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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「選択と想到」
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未来すらも


 方針は定まり、それに応じた準備が始まる。と言っても、自分達が出来る事はそう多くはない。リオ・バネットは手頃な機材を固定具代わりにしながら、急ピッチで進められていく作業を眺めていた。

 無重力に晒されながら、片足を引っ掛けて身体を固定している。そんな自分の腕や背中を固定具代わりにして、フラット・スーツ姿のトワが漂っていた。

 《アマデウス》格納庫では主であるミユリを筆頭に、リュウキやエリルといったif操縦兵も整備作業を行っている。

 両腕と右脚を失った《イクス》の周囲は、特に騒がしい。ifから頂戴した脚が離れた位置に固定され、機械が半自動で調整を行っている。

「ねー、リオー」

 背中に纏わり付いていたトワが、視界を遮るように正面に来る。駄々を捏ねる時の声だ。

「ダメです。出発予定は大体十分後だよ。時間がない」

 何度目かの否定を入れるが、トワはいまいち納得していない様子だった。

 自分がそうしているように、トワもフラット・スーツを着崩している。前を開き、脱ぎかけの状態にする事で楽にしているのだ。そのせいで無地のタンクトップと細身の身体が見えてしまっているので、ちょっと目のやり場に困る。

 白い肌や首筋、そこから通る鎖骨のラインに、大きくはないが女性だと確かに象徴する凹凸が見て取れるのだ。細い首に掛かるネックレスには、二人のエンゲージリングが通されており、無重力を受けて漂っていた。

 赤い目がこちらをじっと見据えており、薄く紅をさしてある唇がへの字に結ばれている。どこもかしこも白いからなのか、控え目なグロスを少しだけ引くだけで、桃色の唇が出来上がるのだから大したものだ。

 肩口まで伸びた灰色の髪が、無重力の中をゆったりと広がる。鼻腔を通る心地よい香りに、これ以上ない程の安心感を覚えた。ボディソープとトワ自身の匂いが混じった、自分が一番安堵できる匂いだ。

