虚空の業
四機の騎士に追い立てられ、まんまと距離を稼がれてしまった。リオ・バネットは内心だけで舌打ちを済ませ、トワと合流する方法を考える。
トワの体力は少ない。無駄な連戦をさせる訳にはいかないのに。シア・エクゼスの策なのか、通信は通じてくれない。また、敵は最初から分断を狙って動いていた。
四機の騎士は灰色に染まっている。プライア・クライス、かつて存在していたリリーサーが用いたプライアを、体よく使う廉価版だ。こちらの《イクス・ホロウブランク》も、機体色は灰色だが。その在り方は大きく違う。
脳裏に浮かんだ答えをまとめ、ちょっとした苛立ちを伴いながら邪魔立てする四機を見る。
「どう足掻いても絡んでくるのなら。斬った方が速いな」
覚悟をしろと言わんばかりの意思を飛ばし、《イクス・ホロウブランク》は右手に持っていたＳＢ‐８ロングスピアを左手で持ち直す。そして、空いた右手で左肩にあるＥ‐９フラッシュソードを引き抜いた。
四機のプライア・クライスが一瞬たじろいだように見えたが。空っぽの影にそんな芸当は出来ないだろうと切って捨て、《イクス・ホロウブランク》は四機に目掛けて突撃を開始する。
「敵は随分と分かりやすい」
大柄でマッシブな機影のクライスが、左手に持った馬鹿でかい弓を構える。番えているのはこれまた馬鹿でかい槍であり、その照準はこちらの鼻先を正確に狙っていた。
放たれた槍は電磁加速を思わせる稲光を伴い、一瞬の内に着弾する。だが、《イクス・ホロウブランク》は増速を掛けその矢を躱す。
「あれが槍弓騎士《アーバイン》。レールガンをどかどか撃ってくる」
弓兵を斬ろうと猛進していた《イクス・ホロウブランク》の前に、外套を身に着けた重武装のクライスが飛び込んできた。左手に大盾、右手に斧槍を持っている。
「守護騎士《オルゴス》、守りに特化した足の遅い奴」
ろくな打ち合いもせずに、《イクス・ホロウブランク》は守護騎士《オルゴス》の脇をすり抜ける。卓越した機動に充分な速度があれば、抜ける事は容易い。
しかし、その進路を塞ぐように手斧が二つ飛来した。《イクス・ホロウブランク》は、その凶刃を左手に持ったＳＢ‐８ロングスピアで弾く。その視線の先には、今までの二機と比べ軽量で素早いクライスが、手斧を両手に構えて追ってきている。
「闘士《ランベルト》、妨害用の格闘機」
尚も《イクス・ホロウブランク》は前進する。そこに、槍弓騎士《アーバイン》の槍が一発二発と撃ち下ろされ、退路を塞ぐように闘士《ランベルト》の手斧が飛び交う。
そうこうしている内に、守護騎士《オルゴス》が追い付いてその斧槍をこちらに叩き付けてくる。体捌きだけで《イクス・ホロウブランク》はそれを避け、逆に蹴りを大盾にお見舞いした。
そして、こちらの隙を見出して騎士然とした機影が飛び込んでくる。手にした長剣を、惚れ惚れする程に理想的な斬撃軌道で振り抜く。
《イクス・ホロウブランク》は左手のＳＢ‐８ロングスピアでその一撃を凌ぎ、右手のＥ‐９フラッシュソードでそいつの胴を斬り付ける。
しかし、素早く守り入ったその長剣に防がれ、打刀の刃は所定の性能を発揮する事が出来なかった。
「剣聖《ギュスターヴ》、本命のアタッカー」
騎士然としたその機影の名前を頭から引っ張り出し、下がっていろという意思を込めて蹴り付ける。長剣で防ぎに掛かった《ギュスターヴ》を、そのまま蹴り抜いて引き離す。
計四機が、今自分を阻んでいる。連携を主軸に戦う、見た目通りの分かりやすい奴等だ。
「時間は掛けない」
瞬時に呼吸を整え、《イクス》の目を開く。消耗を抑えて戦えば、それだけトワに負担が掛かる。ここから先は足が止まるまで……或いは。心臓が止まるまで。全力の攻勢で迎え打つ。
「まずは盾を穿つ」
