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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「選択と想到」
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遠い戦場

あらすじ



 平和を取り戻す為にランナーは戦い、我を通す為にアンダーもまた戦い続けた。世界を守ろうとする大人と、世界に捨てられた子ども達の戦いは、不完全ながらもようやく決着を迎える。

 しかし、平和も世界もそれだけでは手に入らない。

 少年と少女が降り立った戦場の果てにこそ、それは存在しているからだ。

 無差別破壊を続ける遺跡、それを操るリリーサーとの決着は、未だ不完全なままである。

 リリーサーを統括する最後のサーバー、それを巡る戦いがようやく始まったのだ。


 背中合わせになり、敵へと銃を突き付ける。

 右腕と右脚が欠損し、装甲の至る所に弾痕を残しながら、それでもリュウキの《カムラッド》は健在だった。

 左腕と左脚が既になく、頭部が千切れ掛けても尚、エリルの《カムラッド》は戦意を失っていない。

 もっとも、周囲を囲う敵の群れもそれは同じだった。互いに満身創痍、誰かが動けば死が傾く、そんな状況だ。

「死が二人を分かつまで、みたいな気分だったんだが」

 リュウキはそうぼやき、まばらに銃を下ろし始めた敵ifを見据える。

『時間を稼いだ甲斐があった、という事でしょうか』

 エリルの問いに、殴られた甲斐があるの間違いだとリュウキは笑みを浮かべる。ここに残っているアンダーの構成員は、殆どが子ども達だと聞いた。殺さないように、かつ一機でも多くこちらに引き付ける。随分好き勝手に撃たれ殴られたが、こういう結末が手に入るのなら安いものだ。

「さて、じゃあ答え合わせでもしますかね。リーファの嬢ちゃん?」

 リュウキは通信を繋ぎ直しながら、状況を把握しているだろうリーファに問い掛ける。

 待ち時間は数秒、すぐに馴染みの声が聞こえてきた。

『はい、確認しました。アンダーの首謀者、リシティアとレティーシャ・ウェルズを確保したようです。どちらも生存、残存勢力への呼び掛けはその二人が行い、アンダーは抵抗を止めています』

 深く息を吐く音が聞こえる。リーファのものではなく、同じくこれを聞いているエリルの吐息だろう。ようやく終わりが見えてきた、という訳だ。

「そいつは随分と良いニュースだな。このスクラップもご機嫌だ」

 リュウキは右手で拳を作り、ノイズ塗れのサブウインドウを手の甲で小突いた。相手の練度は遙かに格下、だが殺さずに複数を無力化するには相応の代償が必要だ。自分もエリルも、それを理解して代償を支払った。結果がこの被弾量でありスクラップ一歩手前、という訳だ。

 続きがあるのか、短い相槌だけを返しリーファは再度話し始める。

『武装解除したアンダーは、《アマデウス》と《ヴォイドランス》で収容します。あと、イリアさんですが。負傷したようで、一時的に《ヴォイドランス》で治療を受けます。こちらに運ぶよりも、そちらの方が速いと』

 イリアの名前が出され、前回大戦時の記憶が蘇る。あの時はスマートウィップに絡め取られ、それはもう酷い状態だった。

「大丈夫なのか? あの人、基本的に無茶するからなあ」

『えっと……ナイフが刺さって背中を撃たれましたが生きているそうです。普通に重傷だと思いますけど』

 リーファの声には当然心配が含まれていたが、言葉の端々に眉をひそめているような感情が込められていた。一体何をしたらそうなるのか、とか。それはさすがに致命傷なのでは、とか。まあそんな疑問符だろう。

「ま、生きてるならそれで良いさ。むしろ休んでて欲しいね。これ以上無茶を広げられたら、見ているだけできついってもんだ」

 確かに生じている不安や心配を、リュウキは軽口で押し流す。しかし、リーファは申し訳なさそうに話を続ける。

『あの、きついついでに追加の指示なんですが。これでアンダーの件は片付きました。ですが、本題の方……起動した遺跡、リリーサーの進行速度が思っていたよりも速いです。《アマデウス》も《ヴォイドランス》も、それぞれ別の宙域に急行してこれらを叩きます』

 再度、深く息を吐く音が聞こえた。これもリーファではなく、エリルが漏らした溜息だ。

「オッケー、とりあえず《アマデウス》に戻る」

『すみません、お願いします』

 そう返すと、リーファとの通信は一時的に切断された。向こうは向こうで忙しいようだ。

 自動操縦のプログラムを走らせながら、リュウキは座席に背中を預ける。両手を頭の上で組み、とりあえず第一段階は終わったと意識を切り替えた。

「休憩はまだ先か。貧乏くじのオンパレードだな」

 積み重なった疲労を、何度もそうしているように脇へと放る。軽口や冗句で弱音を消し飛ばす為、リュウキは敢えてそう口にした。

『ええ。貴方の大好きなバーゲンセールですね』

 こちらの調子に合わせ、エリルもそう返してきた。同じように戦場を駆け巡っている相棒も、戦いに挑む前の流儀を心得ている。

「だな。ピットインだけ済ませて鴨撃ちと洒落込む。全力で戦っても人死にが出ない戦場だ、気分的には楽なんじゃないかこれ」

 リリーサーの用いる兵器は、無人の特攻機だ。それをひたすらに撃ち落とす。当該宙域の避難が終わるまで撃ち落とす。その殺傷領域(キルゾーン)が世界を包み込むまで撃ち落とす。ここから先は、終わりのない鴨撃ち大会だ。

『子どもを相手取るより気分は楽です。終わったら二週間は休みます』

「良いねえ。アンダーがいないなら休暇取り放題だろ」

 終わりのない戦場が始まる。だがその事はおくびにも出さず、いつものように軽口と冗句のやり取りをする。この会話が、何よりも効くのだ。向かう先が死地であっても、怯まずに戦っていける。

「……俺達が勝ったんだ。お前達も勝てるさ」

 そうリュウキは呟く。遠い戦場へ、これ以上に困難な戦いに挑む友人夫婦へ、届かないと知って尚エールを送る。

 あの二人が勝つまで、自分達は時間を稼ぐ。

 気合いは充分、弱音を放り捨て、軽口と冗句を伴いながら、半壊した《カムラッド》二機は《アマデウス》への帰路を進んだ。

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