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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「選択と想到」
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炸薬の鉄槌


 張り巡らされた鉄糸を難なく潜り抜け、イリアの《シャーロット》は突撃銃を数発撃つ。リシティアの《レストリク》は、飛び退くようにしてその火線を避けた。

 攻防は一貫して切り替わらない。追い続ける《シャーロット》に、逃げ続ける《レストリク》だ。

「出力が上がらないんだもんなあ! ほんときつい」

 イリア・レイスはぼやきながら、それでも詰める事は出来ると読んでいた。《シャーロット》の損傷は、目立った物はそう多くはない。右肩の装甲はなくなっているが、それはそこまで重要ではなかった。問題は、背部バーニアが数基ダメになっている所だ。被弾や酷使、諸々の条件が重なって使用不可となった。全部レティーシャの置き土産であり、《レストリク》との戦闘で貰った物ではない。

 全てのバーニアが壊れた訳ではない為、こうして戦闘は出来る。だが、目に見えて遅くなった自機の動きに溜息を吐きたくなることに変わりはない。

『ifでの戦闘は、思っていた以上に重いですね』

 アンダーの首謀者、全ての元凶であるリシティアの声だ。こちらの動きを揶揄した言葉ではないだろう。リシティアの《レストリク》は、明らかに素人同然の挙動を見せているからだ。わざとそれを演じている、という感じもない。接近を防ぐ為に、そして何より被弾を避ける為にスマートウィップを敷設している。攻撃に回る事は殆どなく、こちらはひたすら前進を選べた。

 それこそ、バーニアの不調がなければとっくに決着は付いている。そうとさえ感じる挙動を前に、イリアはとことんやりづらいと肩を落とす。

 こちらを殺すだけの技量はない。それでも戦うとしたら、理由なんて一つだ。

 戦って死ぬ。そして、死者の元へ向かう。

「まあ、そうはさせないけど!」

 声を上げて陰鬱とした胸中に火を入れ、イリアは再度攻勢に出る。

 乗機の《シャーロット》は、機動力を大きく削がれながらも健在だ。武装は拝借した突撃銃とナイフがある。リシティアの操る《レストリク》は、両腕を破壊してしまえば抵抗できなくなる筈だ。少ない手札だが、それを狙ってやってみるしかない。

 イリアの《シャーロット》は、大きく回り込むように動きながら突撃銃を掃射、リシティアの《レストリク》を追い立てる。

 《レストリク》は再度鉄糸を敷設し、その銃撃の雨を防ぐ。そして、更に奥へ奥へと後退していく。

 その隙を逃さず、敷設の隙間を縫うようにシャープナー投擲ナイフを投げ付ける。《シャーロット》が持参した最後の武装であるシャープナーは、難なく蜘蛛の巣をすり抜けて《レストリク》の左腕、その袖口を貫いた。小爆発が置き、リシティアの《レストリク》がぐらりと傾く。

 更にバーニアを噴かして角度を調整、イリアの《シャーロット》はコンバットナイフを投擲する。コースは正確だったが、シャープナー投擲ナイフよりも大柄で肉厚なコンバットナイフは蜘蛛の巣を抜けられず、スマートウィップに絡め取られて無力化された。

「まあ、やっぱ通らないよね」

 シャープナーが二振りあれば、今の攻防で両腕を無力化出来ていた。

 リシティアの《レストリク》は、左腕を切り離して更に下がる。ダメージコントロールを実行するタイミングも一拍遅い。やはり、リシティアはifの操縦に慣れていない。

『何をされたのかすら分からないなんて。貴方はやっぱり強いんですね』

 ふらふらと《レストリク》を後退させながら、リシティアはそう呟く。

「そう思うなら投降して欲しいんだけど。貴方に傷を付けると、貴方のお友達やリードに怒られるのよ」

 くすりと笑い声を零し、リシティアの《レストリク》はスマートウィップを吐き出す。

『レティ、元気なんですね。良かったです』

 《レストリク》は尚も後退している。的確に鉄糸を撒き散らし、こちらの接近を防ごうとしている。

「貴方が帰ってこなくちゃ、あの子の元気もなくなる。こんな事してる場合じゃないでしょ」

『そうですね。でも、もう選んだ事だから』

 こちらに向かって放たれたスマートウィップを、今度はイリアの《シャーロット》が飛び退くようにして避ける。

『後は結末まで走り抜けるだけです。最果てに貴方と』

 僅かに生じた隙を用いて、リシティアの《レストリク》はひたすら後退を選ぶ。残る右腕をそこかしこに向け、スマートウィップを張り巡らせる。

「私のミスで、キアを死なせたから? だから、貴方は私を殺そうとするの?」

 イリアの《シャーロット》は、敷設されたスマートウィップを迂回するように動くしかない。回避機動を取りながら、突撃銃で牽制の火線を叩き込む。衝撃や熱を受け起動したスマートウィップが、真っ赤に迸って弾丸を溶かし両断する。

