動き始めた二対の大剣が、シアの《デルエクテクス》に追い縋る。
迎撃を大剣に任せ、《プレアリーネ》はこちらの真横に滑り込む。
『リオ、隠してる場合じゃないから言うけど。私が全力で戦えるの、もうそんなに長くない』
「こっちも似たようなものかな。相手に殺す気があまりないから長引いてるだけ」
トワの身体はそう長くは保たないし、こちらの体力だって有限だ。どちらにせよ、この戦いの終わりは近い。
「シアの動きはなんとなく分かった?」
『ん、なんとなく。分かったと思う』
猶予はない、選択肢は一つだけ。
「相手の演算を先回りして仕留める。僕はトワに合わせるから、トワは」
『リオに合わせる!』
それ以上の言葉は不要だ。二対のプライアは、白のプライア目掛けて距離を詰める。
シアの《デルエクテクス》が纏わり付く大剣モノリスをグレイブで弾き、倍数以上のグレイブを形成し射出する。トワは大剣を引っ込め、盾代わりにして前面に展開した。
グレイブが幾つも直撃するが、青い燐光を纏ったモノリスは砕けない。回避も何もない、大剣を盾にして強引に近付いた《プレアリーネ》は、大剣の盾から飛び出すと右脚で蹴りをかます。
蹴りと同時に、右脚に仕込まれたリグニセル粒子剣が起動、致死の熱量を内包した粒子剣が、《デルエクテクス》の胴を真正面から貫く。
『でもね、トワ。私はやっぱり、今のこれって特別なんじゃないかって思うの』
消える《デルエクテクス》、トワの《プレアリーネ》は、両手で大剣モノリスを掴むとすぐさま別の場所へと跳ね飛ぶ。しかし、そこには誰もいない。
新たに生じた《デルエクテクス》へと飛び込んだのは、《イクス・ホロウブランク》の方だ。相手がグレイブを構える前に頭部を蹴り上げ、右手を胴に叩き付ける。逆手に握ったSB‐2ダガーナイフが、白い装甲と外套を紙細工のように引き裂く。
『ファルでは出来ないことを、貴方はトワになって出来るようになった。それ自体がもう特別だなって思わない?』
シアの《デルエクテクス》が、こちらの背後を取る形で生じる。しかし、先んじて投擲されていた大剣モノリスが、現れた次の瞬間に《デルエクテクス》を貫いた。
《イクス・ホロウブランク》は、右手のSB‐2ダガーナイフを何もない中空へと投げ付け、代わりに先程まで《デルエクテクス》に突き刺さっていた大剣モノリスを右手で掴む。
『貴方が生まれたきっかけは何? 他でもない、そこにいるリオが関係しているんじゃないのかな?』
こちらの投擲したSB‐2ダガーナイフを避けるような形で、シアの《デルエクテクス》は姿を現す。そして、次の瞬間には粒子砲撃によって霧散した。トワの《プレアリーネ》が、もう一振りの大剣モノリスを粒子砲として使ったのだ。
「だから、僕が何か知っているって言うの?」
繰り返してきた戦い、それにより培われてきた感覚を総動員し、《イクス・ホロウブランク》は右手を突き出す。その手に握られた大剣モノリスが粒子光を灯し、次いで暗い宇宙を熱で照らした。
出現と同時に、シアの《デルエクテクス》は粒子砲撃の直撃を受ける。
『だって普通じゃないもの。長い時間、この繰り返しの中で。こんなに不思議なことが起こるなんて』
シアはそう答え、また新たに《デルエクテクス》が出現する。だが、そこには既にトワの《プレアリーネ》が回り込んでいた。《プレアリーネ》は大剣モノリスを横一文字に一閃、造作もなく《デルエクテクス》を両断する。
『私はね、シア。最初はファルの願いそのものだったの。でも、今は違う』
《プレアリーネ》の背後に生じた《デルエクテクス》が、その白い手を伸ばす。
トワの《プレアリーネ》は動かない。代わりに、そこへ飛び込んでいた《イクス・ホロウブランク》が全身を使って右手で握った大剣モノリスを振り下ろす。
縦一文字の斬撃軌道が、シアの《デルエクテクス》を一瞬でスクラップに変える。