 そんなトワが、不平不満を顔に出している理由は一つ。

「チャンスなんだよリオ。今の内にシャワー浴びよ、一緒に」

 両肩をがしりと掴まれて、力説されても考えは変わらない。

「十分後に出発だってば。着替えてるだけで終わるよ」

 ふるふると首を横に振る。

「リオは帰ってきたばっかで、私は寝起き。シャワーの一つでも浴びたい所でしょ」

 それはそうだが。

「時間がないからね」

 むうと不満を頬に溜めながら、トワはそれが間違いなのだと目で訴える。

「本当に時間だけが問題なの? 一緒にって所、全然気にしてないように見えるけど」

 鋭い。ちょっと目を逸らしてしまった時点で、気にしていると認めているようなものだ。

「いや、その。だって」

 トワの不平不満の根源はそっちなのだ。一緒にという単語を付け加えたのに、そこをスルーされたのが嫌だと。そう赤い目は言っている。

「分かった、ごめん。僕の照れ隠し。でも時間がないのも本当だから」

 トワはこちらの腕を掴み、器用に体勢を変える。横に並ぶような形になり、そのまま腕を組むようにして身体を固定していた。

「そんなに恥ずかしがるような事じゃないよ。あ、オススメの方法が……待って、やっぱ今のなし」

 流暢に喋っていたのに、一瞬で言い淀んだ。失言を一歩手前で抑え込んだのだろう。

「トワはそんなに恥ずかしいと思っていないんだ」

 その失言を炙り出す為、流暢に喋っていた部分をまず突っつく。

「恥ずかしいは恥ずかしいけど、ずっと一緒にいたんだよ? 慣れってものがあります」

 失言を覆い隠す為、トワは必要以上に喋る。そして、そこから割り出せる情報は。

「つまり、慣れる為にオススメの方法がトワにはあって、それが人には言えないような事だよって話?」

 トワは言葉に詰まり、ゆっくりと目を逸らした。図星だ。

「それで、何したの?」

「……してない」

 説得力皆無の返答だ。こちらの腕はしっかり掴んだままだが、顔はばっちりそっぽを向いている。

 話すよう沈黙を与え続ける。観念したのか、俯き加減でぼそぼそと喋り始めた。

「眠いの我慢するでしょ。先にリオが寝るようにして」

 大体一緒に眠っているので、その時の事だろう。

「普段は私、先に眠っちゃうけど。リオが疲れてる時とか、時々。時々だよ?」

 顔を上げ、そんなに悪い事はしていないと弁明を始めた。肝心の内容はさっぱりのままだが。

「先に僕が寝て、それで?」

 うー、とトワは唸る。目は泳いでいる上に、身体も少し揺れているようだ。これは絶対に良からぬ事をしでかしている。

「お洋服を……捲ったり、とか」

 トワの赤い目がこちらを控え目に捉え、少女の頬がさあっと赤く染まった。

「み、見ただけ! 触ったりは、ちょっと! しかしてない!」

「見ただけじゃないじゃん」

 左腕はこちらと絡めたまま、トワは右手をフリーにして胸を殴り付けてきた。

「そうでしたね! リオもやったら、オススメの方法だから!」

 顔を真っ赤にしたまま、トワは開き直ってそう叫ぶ。

「そんなに拗ねなくても」

「拗ーねーてーなーい!」

 そう言い返した直後、トワは口をへの字に結んで両手で顔を覆う。開き直りによる大爆発を起こし、後は鎮火するだけという状態だ。

「あー! 私のばか! 変な子だと思われる……」

 普通ではないのは確かだけど。ふわふわと漂う少女にそんな事を言うのは、些か酷だろう。手を伸ばし、慣性のままに遠ざかろうとするトワを掴まえる。

「放っておいて……ううん、放り投げて」

 無茶苦茶な事を言っている。小脇に抱えたまま、トワが鎮火するまで待つ。

 そんな事をしていると、目の前に見覚えのある船がスライドしてきた。中から出て来たのはリュウキだ。

「よう、これがお前らの使う《ブリンガー》だ、って」

 リュウキは抱えられたままのトワを見て、どういう事かと指を差す。

「自爆して落ち込んでるだけなので、気にしなくて大丈夫です」

 こちらの答えに笑い声で返したリュウキは、フィールドランナーの足である強襲船、《ブリンガー》を足で小突く。

「マニュアルで動かす事も出来るが、自動操舵の設定で使うのが一般的だな。座標の設定はしてある。例の場所だってトワの嬢ちゃんは言ってるんだろ」

 例の場所……前大戦時に《スレイド》と戦った、最後のサーバーが潜む場所だ。トワが言うには、そこが一番近いらしい。

「みたいです。自動操縦でそこまで近付くって感じですね」

 以前は、両軍がぶつかっていた中心地にそれがあった。今回は、誰の妨害も受けずに辿り着けるだろう。敵対組織はアンダーぐらいしか知らないし、そのアンダーは今砲台の周りにいる。

「整備が終わり次第、二機のプライアを積み込む。それが終わったら出発だ。まあすぐだな。食事にデザートぐらいの時間はあるかもな」

 そんな軽口を言って、リュウキは別の場所へと飛び付いていった。まだまだ準備する事があるのだろう。

「ごはんとアイス……」

 トワが軽口を真に受けて顔を上げる。

「ないよ。あれは冗談とかそういう感じ」

「ひどい……」

 トワの顔ががくんと下がり、再び脱力を始めた。

 そうこうしている内に、もう一人近付いてくる影が見える。遠目からでも、白衣の白はすぐに分かった。

「珍しいですね、アリサさん」

 軍医であるアリサが、アタッシュケースと共に近付いてきたのだ。

「人の職場には入らないようにしているからな。これを届けに来た」

 そう言って、アタッシュケースを開く。中にはリストバンド型の注入器や、それに対応した薬剤等、投薬を主とする医療器具が入っていた。

「トワの体調は今の所安定しているが、戦闘になれば加速度的に悪化するだろう。フラット・スーツにも仕込んであるが、このリストバンドは予備で操縦席に置いておくよう伝えておけ。後は、戦闘後の応急処置で使う想定で入れてある」

 応急処置と言われ、どういう事かと問う目を向ける。アリサは頷き、抱えられ丸まっているトワを見た。

「戦闘後《ブリンガー》に戻った際、容態が悪化しないとも限らない。可能な限り考え、症状に対する処置と薬剤を用意した。ファイルも中にあるから、時間があれば目を通しておくといい」

 頷き、アタッシュケースを受け取る。戦闘が終わり、トワの容態が悪化した場合は。これで命を繋ぎ、《アマデウス》とアリサの下へ届ける。そういう事だろう。

「ありがとうございます。トワは今こんなですけど」

 全く気にしていない様子のアリサに、片手で抱えたままのトワを見せる。

「ああ。そいつの奇行には慣れてる」

 そう返し、アリサはさっさと離れていってしまった。人の職場に長居をしない、というのもポリシーなのだろう。

 ふと《イクス》の方を見ると、もう既に右脚は接続されていた。ちょうど今、両腕が繋がる所だ。

 整備が終われば、後は出発するだけとなる。途中で補給、なんて事は出来ない。ありったけの武装を積み、立ち塞がる全てを斬り捨てる。

 全てを斬り、その刃でサーバーすらも断つ。それは、トワの未来を斬る事と同義だ。

「……世界ごと、君を」

 救うとかつての自分は言った。今もその思いは変わっていない。一層強くなったとさえ思う。この少女さえ救えるのなら、他の全てを斬って捨ててもいいとさえ、自分は思っているのに。

 当の本人はそれを望まないと、自分だからこそ分かるのだ。ずっと一緒にいたから、それぐらいは分かる。分かってしまうから、動けなくなって。

 両腕の接続された《イクス》を見遣る。かつての相棒であり、自分よりも多くの事を知っているだろうその騎士は、もう言葉を返す事はない。

 空虚な光を携えた機械の目と視線を交わし、答えのない問いを胸に仕舞い込んだ。

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