『私のこれは八つ当たりみたいなものなんです。でも、イリア・レイス。貴方はここまで来た。負い目があるから、私の最果てに付き合ってくれてるんでしょう?』

 自分の行為を八つ当たりと形容出来る理解力を持ちながら、それを止めようとしない。そればかりか、こちらをその殉教へと巻き込んだ。

『今ここにあるのはその事実だけ。さあ戦いましょう、その先に、望む世界があると信じて』

 話し合いはここまでだと、リシティアの《レストリク》が残骸群へと飛び込む。一心不乱に後退していた理由はそれだろう。

「罠や不意討ち。スマートウィップが最大限活かせる戦場ね」

 イリアは一度だけ背後を振り返る。ダスティ・ラート攻防戦は、ランナーの勝利で終わるだろう。ここからでは、あの戦場は随分と遠くに見える。

 だが、本当の意味で勝つには。この戦いを終わらせる為には、リシティアを無傷で捕らえる必要がある。

「やるしかないか。仰々しいあだ名ばっかり付けられてるんだから、名前負けしない程度には頑張ってよ」

 そう、イリアは乗機である《シャーロット》にぼやく。兵器を可愛がる気持ちはよく分からないが、ここぞという時に頼りになるのは結局こういう物なのだ。

「保ってよね、《シャーロット》」

 意識を研ぎ澄まし、イリアは残骸群へと《シャーロット》を飛び込ませる。

 真っ直ぐ進む分には、ぶつからずに動けるだけの空間はある。だが、ここから先は地雷原と同義だ。目には見えないが、スマートウィップが残骸と残骸の間や、それを避けた先や、ともかく至る所にある。

 けたたましく響く警告音に、感知した振動を視覚的に表現するインジケーター、それらの計器と勘を駆使し、この殺傷領域(キルゾーン)を突破する。

 それに、勝算はあった。敷設の癖は、今までの攻防で大体頭に入れてある。

 イリアの《シャーロット》は突撃銃を構える。真正面に数発撃ち込み、起動したスマートウィップを見遣りながらそれを避ける迂回ルートを見出しそこへ飛び込む。

 そして、待っていたと言わんばかりにスマートウィップを射出してきた《レストリク》と顔を合わせる。イリアの《シャーロット》は突撃銃を尚も掃射しながら、鉄糸が広がる前にそれを撃ち抜き起動、横を潜り抜け《レストリク》へと猛進する。

 推力さえ足りていれば詰められていた距離だったが、バーニアを一部損失した《シャーロット》では一歩足りない。だが、それを承知でイリアは照準を……ブレードレティクルを起動する。

 イリアの《シャーロット》は、左手で引き抜いたコンバットナイフで横一文字に斬り付ける。しかし、既に後退を選んでいたリシティアの《レストリク》には届かず、胴の装甲を擦過するに留まった。

 斬撃による体勢変化を素早く直し、イリアの《シャーロット》は再び追跡を開始する。

 リシティアの《レストリク》は、接近を嫌い防御の為にスマートウィップを敷設し逃げる。

「よし。斬られるかもって意識は植えた」

 イリアはそう呟き、振った価値はあったと安堵する。if戦闘の本質は選択肢の奪い合いだ。近付かれたら終わり、或いは。近付かれるような間合いに入った時点で終わり。そういった意識が頭の片隅に生じた事によって、リシティアは攻勢に出るべき場面で攻勢を選べなくなる。

 玄人には効かないが、素人にはよく効く。イリアの《シャーロット》はスマートウィップを迂回しながら、突撃銃の弾倉を交換する。そうしている間も、イリアは相手の逃げた位置を予測する為、その方向を目で追っていた。

 そして、その残骸目掛け突撃銃を単発で撃つ。幾つかの弾丸が残骸を貫通し、その裏にいたリシティアの《レストリク》に命中した。守りに入ったが故の被弾だ。

 イリアの攻勢は止まらない。足りないバーニアを酷使しながら、被弾により体勢を崩している《レストリク》へと《シャーロット》を突っ込ませる。スマートウィップが敷設されていない事は折り込み済みだ。

 ようやっと、リシティアの《レストリク》はスマートウィップを敷設しようと動く。残る右腕で、接近を防ぐ為に蜘蛛の巣を張ろうとしたのだ。

 素人考えでも、充分間に合うと判断しての事だろう。それ程までに、《シャーロット》の機動は遅い。

 だが、そこは守るべき場面ではない。

「この地形は……」

 イリアの《シャーロット》が、脇にある残骸に脚を掛ける。

「私にも有利!」

 《シャーロット》は残骸を蹴り付け、絶妙なタイミングでバーニアを吼えさせる。元のトップスピードよりは遙かに遅いが、それでも一瞬と言える速度で残りの距離を詰める。

 そして、敷設されたばかりの蜘蛛の巣……スマートウィップに向け、イリアの《シャーロット》は左脚で蹴りをかます。膝を折り畳むようにして蜘蛛の巣を絡め取り、流れるような動きのままその左脚を切り離す。