遠方に生じた《デルエクテクス》だったが、その瞬間にはトワの《プレアリーネ》がすれ違い様に大剣モノリスを振り抜いている。青い燐光に青い斬撃軌道、構えてすらいなかった《デルエクテクス》は橙の燐光に変わるしかない。
『トワになって、ファルの願いを受け取ったの。だから、私にあるのは私だけ』
同じように、《イクス・ホロウブランク》も駆け抜ける。下段に構え、引き摺るようにしていた大剣モノリスをかち上げ、生じかけていた《デルエクテクス》を吹き飛ばす。
『誰にも貴方にも奪わせない、私だけの私なんだから!』
トワの《プレアリーネ》は、大剣モノリスを投擲し自身は別の場所へと跳ねる。生じそうになっていた《デルエクテクス》はモノリスの通過によって霧散し、別の場所に生じようとした瞬間に《プレアリーネ》が突き抜ける。右腕と右脚のリグニセルによる回転斬りによって、後には橙の燐光が残るのみ。
シアの返答はない。届きかけているという希望に縋りながら、《イクス・ホロウブランク》は上段に構えた大剣モノリスを振り下ろす。その剣先からは粒子光が漏れ、斬撃と同時に粒子砲撃が放たれた。《デルエクテクス》になろうとしたものは熱に包まれ、最早橙の燐光すら生じない。
「僕も同じだ。トワだけを救う、その為に」
トワの《プレアリーネ》が、青い燐光を発しながら知覚困難な速度で剣戟を繰り出す。飛び交う大剣モノリスに勝るとも劣らない機動と斬撃で、なりかけの《デルエクテクス》を次々と斬り捨てる。
牽制をトワの《プレアリーネ》に任せ、こちらは大剣モノリスで突きの構えを取る。粒子光を集約、一点のみを確実に貫く為にその機会を窺う。
トワから声をかけられることはない。だが、言葉に音にしなくとも分かる。《イクス・ホロウブランク》は、ゆっくりと前進を始めた。
ゆっくりと、だが着実に加速を続け、反比例するかのように右腕を引く。矢を番え引き絞るように、突きの構えを維持する。右腕が震え、灰色の燐光が腕から、次いで身体のそこかしこから沸き上がった。
トワの《プレアリーネ》と大剣モノリスは、別々に飛び去っては《デルエクテクス》になろうとするものを斬り捨てる。未来を演算するというのならば、やがて答えは一つに集約するだろう。
「手の届く、場所に!」
正面の空間が歪む。シアの《デルエクテクス》が生じる更に一歩手前、その兆候を感覚だけで感じ取り、全霊を込めて《イクス・ホロウブランク》の右腕を解き放つ。
その手に握られた大剣モノリス、その剣先から粒子砲撃は放たれない。モノリスの内側に生じた、全てを焼き尽くす程の熱量を、直接そこへ叩き込む。
《イクス・ホロウブランク》は半ば殴り付けるようにして右腕を、大剣モノリスを叩き込んだ。歪んだ空間、その向こう、全てを演算し未来を作り上げる病巣へと。
何もない空間……そうとしか目には見えない場所に、大剣モノリスの切っ先が侵入していく。
世界の裏側、その向こうに広がる無数の演算装置が、この切っ先にあるのだ。
「終わりだ、シア!」
シアの名を叫び、それに応えるかのように大剣モノリスが熱を開放する。これまでとは違う手応えを感じながら、世界の向こう側に広がる演算装置を焼き払っていく。
「……そうだね、終わったみたい」
耳元で囁くように、その言葉は吐かれた。シアの声だと感じ、横を振り返るも誰も居ない。そして、見えない何かに殴られたかのように《イクス・ホロウブランク》は後退する。
手にしていた大剣モノリスは、柄から先が消えていた。いや、正確には。
「最初から……こうだったみたいな」
意識が塗り替えられた……そんな気持ちの悪さを憶えるも。それ以上の異変が心を塗り固める。
『ま、待って、なんで……私』
トワの《プレアリーネ》が、その動きを止めていた。四肢が痙攣し、必死に動こうとしているのが分かる。
周囲に生じたグレイブの群れが、《プレアリーネ》を呑み込むように殺到した。こちらが出来たのは、残った右手をそこに伸ばすだけ……開かれた手から、柄だけになったモノリスがどこかへ漂っていく。
