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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「選択と想到」
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最果てを射貫く


 二人がどこにいるのか、分からなくとも察する事は出来た。そこかしこに刻まれた戦闘の跡を辿っていけば、自ずと辿り着ける。

 レティーシャ・ウェルズは、その弾痕の一つを指でなぞる。フラット・スーツ越しでは、何かを感じ取る事もままならないが。少なくとも、ここに血液らしい痕跡はない。

『急ごう。このルートを取っている以上、ブリッジが最終地点だろう』

 隣に並んだリード・マーレイが肩に触れた。猶予はないとその目が語っている。レティーシャはその手に触れ、足早に動き始めた。

 リードの提案で、再び戦場に戻ってきた。でも、戦う為じゃない。今度こそ間違えない為に。

 戦闘痕を追い、BSの残骸を見付けて侵入した。壊れた二機のifを見て、真新しい弾痕を見て。二人は今も戦っているのだと確信した。

 リシティアは復讐と、その先にある最果てを目指す為に。イリアはそんなリシティアを連れ戻す為に、この残骸の中を駆け抜けていったのだ。

 通用路を蹴り、身体を宙に流しながら。レティーシャは傍にいるリードにぽつぽつと話し始める。

「アンダーって名前、リズが考えたんだけど。何となく分かってたんだ。ただの復讐心なんかじゃ、リズの心は満たせない」

 誰にも止められない、その後ろ暗い感情を。頭のどこかで分かっていたのに。心のどこかでは、いつも確かに分かっていた筈なのに。

「死にたいわけじゃない。生きたいわけでもない。知ったことじゃない。それが、私の本心だと思ってる。だから何でも出来る。何だって出来た」

 歪んだ考えだと思う。でも、その前提があるから歩いて行ける。それに、いつかは終わりが来る。好き勝手やったしっぺ返しが、その内どこからか飛来して。その時にやっと救われる。

「リズもそう。死にたいわけじゃないの。でも生きられない。大事な物を、なくしてしまったから」

 リシティアは、誰よりも大切に思っていた人に。キア・リンフォルツァンに捨てられた。少なくとも本人はそう思っている。

「命の価値、その基準が。私達は人よりも狂ってる。だからリズは、こうするしかなかったんだと思う。大切な人に、少しでも近付く為に」

 私は友人として、その手助けをしなければいけなかった。そうレティーシャは胸の奥で独白を続ける。だってそうだろう。生きているか死んでいるかなんて、私達にとっては些末事だ。リシティアはキアを選んだ。

「……私じゃない」

 そう、独白の答えを口に出す。そして、それに至る理由だって分かりきっている。

 前回の大戦時、私は命令違反をした。勝手に動き、リオ・バネットと戦った。自分と似たような人がいると聞いて、興味が湧いたのだ。だが、得られた答えは散々な物だった。

 そして、戦場に取り残されて。テオドールが迎えに来てくれた。

 だが、その戦場をあの砲台は……ダスティ・ラートは狙っていたのだ。そのダスティ・ラートを破壊する為に、キアは《フェザーランス》と運命を共にした。

 クルーを守る為、とキアは言っていたらしい。自分やテオドールを守る為に、犠牲になったとも言えるだろう。

 それだけではないにしても。自分が原因でキアは死んだ。

「そんな私じゃ、あの子は止められない」

 止まってはくれない。だけど。

「だから賭ける。私は、リズの友達だから」

 そう締め括り、レティーシャは尚も歩みを進める。リードは何も言わない。答えや慰めが欲しい訳ではない。話をしながら、自分自身と向き合いたいだけだったから。リードもそれが分かっているからこそ、黙って話を聞いてくれているのだろう。

 そして進み続け、終着点へと辿り着いた。重力係数が働き、身体が酷く重い。床を蹴って宙を進むのではなく、床を踏み締めて歩く羽目になった。

 その場で立ち止まり、レティーシャはリードに向き直る。

「リード。絶対に止められる方法は、私にはない。貴方にもないでしょ」

 無言のまま、リードは頷く。

「だから、私を。ううん、私とリズを信じて欲しいの。物事がどっちに傾いても、それでも。私と、何よりもリズを信じて」

 物事がどっちに傾いても。つまり、私が死んだとしても。

『ああ、約束しよう。信じている』

 レティーシャは小さく頷き、手をリードの前に出す。握手にも見えるだろうが、これは違う。

 今度は、リードが逡巡を見せる番だ。しかし、信じているという言葉に偽りはないのだろう。すぐに、腰のホルスターから拳銃を抜いてこちらに差し出した。

 それを受け取り、スライドを引いて初弾装填を済ます。

 そして、再び歩き出す。目の前の扉を見据え、レティーシャはリードをちらと見る。

「……ありがと。もしかしたら最後かも知れないから言っておくけど。貴方には救われた、救われてる。私もリズも、みんなもそう」

 無言のまま、だが強く、リードは頷いて返してくれた。縁起でもない事をとか、そんなくだらない事を口にする訳でもない。

 私達は、死が身近にある事を知っている。だから言葉で伝えたかったし、受け取ってくれたのだ。真っ直ぐに。

「行こう。最果てのリズを、命を賭けてでも助ける」

 そう宣言し、レティーシャは扉を開けた。







 ブリッジの中に入り、何が起きたのかすぐに察する。レティーシャ・ウェルズは、かろうじて上体を起こしているイリアと、それに銃を突き付けるリシティアを交互に見た。

 リードも横に並び、その床に零れた命の量を見ている。

 何が起きたのか。リシティアとイリアは戦い、そしてイリアが戦いを放棄したのだろう。そう分かった理由は他でもない。リシティアが、今この状況を勝ち取ったようには到底見えなかったからだ。