《イクス・ホロウブランク》は、守護騎士《オルゴス》目掛けて一息に詰め寄る。大盾と斧槍を持った《オルゴス》の速度は、鈍重そうな見た目通りだ。何をしてもこいつが前に飛び出し盾を構えるし、後ろから斧槍を振り回してくる。先に斬った方が何かと速い。
《イクス・ホロウブランク》は、右手のＥ‐９フラッシュソードを左肩の鞘に戻す。右手を空にして、左手にあるＳＢ‐８ロングスピアを両手で保持する。
そして大盾を構える《オルゴス》へ、詰め寄ると同時にＳＢ‐８ロングスピアを突き出した。《オルゴス》の大盾はびくともしないが、一度だけで傾くとは思っていない。
《イクス・ホロウブランク》は、全身のバーニアや増設されたブースターを動作の度に噴かし、瞬時に位置を変えては槍による斬撃を加えていく。狙いは全て大盾、防がれるぐらいなら最初から殴ってやった方が面倒がない。
立て続けに五回の斬撃が大盾を揺さ振り、六回目で《オルゴス》の体勢が僅かに傾く。そこまでの斬撃を許してようやく、背後から別のクライスがこちらの殺傷領域へと入った。長剣を上段に振り上げた剣聖《ギュスターヴ》が、接近しながらその長剣を振り下ろす。
《イクス・ホロウブランク》は、ＳＢ‐８ロングスピアを思い切り後ろに引いてそれを迎撃する。槍の穂先ではなく正反対の部位、石突で《ギュスターヴ》の胴を打ち据えたのだ。その殴打によって距離を稼ぎ、長剣の斬撃を無力化する。
目の前の守護騎士《オルゴス》が、後退しながら斧槍を振るう。巨大な武器による、横一文字の斬撃だ。
《イクス・ホロウブランク》は、引いた槍を突き出すようにしてその斬撃に飛び込む。擦過は一瞬、最も危険な刃先のみをＳＢ‐８ロングスピアで凌ぎ、前進を続けた《イクス・ホロウブランク》は《オルゴス》の内側へと這入り込む。斧槍を振るう以上、大盾はどうしても脇に退く。一瞬でも隙間があればそれで充分なのだ。
前進の勢いを伴ったまま、《イクス・ホロウブランク》は空いた左手で《オルゴス》の頭部……顎をかち上げるように掌底をかます。殴打が直撃した次の瞬間には、左腕に仕込まれた散弾が《オルゴス》の頭部前面をまるごと吹き飛ばしていた。
重厚な鎧を思わせる守護騎士《オルゴス》の胴体に脚を掛け、飛び上がるようにして上方の位置を取る。視界を失った《オルゴス》の動きは鈍い。
それを補うべく、真正面に位置取ったのは闘士《ランベルト》だ。両手の手斧をこちらに投擲し、更に自身も前進する。
それだけではない。ようやく誤射の心配がないと悟ったのか、遠方に位置する槍弓騎士《アーバイン》の大弓に稲光が灯る。
《イクス・ホロウブランク》は左手のＳＢ‐８ロングスピアをそこらに放り捨て、研ぎ澄まされた感覚のまま飛来する手斧を見据えた。
闘士《ランベルト》の手斧が《イクス・ホロウブランク》に重なるのと、槍弓騎士《アーバイン》の弓が槍を射出したのはほぼ同時だ。
故に、この攻防が見えた者は自分ただ一人を除いて存在しない。《イクス・ホロウブランク》は、高速回転しながら飛来する手斧二つを空いた両手で掴み、身を捩りながらその手斧を交差、防御態勢を取る。
数瞬後、稲光を伴った槍が《イクス・ホロウブランク》をなぞった。正確には、《イクス・ホロウブランク》が持っていた手斧をなぞり、そして。
《イクス・ホロウブランク》は手斧を傾け、振り抜く。槍弓騎士《アーバイン》が放った雷光の槍は、その軌道を変え守護騎士《オルゴス》の脳天に突き刺さった。
手斧を利用し、槍の軌道を逸らす。防御しながら一機撃破出来る、お得な方法という訳だ。
拮抗は一瞬、雷光の槍は《オルゴス》の胴を玩具のように引き裂き、宇宙の黒へと消えていった。プライア・クライスに意思があるのかどうかは知らないが、守護騎士《オルゴス》は何が起こったのかすら分からないまま灰色の燐光に変換された。
「良い援護だったよ」