四方八方から降り注いだグレイブの群れは、動けなくなった《プレアリーネ》の四肢と頭部を何度も貫き、粉砕した。
「トワ……! トワ、返事して!」
そちらに駆け寄りながら、胴体は残っていると焦る気持ちを抑え込む。《イクス・ホロウブランク》は右手で残り一振りとなったSB‐2ダガーナイフを右脚下部から取り上げ、胴体だけとなった《プレアリーネ》を庇うような形で身構える。
しかし来るだろうと思っていた追撃も、とどめを刺す為の一撃もない。
「トワ! 平気だって言ってよ!」
周囲への警戒を続けながら、トワへの呼び掛けも続ける。返事はない。いや、微かに。苦しげな息遣いだけが聞こえてきた。
『大丈夫、トワを殺したりはしないよ。だって、リリーサーがいないと私は何にも出来ないからね』
白いプライア、シアの《デルエクテクス》が、目の前に生じていた。手にグレイブすら持っていない。戦いは終わったと、そう見せ付けるように。
『私の役目は演算で、ここに存在することじゃないんだ。でも、世界を変えるには。そこには誰かが必要になるの。人と同じように世界を見て、世界に在ることが出来るリリーサーが』
シアの《デルエクテクス》に傷はない。世界の向こう、演算装置の幾つかは焼き尽くした筈だ。だというのに、目の前の敵は未だに出会った時と変わらない。
『だからむしろ、リオがトワを殺したりしないか心配だったかな』
そう言って、シアは困ったように笑う。その一言で火が付き、《イクス・ホロウブランク》は弾け飛ぶようにシアの《デルエクテクス》へと突っ込んだ。
右手のSB‐2ダガーナイフを、力任せに叩き付ける。《デルエクテクス》は避けず、また刃が届くこともなかった。ナイフの切っ先は、中空に射止められたかのように止まってしまったからだ。
「こんな……もの!」
《イクス・ホロウブランク》の動きが鈍ったわけではない。目に見えない障壁が、こちらの刃を防いでいる……そう判断し、より一層力を込める。
『無理だよ。空白は埋められない』
シアが悲しげに告げると、目の前の障壁の圧が増した。押し返される……そう思った瞬間、予想に反してその障壁はナイフを受け入れた。
するりと腕ごと這入り、次いで凄まじい衝撃で弾き飛ばされる。急ぎ体勢を立て直すも、右腕は肩から先がない。それどころか、そこに何があったのか思い出せなくなっていた。空白の障壁に包まれ、存在が丸ごと無に還された……そんな考えが頭を過ぎり、それを否定する為に歯を食いしばる。
「まだ、僕は!」
両腕を失った《イクス・ホロウブランク》で、《デルエクテクス》の背後に回り込む。武器も何もない。だが、右脚を引いて蹴りを放つ。抵抗を止めれば、全てが終わってしまう気がして。突き動かされるように、その身体を駆動させる。
シアの《デルエクテクス》は、こちらを一瞥しようともしなかった。こちらの蹴りはただ障壁に阻まれ、見えないそれに弾き飛ばされる。蹴りを放った右脚は消え、《イクス・ホロウブランク》は弾かれるままにそこらを漂う。
『《デルエクテクス》、この演算装置の役目はこれなんだ。復元に追加、構成。それらを補助する為の初期化』
体勢を立て直し、抵抗を続けようとする。しかし、そんな《イクス・ホロウブランク》に対し、シアの《デルエクテクス》は右手をかざすだけで事が済んだ。
見えない障壁が、するりと装甲の内側に這入り込む。強引に初期化されたことにより、装甲を軋ませながら。《イクス・ホロウブランク》は痙攣し動かなくなった。
『演算は終わったし、世界の架け橋となるリリーサーもここにいる。後は、貴方達を未来に連れて行く為に。私の役割を果たすだけ』
シアはそう言うと、やはり悲しげに微笑む。
『私の、私達の願いを知れなかったのは残念だけど。また次を、どこかの未来で』
そう締め括ると、シアはもう興味は尽きたのか。或いは、役割に従うしかないのか。こちらに向き直ることはなく、ただ暗い宇宙を眺めている。
演算装置である《デルエクテクス》が、橙ではなく白い燐光を放っていた。