 リシティアは、フラット・スーツを完全に脱いでいた。レティーシャも、ヘルメットを外して脇に放る。顔がしっかりと見えていた方が、都合が良いと判断した。

「……レティ、どうして」

 リシティアが、幽霊でも見るような目で見てくる。

「リズ。貴方の、復讐の手伝いに来たの」

 互いに愛称で呼び合う。こんな状況でもなければ、そのことが何よりも嬉しい筈なのに。

 レティーシャは、リードに離れているよう目配せをする。リードは素直に従い、一歩引き下がった。

 そして、それを確認してから。レティーシャは拳銃を前方に向け、イリアの背中目掛けて一発撃った。小さな悲鳴が響き、完全にその身体が床に沈む。

 リードが身動ぎする気配を感じたが、すぐに動きを止めたようだった。リードは今でもまだ、自分を信じてくれている。

 ひれ伏したイリアの背中から、痛々しい程の赤が零れている。それを見たリシティアは、今尚分からないといった様子でこちらに視線を向けた。

「復讐の手伝い。その人の所為でキアは死んだんでしょ。だから撃ったの」

 分からないというリシティアの目に、そうレティーシャは返す。

「リードもそう。リードが嘘を吐いたから、リズはキアと一緒にいられなくなった。でも、お世話になったから私は撃てない。だから、リードはリズに任せる」

 淡々と、レティーシャはそう続けていく。出来るだけ冷静に、感情の波を押し殺して。

「だから、後は私。私が我が儘を通したから、キアはそれを守る為に死んだ」

 リシティアが、こちらの言葉の意味を完璧に理解するまでに。レティーシャは、告白を続ける。

「……本当は、もっと早くこうするべきだった。ごめんね、リズ」

 声が震える。多分身体も震えている。それでも、恐怖も何もかもかなぐり捨て、レティーシャは自らのこめかみに拳銃を突き付ける。唇を噛み締めるようにして、情けない泣き言を封じた。

 そして震えていても尚、迷わずトリガーを引く。自分の死を依り代にして、リシティアを復讐の道から引き上げる為に。

 身体の芯に響くような発砲音を聞きながら、レティーシャは弾丸が頭蓋を突き破る瞬間を待つ。

 しかし、伝わった衝撃は頭蓋を叩く音ではなく。

「……痛い」

 自分の右手から、拳銃が弾き飛ばされる衝撃だった。手も指もじんじんと痺れ、思わず顔を歪めてしまう。

 視線の先には、拳銃を構えたリシティアがいた。歯を噛み締め、身体全体を震わせながら、それでも銃口の先はぴたりと定まっている。

 背後で、撃ち抜かれた拳銃が落ちる音が聞こえた。

 あの状況で、知覚出来ない程の速度で拳銃を構え、こちらの拳銃を撃ち抜いたのだ。

「さすがね、リズ。全然見えなかった」

 右手を押さえながら、レティーシャはそう言って嗤おうとする。しかし、拳銃を投げ捨てこちらに歩み寄ってくるリシティアを見て唇を噤んだ。

 視線を逸らそうとするも、その前に思い切り頬を殴られその場に倒れる。起き上がろうとするも、そのまま、リシティアが馬乗りになるようにして動きを封じてしまう。

「身体、十一歳のままだから。あんまりグーで殴らないで」

 殴られてくらくらする頭が、そんな不明瞭な言葉を吐き出す。レティーシャは、リシティアの顔を間近で見て、賭けに勝ったのだと確信した。

 リシティアは、両手をグーにしたままこちらの胸を何度も叩く。でも、それは一発目のような腰の入ったものではない。子どもが駄々を捏ねるような、不満を示すような。そんな優しい殴打を繰り返しながら、リシティアは顔を歪める。それだって、苦痛によるものではないのだろう。

 彼女の体温を引き継いだ透明な雫が、顔の上にぽろぽろと落ちてくるのだ。リシティアは口を開くも、そこから出てくる言葉は既に言葉ですらない。嗚咽だけを繰り返し、その不明瞭な言葉以上の感情で胸を何度も叩いてくる。

「分かった、悪かったから。落ち着いてリズ」

 殴られた頬をさすりながら、レティーシャはそんな事を言う。

「落ち着ける、訳ないでしょう! バカ! 馬鹿レティ!」

 やっと人の言葉を喋ったかと思えば、しっかり罵倒してくる。レティーシャはようやっと口元を緩める事が出来た。

 リシティアの顔から、死の影が消えている。一時的な物かも知れないけれど、それでもリシティアはこの道を選んだのだ。復讐ではなく、私を選んだ。

 視界の奥で、リードがイリアの前で救急キットを広げている。致命傷にならないように狙ったつもりではあるが、射撃は得意な訳ではないのでどこに当たっているのかは分からない。

 リードがこちらを見て、一度だけ頷いて見せた。あちらも無事だったようだ。

「こっちを見なさい! 私が、いま! 私は……」

 ぐいと視界を無理矢理奪われる。リシティアと視線を交わすも、今度は崩れ落ちるようにしてこちらの胸に顔を埋めてきた。艶やかな長髪が、ぱさりと広がっている。

 その背中を、レティーシャはお返しとばかりに優しく叩く。

 最果て(アンダー)は、その形を保ったまま消えたのだ。

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