そう吐き捨てながら、《イクス・ホロウブランク》の操縦を続ける。拉げた手斧を投げ捨て、こちらへ斬り掛かろうとしている……していただろう闘士《ランベルト》に視線をやる。
《ランベルト》は手斧を投擲し、新たな手斧を形成した。投擲された手斧は大きく広がり、こちらを挟み込むように飛来する。そして、《ランベルト》自身もこちらへ接近を開始した。
投げられた二つの手斧、そして手に持った二つの手斧……四つの手斧が、同時にこちらへ襲い掛かる、みたいな感じだろう。
「そういう技は」
バーニア、ブースターの推力を一点に集約し、一瞬のみでも全力で噴かす。その動作と同時に、《イクス・ホロウブランク》は空いた右手で左肩のＥ‐９フラッシュソード……いわゆる打刀の柄を掴んだ。
接近、抜刀、交差は全て一瞬で過ぎ去る。
「足が遅い奴にしか効かない」
《イクス・ホロウブランク》は、《ランベルト》が認識出来る以上の速度で詰め寄り、Ｅ‐９フラッシュソードを居合い斬りの要領で振り抜いたのだ。後に残ったのは、胴を横一文字に両断された闘士《ランベルト》が、そのままの勢いで前進を続け、自らの手で投げた手斧と合流する姿だけだ。
遅れて灰色の燐光と化した《ランベルト》を一瞥し、《イクス・ホロウブランク》は右手で握り込んだＥ‐９フラッシュソードを虚空に振り抜く。
そこには、槍弓騎士《アーバイン》が放った雷光の槍が飛び込んできている。断ち斬るつもりで打刀を振り抜き、結果として雷光の槍は両断された。だが、Ｅ‐９フラッシュソードもまた根本からへし折れてしまう。
「さすがに保たないか」
柄だけになった打刀をさっさと捨て、残る二機をどう斬るか考える。
槍弓騎士《アーバイン》は、尚も大弓と大槍によるレールガンを構えていた。この場で最も破壊力のある攻撃であり、それに固執してしまっている。
「というよりも。そこまで臨機応変に思考を変えられないのか」
きっとこれが、リリーサーの搭乗するプライアであればこうはいかなかっただろう。だが、相手は灰色の影……プライア・クライスに過ぎない。
剣聖《ギュスターヴ》もそうだ。長剣を携え、接近戦の構えのまま。合流し、二機の連携精度を上げる、なんて行動も見られない。
「なら押し通れるか」
槍弓騎士《アーバイン》が放つ雷光の槍をするすると躱しつつ、《イクス・ホロウブランク》は剣聖《ギュスターヴ》へと接近していく。
徒手空拳のまま、《イクス・ホロウブランク》は《ギュスターヴ》の長剣が振るわれる位置まで這入り込む。プライア・クライスが影だとしても、《ギュスターヴ》の剣技は惚れ惚れする程に綺麗だった。その機体に染み付き、たとえ影に消えても剣技は消えない。そんな意思を体現しているようにも見える。
だが、それは技であって業ではないし、ここは戦場であって舞台ではない。
《イクス・ホロウブランク》は瞬時に加速を掛ける。剣聖《ギュスターヴ》の間合い、その内側へと滑り込む為だ。
そして、《イクス・ホロウブランク》は流れるような動きで左手を動かす。寸分の狂いなく振るわれる《ギュスターヴ》の長剣、その鍔を寸分の狂いなく掴む。
「まあ僕は、剣士でも騎士でもないし」
《イクス・ホロウブランク》は空の右手を無造作に振る。右腕に仕込まれたナイフが手首から射出され、剣聖《ギュスターヴ》の頭部に突き刺さった。
《イクス・ホロウブランク》は、《ギュスターヴ》に組み付いたまま右手を自身の右脚に伸ばす。そこにあるのは、鉄鋼弾がぎゅうぎゅうに詰め込まれたＴＩＡＲ突撃銃だ。
人が拳銃をホルスターから取り出すように、《イクス・ホロウブランク》はＴＩＡＲ突撃銃を引き抜く。銃口を《ギュスターヴ》の胴に向け、トリガーを押し込んだ。
ＴＩＡＲ突撃銃はフルオートで鉄鋼弾を吐き出し、その度に剣聖《ギュスターヴ》の機影が揺れる。
「あとは、あいつだ」
《イクス・ホロウブランク》はそのままの体勢で……即ち《ギュスターヴ》を蜂の巣にしながら、バーニアを噴かし終局を目指す。狙いは残る一機、槍弓騎士《アーバイン》だ。