 そして、《シャーロット》は一連の動作のまま左手のコンバットナイフを振り下ろした。《レストリク》から見れば、一瞬で距離を詰めてきた《シャーロット》が、スマートウィップを突き破ってナイフを振り下ろしたように見えたことだろう。

『……なんで』

 呆けたようなリシティアの声がそれを物語っていた。イリアの《シャーロット》が振り下ろしたコンバットナイフは、《レストリク》の右腕を縦一文字に斬り裂いていた。

「なんでも何もないの! これで終わりよ!」

 ナイフを構え直し、イリアの《シャーロット》は捕縛する為に接近を試みる。

『……終わらない。私がまだここにいるんだから!』

 リシティアの《レストリク》は飛び退き、かと思えば背を向けて逃げ出した。

 イリアの《シャーロット》は突撃銃でその背中を狙うが、発砲はせずに後を追う事を選んだ。被弾や損傷、そして千切れ掛けた右腕の所為で、《レストリク》はふらふらと動いているのだ。相手のバーニアだけを狙う、なんて芸当は出来そうにない。

 イリアの《シャーロット》は、残る右脚で再度残骸を蹴り付けながら加速を試みる。リシティアの《レストリク》は、既に武装がない。故に妨害も受けず、少しずつその距離は縮まりつつある。

「頼むから、大人しくしてよ!」

 イリアはガンレティクルを起動し、少しは大きくなった的を慎重に狙う。イリアの《シャーロット》は、突撃銃を単発で撃つ。《レストリク》の右脚が、飴細工のように粉砕された。

『ッ! まだ!』

 更に体勢を崩す《レストリク》だったが、尚も逃げようとする。しかし、限界を迎えたのだろう。降下し、片脚しかない状態でお(あつら)え向きな場所へ滑り込んだ。

「BSの残骸、格納庫?」

 中型クラスのBSだろう。この手の残骸も、見付け次第回収していた筈だが。脳裏に違和感を覚えながらも、迷わず追撃を選ぶ。中は袋小路だろう。

 イリアの《シャーロット》も、後を追うようにして格納庫に続く穿孔を潜る。

 目的の《レストリク》は、その最奥で擱座(かくざ)していた。穿孔を潜った後、片脚だけでスリップをかましたのだろう。そのまま格納庫を滑り、奥の隔壁にぶつかった、という状態だ。残っていた左脚も、膝から先が折れ曲がっている。残っていた筈の右腕も、千切れてそこらに転がっていた。

「今からそこに行くから。さすがに頭も冷えたでしょ」

 格納庫の床に右膝を付け、イリアの《シャーロット》はバーニアを駆使して奥へ進む。片脚だけで動かすのは骨が折れるが、そう難しい挙動でもない。そこでようやっと、感じていた違和感の正体に気付いた。

「……床に吸い付く、なんで」

 接地した《シャーロット》の右膝が、僅かに重いのだ。完全な無重力ではない。僅かに重力が働いている時の、独特な挙動を感じたのだ。

 なぜ残骸と化したBSで、重力制御が効いているのか。はっとなり、倒れ込んだままの《レストリク》を見る。そのカメラアイが睨め付くような光を持っている事に気付き、イリアは反射的に前進を選んだ。残る右脚で格納庫の床を蹴り、《レストリク》の方へと飛び込もうとする。

 その前進と同時に、格納庫を吹き飛ばす勢いで爆発が起きた。爆弾が仕込んであったと事実だけを飲み込み、ひたすら不明瞭な視界の中前進を続ける。

 下がらなかったのは、下がれば本命打を食らうと確信があったからだ。そして、前進を選んだのはそこに《レストリク》がいるからだ。少なくとも、後ろよりは安全だと判断した。

「これ、ぐらいで! 私の《シャーロット》は潰れない!」

 爆発の煽りを受けながらも、その致命的な炸裂をすり抜けて《シャーロット》は右脚を付く。バーニアを吼えさせ、一瞬であっても片脚で立った。

 あと一手遅れていれば粉砕されていた、なんて事を考えながら。イリアは目の前の電子ウインドウに映り込む小柄な人影と、肩に抱えた物騒な箱を交互に見る。《シャーロット》のカメラアイは、損傷しながらもその少女を確かに捉えていた。

 《レストリク》をさっさと乗り捨て待機、爆発の隙間を縫ってくるだろうこちらを待ち構え、人が扱える多目的携行ミサイルで狙い撃つ。

 リシティアの考えがようやく読めた時、箱を突き破って放たれた誘導弾が、《シャーロット》の頭部を吹き飛ばした。

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