雷光の槍は放たれない。こちらが《ギュスターヴ》を盾代わりにしているからだ。《アーバイン》に出来る行動は位置を変えこちらの隙を射貫く、それぐらいだろう。
だが、そもそもそんな選択肢を悠長に考えさせるつもりはない。
《イクス・ホロウブランク》の推力を活かして加速、一気に近距離まで詰め寄る。そしてのろのろと動く槍弓騎士《アーバイン》に向け、灰色の燐光を垂れ流す剣聖《ギュスターヴ》を投げ付けた。《イクス》がカタパルト、飛び出す相方は《ギュスターヴ》という訳だ。
《イクス・ホロウブランク》は、右手のＴＩＡＲ突撃銃を再装填する。そして、左手で左脚にあるヴォストーク散弾銃を掴んだ。
「飛び道具はこう使う」
呟きながら、容赦なくトリガーを引く。一緒くたになる《ギュスターヴ》と《アーバイン》に向け、《イクス・ホロウブランク》は両手の銃をひたすらに撃ち続けた。
ＴＩＡＲ突撃銃は鉄鋼弾を、ヴォストーク散弾銃は散弾を吐き出す。目標は真正面、ｉｆであればとっくにスクラップとなっているが、さすがにプライア・クライスはしぶとい。
死体撃ちと表現してもいい引き裂かれ方をしながら、剣聖《ギュスターヴ》は爆散し灰色の燐光を撒き散らす。その爆炎と燐光から、弾痕だらけの槍弓騎士《アーバイン》が出て来た。
《アーバイン》は左手の大弓と右手の大槍を振りかざし、こちらに近付こうとしていた。槍は当然として、あの弓も近接兵器として使えるのだろう。
《イクス・ホロウブランク》は両手をくいと捻り、空になった弾倉をそこらに排出する。再装填はせず、ＴＩＡＲ突撃銃とヴォストーク散弾銃をそれぞれ右脚と左脚に戻した。
そこまで後片付けをやった所で、槍弓騎士《アーバイン》はようやく《イクス・ホロウブランク》の目の前までやって来た。大弓が振るわれ、大槍が振るわれる。重く鋭いがどう足掻いても遅い一撃を、《イクス・ホロウブランク》は体捌きのみで躱し続けていく。
《アーバイン》が攻勢に出られたのは、その数回だけだった。胴を引き裂こうと振るわれる大弓の一撃を避けた《イクス・ホロウブランク》は、右手を左肩に添える。そして残す二振りのＥ‐９フラッシュソード……打刀を引き抜く。
かち上げるように振るわれた大槍の一撃を最低限の動きで躱し、《イクス・ホロウブランク》の右手が一閃する。《アーバイン》の右腕は、大槍ごとどこかへ飛んでいく。
《アーバイン》の左手が、思い切り振り下ろされる。そこに握られた物は大弓だったが、当たれば刀剣と同じ被害をこちらにもたらすだろう。
しかし、愚直な振り下ろしがそう簡単に当たる筈もない。《イクス・ホロウブランク》は何事もなかったかのように位置を変え、代わりにＥ‐９フラッシュソードの刃を置いておく。自らの振り下ろしにより、《アーバイン》の右腕は宙を舞う。
《イクス・ホロウブランク》は右手を引き、後退しようとする槍弓騎士《アーバイン》の胴目掛けて神速の突きをかます。防御は出来す、回避はさせない。《アーバイン》の胴は、刀の一刺しを享受する以外の選択はなかった。
そして裂帛の気合いを込めて、突き刺さったＥ‐９フラッシュソード、即ち打刀の柄を蹴り飛ばす。だめ押しの一撃を受け、打刀は完全に《アーバイン》の胴を破壊した。
蹴りの勢いを視覚化するかのように、爆散した槍弓騎士《アーバイン》が灰色の燐光を宇宙に棚引かせる。
「片付いた。トワと合流しないと」
トワの方へと向かいながら、《イクス・ホロウブランク》は両脚の銃器を再装填する。脚に固定したまま、予備弾倉を器用に叩き込んだ。
遙か遠方で、トワの《プレアリーネ・フロウ》は戦っているようだった。相も変わらず通信は繋がらない。そして何よりも心をざわつかせるのは。
「あれ、《スレイド》か。《メイガス》も」
トワの《プレアリーネ・フロウ》が交戦している二機のプライア・クライスは、かつて戦った事のある二機だ。
リプル・エクゼス、トワやファルの姉だと嗤いながら名乗り、その存在を確かめるかのように戦った。最後にはトワを認め、大剣モノリスを託した。
フィル・エクゼス、最後に戦ったリリーサーだ。ファルの妹であり、トワと同等の存在でもある。ファルの作り出したもう一人の自分、それがフィルであり、故にフィルにとって姉であるファルは全てだった。
その乗機である《メイガス》や《スレイド》は、当然のように強力なプライアだ。
「今は影だけど。トワからしたらやりづらい相手だよね」
ただ強力、といっただけではない。トワにとって、もう一度あれと戦うのは苦痛でしかない。だが、自分なら斬れる。迷わず惑わず、一人の少女を選ぶ為に。
《イクス・ホロウブランク》を増速させ、途中でこちらを待っていたＳＢ‐８ロングスピアを右手で拾い上げる。トワと合流し、あの二機を斬り捨てる。それが済めば、今度は。
そんな事を考えていた頭に、見知った吐息が這入り込む。
迷わず惑わず。しかし純粋な死を感じ取った頭がその脅威に立ち向かう為に意識を切り替える。
《イクス・ホロウブランク》は、右手のＳＢ‐８ロングスピアを強く握り込む。そして、振り返るようにしてその槍で凶刃を弾く。
いつの間に背後にいたのか、そこにはあの白いプライアが佇んでいた。右手には薙刀……グレイブが握られており、白い柄の先にある刃からは橙の燐光が滲み出ていた。
白いプライアは、再度右手のグレイブを振り下ろす。《イクス・ホロウブランク》は、その一撃を弾こうと右手のＳＢ‐８ロングスピアで防ぐ。しかし、白いプライアはそのまま鍔迫り合いの構図に持ち込んだ。
「……妙に重い、この光の所為か？」
振るわれるグレイブが、というよりも。こちらの動きが、妙な重圧で封じられているように感じられるのだ。どう見ても素人同然の振りなのに、こうして鍔迫り合いに持ち込まれ、拮抗させられるなんて。
『リオは強いのね。本当は、こんなことに使うものじゃないんだけど』
頭の中に直接、シア・エクゼスの声が聞こえる。白いプライアを操っているだろう、リリーサーの管理者だ。
大柄でがっしりとした白いプライアは、こうして近くで見ていると一つのイメージが浮かんでくる。前面と背面に下げられた外套にも装飾が施されており、それが白い機体色と相俟って聖職者を連想させるのだ。背後に浮かぶ四つの大型翼も、禍々しい悪魔というよりもいっそ神々しい。
一瞬の隙を突き、《イクス・ホロウブランク》は白いプライアのグレイブを弾く。しかし、詰め寄るよりも先に後退を選んだ。仕切り直すべきだと、本能が強く訴えたのだ。
『貴方とお話するには、それなりに戦わないといけないみたい』
シア・エクゼスはそう語り、戦うという言葉を裏付けるように白いプライアが燐光を漏らす。橙の光が、白の装甲を仄かに染める。
ちらと背後を窺う。トワはまだ戦っている。すぐにでも合流したいというのが本音だった。それこそ、目の前の死を歯牙に掛けない程度には。
「……話す気はないし、邪魔をするならここで斬る」
次に白いプライアと向き合った時には、迷いは立ち消えていた。《イクス・ホロウブランク》は、右手に持った槍の穂先を眼前の敵へ突き付ける。
その穂先を目で追いながら、白いプライアはより強く橙の燐光を機体各所から放出した。
『私と《デルエクテクス》を？ それは大変そうね』
どこまでも他人事のような受け答えをしながら、シアは吐息を漏らす。困ったように微笑むその姿が、なぜか脳裏に浮かんでくる。
しかし、それが何を意味するのか考えている余裕はない。
白いプライアが……シアの《デルエクテクス》が、手にしたグレイブを構え直したからだ。
視線を交わすこと数秒、灰の弑逆者と白の聖職者は再び動き始めた。
